calling my love
待ちに待ったホワイトデイは、日曜日。
電車を乗り継いで帰ってきたぞ、東京!
草野彰は、急いでJR線のホームを目指し階段を駆け上がる。ちょうどやって来た電車に飛び乗った。腕時計を見て、時刻確認。余裕だ。
今日はデート。愛しの信子とデート。
両想いになった彼らとしては、初デートである。
気合いの入りすぎない程度にお洒落した自分の姿が電車のドア窓に映っていた。おちょぼ口を作ったり、目をぱちぱち瞬きさせたり、口の両端を持ち上げてちょっと笑ったり。
百面相を続けたいが、ここがどこだか思いだし、止めた。
信子はどんな格好で来るだろうか。彼女の服装も気に掛かる。
昨夜電話で話した時には、服装の話題にはならなかった。信子なら何を着ても似合うと思っていたが、春めいたワンピースなんてどうだろう。見たい。
天気は良好、太陽が味方してくれた。青い空に浮かぶ適度な大きさの白い雲。降水確率はゼロパーセント。
都内の某所にある遊園地でデートをすることになっている。天気なのは本当にありがたい。気温も過ごしやすい温度だ。
まずは、都内某所の遊園地で待ち合わせ。夕方前には水族館へ行くことになっていた。
電車を降りて、呼吸も心も弾ませながら信子の元へと急ぐ。
遊園地の入り口に、愛しの彼女は居た。
白いシンプルなワンピースに、クリーム色のジャケットを着ている。
ワンピース、超似合ってる!
思わず、以前のように「野ブタ!」と呼び掛けようとした口を平手打ちし、彰は気分を落ち着けようとした。
「の、信子!」
空を見上げていた彼女が、彰を見た。
「…おはよう、彰」
「おはよー」
照れ隠しに右手で狐の形を作り、コンコンと鳴かせて遊ぶ。
「信子、すっっげー可愛い。ジャケットの桜の刺繍もいいね、似合ってる」
彼女から視線を外しながら彰は褒めた。まっすぐ彼女の顔が見られない。
「あ、ありがとう。彰も、何かかっこいい、よ」
互いにぎこちない口調で褒め合った。視線を合わせた時には何だか可笑しくなって、二人で微笑んだ。
入園後、近くのベンチに座ってガイドマップを見た。どこに行こうか、昼食に食べたいものは何かと話し合う。
手近なところからゴーカート、メリーゴーランド、お化け屋敷などと進み、最後は奥の方にある観覧車と決めた。
昼食は、フードコートで実際に見てから何を食べるか決める。それでも彰は、みたらし団子は絶対に食べたいとリクエストした。
まだ蕾が色づいていない桜の並木を抜けて、ゴーカートへと進む。早く高校を卒業して、東京へ戻ってきたいと彰は思った。信子と花見をしたい。来月は時間が取れるだろうか。どこか遠くで花見旅行をしたいとも考える。
冷たい風を切りながら、ゴーカートを走らせた。彰がハンドルを切り、ペダルは信子が踏んだ。自動操縦にもなっているため、本来は手放しでも楽しめる。しかし、自分たちで操作をした方が何倍も楽しい。
直線では信子が思い切りペダルを踏んだ。スピードに乗って彰がはしゃぐ。周りの景色も楽しみつつ、ゴールまではあっという間だった。
「コース沿いにあったチューリップ、綺麗だったね」
「そうだな。お、あそこにもチューリップあるぞ。赤、白、黄色…って歌か!」
メリーゴーランドの乗り場手前に花壇があり、チューリップが風に揺られていた。
それから順調にメリーゴーランド、お化け屋敷、コーヒーカップと定番のアトラクションを制覇した。ライドに乗ってシューティングゲームを楽しんだ後、昼食を撮ることにする。
みたらし、ホットドッグ、焼きそば、たい焼き、ジュースを買い込んで、芝生の上で食べることにした。ガイドマップを広げて食べ物を置く。
