The birthday of the sun. 生まれる太陽。 地上に生まれる。 ある満月の夜。 巨岩の内から、 空と大地。 太陽と月。 朝と夜。 光と、闇。 時折、余りの眩しさに目を細める事がある。 どれたけ近くに居ても、貴男が遠い、とも思う。 昔からそうなの。 貴男は遠い処で、一人、眩しく、輝いている。 いつのまに? 「 ?」 悟空が私を呼ぶ声とドアが閉まる音。パッと明かりがつけられる。振り返るのにも億劫な気分を押し込んで、顔を上げた。悟空は素早く私の横を陣取る。どっかりとベッドに腰を下ろし、私に尋ねた。 「窓閉めたら? 寒くねえ?」 「気持ち良い風よ」 「なら良いんだけど…」 私が悟空を見ない事を不満と言い出さない内に、彼を見た。すぐ近くに、悟空の顔があって、自分と同じ大きな金の眼にぶつかる。 ああ、結構なダメージ。うん、イタイ。 顔には出さずに、それでも金色の眼から逃れる事なく痛みを享受する。 「じゃんッ」 「……」 こちらの気持ちを察する事もなく…当たり前ね、悟空は明るい声で箱を目の前に出した。白い、箱。 ああ、買って貰ったのね。 「ケーキね?」 「そっ。三蔵に買って貰った。こんな時にまで『何で俺が買ってやんなきゃなんねえんだ』とか渋られたけど」 「それで?」 その先が想像出来て、思わず聞く前に口元が緩む。 「あは。 が云った通り、『じゃあ、祝って。買ってくんなくて良いから、俺と におめでとうって言って』って、言ってみた!」 「三蔵の嫌そうな顔が思い浮かぶわ」 「ぶははは。うん、スッゲー顔だった! 額んトコにすんごい縦皺寄せてさ、すんごい眼で睨まれちゃったよ。でも粘って、言ってくれたらタダで済むし簡単じゃん? って。そしたら買って良いってゆってくれた!」 満面の笑みで教えてくれる悟空に、頬まで緩む。 今日は二人の誕生日。 「なあ、食べようぜ。皿無いから…手掴み?」 「スプーン入って無い?」 「どーだろ…」 悟空が箱を開けると、大きな苺がどっかり鎮座したショートケーキが二つお目見えだ。きっとスポンジに挟まっているのも、苺だろう。桃や洋梨のコンポートも嫌いではないけれど。生クリームが放つ甘い匂いに、一瞬気を持って行かれる。早く食べたくてしょうがない。 スプーンは付いていなかった。極稀に、プラスティックの小さなスプーンを付けてくれるお店があるのだ。 「はい、 」 「ども」 二人向き合って、笑う。 今日は二人の誕生日だから、揃ってお祝い。 「お誕生日おめでとう、 」 「おめでとう、悟空」 実は私、自分の誕生日が今日だと言われても実感なかったりするの。 割りとどうでも良いな、とか。ケーキ食べれる理由くらいにしかならないな、とか。 それでも大好きな悟空の誕生日なのだし、悟空がおめでとうと言ってくれるから、嬉しいと思えるわ。 実感ないのは、小さな頃の記憶が無い所為。私も悟空も、記憶を失っている。 私たちの誕生日を教えてくれたのは、昔天界でお世話になっていたらしい人。私と悟空が三蔵に会ってから初めての四月五日に、お祝いの花束を贈ってくれたから判った事だった。 悟空に手渡されたショートケーキを持ち、食べ易いように銀紙を半分外す。 「あ、何か飲み物も買ってくれば良かった…。あ〜…。寺院だったら、こんな事にならないのにな」 全くよ。三蔵の仕事の関係で住み家の寺院を離れていなければ、お皿も飲み物も用意出来るのにね。 昨日から長安を離れ、地方に来ている。今は宿屋の一室。三蔵も悟空も居ない寺院で、何日も独り待つなんてぞっとしてしまう。三蔵に着いて行くと聞かない悟空なのは知っているから、私も同行するとせがんだ。 三蔵と居るのは好き。 あの坊主だらけの寺院は嫌い。 三蔵が居なければ、寺院に居着く事は無かったわ。私と悟空、会う事も、無かった。 私は今頃、昏くて冷たい土の下。 悟空は昏くて冷たい山の檻の中。 そこから助けてくれたのは、三蔵。 そして、目の前の、悟空。 悟空は三蔵に助けて貰った後、二人して私を探しに来た。 