とりのはね 飛ぶ鳥。今日も、翼をはためかせて。 勢いよく飛んでいけるのは、行きたいところがあるから? 不安のない空へ。光の先へ。 私は。 私は。 行きたくない。 行きたく、ない。 自分を変えたいくせに、ここから動きたくない。 「そういえば、野ブタ前にテレビゲームやった事があるって言ってたよね? 何が好き何なに?」 覚えてたんだ、そんな事。 「ドラクエ」 「おー、俺も好き! どれが一番好き?」 「3」 「うんうん、俺も3が一番好き。フィーリングバッチリ!? スーパーベストカップル!」 やたらニコニコ、ひっきりなしに笑い声を上げる目の前のひと。 お弁当を食べ終わって、のどかなひとときの会話。 最近やっと、まともに話せるようになった、かも。慣れ、かな。 ぼーっと眺めていると、彼と私の目の前に、一羽の鳥が着地した。 「なんじゃらー? ケガでもしてんのかコイツ」 恐る恐る私は鳥に手を伸ばす。鳥は嫌がったのか、パッと飛び上がって、草野君の周りを飛び始めた。 「は?! いや俺鳥に好かれても困っちゃうのよーん」 と言いつつ、何だか嬉しそう。 鳥は戯れを止めない。草野君は鳥を追いかける。ひらひら、ひらひら、両手を羽根のようにはためかせて、大声で笑った。 「ピーチクパーチク! ピーチクチク! ひゃはははッ! …を!」 バサリ、とひと際大きな音をたてて鳥が羽ばたいた。拍子に、白い羽根が舞い落ちる。 草野君は、羽根を巧くキャッチ。鳥は飛んで行ってしまった。 無言で羽根を見つめている。時折、静止画のように動かなくなるけれど、次の動作までの間が絵になる気がする。彼は、おもむろに私へ駆け寄って来た。 「鳥、覚えてる?」 え? 「ほら、あのさ、っと、何だっけ。あの、オーブで蘇る不死鳥…」 「ラーミア?」 「そー! それそれ! ラーミアなりねー」 さっきまで話していた、ゲームの中の鳥。 初めはラスボスだと思っていた敵のお城へ行くための、聖なる鳥のこと。 このボスを倒せば、世界が平和になる…。 そう信じて乗り込んだ、あの、想い。 終わりじゃなかったんだよね…。 深遠なる暗いくらい大きな穴の中で、しっかりと息づいていた、最悪の敵がいたんだ。 まだ、戦うの? 少し、恐かった。 少し、戸惑った。 マップの上にぽっかりと空いている穴を、凝視し続けていた。 「俺、あの鳥、すきー」 鳥の羽根を陽の光にかざして、彼は言った。 「だってさ、苦労して集めたオーブでやっとやっと蘇ったし。乗ってる時のBGMもイイなり! 何より―…」 羽根にキスひとつ。 「ラーミアちゃんいないとバラモスんとこ行けないしー? 悪の親玉をいざ倒さんー! って、城突入の時から、ずっと思ってた。バラモス目の前にした時よりも、実は、ずっと…だったっ・ちゃ〜」 最後はおどけて笑ったけど、草野君の表情から目が離せない。 「…困難に立ち向かう勇者を導く、聖なる鳥…。でも、せっかくバラモスを倒しても、地下世界にゾーマがいたよ…」 「うん、俺、やったーって、思っちゃったのよー」 「ど、どうして? だって…」 だって、私、頑張ったのに。 もう、終わるって、思ったのよ。 仲間がいたから、辛くても冒険を進められたけど。 まだ戦うの? ゲームだから約束された「エンディング」がある。終わりは、用意されている。そんな事、知っているよ。 「まだ見ぬ父・オルテガに会えるんじゃね? って、思った」 ………。 私は忘れていた。 あの瞬間は確実に。 「そんで、大好きな仲間とまだ旅が続けられるー! って。アレフガルドの人達には悪いけど。でも、ぜってー俺らが地下世界も救うんだって、すぐ決めた。俺がやらなきゃ誰がやる?! えい! トオ!」 羽根を剣に見立て、草野君は見えないない敵に切り掛かった。 暗い地下世界にいても、草野君の勇者一行は輝いていた事だろう。最後の敵に辿り着くまで、どんな傷を負おうとも。何度、膝をつこうとも。 リーダーが、勇者・草野が、諦めない限り。 「って、あのエンディングがあるワケだ…。悲しい、あの…」 「私は、とても悲しかった…。でも、地下にも地上にも、光が戻って、それは良かったと思う。