ドリーム小説
Scrounge これは個人差なのか、それとも国の違いなのか、とは戸惑った。
今読んでいる東の大陸を舞台にしたコメディタッチの小説では、真剣に口づけについて語られている。
この登場人物たちはハイスクールに通っていて、友人同士の秘密の会話で「まだキスをしたことがない」と話していた。はそれには疑問を持たない。
だが、それを真剣に悩み、今までただの悪友であったはずの男女が、キスをした。しかも、その後はいつも通り接している。恋人になった訳ではない。
それが理解出来なかった。
年若くしてキスはしなければならないものなのか?
と同じ十六歳ごろの子は、もしかしたらみな通っている道なのか?
別の登場人物の女の子は少し自慢げにもうキスは経験済みだと笑んでいた。
まさか。
そんなものなのか。
は考えてみたこともなかった。
実に衝撃的である。
「三蔵、ちょっと訊きたいことがあるのだけど」
しおりを挟み、は手近な大人―…といっても二十歳そこそこだが…に尋ねることにした。
執務室で書類を眺めつつ、三蔵は湯飲みに手を伸ばしたところだった。
来客用のソファで本を読んでいたは、三蔵の方へ身を乗り出す。
「…何だ」
を一瞥した三蔵は、茶で喉を潤した。に淹れさせたた茶だった。
「ちょっと訊きづらいことなのだけど…でもどうしても気になって」
「何の話だ」
三蔵は書類を机に置き、と視線を交わらせた。
金色の瞳が困惑の色を浮かべている。
「三蔵は、子供の頃、異性とキスした?」
ゴトゴロン。
と、三蔵の手から落ちた空の湯飲みが机の上で転がった。
「………あぁ?」
急な質問に紫暗の瞳も困惑の色を浮かべざるを得ない。
その目での手にある小説本を見た。
元凶は本か。
「何を馬鹿な質問してる、馬鹿娘」
平静を装って、三蔵は湯飲みを立てた。空で良かった。書類に悪影響はない。
「ごめんなさい」
が小さな声で謝る。しかし続いた言葉は。
「で、答えは?」
「……何故、そんなことを訊く?」
三蔵は答えをはぐらかしつつ、尋ねた。
小説本を胸の前に持ち、は説明をした。
「そういう訳で、キスは子供でもするのか、もう大人の三蔵はどうだったのか、気になったの。キスとは、好きな人とするものでしょう? 他の人は、無理してもキスしたいものなのかしら」
顎に手を添え、キスキス連呼するの言葉に、三蔵の背には戦慄に似たものが走った。
「影響を受けすぎだ、馬鹿。そんなのは本の中の話だと思っておけ」
「で、答えは?」
重ねて答えを要求するに、三蔵は湯飲みを持つ手に力が入った。びしっ、と怪音がし、湯飲みにヒビが出来る。
「…ごめんなさい、やはり、こういう話は人それぞれよね」
は答えを悟った。
「それと焦るのも人それぞれ、かしら」
「…だろうな」
「あ、その件とは別に、一般的に、キスは好きな人とするものよね?」
「……だろうな」
「………」
変な沈黙を寄越すに、三蔵はまじまじと見られていることに気付く。
「私は焦ってないけど、キスは好きな人としたいと思う」
「…………………」
今度は三蔵が長く沈黙する番だった。
話の流れがおかしい。この小娘は何を言おうとしている?
