桜吹雪の明と暗 桜吹雪の明と暗





 今年の誕生日も観世音菩薩からと悟空に花束が届いた。一緒に桜の香りがする緑茶の葉がプレゼントされた。
 そのお茶を淹れ、マグボトルに入れて、は香りを楽しんで栓をする。
 「準備出来たわ」
 悟空が三色の花見団子と紙コップの入った袋をに見せた。
 「こっちも準備オッケー!」
 「じゃあ、行きましょう」
 晩ご飯を食べたあと、デザートの花見団子を食べながら夜桜が見るために、二人は出かけた。昼頃まで雨が降っていたので、昼間に誕生日花見は出来なかった。
 「三蔵も来れば良かったのにな」
 悟空は残念そうに言った。はぼそりと「仕事がまだ残っているそうよ」と呟く。
 「ま、三蔵の分も団子食えるからいっか!」
 嬉しそうに笑う悟空に、は軽く頷いた。
 子供だけで行くなら一時間で戻ってこい、と三蔵に言われている。仕事が残っているから後日にしろ、ではなかった。
 は、三蔵は面倒くさがったのか、と想像した。夜はまだ寒いからかも知れないし、昼間の花見は既に三日前済ませたせいかも知れない。満開の桜は既に見ていた。
 一時間で戻るためにと悟空は全速力で桜の樹の元へ向かった。
 走ってる途中で悟空が心配げに口を開く。
 「まだ桜咲いてるかな。二日半も雨が降ったし、今日は風が強かったから、だいぶ散ってるだろうな」
 「咲いてることに期待しよう」
 街外れに咲く桜を見つけた悟空は、月明かりに照らされたピンクの絨毯に気付いた。
 「げっ、結構散ってる!」
 「そうね」
 少々葉桜も混じっていたが、まだ十分に花見は楽しめる、と判断した二人は、桜の樹に背を預けた。
 それぞれに花見団子と紙コップを持ち、月の光に向かって乾杯をする。
 「花見団子うめぇ!」
 「桜のお茶美味しい」
 月明かりだけの光源。静かな夜。風の音も虫の音もない。
 と悟空だけの時間。
 「そういえば、去年見えなかった双子座があるよ。西の空」
 「あれがそうかー」
 話す言葉は少なく、ただ桜を見上げながら飲食するだけ。
 三日前の昼間に三蔵や悟浄、八戒を交えて花見をした時は、悟空は元気よくあれこれと喋った。ふざけすぎて三蔵のハリセンが飛んできたりもした。
 けれど、今は言葉がなくてもと一緒に桜を見ているだけで不思議な感覚に包まれていた。
 と一緒に居て沈黙はよくあることだったが、それを嫌に感じたことはなかった。
 今もそうだ。
 静けさが良いとか悪いとか、そういう理屈ではない。でも上手く言葉に出来なかった。
 一人十本ずつ花見団子を完食した時、悟空はにこの不思議な感覚を話したくなっていた。
 「なあ、―…」
 悟空がの方を向いた時、突風が吹きつけた。
 桜の花びらが、渦を巻いて襲ってくる。
 「うわ!?」
 二人とも腕で顔を庇う姿勢になった。
 悟空はの姿を確認しようと薄目を開ける。
 しかし、ただただ薄闇に花びらが舞うのみで、の姿は見えなくなっていた。
 「ッ!?」
 驚いた悟空は腕を伸ばした。花吹雪の向こうからも白い手が伸びてきて、悟空はその腕を掴む。引き寄せると、泣き顔のが現れた。
 一筋の涙を流すを抱き留め、二人は桜吹雪が止むのを待つ。数分待つと風の威力が衰えて、視界が開けた。
 悟空は安堵の溜め息をつき、の涙を拭ってやる。
 「びっくりした。の姿が見えなくなったと思ったら、泣いてるんだもんな」
 「………ごめん」
 「謝らなくていーよ。何で泣いたんだ? 俺がいなくなったと思った?」
 悟空の言葉に、の目が大きく見開かれた。悟空は自分と同じ金色の瞳を見つめての言葉を待つ。
 「昔、夢でみたの。大好きな人たちが、桜の花びらに埋もれてしまうのを」
 「大好きな人たち?」
 「誰のことかは分からない。覚えてないの。でも、悲しい感情は残っているわ。桜を見ることは悲しいばかりではないけれど、私には離別の花でもある。今も、何故だか悟空が消えてしまう気がして仕方がなかった」
