だから一緒に
とある事情でこの桃源郷へやって来た女は、
と名乗った。
どこからか召喚された女で、その場に居合わせた三蔵一行とは深く関わっていくことになる。
空から落ちてきた彼女を助けたのは悟空だった。
眠るように目を閉じた
を腕に抱き留め、その時は名前も知らない彼女を揺すって目覚めさせた。
呻きもせず、ゆっくり目を開いた
を、今でも覚えている。
一緒に旅を続けるようになって四ヶ月ほど。
徐々に交わす言葉が増えたことが、とても嬉しい。
いつもは生気のないような、ある意味三蔵よりも無愛想で無表情な
の微笑が増えたこともだ。彼女の笑みを見たくて、悟空は
によく話し掛けた。
は妖怪に狙われる身で、戦えもしないから悟空は彼女にこう言った。
「俺が、
を護るから。ゼッテー護るから!!」
「……ありがとう」
小さく呟いた彼女に、悟空は嬉しくなってニッカリ笑った。
はつられるように、口の端を少しだけ上げた。
を護って、西の果てまで連れて行く。彼女には、何人たりとも、指一本でも触れさせたくなかった。
なぜか、そう思えるひとだった。
出来もしないことは、言わない。過酷な戦場では、百パーセント無傷は無理かも知れない。けれど、それでも湧き上がるこの『護りたい』という想いは増すばかり。
例え、
が帰る人でも。
だからこそ、余計に想いが募るのだろう。
惹かれているのは判る。悟浄にからかわれて自覚した。
行く先々で人間にも妖怪にも言い寄られる
を見て、何度ムッとしたことか。
嫉妬だと気づくのには時間が掛かった。
「
、走れッ!」
妖怪の襲撃にあった一行は、今はバラバラにされた。これから寝ようという時に襲われて、整えていた野営のセッティングは台無しになってしまった。
なにぶん、襲撃の人数が多い。戦った手応えで、悟空の相手は一人一人の力は全然大きくないと判った。しかし、分断されて
を護りながら十五人近くもの相手をしていたら、そのうち限界がくる。
「悟空、あの狭い道に入って」
「判った」
せめて、一対一に持ち込めれば、全員倒せるだろう。問題は、大人しくサシで勝負してくれるかだ。悟空を飛び越えて
に襲い掛かられたら堪らない。
悟空は
の手を引きながら走っていたが、彼女の息はもう上がりきっていた。
山を下る崖っぷちの道の途中で止まる。
数分で追いつかれる距離。背に庇う
。残りの敵。倒せるかどうか算段をつけて、悟空は
を見た。
彼女は、崖の下を見ていた。続いて反対側の崖を見上げる。一緒にその目線を追ってしまいながら、悟空は
の意図に気づいた。
「…その方が良さそうだ」
悟空が如意棒を縦に構えると、
は荒い息のまま頷いた。
「上に行きましょう」
道の角を曲がって来た妖怪たちを見て、悟空は叫んだ。
「伸びろ、如意棒!」
悟空に抱きついた
ごと、如意棒は上へと伸びた。妖怪たちが追いつく間際、如意棒は縮む。少しバランスは崩したものの、悟空たちは崖上へ着地。
「三蔵たちを探さねーと…」
妖怪たちはやり過ごせたものの、また追い掛けてくるだろう。稼いだ時間は十分もないと判断。
手に入れた時間の間に、何とか合流したい。
もっともっと強くならなければ。
繋いだ手に、少し力を込めた。
はそれに気づいたが、何も言わなかった。
あの後、八戒と合流した悟空は何とか敵を全員倒した。
遅れて、三蔵と悟浄とも合流。夜通しジープを走らせた結果、小さな街へと辿り着くことが出来て、朝一番に宿を取った。
疲労困憊が祟り、そのまま全員夕方前まで爆睡。
とてつもない飢餓感に襲われ、悟空は目を覚ました。夢の中で食べていたものは、まったく意味を成さない。腹が減って死にそうだった。
洗面所へ行ってから部屋を出る。八戒や三蔵は起きているだろうと見当をつけ、手近な八戒の部屋をノックした。ここには
も居る。
「はい」
「俺、悟空だけど」
「はい、今開けますね」
すぐ開かれたドアから、八戒が出てきた。
「おはようございます、悟空」
「おはよ。
は?」
部屋を覗くと、まだベッドに居るらしいことが判る。
