ココロは拒む、逃げないと。瞳は語る、闘うと。






 「野ブタ!」
 俺の呼び掛けに、信子の足が止まる。でも、追いつく前に彼女は先へと歩み出した。

 「気にすんなよー。修二の言った事なんて」

 ヒトの心が気持ち悪い、なんて、どこまで本気か知らないけどさ、少なくともそれを聞いた信子は傷ついている。と、思う。
 「こーら、野ブタ。ステイ! 自転車持ってくるからさ、そこで待っててよん♪」
 信子が頷いたのを見て、早足に駐輪場へ向かった。寒さ増す夕暮れ時、待たせておく時間は短いに越したことはない。
 ベルを鳴らして、信子に聞かせる。おっまたせぇ、と言ってみるが、信子は顔を上げもしなかった。
 「後ろ乗る?」
 信子は無言で首を振った。あら、残念。
 自転車を降りて、信子と並ぶ。だいぶ暗くなってきたな。冬、近し。

 商店街までは、互いに無言だった。俺は俺で、明日のことを考えている。結構、必死で。
 どうやったら信子が泣かずに済むかを、必死で。

 ドラッグストアの前に来た時、サンプル品を配っているおねーちゃんたちと目が合った。二人が揃って俺達の前にやって来て、一つずつサンプル品をくれる。
 商品は、バラの香りがウリの、バスオイルだった。
 キャッチコピーは「ハッピーハッピータイムフォー・ユー」。

 駅近くまで来た時、良いことを思いついた。
 「野ブタ、これあ・げ・る。俺こんなん使ってもしょーがないのねん。お風呂でリラックスはいいけどさ、年頃の男子高校生がバラの香り嗅いでうっとりバスタイムって、アリエネー!」
 ゲラゲラ笑って信子に手渡すが、彼女は受け取らずに呟く。
 「別に、そんなには変じゃないと、思う」
 「ん? そう? うーん、でも、これは野ブタに使って欲しいのね、俺は」
 信子の前でサンプル品をちらつかせる。
 「な、何で」
 「野ブタの分で、今日の夜、明日に備えて使ってむる。そんで、俺の分は、明日。114大成功のハッピー! 気分をさらに盛り上げるために。お祝いで使うとヨロシ。オーケー?」
 「お、お祝いって。……ムリだよ」
 「ムリちゃいますやろ。だーいじょーぶだって。だいじょぶじょぶ! 修二には、俺からよーく言っとくし。明日は、野ブタ花まみれだからさー。アッハッハッハッハ! そう、このバラのかほりがトドメ。野ブタの、明日の一日のシメなのよー」
 信子は無言で目をしばたたかせている。目線は不安定。
 明日の114で、水が降って来ると覚悟を決めているのだろうか。

 ………。

 「何つーか。解決にはなんないけどー。明日、一緒にガッコさぼるか? エスケイプッ!」

 ほーんと、何の解決にもなりゃしねーけどよぅ。
 信子の顔を覗き込むと、彼女は俺を見て固まった。目が、驚いている。
 「俺が嫌ならー、修二と逃避行〜。っつてソレじゃー、ラヴラヴ認めたと思われてもしょーがないわな! アカンアカン! そんななら花降らせて万事解決一直線でイイ訳だぁし?」
 相変わらず無言の彼女は、一度下を向いた後、ひた、と俺を見据えた。
 真っ直ぐな瞳とかゆーの、初めて見たかも。

 「私、逃げないよ」
 とても小さな声で。
 彼女は、震える声で。
 「絶対、逃げない」
 かばんの持ち手をきつくきつく握り締めて。
 「逃げてばかりじゃ、変わらないし。ひ、人は、変われる、って思いたいの。私、自分で変わりたいって思ってるから。今、逃げたらさ、今までのこと全部台無しになっちゃう気がして…」

 恐い、って、その後続くかと思った。信子は、黙る。彼女が言った言葉を反芻しながら立ち止まった。もう少しで、別れ道だ。
 「大丈夫だって。本気じゃないのよ。ギャラクシージョーク★なんだからさー」
 笑って言うが、実は、俺と一緒に学校をサボる提案は、半分くらい本気だったけどね。
 でも、そのまま逃げ続ける訳にはいかねーし?
 次の日に登校したら、きっと、今まで以上に信子は酷い目にあうだろうから。
 「ね、ねえ、そのバスオイル、貰っても良いかな?」
 「なーに言ってんの。あげるっつーの。ホラ、貰ってちょ!」
 「あ、ありがと」
 「今日と明日、いやさこれからも、野ブタがハッピーでありますように」
 十字を切る真似事をして、お祈りのポーズ。
 ふざけた調子だけど、本気ですからねー、神さま。
 野ブタの上に水がかかろうものなら、お仕事サボってるって思っちゃうからー。
 お役所仕事はダメダメん!
 「ありがと」
 「ん。んじゃ、また明日な」
 「うん、明日」
 「バーイちゃ!」
 お気に入りのキツネ手を作り、チュっと、投げキッス。コンコン!
 信子は無反応。そのまま帰り道へと進んで行った。

 猫背で余計小さく見える背中。
 ほっとけねーよな、このまま。
 さっきは神頼みなんてしたけど、そんなのだけじゃ護れない。
 俺に出来ること…。
 右手の握力を確かめて、考える。
 すっかり陽も落ちた空を睨み、平山家と桐谷家の距離、行くまでにかかる時間を計算。

 よし。

 野ブタの泣き顔なんて、絶対の絶対に見たくないから。
 人一倍脆いガラスのココロは、壊させねえ。








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**アキノブですアキノブです。彰信子です。すっかり狂いました。ラヴすぎる…。
 ああ、もっともっと、書きたいし、アキノブが全世界を覆い尽くせば良いと願わずにはいられません。
*2005/11/09up