「逆ホワイトデイって、ないのかな?」
は、ソファでジャンプを読む恋人に尋ねた。
「聞いたことねーな。つか、ホワイトデイに逆要るか?」
坂田銀時はジャンプから目を離さないで答えた。
「バレンタインは、逆と友が増えたのにね。友と義理は一緒でいい気がする」
「かもなー」
興味が湧かない銀時は、適当な返事をした。友チョコの場合、異性ではなく同性を差す訳だが。
「今年は、銀ちゃんが逆バレンタインしてくれたじゃん? 私も逆ホワイトデイしてもいい?」
わざわざ尋ねなくても、と思いながらも、銀時は了承した。
女っつーのは、何でこうイベント好きなのかと思いながら。
はしゃぐ声を出す彼女が喜ぶなら、何にでも付き合おうと決めた。
プレゼントはスイーツかお酒しか思いつかない。が首を捻って考えるのは、万事屋の台所。シャンパントリュフにしようかと思ったが、イマイチ、と却下した。
「どうしよう、早速行き詰まったよ…」
う〜ん、う〜ん、と流石に声には出さず、心の中で唸る。声に出せば、銀時に聞こえてしまう。
暫く悩んだが、解決策はなし。
「銀ちゃーん、私、本屋さん行ってくるね。大江戸ストアにも寄るかも?」
「あァ? もうちょっと待ってろ、ジャンプ読み終わるから」
「ジャンプは後で読むよう! じゃなくて。ジャンプ買いに行くんじゃなくて。いいから、行ってきますから」
銀時はジャンプから視線を上げ、早口で捲し立てるを見た。既に外套を羽織り、出発の準備は整っている。
お気に入りの白い外套の裾を翻し、は万事屋を飛び出していった。
本屋で料理の本をアレコレと手に取るけれど、ピンとくるものがない。手料理作るくらいは今更だが、そう思うと手作りスイーツの選択肢がなくなる。
銀時を喜ばせたい気持ちはあっても、思いつきで逆ホワイトデイなどと言ったことを少々後悔した。
彼が喜んでくれるもので、サプライズが欲しい。
…それ、一ヶ月前にも同じように悩んだな、と気づく。
本番の日曜日までに、何とか思いつけ私!
と、自身を鼓舞する。
思い悩んでも他の案が思い浮かばないため、手当たり次第に本を読み漁っていった。
の努力も虚しく、明日はホワイトデイ当日。
幾つかプランは練ったが、実行する気になれない。
何が足りないのかと思案。
チョコレートはバレンタインと被るため、他のスイーツ、そう結局スイーツになったわけだが、マシュマロやクッキー、バームクーヘンにマドレーヌと色々考えた。カップケーキもいいかと思ったが、一向に決まらない。
優柔不断な自分を呪わしく思う。
サプライズ、という観点からは、「逆ホワイトデイしてもいい?」と訊いた時点で潰えていると昨日気づいた。
ドッキリ作戦は自ら策をばらしたせいで、使いものにならないのだ。
「どうしよう…」
そろそろ買い物に行かないと、間に合わなくなる。
「どうしよう…!」
奇をてらわず、普通に感謝を告げよう。
愛情はたっぷりある。
しかし、その愛情を伝えるにはどうしたらいい?
「どうしたら…!?」
近所の公園のベンチで独り呟くは、頭を抱えた。今日は陽気で暖かい。風はまだ少し冷たいが、外套は不要なので脱いだ。
「ものっすごい大きな、三段ケーキとか、超ビッグサイズのチョコバナナパフェとか!?」
小さく呟いて、また焦点がサプライズに戻った気がすると感じた。
「いい、もうケーキにする!」
決心がついた。外套を掴み、大江戸ストアへと走った。
ケーキの材料と一緒に、夕飯と朝食の材料も購入する。皆が寝静まった夜中からケーキを作ろうと考えた。
朝起きた銀時が、驚く顔を想像して微笑。神楽より早起きして貰わなければならない。今日はあまり酒を飲まさないように注意しよう。
順調に夕飯を食べ、新八は家へ帰り、神楽と銀時も寝かしつけた。深夜零時を待って、は仮の床に着く。
零時になったら素早く身を起こし、台所へ向かった。
夜中に銀時が起き出さないことを祈りつつ、冷蔵庫を開ける。
極力音を立てずに気を遣い、はケーキを作り始めた。
雀が鳴き始めて暫く経つ。は無言でケーキを見つめた。
確かに、当初の目的通りにスポンジを重ねたが、何を間違えたかと首を捻る。
…ケーキと同じ方向に。
「ちゃん、おはよう」
銀時の声には浮かない顔で振り向き、言った。
「おはよう」
「何、ソレ」
「…ケーキ」
「見たら判ります。朝メシからケーキはないでしょうよ」
「朝ご飯は別に作るけど。今日は和風スパとサラダとバナナ」
朝食の準備も途中までしてあった。後は、スパゲッティを作るだけ。
「コーヒー飲む?」
「ああ、砂糖三杯とミルクたっぷりな」
「ラジャー」
はケーキには触れず、コーヒーを淹れ始める。彼女の背中を見ながら、銀時はこれが逆ホワイトデイのプレゼントかと検討づけた。
「、これ喰って良いの?」
「…あー、うん」
銀時は腕組みして、ケーキと対峙した。
高さはおよそ、三十数センチ。
五段重ねのケーキは、ホワイトチョコとイチゴチョコでコーティングされていた。随所にチョコスプレーやアザラン、スターシュガーなどで飾りつけられており、可愛らしい印象を受ける。