「ご覧の通り、まだ寝ています。もう八時間は寝ていますね。そろそろ三蔵たちも起きてくるでしょうし、食事前には起こすつもりです」
「いや、もう俺ハラ減って死にそう〜…」
力なく肩を落とすと、それを示すかのように腹の虫も賛成のコールをする。
「あはははは。じゃあ、食事の用意をお願いしてきますね。悟空はここで待っていて下さい」
「オッケー」
八戒と入れ替わりに部屋へ入った悟空は、すぐさま
のベッドへと駆け寄る。
相変わらず布団を被って寝ているため、寝顔は拝めない。
ちょっと残念…と思いながら、向かいの八戒のベッドに腰掛けた。
片膝に顎を乗せ、夜中の妖怪襲撃を思い出していた。
人数が多かったから、手こずった。本当のことだが、
に怪我の一つでもあったら、自分が許せなかっただろう。
もっともっと強くなりたい。
何者からも、何事からも
を護れるように。
これから敵の本拠地に近づくにつれ、強敵が現れるかも知れない。
その時、自分は
を護れるだろうか。
彼女を失わずに済むだろうか。
ぐるぐる堂々巡りの疑問は答えが出ない。別れの時まで、判らない。
軽い溜め息を吐くと、次いでまた腹の虫がもう限界だと知らせを送ってくる。今度は先程のものより大きめだった。
目覚まし代わりになってしまったのか、
がもぞりと動いた。
悟空は気恥ずかしさを覚えながらも、呼び掛けてみる。
「えっと、
? 起きた?」
もう二度動いた
は、布団から両目を出して答えた。
「うん。おはよう」
「おはよ」
「八戒は?」
「今、宿の人に食事頼みに行った」
「そう」
小さく呟いて、また布団の中へと潜ってしまった。八戒が戻るまでは、寝るつもりらしい。
声を掛けづらくなった悟空は、そのまま八戒を待つことにする。また
へと目をやり、ぼんやりと考えことを—…。
そんな悟空の思惑とは裏腹に、またも腹の虫が盛大に鳴った。
これは何としてでも止めおけないものか…!
「…ワリ。五月蠅くして」
何となく、
に謝ってみる。
「……ううん、いい。もう起きるわ」
起き上がった
は、そのまま洗面台に直行した。
横目にちらりと映った悟空は、心なしか顔が赤かった気がしたが、何も言わないでおいた。顔を洗い、軽く歯磨きをし、髪を梳く。
が部屋に戻ると、悟空は神妙な顔つきで一点を見つめていた。
どうしたの? と、声を掛けようかと思ったが、
は無言で悟空の前に行く。ベッドに腰掛け悟空と対面した。
大きな金色の瞳を見つめれば、その瞳はまっすぐに
を映す。
「
、俺、まだまだ弱いから、
のこと、護り切れねーかも知れない」
は何も言わず、悟空をひたと見つめ返した。
「今日みたいなことがあった時、ちゃんと護れるか自信なくなった。でも、護りたいと思ってんのは確かで、強くなりたくて。すぐにどうこう出来なくても、諦めたくねえ」
「ええ、すぐに結果を出せなくても、焦ることはないわ。戦いの中、無理はしないで。私も出来る限り足を引っ張らないようにするから、お願い。私だって、悟空が怪我をしたりするのは、見ていて辛いもの」
八戒の気功ですぐに治るような傷でも、自分のために負った傷など見たくない。
自分が傷を負うことより、ずっとずっと痛いと思えた。
は自分の力のなさを嫌というほど思い知っている。
何とかして、自分も戦えるようになりたいと切に願っていた。未だに、戦う術は見出せないが。
「悟空が私を護ってくれているのは、護りたいと思っていてくれるのは、充分判っているつもり。大丈夫、貴男の気持ちは、届いているから」
面と向かってそう言われると、とても照れる。悟空は
から目を逸らし、頷いた。
もっと照れることを言おうと、今決めた。
「俺さ、
のこと護りたいって思ってんのは」
少しだけ目線を
に戻しながら、続ける。
「最近ちょっと変わってきてて」
誓う。君に誓う。
「仲間だから、ってだけじゃなくて」
想いを告げて、もしも護らなくて良いと言われたら、どうしよう。
それでも。
「
のことが好きだから」
を一心に見つめる。
