ライバルオーバー愛人未満





 今日の良き日に感謝をしよう。
 ほら、あれに見えるは、愛しのチャイナ。



 反物屋の前で突っ立っている日傘の君は、好物の酢昆布を噛りつつ、熱心に何かを見ていた。
 欲しい着物でも見つけたのか。似非中国人風の口調と、風体。おおよそ彼女を形作るものからは、着物姿が想像出来ない。
 「七五三でもするつもりかィ?」
 いつも通りからかうつもりで声をかければ、反応はなし。
 無視?
 沖田総悟はめげずに彼女の隣に立った。
 ようやく気付いたようで、神楽は視線だけ沖田に呉れた。
 「しちごさんって、何ヨ?」
 「ガキの成長を祝う行事のことでィ。って、ちゃんと聞こえてたんじゃねーか」
 「お前の声なんぞ、聞こえなかたことにしたネ。で、何か用アルか?」
 「べっつにー。珍しいトコに居んなあって、思っただけ」
 「フン。もう、用なくなったアル」
 私服の沖田を冷たく一瞥して、神楽は歩き始めた。
 「なーんでィ。せっかくの休みに」
 休みに、気になるお前に会えたのに。
 取り敢えず、口に出さなかった呟きは心の中に仕舞っておこう。
 けれども気になる。
 神楽が必要以上に言葉を返さなかった事が、気になってしまう。
 自分とて、必要以上の事を言わなかったから、だろうか。からかいの気持ちは込めていたものの、浮かれた気持ちが勝っていたとか?
 (まっさかああああ)
 判っているけど、認めたくないこの感情。
 ふと、反物屋を覗いてみる気になった。
 あの酢昆布娘は、一体全体、何を見ていたのだろう。何に心を奪われていたのだろうか。店の軒下に並べてある商品は雑多で、どれが神楽の気に入りか判らない。小物はもとより、反物、草履、レース付き日傘エトセトラ。
 日傘。陽に弱い彼女の、必須アイテム。しかし、只の傘だ。銃弾は出て来ない。
 奥にはマネキンが新作の着物を着ていた。店の中にも入ってみる。暖簾を上げて、好奇心を満たす為、沖田は店主に話しかけた。



 「銀ちゃ〜ん、お小遣い頂戴ネ」
 「何言ってんだお前は。ちったあ酢昆布控えるとか、一日一食抜くとかしてみろってんだコノヤロー。ウチの家計は火の車なの。かえんぐるまキマリまっくてんだぞコノヤロー」
 「ちッ。ケツの穴の小せー野郎だぜ」
 「あんだとコラ」
 銀時の財布の中身は当てにならない。知っていた。第一、控えろと云われた酢昆布が給料代わりなのだから。
 「新八〜、めしゃーまだかえー?」
 「昼飯ならまだだよー」
 新八が台所から答える。神楽は再度舌打ちし、小腹が空き始めていたので、腹の足しにとまた酢昆布を噛り始めた。
 「反省の欠片もなく食ってるしな、またも」
 銀時のツッコミに耳を貸さず、ひたすら酢昆布を胃に収めていく神楽。そっぽを向いて、銀時を見ようともしない。最後の一口で、神楽は勿体無くなって口の中で転がす。酢昆布飴があったら食べてみたい、と思った。
 溜め息を吐いて、銀時は訊く。
 「神楽、何で急にお小遣いなんだ?」
 「給料くれアル」
 「酢昆布やってんだろおが」
 「じゃあ云われた通り一個だけ我慢するから、八百円ちょーだいいいぃいいィイ!」
 キンキン喚く神楽は、ソファに座って居る銀時に抱き付く。
 「っだー! 耳元で喚くな騒音娘! お前の声は何デシベルだ? 宇宙船のエンジン音よりうっさいわ! あと酢昆布一個と八百円は割りが合わんぞ!!」
 「超高級酢昆布様はきっとそれくらいいくネ」
 「知るか!」
 今度は銀時が顔を背ける。神楽は銀時の顔を見上げて、ぽつりと呟いた。
 「私、欲しい物があるヨ」
 「超高級うまい棒か?」
 「違うネ。食べ物じゃないアル!」
 「お前、食いもん以外の物が欲しいのか? またカブトムシか? それとも赤犬か? 非常食か?」
 「違うっつてんだろ! 食いもんから離れろやァ!」
 「赤犬は八百円じゃ無理だわな」と、のたまう銀時に、神楽はむくれて見せた。はちきれんばかりに頬袋に餌を溜めたリス、と銀時は想像する。
 さっと離れ、彼女は叫んだ。
 「もういいアル! 私一人で稼いで見せるヨ! 千円貰ったって、ビタ一円たりともやんねーからな! 一円を笑う者は一円に泣くがいいネ!」



