手の届く距離 「待て、チャイナ」 俺の言葉を無視して、さっさと先を行くお団子頭の女。 「待てっつってるだろーが、馬鹿チャイナ!」 「うるさい! いちいち後付いてくんな! お前うっとーしいアル!」 いつもいつも、怒らせて、怒って、怒られて…。 こんなのばっかりだけど、流石に、手の届くところにお前さんが居ないのは、堪えるんだよ。 畜生。 夕陽が視界を赤く染める。 赤い衝動はいつも俺の心臓を突き上げて。 暗闇の中ですら、赤い衝撃がいつも弾けている。 背中が見たいんじゃねーんだ。 お前足はえーんだよ。 手が、届かなくなるだろーが。 手を目一杯伸ばして、ヤツの肩を掴もうとした。けれど、あっけなく、空を切る俺の右手はとても情けない。 どーしたら、お前は俺の言う事聞いてくれるんだろーかねィ。 もー、あれしかありませんか? 「いーから俺の話を聞けえ! 馬鹿神楽あ! 略してバカグラァアアアアァア!!」 ぴたり。 やっと止まる。 土手から舗装された道へ踏み出した一歩。その足が、やっと、止まる。一気に坂を駆け、間を詰めて前へと回り込んだ。 「初めて人様の名前を呼んだと思ったらそれかあッ!!」 ほんのり赤い顔をして、神楽が叫んだ。 怒り? それとも、照れ? 夕陽の所為? 傘に隠れているから、それは言い訳にならないぜ? こっちまで赤くなりそうだぜィ。 「言い訳なら聞かないアル」 「言い訳じゃねえよ。俺の本音。お前の事が気になる、どころじゃねーんだよ。どーしてくれんだィ。もう、こうして手の届くところに居て貰わねーと、気が気じゃねーんでィ」 言いながら、神楽の頬へ手を添える。 「だから、さっきのは、本当。嘘偽りなし。純度百パーセント。これ以上は鼻血も出ねーぜ?」 神楽の目が、一瞬疑惑の色を表す。 ま、急に信じろっつー方が無理か。 でも言わないと、苦しかったから。 「ホントだって。神楽、これからは俺の側に居やがれィ」 俺の側に居やがれ、と、さっきも言った台詞。 言った途端、不機嫌になって帰ろうとした神楽。 今度は、動かない。 青い瞳は、瞬きもせず。 じっと、じっと、俺を見るだけ。 「悪い冗談じゃないアルな?」 「ああ」 「居やがれってのがえっらそーだから、お断りアル。お前が私の側に居るヨロシ。アー・ユー・オーケイ?」 俺は数度瞬いた。思わず口も開く。 「…いや、おめーが俺の側に居る方だろ」 「違うネ。おめーの方だ」 「おめーだ」 「おめーじゃねーよ、神楽だよ!」 「んじゃー、俺の事は総悟様と呼びやがれィ」 「何ををを! 私の事はかぶき町の女王、神楽様とお呼び!」 いつも通りの言い合いをしながら、俺はゆっくり神楽の手を取る。 彼女はそれを受け入れた。 罵り合いは続くけど、緩み緩む頬は、互いに同じ。 この手の届く範囲に、君に居て欲しい。 俺が楽に呼吸出来る世界を作れる君に。
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