コーヒー*チョコ*ブレイク
明日からまた海外へ出張か、と思うと溜め息が出る。
ただの旅行ならもっと楽しめるだろうが、今回も仕事だけして帰ってくる予定だ。
はパスポートを机の上に投げ、革張りの椅子に深く身を沈めた。皮革の鳴る音を聞きながら、更に体重を預ける。
紂王と一緒なのはいい。しかし、仕事に追われるこの数週間は流石に辟易した。
もしも。
同じ職場で、秘書という近さでなければ、どれだけ擦れ違っていただろう?
倦怠期、とか、最悪破局、だとかいう言葉が脳裏を過ぎり、思わず顔をしかめた。
紂王は会議に出席している。
は彼が戻るのを、社長室で待っていた。もうすぐ会議の終了時刻。今回の議題を思い出すに、恐らく予定通りには終わらないだろう。
もう一度、溜め息。
準備万端のキャリーケースを見遣る。何度も国内、海外を共に回ったお気に入りである。
まだ購入してから一年も経っていないが、既に年季が入ったといって差し支えないダメージがそこら中にあった。
キャスタの一つが、少々動きが悪い。直らなかったら、次にどこかへ行く時には、買い替えを検討しなければ。
はただ待つのに飽き、ノートパソコンの蓋を開いた。ネットで新しいキャリーケースのリサーチをするためだ。
中々気に入ったものが見つからず、現実の店舗へ行く検討をし始めた時、ドアが開いた。
「紂、おかえり!」
「ただいま」
予定より四十分も遅れてのご帰還だった。
いや、まだ、マシな方…。
「今日はこれで上がりだな。明日の昼までは、ゆっくり休める…」
紂王は会議の資料を机に置き、
の座る椅子へと近付く。
は一旦紂王に椅子を譲り、すぐに彼の膝へ座った。
間髪入れずに、後ろから抱き締められる。そのまま、身を預けて目を閉じた。
「
、準備は済んでいるな?」
「うん、紂の分も一緒に用意してあるよ」
仲良く並んだキャリーバッグを見て、紂王は微笑んだ。
「ねえ、何か飲む?」
「そうだな、コーヒー淹れるか」
淹れるか? と、おうむ返しに聞き返しそうになるのを止め、
は立とうとした。
「いやいい。
の分も淹れよう」
「ほ?」
目をまん丸にして驚く
に、紂王は苦笑した。
「たまには、だ」
のように豆から碾いたりはしない。ただのドリップバッグコーヒーだ。キャビネットの扉を開け、カップとソーサーを二客出し、買い置きのドリップコーヒーの袋を破る。カップにセットして、電子ポットのお湯を使うだけ。
が来る前は、コーヒーは給湯室で作られていた。彼女が来て暫くして、この社長室にも電子ポッドやこうしたブレイクタイムに必要なものが常備されるようになった。
温かい湯気と、堪らなくそそる香りに、
は早く飲みたくなる。
猫舌の
はすぐに飲めない。紂王はコーヒーシュガーを入れた後、ダークブラウンのキャビネットを開けた。下段には、小さな冷蔵庫が入っている。
パックのミルクを出し、
が飲むカップに少量注ぐ。カフェオレほどミルクの割合は多くないが、これで彼女はすぐにでも飲むことが出来た。
自分の分は、コーヒーシュガーを一つだけ入れる。普段はブラックで飲むが、会議の後で疲れを感じたため、甘いものの力に頼ろうと思った。
甘いもの、で
が持ち込んだチョコレートがあったことを思い出し、紂王はキャンディ包装のチョコレートを四つ掴んだ。
チョコレートをお供に、二人は休息を楽しむ。
「…ふ~~。おいひいー」
のほんわかと緩んだ顔を見て、紂王は満足げに笑った。
「来月は、ポルトガルとイギリスへ行くぞ。長い滞在になるから、スーツケースを買っておけよ。
はまだ、大きなスーツケース持っていなかっただろう?」
「うん。お気に入りのトランクはあるけど、四・五日分くらいかな、入るの」
買うものが増えたかも、と思いながら、二つ目のチョコレートを頬張る。
「買い物なら付き合うぞ」
「うん! 一緒に行って!」
最近は、以前より素直にものが言えるようになった。
は紂王に甘えながら、日々を過ごしている。
紂王も
に甘えて、バランスを保っている。
やっと普通の恋人同士になった二人は、甘い愛を確かめずにはいられない。
紂王の最後のチョコレートが、彼の口に入る。
はその動作を見ていた。期待と予感が入り交じる中、彼女は目を閉じた。
そのつもりだった紂王の口元は、ゆっくりと弧を描く。
熱が重なる。
そのまま、二人の口内でチョコレートが溶けるまで、口付けを交わし合った。
**長編の続きを書くとか言っておいて、短編書いちゃいました。
今の時期、バレンタインなので、季節にあったものが欲しくなり。
初めは、拍手お礼にお読みいただけるものを書き始めたのですが、あれ?
他にバレンタインものが思い浮かばなかったので途中で変えてみました…。
チョコあげてないですから、バレンタインものでもないですが。
むしろ貰ったよ? 逆チョコ?
*2010/02/14up
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