ラヴベクトル 自分で言ったことなのに、驚くのはすごく、馬鹿みたいなんだけど。 あの本当オジサンスゲー、マジ。 びっくりだったもん。 俺が野ブタを好きだなんて。 でも、本当らしーんだな、コレが。 114で信子の頭上に降ったのは、大量の花だった。 「すっげーミラクル」 人が変わってゆく様子を見続けることなんて、滅多に無いと思う。 小谷信子、という少女が静かに静かに教室に入って来た時の事を思い出す。初めて見た時の彼女と、今目の前にいる彼女。 少しずつ少しずつ変わり始めている彼女を、祝福するように。 花びらが舞う。 ひらひら。ひらひら。 ライトの光と舞い落ちる花びらの中で立ち尽くす信子は、とても綺麗だった。 人の悪意に逃げずに立ち向かった信子の強さ。 そういう強さっていいな、と彰は思う。 信子の良いところを壊されないよう、護ってあげたい。 信子の隣で。 思った矢先、気づいてしまった驚くべき感情。 (俺、野ブタの事好き?) 友達、とか。 プロデューサーの一人として、じゃなく。 護っていきたいと強く思うのは、恋だから? 何やってもあんまり楽しいと思った事がなくて、青春を謳歌しろと言われても何したら良いか判らなかった彰が見つけたものは、信子だった。 足りなかった「何か」が、急激に彰を翻弄する。 (うわ、うわ、うわ!) 別れ際に信子の肩を抱いた事や、「ばーいちゃ!」と言って覗き込んだ顔を思い出した。夜気で少し冷たい肩だったとか、伏し目がちな彼女の目の長い睫毛とか、ふっくらした頬だとか唇とか。 ああ、いつもの事だったのに。 何度も何度も見てきたし、親愛なる信子への、普段通りのスキンシップではないか。 おかしい事はなにもない。 はずだ。 が。 (うっわ。やっべえ! …もう、明日から出来ないかも…) 信子の手帳を持っている、というだけでもドキドキする。彼女が描いたぱらぱら漫画を見てしまった、イコール彼女の秘密を見てしまった事に、更に鼓動は高まった。 「こんなんであーしたからどうすっべ。ねえ俺?」 と呟いても、今まで通りに振る舞える自信がない。 ふーっと柄にもなく溜め息なんてついてみる。白い息が重そうだった。 連想で、何度もつついた信子の頬を思い出す。 「あの白いほっぺ、えーなーぁ…。って俺! いやだすけべ! 助平!!」 「ニャっ!」 「うお、びっくりした」 地べたに座り込む彰に、猫がじゃれつく。 「…ねえ今のニャってさ、その通りだ! ってこと? ねえねえ」 通りすがりの猫に絡んでみるが、猫は鳴くだけ。しかもあっさり彰に興味をなくしたのか、さっさとどこかへ行ってしまう。 「ふーんだ、いーでーすよ〜だ。家に帰るもんねっ」 かばんを持って、立ち上がる。もう二度と本当おじさんには会いたくないなあ、と思いつつも、少しだけ感謝をする。 「あ〜〜あ。野ブタは無事家に着いたのかなあ。彰しーんぱいッ」 信子は携帯を持っていないし、彼女の家の電話番号を知らない。本当おじさんならまだ良いが、暗い道すがらに信子が恐い思いをしているのではないかと考えてしまう。 今度から送ってこうかな、と思うが、信子に拒否されそうだ。 (家の方向逆すぎ! ノーリーズン! がっかり) 家に着くまでも、寝るまでも、信子の事ばかりが浮かぶ。 恋の病は既に重症らしく、夢の中ですら、信子を想う彰だった。 君が好き。 君の強さや誇りを汚すものから、護りたい。 誰かが、じゃなくて、俺が。 信子を。 俺が、信子を、きっと。 きっと。もっと。
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