鼻孔をくすぐるチョコレートの甘い香りに、所々見られるスポンジケーキの美味しそうな焼き色、らしく可愛く飾りつけた外観を見ていると、すぐにでもかぶりつきたくなった。
しかし、銀時は首を傾げる。
…ケーキと同じ方向に。
「これ、何で傾いてんの? こーゆーデザイン?」
「…違う」
マグカップにコーヒーを注ぎながら、は低い声で否定した。
初志貫徹で三段にしておけば良かった、と後悔したが、五段の方が驚愕度も喰いでもいいと思ったのだ。
それが間違いだった。スポンジケーキを重ね終わって、コーティング用のチョコをレンジで溶かし終わった後、振り向けば左に傾いたケーキの段があった。
重ねすぎた重さのせいらしい。せめてもう少し、一段一段の大きさや高さを考えれば良かったと後悔しきりだ。
材料も時間も限りがあるので、潰れるよりマシ、と思い飾りつけを進めていった。
「いちお、ホワイトデイのプレゼントなのです。銀ちゃん、いっぱい食べてね!」
は努めて明るい笑顔で言った。
「あ、和風スパ作るね? 食後のデザートとしてケーキ食べてよ」
「おう」
形は悪いが、味は自信がある。ケーキなど焼き菓子を作るのは得意だからだ。
チョコレートを沢山使うため、スポンジケーキの砂糖はローカロリーのものにしたし、バターも低脂肪のハニーバターを三段分に使用している。生クリームも同様に低脂肪を選んだ。少しは銀時の糖尿病に拍車の掛からぬよう、気を遣ったつもりである。
気を遣うなら、普通の一段のケーキにしておけば良かったのだと気づいたのは、作り始めてからだったのでこの際深く考えないことにした。
スパゲッティを茹でながら、フライパンで野沢菜やほうれん草、椎茸、ベーコンを炒めていく。醤油やみりんで味つけをして、少量の生姜を入れた。
普段なら神楽を起こしに行く時間だが、今日はもう少し寝ていて貰おうと思う。
朝からあっさりめとはいえ、スパゲッティを作った。お昼は何にしようか、と考えながらお米の残りを確認する。
「いただきまーす」
と、唐突な台詞には銀時の方へ振り向いた。
銀時は一番上の段からスプーンで掬って、大口を開けているところだった。
「ちょ、ちょっと、デザートってゆったでしょ!」
ぱくぱくリズミカルに食べながら、銀時は答えた。
「いーんだよ。ケーキ食べられる分が減るだろうが。ちゃんとスパも食べるから安心しろ」
うめー、と言いながら、あっさり直径十センチほどの一段目が完食された。
「早!」
が驚きの声を上げるのも構わず、銀時は二段目制覇に掛かった。
「ぎ、銀ちゃん、美味しい?」
「うめーって言ってんだろうが」
「…うん」
「しっかし、五段重ねとはやるなァ。銀さんビックリだ。今日一日、これでもつわ」
嬉しそうにケーキを食べる銀時の頬には、スポンジケーキの間に塗った生クリームがついていた。
「銀ちゃん、子供みたい。生クリームついてる」
笑いながらが頬を指差すと、銀時はちらりとを見て言った。
「ちゃん舐め取って」
「しません」
硬い声で返したは、コーヒーを飲みながらケーキを食べ続ける銀時を眺めた。嬉しそうに、美味しそうに食べる銀時を見て、幸せな気分に浸る。
「それ、ちょっとは神楽ちゃんや新ちゃんに残しておいてね?」
「何言ってやがる。そんな勿体ないことしませーん」
「ぜ、全部一人で食べるの!?」
「そ。食べて良いのは、銀さんとちゃんだけ」
その言葉に、は自分もスプーンを持って来てケーキに手を伸ばした。
「じゃ、ちょこっといただきます」
「どうぞー」
二人でケーキをつつきながら、目が合えば微笑み合う。
形は不格好になったが、作って良かったと思った。
「あ、銀ちゃん」
「ん?」
「ハッピーホワイトデイ!」
言い忘れていた言葉に、最大級の愛情を込めて伝える。
「おう。ありがとな」
銀時はそこでケーキを食べるのを止めた。
不思議に思ったも、食べるのを止めて銀時を見つめる。
銀時は羽織の袖から、紙を二枚出した。
「銀さんからのお返しは、動物園デート。弁当は俺が作るからな」
手渡されたのは、動物園のチケットだった。
「…う、嬉しい!」
満面の笑みで言うと、銀時も笑った。
自力で神楽が起きてきたころには、ケーキは残り二段となっていた。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃいアル〜」
神楽と定春の見送りに手を振りながら、と銀時は万事屋の階段を下りていく。
「ほら」
と、言われ、は銀時を見た。そっぽを向いて差し出されるは、彼の腕。
「わーい!」
はしゃいだは、銀時へタックルする勢いで腕に抱きつく。
「あんまり揺らすな! 弁当が傾くだろうが!」
「はーい、ごめんなさい」
弁当まで傾いては困る。傾くのはあのケーキだけで充分。
「」
「はい?」
「ハッピーホワイトデイ」
そっけない調子で告げられたが、銀時の笑顔は優しさに溢れていた。
「ありがとう、銀ちゃん!」
好天の昼下がり、ラブラブカップルは幸せオーラを振りまいて進んだ。
**逆バレンタインの話も書かんと…。
そ、それはまた時間があったら来年とか?
*2010/03/15up