ドリーム小説 夢 最遊記 三蔵 誕生日 桃源郷

invisible





 
避けられている。
 それは、とても、良く、判る。
 「何も企んでいないわよ」
 額に赤い印を頂く男が、不機嫌丸出しの声で応える。
 「何も企んでないヤツがそんな事云うもんか?」
 「私、 だけど」
 「訳判んねえよ」
 「私なら、有り得るでしょう?」
 「…どんだけ狭い範囲で通じる屁理屈だそりゃ」
 「三蔵と悟空」
 「サルが何か下らねえ事しようとしてるのは見え見えだ」
 「ええ。でも、私は違う」
  は小首を傾げて付け加えた。
 「あと、下らなくはないと思う。それ、悟空に言ったら許さない」
 「俺の事も考えろ。偶には、平穏無事に恙なく一日を終わらせてくれ」
 溜め息を一つ。三蔵は背凭れに凭れた。椅子がぎしりと音をたてる。執務室の椅子は、三蔵がこの部屋に来た時に新品に替えたものだった。数年使えばそれなりに使用感は出てくるものだが、小猿を飼っている所為で痛んでいる部分が目立つ。悟空も もこの椅子がお気に入りらしい。
 「今日は比較的、大人しいよ」
  は分厚い本を閉じて、三蔵に目を向けた。自然、金の瞳と紫の瞳がかち合う。
 「邪魔だろうから、部屋戻るね。この本は、明日までに返すわ」
 云って、 は立ち上がる。本を抱えたまま、仕事机の上に置いてあるカップに手を伸ばした。冷めた香茶だった。しかし、猫舌な には冷めているくらいが丁度良い。
  は本を持ち直して、執務室を出て行こうとする。彼女がドアを開けた時、硬質な金属音が響いた。
 灰皿か。 は先程視界に入った灰皿の中身を思い出す。まだ、そんなに吸い殻はなかった。誰に掃除させようとしているのだか…、と思い当たり、 は半眼で振り返る。
 中身が派手に飛び散り、床を転げ回っていた灰皿は壁に当たり、下向きに停止した。灰皿の一度目の着地点に注目。机のある反対の壁にまで、僅かな吸い殻が落ちていた。三蔵は椅子に座ったままだ。
 「じゃ」
 何か言われる前にと、 は部屋を出る。
 「雑巾持ってこい」
 低い声が誰にだか話しかけていた。 は応えない代わりに、小さく息を吐く。
 子供だ。
 三蔵は より年上で、いつもは落ち着いていて、未成年だが大人のような貫禄を見せる事があった。
 しかし、どうだ、この大人げなさは。
  は香茶を飲み干し、カップを軽く洗ったついでに雑巾を取った。一瞬、手を止める。そう、台所へ寄ったついでなのだ、と言い聞かせた。
  がカップを取った時には、灰皿は三蔵の手元近くへ引き寄せられていたのだから、あんな風に床へ落ちる訳がない。
 祝われる事を避けているくせに、物凄く判り難く側に居ろといっている。
 察して従う自分は愚かだ。 は眉を顰めた。
 「雑巾。後は自分でやって」
 扉を開けて三蔵を見る。机の上に置き、去ろうとするが、三蔵に睨まれた所為で歩みを止めた。無言のプレッシャが に注がれる。
 三蔵は恐くない。
 「自分でも判らないのでしょう?」
 何故灰皿を落としたのか、判っているのに、判りたくない。判りたくないのは、また何故か?
 判ってしまったら…?
 どうしたら良いのか、更に悩む事になる。
 きっと。
 それは、私も同じだろう。
 きっと。
 「…仕方のない人ね」
  の一言で、三蔵の片眉が跳ねた。むっすりした表情で掃除を始める。
 仕方がないのは、私も同じだわ。
  はさっと目を閉じた。煙草の匂いは大嫌いだが、三蔵と一緒に居るのは好きだ。
 再び三蔵が椅子に腰掛けた時、 は仕事机に本を置いた。
 「膝貸して」
 「…あ?」
 「膝。居てあげるから、座るところ貸して」
 「ふざけたこと抜かしてンじゃねえよ。何だ居てあげるってのは。仕事の邪魔だ」
 三蔵は苦虫を噛み潰したような顔をして、呻いた。
 「午前の仕事が終わったから、一息ついていた。まだ、お昼までは時間がある。退屈だ。今外に出て行こうものなら、三蔵様に一言でもお祝いの言葉を捧げようという輩の群れに捕まりかねない。それはムカツク。要らねえっつーの。てゆーか死ね」