 昼ご飯を黙って平らげた神楽は、そのまま家を飛び出した。新八の制止も聞かず、一目散だった。
 公園まで一気に走ってくると、流石の彼女も疲れを覚える。ベンチに座って足をばたつかせた。乱れた息の苦しさから、思わず下を向く。
 「何やってんでィ」
 聞きなれた声に顔を上げかけるが、誰の声か遅れて気付き、低い声で唸った。
 「またお前か。私に構うんじゃないネ。とっても機嫌悪いから、その顔に靴底のめり込んでも文句言うんじゃないヨ」
 俯く神楽の視線に、沖田の草鞋が映る。
 噛み付きたい。
 吸血鬼のような事を思いながら、それでも神楽は動かず、嫌な嵐が通り過ぎるのを待った。
 「あの店の親父から聞いたぜ。おめーさん、かんざしが欲しかったんだってなァ」
 神楽はカッとなって、思い切り総悟を睨上げた。
 「おいおい、そんな切り付けるような恐い眼すんなィ。別にイイじゃねーか。こんぐれェよう」
 「黙るネ。お前なんかに私の個人情報知られたくないアル。訴えて勝つぞ。米国だってビックリな値段で賠償金払わせてやるぞ、このストーカー!」
 「ひっでえなあ。ストーカーって、近藤さんじゃねえんだよ、俺ァ。つーか、自意識過剰ですか? 大袈裟過ぎやしませんか? ホントに怒るなら、これ見てからにしろィ」
 沖田が懐から取り出したものは、神楽が目を付けていた、三色団子のかんざしだった。
 「…何で―…」
 力なく呟いた神楽だったが、すぐさま気を取り直し、沖田に食ってかかる。
 「ふっざけんなアル! 何でそんな嫌がらせするアルか?! お前そんなかんざしなんか、付けねーだろおおおおッ!!!」
 「まあねえ。セールの二割引まで待ってたところ悪ィが、どーせ買う金ないんだろィ? 他の奴に買われちまう前に、俺が持っておいてやらあ」
 「要らねーヨ。もうとっっくに要らねーヨ! お前の手垢の付いたかんざしなんか要らねー!」
 肩を怒らせて叫びまくる神楽に、沖田も些か驚く。どうしたもんかと沈黙の数秒間考えを巡らし、用意していた台詞をそのまま使う事にした。
 「おい、聞けよチャイナ」
 「聴く耳持たないアル」
 ピシャリと神楽が言い放った。
 「せっかく、銀ちゃんに見て貰いたかったのに…」
 「…何ィ?」
 ぼそりと聞こえた神楽の台詞に、沖田は眉根を寄せた。
 「今度、姉御に浴衣借りるアル。そんで、祭りに出るつもりだたネ。持ってないかんざしも、姉御は快く貸してくれるって云ってくれたヨ。でも、どうしても、その三色団子のかんざしが良かったネ! おいしそうだもん!!」
 最後の一言に内心肩を落とす沖田だったが、それくらいは予想の範囲の理由だ。
 「自分で買えないなら、銀ちゃんにプレゼントして欲しかったんだもん…」
 沖田の耳に、一瞬、神楽の声が泣きそうな気配を含んでいた余韻が残る。
 聞き間違いでは、ない。
 頬を掻き、何とか悪びれない態度を保って、言った。
 「俺としてはなあ、こないだの柳生の一件の、あの手の骨折…。結局は俺も骨折させられたから相子だとも思ったんだが、どーにもスッキリしねえもんでね。ワビのつもりで買ったんだ。旦那の代わりに、受け取ってくんねェ」
 「まだふざけてるアルか? 銀ちゃんの代わりなんて、おこがましいヨ!」
 「まあ、それも予想してた台詞」
 沖田は神楽にかんざしを突き付けた。