周りには、彰たちと同じく昼食を摂る家族やカップルが沢山居た。
休憩スペースは設置されていたけれど、天気も良いこの日、陽射しの下で楽しく食べることを選択した人が多いようだ。
近況を話しながら昼食を終え、またアトラクションのある方へと歩き出す。途中、グループで来ている若い男女と、ボーイスカウトやガールスカウトらしき制服に身を包んだ子供たちと擦れ違った。はしゃぐ子供たちを避けて、彰は道の端へ寄った。
広場になっていた芝生とアトラクションのある地を結ぶ道は、幅が狭い。子供たち全員と擦れ違うまでは、道を譲った。
「おおー、元気だなー」
信子に話し掛けたつもりだったが、彼女が居ない。
「お?」
キョロキョロするが、見当たらない。
「ええ? 嘘?」
ばっと後ろに振り向いて、子供たちの集団を見た。背の高さからして、信子が居ないのは判る。引率していたのは小太りの中年男女だった。
もう一つの若い男女グループは見えない。どこにいったか、と周囲を探る内、看板を見つけた。
左向けの赤い矢印の下に、梅の小道と書かれていた。更に下に、右側の矢印と野鳥の森と書いてある。
看板まで走って左右の分かれ道を見た。人影すらない。野鳥らしき声は聞こえても、人の話し声は聞こえない。
「どっちだよ!?」
彰はガイドマップを出した。梅の道も野鳥の森も最後は行き止まりで、芝生の広場にも遊園地中心にも戻れない。
彰は舌打ちして、勘で梅の道を選んだ。
しかし、梅林に着いても、信子も男女グループも居なかった。年配夫婦が写真を撮影しているのみ。
それから、野鳥の森へ行った。こちらには先程見かけた男女グループが居た。計八人の内、大柄な男に信子のことを聞いたが、覚えがないと言われた。
「あたし、それらしき子を見たよ?」
金髪の女が彰に話し掛けた。
「マジで? どこに行った?」
「ここへ来る道の途中でさ、あたしたちの中に何でか居たの。彼はバカ話に夢中で気づかなかったんだろうけど、この狭い道の中きょろっきょろしちゃってー。んで、その後、小走りに走っていったよ。ここ来る前の、分かれ道の方へ」
「サンキュ!」
彰は走り出しながら礼を言った。
道すがら、信子の名前を呼ぶ。
「信子ーッ! どこだー!? オレはここだぞー!!」
分かれ道まで戻ったが、信子は居ない。芝生の広場の方へ行ったのか、それとも、当初の目的通りにアトラクションのある方へ向かったか…。
彰は意を決して、アトラクションのある方角へと走った。
行きも切れ切れに信子の名を連呼するが、反応はない。こんなことなら、もしもはぐれた時に落ち合う場所を決めておけば良かった。
信子が携帯電話を持っていないため、手軽に安否を確認することも出来ない。
走る彰の目に、白い鉄柱が目に入る。てっぺんに取り付けられたスピーカーを見て、園内放送で探すことを考えた。
…高校生を、園内放送で、探す?
いや、駄目だ。彰は軽く首を振って、それは最後の手段にしようと思った。
次に乗るアトラクションは決めていなかった。最後に乗ろうと決めたのは、観覧車!
彰は急いで観覧車へと向かった。油断なく辺りを見回し、信子を呼ぶ。
「のーぶこーッ! どこだー? 隠れんぼはなしだぞーッ!」
ミラーハウスを曲がり、ブランコ型の空飛ぶメリーゴーランドのようなアトラクションを越え、彰は観覧車の下へと辿り着いた。
「信子ーっ!!」
彰の絶叫も虚しく、返事はない。驚いた人々が彰を遠巻きに見ているだけ。
本当に園内放送という最後の手段を使わなければならないのだろうか。
自分の声は、信子には届かない…?