「好きだから、もっともっと強くなって、もっともっと護りたいって、すっげえ思うようになったんだ」
自分の熱は、言葉だけで伝わるだろうか。
はいつもの無表情のまま、自分を見ていた。悟空は
からの返事を待つべきか、更に自分の想いの丈を伝えるべきか迷う。
見つめ合ったまま、時間が過ぎた。
ドアがノックされ、八戒の声が聞こえた。
「悟空、入りますよ」
「あ、うん!」
八戒が部屋に入ると、
が立ち上がったところだった。
「おはよう、八戒」
「ええ、おはようございます。朝食と云うには遅いですが、食事の準備をお願いしてきました。僕は少し手伝ってきますから、悟浄と三蔵を連れてきて下さいね」
「おう、すぐ行くよ」
悟空が明るく返事をしたら、八戒は笑顔を残して去って行った。
閉まるドアの音がむ虚しく聞こえる。
の顔が見辛い。悟空がどうしたものかと考えていると、急に袖を引っ張られた。
驚いて振り向くと、袖をぎゅっと握っている
の手。
ゆっくり視線を上げて、彼女の顔を見た。
「わ、私も、悟空が好き」
思わず「は?」と聞き返しそうになるのを堪え、悟空は驚きと共に瞬いた。
「ホ、ホント?」
「うん」
か細く呟かれた肯定の言葉に、悟空は早速胸躍らせる。
「良かったーッ! 俺、拒否られたらどーしようかと…!」
「し、しない。そんなこと」
「じゃ、今、抱き締めてもイイ?」
悟空も立ち上がった。
は真っ赤な顔で悟空を見上げる。
数秒見つめ合った後、
は俯きながらも、小さく頷いた。
安堵した悟空は、力強く
を抱き締めた。
お互いの確かな鼓動と、熱に息遣い。それは、生きている、証。
だから一緒に。
「これからも、こうやって
のこと、ずっと抱き締めていたい。だから、一緒に居て。俺の側で、一緒に居て欲しい。絶対に、
を護るから」
益々力の籠もる両腕で意思を伝える。
が苦しくならないくらいに調節したつもりだが、
が僅かに跳ねたので慌てて緩めた。
「
、今の痛かっ…」
悟空の言葉が終わる前に、今度は
が抱きついた。
「私のお願いも、同じ。一緒に居たい」
好き。
だから一緒に居たい。
だから、一緒に生きていなくては。
誓い。これは誓いの。
「うん。一緒に居ような」
僅かに触れる程度の口づけの後、恋人たちは微笑み合った。
だから、一緒に強くなろう。
生きていこう。
もっとずっと、一緒に居るために。
最後まで、一緒に—…。
**ちょっとこっぱずかしくも、ラヴもの書こうと思い立った第二弾。
いえね、私の書く話って、基本糖度低いですから反省したんです。
ちょっくら甘いの読みたくなっても、自分家のじゃ満足出来ない。
人様のお宅へ伺う。でも、今の気分を晴らしてくれるものに出会えない。
好きな人はお引っ越しされたっつーか、居なくなったりしてらっしゃって、ちょっともういつの間に…!
ジャンル問わず、好きな方々の素敵なお宅が閉鎖されてゆく(或いはリフォームっつーかジャンル替え)このもの悲しさを埋めるためでもあり。
恋人設定作っとけば良くなくね? という思いの元、暫くこの設定ヒロインとも付き合って行く予定。と書いても、どれくらい続けられるか不明です。
…あと、天界編からのヒロインであるかのようですが、これには訳がモゴモゴモニョぽにょ。
*2010/ up
*はい、2010年中にアップするつもりでした。
何つっても、2010/03/27(土)が最終更新の文書ですから。
先にこれをほぼ書き終えてから、去年のホワイトデイネタ書きましたから。
一部、同時進行でしたから。
ホワイトデイネタの話を校正中、「あれ、このラストの感じ、どっかで読んだような…?」と思い、どなたかのお話を真似っこしてしまったのかと戦慄したのですが。
ホワイトの「玄関の前で交わした軽く触れるだけのキスは。」という文と、「ずっと一緒」的なキーワードが被ってるんですけどまあ気にしない方向で。
あれから約一年…。
恋人設定の続きは一字たりとも書けていません。
は、反省だけは、しています…。
*2011/03/13up