「三蔵」
に名を呼ばれ、今度こそ三蔵の背に戦慄が走った。
「私とキス、してくれる?」
三蔵は絶句した。の真剣な表情を見るに、そして、彼女の性格からしてからかったり冗談で発せられた言葉でないことくらい判る。
待っても答えの返らないことで、は大きく瞬いた。
拒絶されないが、受け入れられもしない状況。
答えを、待てない。
は小説本をソファに置き、三蔵へ近づいた。
「三蔵?」
答えを急かしたら、罵声が降ってきた。
「ここから出て行って、頭を冷やしてこい!」
僅かに身を竦めたは、三蔵に拒絶されたことで一歩退いた。けれど、めげずに布石を打つ。
「じゃあ、次に好きな悟空に言ってみる」
「…おい、馬鹿猿壱号。お前はガキすぎて何も判っちゃいねえ。もう少し大人になるまで止めておけ」
「ある程度のことは判っているわ。子供扱いしないで」
「ガキほど子供扱いするなと言うってこと、知らねェか?」
はここで大人だ子供だと言い合いたくなった。
そんなことは無意味だ。
「私は、最初にキスをするなら、三蔵が良い」
少し臆した心を奮起し、は告げる。
は本気で言ったが、三蔵は片目を細めるだけで無言だった。
そこへ、勢い良くドアが開き、悟空がやって来た。
「さんぞー! ー! 晩メシの時間なのにおっそいぞー!」
「悟空、今行く」
は小走りに小説本を手に取って、出て行こうとした。怒り顔の悟空を見ながら、後ろの三蔵を意識する。
「おい悟空」
「何?」
三蔵に呼ばれ、ハテナ顔に切り替わった悟空は、腹が空きすぎて腹をさすっていた。
「と話がある。お前は先に食ってろ」
「え、先に食ってていいの? じゃ、食堂行ってるなっ!」
ウキウキ顔で悟空がドアを閉めて駆けて行く。
バタバタと足音を聞きつつ、は三蔵を振り返った。
真後ろに三蔵が居た。
「…、お前は俺と悟空に言える『好き』は一緒なのか」
「いいえ。悟空は大切なキョウダイ、三蔵は、男のひと。『好き』の意味は違うわ」
「…なら何故、悟空の名前を出した」
「妬いてくれるかと期待して」
は本音を言ったが、その実はもう少し狡猾だった。
頭を冷やしてこいと言われた後、時計が目に入っていた。晩ご飯の予定時間がすぎていたので、悟空が呼びにくることくらいすぐ計算出来た。
即座に気を探し、弟が近づいて来ていることも察知していた。
本当に悟空とキスしてしまうのでは…、と思わせたかった。
そこですぐに悟浄や八戒の名前が出せなかったのは、ある意味失敗だ、とは思う。こんなことを計画するなど、キスを焦っていないと思っていたはずの自分が、嘘のようだ。
まだ誰ともキスをしていない自分がいる。そのことが焦りなのではない。
まだ誰ともキスをしていない三蔵と、キスしたい。
今。
「そんなことで俺が妬くと思ったのか」
三蔵は右手をドアへ伸ばし、をドアへ縫いつける。
「効果は、あったみたいね」
「…馬鹿が。そんなじゃねえよ。悟空だった時点で、お前の企みくらい知れたこと。…しょうがねえから、してやる」
左手での顎を掴んだ三蔵は、僅かに躊躇したあと、薄桃の唇を塞いだ。
三蔵にはバレていた。やはり、少し浅はかであったと後悔しただったが、すぐにそんなことは頭から吹き飛んだ。目を閉じたら、三蔵のキスが深まる。
にとっては、息苦しくもあり、途中から蕩けるようにふわふわした気持ちになったキスだった。
肩で大きく息をするとは違い、三蔵はいつもと変わりないように見える。
だが、は自分を見ている三蔵の眼差しが少しだけ違うことに気がついた。
熱を帯び、何かを主張している。
「三蔵、もう一度し…」
て。
がねだり切る前に、三蔵はもう一度、小さな果実に口づけた。
「俺以外とは止めておけ。…そうだな、きっと腹でも壊すぞ」
「そんな馬鹿な…」
小さく笑ったは、三蔵を抱き締めた。抱き締め返した三蔵は、更にキスを落とした。
**もう書くことはないんじゃないかと密かに思っていた三蔵です。
コミックス読み返してないので、執務室描写しようにも「あれ、ソファなんてあったっけ? まいっか」みたいな感じです。時間作って読み返した方がいいぞお前。間違っていたらすみません。
玄奘くんとの物語に行き詰まった時に思いつきました。
書いてる途中まで悟空出す予定なかったのに…。書いてみたら出てきちゃいました(笑)。
また何かのキッカケで…アイディアで三蔵書けると良いのですが、しばらくはネタ降りそうにない予感?
本編三蔵ルートは書くか判らないですが、多分書いたとして、さんが三蔵を意識するのは、十六歳ではなく、もう少しあとなような気がしています。
短編のお話、ってことで、本編とは違ってもお許し下さい。
…いや、でも、どうかなー。もっと早い時期かなー。いや、でもなー(迷い)。
あ、リードにした話は小説じゃなくて、某海外ドラマです。あの話の時、彼・彼女らは十六~十八のどこかだったと思うのですが、今回は十六歳に設定してみました。
私は十六ってまだ子供だよ! 早いよ!! さんストーップ! と思うんですけど(笑)、ちょっと積極的なさんはいかがでしたでしょうか。
三蔵の初キッス他の人に取られたくない、自分がイイ! って考えがどこかあっての積極性だと思うのですが、そのへん可愛い。
あと、「腹を壊すぞ」的台詞は、某話の金蝉の台詞と一緒にさせてみました(笑)。
*2014/05/13write___2014/11/29up
……お誕生日祝っている話ではないけれど、お誕生日おめでとう、三蔵!