良く晴れた空を睨め上げて、彰は乱れた呼吸を整えるのに必死だった。
久し振りだ。
こんな風に、地面を見つめて歩くのは。
陰鬱な気持ちで、小谷信子は下を向いて歩いていた。
彰を捜すのに不向きだと判っている。一刻も早く会いたいなら、顔を上げて歩くべき。声を張り上げ、彼の名前を呼ぶべき。
それは数分前までしていたことだ。けれど、自分のトロさ加減に落ち込んでしまい、彰に迷惑を掛けたと思うと更に地に落ちそうな気分になる。膝を付いて、泣いてしまいたい。
「ママー、観覧車乗りたいー!」
小さな女の子が母親に甘えるようにねだっている。
観覧車、の言葉に、信子はゆるゆる顔を上げた。
そこに行けば、彰に会えるかも知れない…!
遊園地の象徴、観覧車。
悠然とそびえ立ち、ゆっくりとしたスピードで回るあの乗り物は、後光が差して見える。ただの太陽光だったが、なんと眩しい光だろうと思った。
まるで、彰のようだ。彼から発せられる明るい煌めき。とても眩しいけれど、見つめていたい。
きっとあの光の下に、彼は居る。
そう考えた信子は、急ぎ観覧車へと走った。
人垣の中を、息を切らして走る。その途中、聞こえた。
確かに、彰の声。
呼んでいる。
彰が私を呼んでいる!
「のぶこーッ!」
大好きな彼の声がする。私を、呼んでいる。
「っ、…きら! あ、あきらーっ!!」
乱れる髪も構わず、信子は彰へと一直線に走った。
「信子!」
彰が信子に気づく。彼も、信子へ向かって走る。
思わず彰に飛びついた信子は。
「…良かった。やっぱり、彰はここに居た…」
光の下に…。
泣きそうになるのを堪えて、そう言った。
呼吸を整えるために、二人は観覧車から少し離れたベンチに座った。
「見つかって良かったのよー。もう、よっぽど園内放送で呼び出さにゃーイカンのかと思った…」
「そ、それは止めてくれて正解…」
お子様のように呼び出されるアナウンスを思い浮かべて、信子は眉をひそめた。
迷子のアナウンスだと、何だろうか。クリームのジャケットに桜の刺繍、白いワンピースをお召しになった、十七歳のお嬢さんをお見かけの方は—…。
いや、そう、自分は高校生だ。迷子ではあるが子供とは違う。
せいぜい、お呼び出し申し上げます。東京都●●区からお越しの、小谷信子様ー。お連れ様がお待ちです。迷子センターまでお越し下さい。くらい。
結局行き着く際には迷子か、と思うと、どよん、とした重いものが胸に落ちた。
人前で抱きついてしまったのにも恥ずかしい思いをしたが、アナウンス放送をされるよには幾分かマシだと思うことにする。
俯いた信子の目に、手が現れた。驚いて見上げると、彰の手だった。
「もう、離れないように」
差し出された手を見ること十数秒。
信子は微笑んで彰の手を取った。
温かい手。太陽の温度。
「うん。離れないように」
繋がった手と手。
今度は離れないように。
観覧車に乗った後は、早めに水族館へ移動した。二人にとって、思い出のある場所。学友に告白され、信子はデートコースとして来たことがある。彰は、気になった信子の跡をつけて来館した。
あの時の色んなハプニングも、おじいさんには悪いがいい思い出だ。
遊園地で沢山のアトラクションに乗るよりも、ゆったり歩いている方が、手を繋ぎ易い。
電車での移動、徒歩での移動、水族館に入ってから、ごく自然にどちらともなく手を繋いでいた。
今日初めての行為なのに、いつものように、当たり前に。
壁一面に見える魚の回遊を楽しんで、ペンギンやヒトデを見て、記念グッズを購入。バレンタインに行われたフォトサービスは、今回はないらしい。
楽しい時間は、あっという間に過ぎた。
水族館を出て、夕日を見ながら彰は言った。
