しあわせをくれるひと





 いつもの帰り道。商店街の途中で、彰がたい焼きを食べたいと言い出した。
 小さなスーパーの売店で買い込み、裏にあるこれまた小さな公園で食べることにする。置いてある遊具は、滑り台と鉄棒、シーソー。砂場の近くにはベンチが二つあった。しかし、今はどちらも人がいた。
 「ブランコにすっか」
 信子は彰の提案を受け入れる。それぞれブランコに腰掛けた時、街灯が灯った。すっかり日も暮れた、午後六時過ぎ。
 信子が周りを見渡すと、シーソーで遊んでいるのはスーツを来た男二人だった。中年を過ぎた頃と思われる年齢の男達は、暗い表情で、無言である。
 ベンチに座っているのは、真剣な表情で携帯を操作している女の子だった。動かす指の速さから、メールを打っているのだろうかと考えた。そういえば、この前彰が携帯電話でシューティングゲームをしていた時があんな感じだった気がする。画面を見つめる目がそっくりなのだ。
 セーラー服の少女は短いスカートを穿き、惜しげもなく足を組んで白い足を見せている。物凄く寒そうだ。信子は見ているだけで身震いする思いだった。
 隣のベンチには、黄色い通学帽を被り、制服を着た男の子が座っている。こちらも必死な表情で、懸命に携帯ゲーム機とにらめっこをしていた。小さなゲーム機は、信子が持っているものと色違いのようだ。
 「野ブタ、はい」
 彰の呼びかけで、信子は手袋を外してたい焼きを受け取る。頭側だった。
 「…た、たい焼きって、頭の方が好きなんじゃなかった?」
 「うん。でも、今日は良いんだ」
 「何で?」
 彰は答えずに、一口でたい焼きの尻尾側を食べてしまう。信子が改めて手元のたい焼きを見ると、少し大きい気がした。きっと半分には分けず、信子の方に多くなるようにしたのだろう。
 売店のたい焼きは、残り一つだったため、二人で分けようと彰が提案した。代金は彰持ちだ。
 「幸せな気分になるんでしょう? 私がこっち貰っちゃって、良かったの?」
 「いーのいーの。尻尾でも、今は幸せだから、良いの」
 「そうなんだ…」
 「そー」
 一口口に含むと、まだ温かさが残っていた。信子はもう一口食べながら、疑問に思っていた事を聞いてみる。
 「何で、たい焼きの頭食べると、幸せになるの?」
 すると彰は、答えるでもなく、前を向いたまま笑っていた。
 とても、幸せそうな笑顔だった。
 信子は食べかけのたい焼きに目を移し、また彰へ戻す。
 幸せそうに、どこか遠くを見つめるような眼差し。
 何も言えずに信子が見ていると、彰がこちらへ顔を向けた。

 何て、幸せそう…。
 嬉し、そう。
 何で?

 普段はとてもとても口数の多い彰だが、言葉を重ねるより、今の彰の表情でどれだけの幸福感かが判る。
 その幸せを、分けてもらったかのようだった。
 何となく笑い返そうと思ったが、上手く出来ない。信子はたい焼きの頭を食べながら、また公園の様子を窺う。
 いつの間にかサラリーマン達はいない。女学生の近くには、友達だろうか彼氏だろうかー…男の子が駆け寄って来ていた。女の子は怒っているようだったが、男の子と手を繋いで公園を出て行く。一瞬だけだが、女の子と目が合った。
 ふいに、自分と彰はどう見られたのだろうかと考える。
 友達? 恋人?
 公園内にいた最後の子供は、母親が迎えに来て帰って行った。
 「よっし、俺達もお家へ、かーえりーましょう!」
 先に立ち上がった彰が、信子に手を伸ばす。
 「う、うん」
 ぎゅっと握られた手。大きな、手。
 信子は途端に切なくなった。心臓の辺りも、ぎゅっと。
 彰の引っ張る力を借りて、信子は立ち上がる。
 立ち上がる。
 手はすぐ離れたけれど、後で思い出すのは、きっと。
 彼の幸せそうな顔と、ほんのり温かかったたい焼きの頭と、あの、大きな優しい手。







戻る

**9話目感想すっとばしてアップー。9話も最高に面白かった!!

 この話は、信子彰を目指して書き始めた冒頭だったのに、微妙だなー…。無理なのか私には。

 幸せが連鎖して続いてゆけば、と願います。
*2005/12/11up