インソムニア・キラー 一人、監獄の中。 天井へ手を伸す。 思っていたよりは綺麗な、見知らぬ天井。 例え場所が違おうと、枕が違おうと、ベットでも布団でも、勿論畳の上や床の上でだって、自分は簡単に眠りに落ちる事が出来る。 天地涼子は、そう信じていた。 真実が、いかに重いものか。 そんな事は、弁護士になる前にだって、よくよく思った事で、良く、判っているつもりだった。 しかし、今は、かつてないほど、重たい。 のしかかる重力が、涼子の躰を、心臓を、潰そうとしている。 弱々しい息が漏れた事で、自分に幻滅を覚えた。 私は、強くない。 …知っている。 右手を降ろし、意味もなく握力を確かめた。このままでは、眠れそうにない。妙にのどが渇いた。お腹が空いている。こんな時であっても、躰の方は緊張感の欠片もなくいつも通りだった。 緊張感。 いや、張り詰めたものなら、ある。 けれど、どこかで、皺が寄ったシーツみたいに、緩い部分があるらしい。 「判ってるよ、神原先生」 後藤田も浦島も、村山も、涼子の力になってくれている。真実を知りたい、その意志の元に。「独りで闘ってるつもりですか?」と言った神原を思い出し、苦笑。もう一度、心の中で、判ってるよと呟く。 自分の後を付いて来る、子犬。そんな印象を持ってしまった神原啓吾は、涼子が今壊れないで済む、唯一無二の気の休まる存在だった。 真実を知る事。それを何より求めていた。辿り着いてきた真実の数だけ、強くなってきたと思っていた。 だが、今は、一番知りたいと渇望していた真実は、涼子の自信を砕こうとしている。 果たして、真実とは、全て明らかにする事が正しいのか? 善悪、正誤の判断は、自分一人で下して良いものではない。 恐くなった事だって、ある。 「でも、自分でしたい事をするのに、自分に負けてちゃ意味ないよね」 「そうですね」 ある日、交わした会話。 神原は、軽く同意をしただけだった。 いつものように、じっとこちらを見たまま。 大きな目が涼子を映していた。 どうして、そんな目で見るの? 訊きたかったけれど、訊けなかった事。 ここを出て、どんなに重くても痛くても、真実を受け止めた後、訊いてみよう。 自惚れた答えなら、もう、想像ついているが。 「必ず、ここから出ましょう。いえ、出して見せます」 刑務所の窓越しに接見をした。神原の声は力強く、いつになく頼もしく思えた。 真摯。 これほど、神原に合う言葉はないとさえ、思った。 涼子も真摯に生きようと、決意を新たにする。 ああ、何だか眠れそう。 背負って抱えた心の荷物、ちょっとだけ、貴男に預けるよ。
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