 「だから、こーゆーのはどうでィ。俺はその祭りでずっと巡回警護に当たってなきゃなんねえ。でも、ラスト一時間だけはフリーにして貰える。そんでその一時間を、時給八百円で付き合わねえかィ?」
 「援交はお断りアル。他当たるヨロシ」
 「ってオイ。何でそーなるんでィ! ない脳味噌でよ〜く考えろよ、チャイナ。祭りのある来週までに、このかんざしが売り切れない保証はねえだろ? 旦那に見て貰いたいんだろ? 叶うじゃねえか」
 神楽は信用せずに、不信を顕に顔を歪めた。首までごてんっと傾く。
 「フ〜〜〜〜〜ン。何企んでるアルか? たったそれだけの為に、お前が動くはずないネ。どうかしてるアル。怪しさ大爆発アル。さっさと本音吐くアル」
 「…別にィ。ただ、休憩代わってくれる奴が、独りで祭り見るくらいなら見回ってろ、とか云うしー。サボリたいしー。祭りで遊びたいしー。息抜きしたいしー…」
 しー、しー、とまだまだ理由付ける沖田に、神楽は半眼で片手を振った。
 「もういいアル」
 まあ待ちねェ、と沖田は言い、指を一本立てた。
 神楽の青い瞳を見て、宣言。うさんくさ〜、とでも言いたげな彼女は放っておく。
 「最後にして最大の理由として、店の親父から祭りに行く事は聞いてたんでね、お前の浴衣姿見て、指差して笑った事を末代まで伝え残してやるんでィ。七五三みたいでした、ってなァ」
 「大概にしろこのクソガキいいぃいぃいぃぃ!!!」
 跳び蹴りを放つ神楽を不敵に見つめ、沖田は腰の木刀に手を伸す。
 「そうこなくっちゃ、やっぱ退屈なんでィ」
 沖田は喜々として応戦した。
 そして、まだポツポツ残っていた見物人は、我先にと公園から逃げ出して行った。犬もくわない、最強同士の喧嘩は、夕暮れ時まで続いた。
 結局その後、神楽は沖田の案に乗り、三色団子のかんざしを飾って祭りに挑んだ。お妙のお下がりの浴衣は、神楽に丁度良かった。上は深紅から下へ桃色のグラデーション、細かな桜模様が愛らしい。
 約束通りに祭りの終わりを神楽と過ごせた沖田は、とっても満足そうだったとか…。
 しかし。
 「来年の最後の花火は、絶対銀ちゃんと一緒に見るネ!」
 神楽は口に出してそう告げる。花火の音に負けない大きな声だった。
 ひと際大きな花火が上がった時、沖田も負けじと声を出す。
 「あーそーかいィ!」
 来年も、坂田銀時には負けられない。いや、負けてなるものか。
 沖田は信じられないくらいすんなりと敵愾心を認めて、神楽への気持も…認めざるを得ないようだと、苦笑交じりに光る空を仰いだ。








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**冒頭で愛しの、とかいうてるで、総悟くんー。
 気付かないフリ、あるいは、なかったフリですかいいい。
 初めての銀魂作品らしく、沖田→神楽→銀時。
 沖×神はもとより、銀×神もスキスキ捨て難い。ギンカグは、私的にキョウダイとか親子に陥りがちなのですが、人様の読むのが好きなんです。オキカグ前はギンカグでしたもの私。ていうか、今でもそうですもの私。あれ? そうなんだ私?
 でもこのサイトで銀さんを核なら、もとい書くなら、ドリームでしょうね…。夢色系(遠い目)。

*2006/05/03up