ドリーム小説

青いリボン




 おやつタイム。それは、消化の早い悟空と にとって、なくてはならない時間である。勿論、旅の途中とあっては、ままならないことの方が多い。
 今日は宿で部屋が取れた。シングル一つにツインが二つ。当然のように女の がシングルを割り当てられるが、時々三蔵に譲る。今日も譲って、悟空と二人部屋にして貰った。
 悟空は二つ目の肉まんを口にする。 は焼き菓子を食べていた。安い値段に、質より量のクッキーかと思ったが、中々美味しい。
 「 、もう一枚ちょーだい」
 「どうぞ」
 口の中の肉まんが消える前に、悟空は一枚手に取った。
  は香茶を一口飲む。そして、悟空を見ていた。
 彼は少しずつ口の中の肉まんをやっつけながら、早くクッキーを食べたいと思っている。素早い咀嚼を繰り返し、クッキーを口元に運ぶ。音をたてて飲み込み、すぐさま次へ…。
 こと食べることに関しては、悟空は特に忙しない。
  も人のことを言えないくらいに食べるのだけど。
 クッキーの入っていた袋のシールを読む。売り場でも読んだが、これは修業中の職人が焼いたもので、形がいびつなものもあった。
 アイスボックスクッキーの端とか、搾り出しクッキーの上が潰れたものなど。失敗も含め、普段は使わずに捨ててしまうようなところまで焼かれている。だからとても安価で、量が多い。
 それでもラッピングが可愛く、 は気に入っていた。
 これから西に行くにつれ、ケーキやクッキーは食べられなくなるかも知れない。今はまだ西安からそう遠くないことで、西洋からやってきた食べ物が食べられる。そう店は多くないが。
 西からやって来た食べ物とはいえ、これから行く西とは大分差がある。
 作り方は覚えたのだから、自分で作って焼いてしまえば良いのだけど。 は料理が苦手だった。
 八戒の料理の腕前を尊敬すらしている。自分で作るより、八戒に頼んだ方がよっぽど美味しいものが食べられるというものだ。
 たわいのない話をしながら、二人は完食。夕飯までに保てばいい量だった。
  は他の成人済み男三人よりも食べる量が多い。が、悟空は の更に上を行く。悟浄が悟空の胃を掃除機と言っていたのには、言われた本人以外は否定しなかった。
 「今日は何喰うのかなあ?」
 おやつを食べてすぐ、夕飯のメニューの話。 は思わず微笑む。
 「私、麻婆飯食べたいな」
 「 、麻婆飯好きだよな。俺ねえ、海老餃子喰いてえっ!」
 暫くの間、食べたいものの名前が挙げられる。蟹玉、冷やし中華、チャンポン麺、春巻き、肉団子の甘酢あんかけ、もやしそば、四川風辛鶏肉炒めエトセトラエトセトラ…。
 ふと、悟空の口が止まる。
  は香茶を飲み干しながら、不思議に思った。悟空の目線を追うと、 机の上のクッキーの袋達。
 まさか、この袋に残っている粒のようなクッキーを食べたいでも言うのか?
  は悟空の出方を待つ。
 「なあ
 「…何よ?」
 いくら悟空でもそこまで…と思いつつ、自分も残りの欠片の大きさによっては袋を逆さまにして大口を開けるだろう。
 「 ってさ、あんまし着飾らないよなぁ」
 はい? と、思わず聞き返したくなった は、なんとか驚きの表情だけに留める。いきなり何を言うのだろう。しかも、悟空が。
 今まで姉の服装になど、とんと無頓着を貫くと決意して頑なに守っていたかのような悟空が。三蔵は悟空以上に の容姿には触れない。
 悟浄と八戒に会うまで、 は服装について褒められた記憶がないくらいだ。小さい頃に、一度くらいは、どこぞの町で店のおばさんに褒められたかも知れない。そんな気がするだけだ。
 「私、お洒落に興味ないよ。そんなお金あったら、今度はザッハトルテと苺のボンブをホールで丸々食べたい」
 もう食にしか代替出来ない思考回路なのだ。洋服より、甘味。
 「うーん、俺もそうだから判るけど…。 青好きだよな?」
 「うん好き」
 「リボンでもつけたら可愛いのに」
 「しぼんでも老けたら悲しいのに???」
  が怪訝な表情で聞き返すと、頬杖を付いていた悟空は思い切り手を滑らせた。衝撃で肘が痛い。
 「ちょっとー、いくら私にでもそんな変なこと言わないでよねー」
 嫌な顔を作る に、悟空は噛み付かんばかりに反論する。
 「なんでそうなるんだよ! こんな時にボケるなァ!!」
 「ボケぇ? しっつれーねー。まだボケてはいないわよ!」
 「っだぁーもーそうじゃなくって!! 何だよ天然かよ!」
 今にも暴れそうな悟空を見て、 はやっと気付く。
 「あら、私、また聞き間違えた? なんっつたの?」
 「〜〜〜〜〜ー…っ…」
 悟空は歯がみして、先を続けない。
  は悪いことをしたと思い、どうすればいいかを考える。取り敢えずすることは、謝罪。
 「悟空、御免ね。私ってば聞き間違い多いのよね…。ホント、悪かった!」
 両手を目の前で合わせて、悟空の表情を窺う。
 顔が心なしか赤い。
  はそのままのポーズで固まることにする。
 悟空は の目の前にあったリボンに手を伸ばす。引っ掴むようにして握る手は、少し汗ばんでいると自覚。
 「悟空? 悪いけど、もう一回言ってくれる?」
 双子でも の方が背が低いため、上目遣いになるのは仕方ない。悟空は、 は卑怯だと思う。聞こえててもう一度言えと言っている訳ではないと、本当に のことだから聞き間違えたのだと判っていても。
 「だからッ!」
 どうしても怒りを抑えられない自分に、悟空は嫌気を覚えつつ、 の左手を掴んだ。少し自分の方へ引き寄せ、細い手首に青いリボンを巻き付ける。慣れない手付きで蝶々結びをして、完成。
 たった、それだけのこと。
 別に怒ることでも、恥ずかしがることでもないが、悟空はやけに緊張しながらリボンをつつく。
 「ほら、たまにはさ、こんな風にしてもいいじゃんか」
  の左手で、ラッピング用の青いリボンが揺れている。リボンには、銀色のラインが両端に入っていて、多少の大人っぽさを に感じさせた。
 無言でリボンを見ている の反応を待ちつつ、悟空は髪に付けても良かったかな、と彼女の長い黒髪を見遣る。
 「悪くないわ」
  は悟空に左手首を向けながら、もう一度言う。
 「悪くないわ、たまには、ね」
 そして口元にリボンを運んだ。食べる訳ではない。片方の輪にそっと口付けて、満面の笑みを見せた。









*2005/05/15up.