紅葉strategy 1 自室のベットの上で寝転がりながら、草野彰は息を止めていた。 苦しくなっても、まだ大丈夫。我慢我慢、と言い聞かせ、もう少し思考を進めてみる。イメージは、紅。トロッコ、木造の建物、豪華な料理、朱塗りの柱、一緒に隣を歩く女の子と、自分の手、いくつもの映像をシャッフル再生した。 ゆっくり目を開けて、深呼吸。 危機感と焦燥感は常にある。口元を歪めたり、唇を突き出したりして不満を表しても、現実は変わらない。 想いを寄せる少女との距離を縮めるには、行動あるのみ。策略、と言えば格好良いかもしれないと考える。 自分と同じく小谷信子に好意を持つ男がまた現れてから邪魔立てするのでは、どうにも不安だけが重くのしかかるのだ。 ずっと悶々と考えているのは性に合わない。以前のような気軽さで信子に接したいが、今のままでは到底無理というもの。 俺はそんなに情けない男だったか? と自問する。答えはノー。 いつもの自分を取り戻す為にも、信子へのアタックの一手を何としてでも成功させたい。 彰は、冴えた頭でも無理矢理眠りに就こうと、布団を頭から被り直した。 次の日の朝。 信子を発見するや否や、彰は自転車を漕ぐスピードを上げた。しかし、生徒の数が多くなっている校門間近。自転車から降りて、愛しの彼女に追いつき、気合い一発、肩にポンと触れる。 「おっはーだっ・ちゃ!」 「お、おはよ」 「うん、コンコン!」 手で狐を作って、信子の前で遊ばせる。ああ、今日も信子は可愛い。 何とか教室に着く前に、信子を捕まえる事が出来た。校門での人込みの中、用件だけを伝える。 「話があるから、昼休みに屋上へカモン!」 こくり、と一度頷いた信子を見て、彰は満足気に学校敷地へ入った。そしてそのまま、桐谷修二の姿を探す。彼の事だ、恐らく、自分達より先に来ているのが常。教室にいなくても、人気者の修二は、大抵はすぐ見つかる。人に囲まれている中心の男だからだ。 駐輪場には、既に修二の自転車が止めてあった。予想通り、お早いお着きである。 教室の近くに来ると、朝っぱらからご機嫌な笑い声が飛び交っていた。修二の声も聞こえる。何とか彼にだけ伝えたい、屋上集合。しかし、他の生徒に知られるのは不味い。 昼休みまでに言えれば良いのだ、と気楽に構える事にする。授業合間の休みにでも捕まえるとしよう。 彰は首にかけている赤い小さなメガホンを使って、挨拶をしながら教室へ入って行く。 丁度、信子は席に着くところだった。彰はそのまま視線は修二へ持っていく。彼はお得意の修二スマイルでを浮かべ、友達と談笑していた。目が合ったので、狐手と一緒に挨拶をする。修二は軽く返した。 一時間目の授業は現国。教科書とノートは広げたものの、彰の心は昼休みへと飛んでいた。 いや、本当は、もっともっと先へ。 「お〜野ブタ。今日のおベントーはなあ〜んだ?」 「…」 彰が向かい合わせにセッティングした机と椅子。信子は黙って椅子に腰かける。彰はメロンパンをかじりながら、信子がお弁当を広げる様子を見守った。 陽射し自体は弱いが、雲が少なく青々とした空の下で楽しいランチタイム。 少しずつ寒さは増してきているが、まだ辛いほどではない。しかし、着実に屋上で食べる気の失せる季節が近づいていた。 「うおーうおー。ウマそーだーな。つかさ、いつも弁当作ってるのって、野ブタ?」 「殆どはお母さんが作ってくれる。で、でも、最近は、一人で作るようにしてる」 「何で?」 箸を出しながら、信子はチラリと彰を見た。 「お母さん、最近忙しいから。夜遅くて…」 信子のお弁当は、鮭、煎り卵、さやえんどうの三色丼風味をご飯にかけた主食と、煮物やほうれん草のおひたしなど、とても美味しそうだ。 「んで? 今日は野ブタが作ったんか?」 「うん」 「マジでか! ううんまそーナーリー! ちょっとチョーダイ! 煮物煮物」 「どうぞ…」 見た目もさる事ながら、信子の手作りとあっては余計食欲をそそられる。里芋を一つ口に運び、味染み込んだ丁寧な作りに信子の性格が垣間見えた気がした。 「ーーー…」 彰は無言で咀嚼を続ける。ウマイ、マジでウマイ、と思いながら。 思わず無言になってしまったが、信子が不安そうに見ているのに気づき、彰はグッと親指を立てた。 「すげえ、マジでうめー。野ブタ天才?」 「そ、そんな事は…」 「だってさ、これ朝ちょっちょっと作ったんじゃないっしょ? かといって冷凍モンじゃないって、里芋見たら判るし大抵。まさか晩飯も野ブタが作ってんの?」 「ううん。お母さん。じゃなきゃ、お母さんがお惣菜買ってくる。昨日天ぷら買ってきてたから、お弁当のおかずになりそうなもの余りなくて…。お味噌汁に入れる里芋があったから、夜の内に作っておいただけ」 信子も里芋を食べた。 「本当にウマイっしょ?」 味わって飲み干したのち、信子はこくりと頷いた。 風もなく、穏やかな昼休みである。そんな中、意中の彼女と二人きり。彰が上機嫌に笑った。信子はいつも通りの無表情で、お弁当制覇にかかる。 彰は竹炭クロワッサンなるものを食べ始め、核心の話題からは程遠い話を信子に振り続けた。 刻々と時間が過ぎ、彰が腕時計を見た時には、昼休みはあと十二分だった。そろそろ、残りの一人が来るはずである。来ない、という事はないであろう。 修二にはガールフレンドとのランチタイムを早々に切り上げて、屋上に到着するよう言っておいた。 「…おそーいっちゃーぁあ…」 既に二人は昼食を済ませていた。彰はしっかりデザートのヨーグルトも食べ終わっている。 やがて、扉が閉まる音と、階段を駆け上がってくる音が聞こえた。空気が澄んでいるせいなのか、周りが静かだからか…。 「ワリィ、中々抜けらんなくってさ」 修二は、軽く息を切らせていた。彰と信子を交互に見て、二人の間に立つ。 「で、何だよ大事な話って。プロデュースの事で何か思いついたのか?」 「んだ。それを遂行するための、だいっじなお話なのよー」 彰はわざと真面目な顔を作った。信子も修二も、彰に注目。 「野ブタプロデュースの成功祈願ツアー兼、親睦を深めるための紅葉狩りに行きまっしょい!」 両手をひらひら信子達に向けて、イエーなどと言いながら満面の笑みを披露する。 「…行かねえっつただろバカ」 彰と正反対の顔をした修二は、冷たく言い放った。 戻 2
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