「今日、楽しかった?」
「すっごく、楽しかった」
信子の笑顔を見て、彰も笑った。
「これ、プレゼント」
白黒のブタの携帯ストラップだった。
「黒はオレで、白は信子。色違いの、ペアペア!」
ストラップと一緒に、ラッピングされた小箱も渡す。
「これは、マカロン。チョコのお礼」
「あ、ありがと。遊園地も、水族館の入園料もおごってもらったのに…」
「いいってことよ。そんなの、男として当然! 初デートだし。かっこつけさせて欲しいっつーか」
あさっての方角を見て、彰は段々小声になりながら言った。
照れている彰を可愛いな、と思いながら、信子は彰の手を取った。
「携帯、近いうちに買いたい。彰ともっと話したり、メールしたりしたいし。このストラップをつけたい」
頬染めて告げる信子に、彰は言いようのないときめきを感じた。繋ぐ手に力を込め、交わった視線にのどを鳴らす。
「オレは信子が好きだ」
突然の言葉に、信子は驚きながらも頷いた。
「ホントなら、今すぐにでも東京へ戻ってきて、毎日でも信子と一緒に居たい。修二と居るのも楽しいけど、信子とは違う」
「…うん」
「遠くにいても、大丈夫だよな? オレが高校卒業してこっち戻るまで、オレたち、こんな風に繋がってられるよな?」
顔は何でもないように装っていたが、手が彰の不安を伝えていた。それは、信子も心配していることである。いつ、彰の良いところを理解して好きになる人が現れるんじゃないかと思うと、気が気でない。
自分以外にも、彰の光の魅力に気づく女の子がいるかも知れないと思うだけで、胸が張り裂けそうになる。
「私も、少し、心配してる。でも、さっき大丈夫だと思えたよ」
「さっき?」
彰の疑問の声に頷いて、信子は続けた。
「遊園地。彰とはぐれて、でも観覧者の前で会えた時。彰が私の名前を叫んでた。捜しているんだから当たり前だけど、私、あの声に助けられた。必死に私を呼ぶ彰だから、これから先、何があっても私を呼んでくれると思う。私も、それに応えたい。もしもの際には、私が、彰を呼ぶから。ちゃんと、呼ぶから」
一気に想いを伝えた信子は、ひとつ深呼吸をした。
彰は黙って聞いていたが、まっすぐこちらを見つめる信子の目にうっすら浮かぶ涙を見た。
「そーだな。そうやって、いつも相手のことちゃんと見て、呼んで、愛を伝えていれば、大丈夫だよな!」
「うん!」
笑顔で頷き合った二人は、手を繋いで歩き出した。
「オレと信子なら、大丈夫」
「そう、ずっと一緒だよ」
また暫く逢えない日々が続く。
不安が全くなくなった訳ではない。
しかし、繋いだ手から伝わる、互いの愛しいという気持ちはちゃんと心に伝播している。
「また、逢おうな」
「うん。絶対ね」
「夏休みにでも」
「そうだね。海、行きたい」
ぽつぽつ話しながら、歩く。
別れの時間は、すぐそこ。
けれど、二人は笑顔のまま。楽しいまま、別れようと思っていた。
今はまた離れてしまっても、繋がった心は、離れようがない。
「またな」
「またね」
手を振りながら別れた駅。彰は電車の中で、黒いブタのストラップを見ながら、緩む頬を自覚。
一度は実らないと諦めたこの愛を、もう、手放さないと誓える。
君を呼ぼう。愛を叫ぼう。何の遠慮が要るものか。
**遊園地は想像上の産物です。
この前、駅で呼び出し食らってるおじさまを見て思いつきました。名前と●●窓口(忘れた)にお越し下さいとだけ言われており、用件は判りません。定期購入とかで手違いでもあったのかも知れませんが、すぐに電車がホームに来たので、ちょっぴり可哀想でした。
でも、おじさまのお陰で、アキノブがまた書けました。ありがとう!
*2010/03/13up