 しれっと無表情で言った に、三蔵の表情は益々険しくなり、殺気立ち始めた。
 「因みに、悟空は何やら工作中。夕方頃までは、こそこそしてると思う。私は何もしないし、何も言わない。本を読むだけ」
 チッと三蔵が舌打ちした。眉間に皺を寄せて目を瞑り、渋々といった体で椅子を引く。物凄く嫌そうであるが、結局居場所を与える三蔵に、 は少しだけ微笑んだ。
 「いつもと少し違うところで、本を読むだけよ」
 白い法衣の膝上にちょこんと乗り、 は本を広げた。
 「だから、絶ッ対、煙草は吸っちゃ駄目」
 「…一本くらいは良いだろう」
 「絶対駄目。吸ったら帰る」
 「わがまま」
 「三蔵がね」
 「…口減らねえし」
 「三蔵相手だし」
 「おい
 「何? ご本でも読んで欲しい?」
 「ってめえ…」
 落としてやろうか、と三蔵は思ったが、舌打ちだけに留めた。
 「何か言って欲しい?」
 「ねえよ」
 「おめでとう」
 「………フン。何がだ?」
 「さあ?」
 惚ける の頭の上に、三蔵の手が降りてきた。絹の手触りのように心地良い髪を一撫でし、すぐ離す。
 「三蔵の考えはね、とてもとても判り辛いけど、判っているわ。見えないけど、見えている。…つもり」
 三蔵から反応はなかった。
 「だから、もう、灰皿落とすの厳禁」
 「何の事だ。ありゃ手が滑っただけだ」
 「居て欲しいならそう言って」
 「微塵も思ってねえよ。思い上がるな、餓鬼」
 「見えないけど、見えていると言ったでしょ」
 三蔵は暫く考えてみた。 に、見えるもの…?
 「三蔵は見える?」
 「…何がだ」
 「さあ?」
 またもや三蔵の舌打ち。今度は、かなり大きくて派手なものだった。
 「お前が甘ったれなのは、嫌でも判るさ」
 「何処見てるの」
 「ああ?」
 「三蔵にだけよ」
 「……」
 「貴男が、私にだけと同じ事。目に見えなくても。減点九十三」
 「なら、覚えておけ」
 「お喋りし過ぎた?」
 三蔵の口から息が漏れる。溜め息ではなく、苦笑でもなく。
 ああ、今、笑った。 はすぐ気付いた。
 「言わなくても、って事もあるだろうが」
 「そうね。賛成」
 会話はそこで終わった。窓の外で聞こえる風の音と、 が本のページを捲る音以外は、静かなものだ。
  も三蔵も、自分の誕生日が嬉しいだとか、祝って欲しいと謂う概念・感情はない。そんなものはなくて良いとさえ思っている。
 だが、生まれてここにお互いが居る、それだけは、否定せずに受け入れていた。
 意識の奥底、心の奥底。
 少女の浸透圧、青年の浸透圧。
 気付いてしまったら、見えてしまったら。
 無かった事には出来ない。
 ほんの少しの独占欲は、ほんの少しだけ、心を素直にさせる魔力がある。
  が読みかけの本を閉じた。彼女の読むスピードなら、あと十五分とて掛からないくらいだ。 は速読が出来る。
 何も言わずに、三蔵の仕事机に本を置いた。本を読むのを止めては、三蔵の膝上に居る理由がなくなる。そんなものは只の建前だが。
  が本から手を離すと、彼女の顔の横から三蔵の手が伸びた。
 両手で緩やかに拘束。 は逆らわない。
  の肩近くで三蔵は、一瞬、気を緩めた。すぐさま は三蔵の様子を窺ったが、彼に緩んだ気を元に戻す事がないらしいと判ると、ゆっくり目を閉じる。
 空気よりも軽く、蜂蜜よりも甘やかに、静謐な時間は過ぎて行った。










夢始






**さんぞー。
 もっっと甘くない結末があったのですが、粘った結果ほんのりと終わりがけだけ甘風味。果汁一パーセントなのに、何でそんなに苺の味がするのこの苺ミルクのジュース…? ってカンジ?
 残りは一体何なのさ? と構成成分見ると多少萎えますがドンマイ甘党。
 さんぞーも難しいです。だって三蔵だよ?! あの。あの!

 きっと、悟空がいっっつも さんにひっついているから、あんまし二人切りにはなれんと思われり。三蔵のお誕生日を祝おうと、悟空のサプライズ企画進行中の出来事でした。


*2005/12/02up …遅れて御免ね三蔵。っつーか、遅れずに書けたのって悟空だけだ(ガビーン!)。