大地に繋がれた私を、二つの太陽が照らしにやって来た時は、眩しくて目を閉じて顔を逸らしたっけ。眼が駄目になるんじゃないかと思うほどに強烈な光だったから。 「んんっ、うめえ」 悟空は満足気にケーキを頬張っている。足りないだろうな、この量じゃ。晩御飯沢山食べてたけど。私も、正直物足りない。今日は御飯を食べる時間が早すぎたと思う。でも、三蔵に合わせてだから仕方ないか。 私はまだ半分までの進み具合だけど、悟空は三口で食べ終わってしまった。早いよ。味わってる? スポンジケーキの柔らかさと、スライスされた苺の甘酸っぱさ、生クリームの甘さに蕩けそうになる感覚が全身に行き渡って、正に倖せの絶頂。 食べている時が一番倖せだと私は思う。 さっさと食べ終わった悟空が、じっと私を見ている。 どうやら、あと二口分のケーキを分けて欲しい訳ではなさそう…。 真剣な、瞳。 無言で見つめられると、何だか照れて居心地悪くなる今日この頃。それに今は食べている時だし。デリカシーないかな、悟空。他の女の子は嫌がるだろうから、しない方が良いと思うよ。 他の女の子にそんな事されたら、私も嫌よ。 今のところ、悟空に思いを寄せる女の子に会った事ないし、悟空も誰かに思いを寄せているなんて事ないと思うけど。 といいますか、別に弟の事をそこまで気にする必要はないのかな。うん、ないわよね。うんうんうん。 悟空に見られながら大きな苺を食べるのには気が引ける…。ちょっと半眼で睨んでやって、顔を逸らした。窓の外に、満月が顔を出していた。 ぱっくり大きく口を開けて、一口で苺をやっつける。噛み潰して広がる甘酸っぱさに、心も身体も小さく震えてしまう。 誕生日万歳。 なんて、都合良く思ってしまう。 「御馳走様でした」 と、呟いて悟空に向き直る。悟空はずっと私を見ていたのだろうか…。 生まれたのは同じ日なのに、今は悟空の方が少しだけ背が高い。男の子は狡い、と思う女の子は私だけではない筈。 ちょっと目線を上に上げ、悟空の眼の中の私を見つける。 私、悟空の眼に映る私が一番好きかも知れないわ。 私の金眼には悟空が映る。貴男は、どの貴男が一番好き? ふっと、気付いた事がある。 …悟空が大人しい…。 「どうしたの?」 訊いてから、もう少し、優しい声が出せないものかと思った。悟空に対しては、他の人より遙かに感情を出せる筈なのに。 「それは の方」 「え?」 「どうしたのかって、心配なのは の方だよ」 理由が判らない。心配? ええ、いつも、心配事は隠したって貴男には判ってしまう事だけれど、今日は何もー…。 反応出来ないでいると、悟空が少し苛ついたような表情を見せた。口を窄めて、視線を外す。 私は自分の記憶を過去へと辿った。 ああ、…この部屋に悟空が入って来た時の事? 私は貴男と反対で、余り明るい方へ考えを持って行けないのよね。つい、ぐるぐるぐつぐつ煮詰めてしまう。料理はそれで美味しくなる事があるけれど。 考えていた事をその侭悟空に告げるのは気恥ずかしい。 でも、貴男はそれを許さない。 もう一度、私を見据えた瞳にその意志を感じるもの。 「私が考え込む性質なのは知っているでしょう? いつもの事よ」 どうか、これで引き下がって。祈るように思う。 「でも、俺、 の事は、何となくだけど…判るもん。上手く言えないけど、 が不安に思っていそうな時は、特に」 ええ、そうね。どうしてだか、いつもばれてしまう。悟空にそんな心配掛けたくないと思っているわ。でも、思考は止められない。 「"今日"が、ダメなのか?」 どきり、とした。 いえ、ひやり、が正しい。 顔には出なかった筈。必死でコントロールしたもの。大丈夫。 何故、こういう時の勘は鋭いのかしら、この子…。 「 はいつも難しく考えるだろ? 自分もめでたいて思ってる? …自分の誕生日祝うの、本当はあんまり嬉しく思っていないんだろ? いつも は俺に合わせて三蔵にお祝いの提案してくれるから。自分がしたい事、言った事ないじゃん。