 一気に喋ったは、ごくりと喉を鳴らした。
 「俺も、が見えなくなってすげえ焦った。何だろうな。俺は桜に悲しい記憶はないけど、さっきから桜見ながらと一緒にいると、変な…不思議な感覚が生まれててさ」
 言葉を句切り、言葉を探した。
 「よくわかんねーけど、俺はと一緒に桜を見ているのが好きだ。ずっとと一緒に桜を見てた気がする。三蔵たちと一緒にじゃなくて、と。あと、はっきり覚えてないけど、俺、昔もこんなふうにを抱き締めてた気がする」
 抱き締められた記憶はになかったが、この腕の温かさは知っている気がした。
 「不思議…」
 ぽつりとが呟いた。
 「私も、不思議だわ。記憶がないのに、知っている気がする」
 悟空の後ろに桜の樹が見えた。
 長い間山の地下に閉じ込められていたは、外に出るまで桜の樹を見たことがなかった。外界に出ても、悟空と二人で花見をしたことはない。三蔵がいつも一緒だった。
 けれど、二人でずっと桜を見ていたことがある気がする。
 何度も。
 そう、確かあの頃はずっと桜が咲き続けていて―…。
 そんな気が、するけれど。
 は上手く思い出せなかった。
 少し頭が痛い。
 「俺さ、花見だったか遠足だったか…曖昧なような、でもと一緒だったのが嬉しかったような…」
 「嬉しい?」
 「うーん、一番『楽しかった』のは、や他の人たちと一緒だった気がするんだけど」
 「それは……そうね」
 「いや、どうだったかな…?」
 感じ方が違うのか、それぞれの記憶が違うのか、確認のしようがない。二人とも瞳はお揃いの色だが、考え方はまるで違う。も悟空も、困った、と瞳で語る。
 「…まあ、覚えてないものはしょーがないよな! でも、これからは、忘れないだろ?」
 「うん、忘れないから放して」
 「……うーんと」
 「うーんとじゃない。もういいから、放して」
 「俺はコレ結構好きだけど」
 「放せ」
 「はい」
 に睨まれた悟空は惜しむ気持ちを顔に表しつつ、彼女を放した。
 何故もう少し気付かないでいてくれないのか。しかし、が照れてしまっては仕方ない、と勝手に思う。
 「数年後、何十年後か、もし今日の出来事を思い出したら、どんなふうに思うんだろうな。俺は、やっぱり、嬉しい! だと思う」
 「私は…私も、悟空と一緒に夜桜が見られて、嬉しい、かな」
 「誕生日にまた思い出が出来たな!」
 「そうね」
 ニッカリ笑う悟空につられて、も微笑んだ。
 「お誕生日おめでとう、
 「お誕生日おめでとう、悟空」
 悟空は自然とに手を差し延べた。先程抱擁は嫌がられたばかりだったが、手を繋ぐくらいは許されたい。
 数秒悟空の手を見つめたは、手を重ねる。
 この手を拒否してはだめだと、本能が告げた。
 「さ、帰ろうぜ。三蔵に怒られるかんな」
 「そうね」
 また強い風が吹いて桜の花びらが大量に舞う。二人は思わず足を止めたが、繋いだ手を確かめ合い前へと進んだ。
 月明かりだけの闇の中でも、視界が遮られようとも、手を繋いだ君と一緒なら、どこへでも行ける。










 *何年か振りの更新です。
 久々過ぎてこのHPのことなど忘れ去られているかと思いますが、まだ最遊記は大好きです。
 文才がなくてもめげず、多分また書きます。

 …一つの思い出を、悟空とさん両方の感情から描けたら良かったのですが、そんな作りになるよう外伝を書いてなかったので無理でしたorz
 あと、 さんが男装でもして悟空や三蔵と一緒に寺院にいたのか、一人暮らししてたのか決めてないので曖昧に書いてます。二つ前の誕生日ネタでは寺院にいるっぽいですが…。


 履歴日記のブログでは玄奘君書くようなことを言った翌朝、「もうすぐ悟空の誕生日じゃん!!」と気付きました。何とか書けて良かったです。

 でも当日アップですけど(苦笑)。

**2014/04/05up