目標はクリア出来たんだ」 絶望に似た感情を覚えて、一歩先へ進むのをためらったけど、でも、倒さなきゃって、思った。 この敵は、私が倒すんだ、って。 そうやってクリアしてきたゲームは数知れない。たくさん、プレイしてきた。 仮想世界の私は強い。終わりがあると信じているから、強い。 私の人生にも、終わりはある。不老不死ではないから。近いかも知れない、遠いかも知れない、その日。 今の私の目の前の光の人と、もう一人、同じ光でも異なる光を発する人のお陰で、この現実の世界でも、変わりたいと願うようになった。 私は、どんな傷を負っても、何度膝をつこうとも、先へ進めるだろうか? 輝くのは無理でも、自分の足元くらいは照らせるかも知れない。 そして、仲間の、草野君と桐谷君がもしも光を失いそうになった時は、私の全力で光を分けてあげよう。 小さすぎて弱すぎて、役に立たないかも知れないけれど。 何より、二人の光に吸い込まれて存在すらなくなりそうで恐い…かも。ああ、だめだ、ありえる…。 「野ブタ、どした?」 羽根で鼻をくすぐられて、我に返った。落ち込んでた…。 「な、何でもない」 私はまだ生きていくから、まだ、戦うの。 一緒に戦ってくれる人がいるもの。 「RPGとか仲間と旅するゲームってさ、仲間同士の会話想像しなかった? 今のゲームの仲間は喋るから、あんまし想像の余地ナッシン」 「あ! ある!」 「え、想像の余地ありん?」 「じゃなく、て、ドラクエとか…、戦闘中もこの子はこんなだろうな、とか。しゃ、喋り方とかまで…」 「スーファミ版はホラ、性格システム入ったし!」 ああ、こんな風にゲームの話が出来るのは、何年ぶりだろう…? 私は、私の世界を変えたい。 もっと、楽しい事が沢山あったら良い。 「俺ら野ブタをプロデュース組もさ、もっともっと会話をする必要があると思うのね。ていうか修二は俺に冷たいところがあるので、もっと親交を深め、結束を固くする事が重要課題。…結局、あんまし紅葉狩りは、成果あったっちゃあったし、なかたっちゃなかったような、でも二・三割り増しくらいには良くなれたかな、なれなかったかな?」 私は楽しかったけど…。 「でぇ、彰クンは考えました! すーぱーシンク! 修二は後で何とかするので取り敢えず置いといて、の、野ブタ!」 「?」 やたら真剣な顔になった草野君は、口をもごもごさせている。何を言い淀んでいるのだろう? 無言で見つめていると、彼は鳥の羽根を口に当て、まっすぐな瞳で私を射ぬいた。 「い、色んな鳥さんを見に、動物園でも行きません、か?」 希望の鳥、不死鳥ラーミアは決していないけど、この人は私を導いてくれる。外の世界を見せてくれる。 恐がりな私を、連れ出して、くれる。 「うん、か、考えとく…」 嬉しいくせに、照れで曖昧な事を言ってしまったけど、もう決めているよ。 誘ってくれてありがとう。 言えないけど…。 でも、あの時言えなかったあの台詞がきっと言えるだろう。 今日は楽しかったです。 って。 だって、今から想像だけでも楽しい。 草野君と行く動物園。ペンギンやアザラシを見たら、きっと言いそうな台詞が―…。 「あ、わ、笑った?」 …どうやら、笑ったらしい。草野君が私の顔を覗き込む。や、止めて…。 顔を逸らし、青空を見上げたら、また鳥が飛んできた。 今度は私の真上に羽根を落として…。 私は、私の世界を変えたい。 鳥の羽根、力を貸して。 草野君が「俺のパワー込めといたから!」と言って渡してくれた、もう一枚の羽根と共に。 行ってみたいところがあるの。 不安のない空へ。光の先へ。 今までの私とは、違う私が居るところへ。 飛んで行きたいよ。 「絶対一緒に行こうな?」 突然の台詞に面食らう私にはお構いなしに、「動物園!」と続ける草野君。 弾ける笑顔と、冬の優しい光量が彼を輝かせる。 「そうだね。そ、そのうち、行こう・か」 いつと決めずに、そのうちとぼかしても、うん、絶対だ。 喜びはしゃぐ彼と一緒に、行けるところまで。 この羽根を持って行こう。 貴男と一緒に行くんだから。
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