三蔵が言ってた。去年の誕生日の時、 が俺が望むようにして欲しいってこっそりお願いした事…」 いやだ。三蔵のお喋りめ。悟空には言わない方が良いなって、思わなかったのかしら。…いえ、思っても言うわね、あの男は。その意図を考える。 「悟空が嬉しいと、私も嬉しいもの。そう…ケーキとか美味しいものが食べられるくらいしか、価値ないと思ってるから。本当かどうかも怪しいじゃない? 私たちの誕生日なんて…。岩から生まれた日が誕生日って言われても、ね」 悟空が驚いて目を見張った。 ごめん。 「…それは、貴男が生まれた日だという事も一緒に否定する事になる」 「俺は、もし俺と の誕生日が違っても、 をお祝いするよ」 ごめんね。 「うんと、 がどう考えて嬉しく思えないのかは判らないけどさ」 私は、もしかしたら、辛いのかも知れない。 「一緒にお祝い出来るようになるには、何が良いかなってのは考えられるから」 貴男のような、眩しい人と一緒に生まれた事が。 一緒に、居続ける事が。 だからといって離れるなんて出来やしない。 貴男の光に照らされて出来た、私の影に逃げたくなっても。消えたく、なっても。 「俺だけが嬉しい・楽しいんじゃ意味ないよ。俺たち、二人で嬉しくないと。 が悲しんでたりするんじゃ、俺も悲しい」 どうしたら良いの。 悟空に近付くには、どうしたら良いの。 「楽しい事一杯したら良いのかなって考えたんだけど…。これ以上のものは思い付かなかったんだ…」 見上げては、眩しいと目を細める私が。 一歩も動かず、蹲る事しか出来ない私は。 「俺、ホントは誕生日なんていつでも良いんだよね。 の云う通り、本当に今日生まれたなんて知らない人から云われてもさ、ちょっと信じられなかったんだ」 いつも。 「でも、 が生まれた日だと思ったら、へへ、スッゲえ嬉しくってさ。誕生日が出来て、嬉しかった。これからずっと、いつも と一緒に祝おうって思ったら、スッゲえ嬉しくなった」 いつもこうして。 「 好き!」 ふわりと包まれる、心地良い体温。 太陽のような貴男から、近付いてくれるのを待っているだけ。 「私も悟空が好きよ」 貴男と私が生まれた日に。 沢山の嬉しいと、楽しいと、好きの言葉があれば、私も同じようになると、貴男は思ったのね。伝えれば、伝わると信じて疑わない。 貴男から私に。 おめでとうのプレゼント。 私から貴男へ。 きっと、こうして誕生日が好きになってゆく。今までよりずっとずっと、好きになって、楽しく、嬉しい日に。 「 と一緒に生まれてこれて、俺は凄く嬉しい」 「ええ、勿論私もよ。きっと…これからはもっと…」 「ホント!?」 「悟空が私とお祝いしてくれるなら…。私が、悟空におめでとうって言えるのなら」 「そんなんぜんっぜん心配ないじゃん! あー、良かったぁ」 悟空に嬉しいを返すために、私も悟空を抱き締めた。悟空が大きく息を吐き出す。 二人が大好きな心臓の音が聞こえている。 何だか、安心したら、判った気がするわ。 私から離れていったのね。そして悟空は悟空で前に進んで、距離が出来ていた。 時々戻って来てくれるのに、私は離れた場所から動かない。 太陽を見るのに、ギリギリのラインだから。 悟空は、きっと、どうして生まれたのか判らないと怯える私を暖かく照らしてくれる太陽の光を持っている。 惜しみなく、私に光を注いでくれるの。 暖まった私は、いつか、貴男の側にまでゆくから。今度は、私からゆくから。 そして、自分と、太陽のような貴男の誕生日を一緒にお祝いするの。 もう少し私が好きになれたら。貴男に、近付けたら。それでも、今は今の私の精一杯でー…。 『ハッピーバースデー!』 何度言っても、足りないくらいよ。 貴男と一緒に生まれた事で意味を持つ私の命。 貴男と私が生まれた日は。 太陽の誕生日といっても、過言じゃないわ。 2005/04/03up. |
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