pretty mistake!







 とある展示場の宴会場で、はウキウキと弾む気持ちをひた隠し、仕事に専念しようとしていた。今日はホワイトデイ。お返しが楽しみなのである。
 普段が勤める会社の業務とは、少し異なる業種と組むことになり、紅茶とコーヒーのセミナーの手伝いをすることになっていた。今は、彼女が取り仕切る六人のチームで動き回っている。
 正午頃には、紂王が様子を見に来る予定だ。
 会場の飾りつけのため、はフラワーコーディネータの女性の手伝いを始めた。あと一時間ほどで開場する。
 「あと二カ所です」
 「ええ、急ぎましょう。手伝えることがあったら、言って下さい」
 フラワーコーディネータの指示に従い、は大きな花瓶に生ける花束の包装を解き始めた。



 入り口から準備の整った会場を見渡す。テーブルセット、講師用、お客様用の教材、音響、別室に用意してあるスイーツ、会場のデコレーション等々、全て計画通り。
 司会者や講師の先生を迎えに行くため、は早足に控え室へと向かった。他の三人の同僚やフラワーコーディネータは一階下の控え室に待機中だ。十一時前に司会者たちを会場へ連れて行ったら、もそこへ戻るつもりだった。
 セミナーの始まりを見届けて、はスタッフ用の通路へと身を引っ込めた。
 「じゃあ、あとは宜しく」
 「はい」
 同僚の一人に裏方の統率を任せて、通路へ出る。すると、遠くに紂王の顔が見えた。
 名前を呼びたいが、大声になりそうで止める。
 笑顔で駆けていくと、彼は両手を広げて待ち構えた。そのまま、抱きつく。
 「紂! おはよう! 早いね!」
 「ああ、早く逢いたくなったから」
 「えへ」
 紂王の言葉に、は蕩けそうに緩んだ頬を彼の胸へと押しつける。
 「、ランチは一緒に食べられそうか?」
 「うん、だいじょーぶ。あんまし遠くへは行けないけど、駅前のビルにあるレストラン街へ行こうよ。他の人たちはお弁当で済ませるって。私は責任者だから、本当はここに居た方がいいんだろうけど…」
 既に、同僚には了解を得ていた。徒歩五分ほどの駅前ビル内なら、何かあっても直ぐに駆けつけられる。
 「じゃあ、早く行きたいところだが、その前に」
 「ん?」
 「ハッピーホワイトデイ! これ、お返しだ」
 紂王が足下に置いてあった紙袋から、ラッピングされたものをに手渡した。
 「うわあ、ありがとぉ! 開けてもいい?」
 「どうぞ」
 リボンを解き、包装紙を開けていくと、中からはクッキーの箱が出てきた。他にも、コップと携帯用の歯磨きセットが入っていた。
 程良くデフォルメされた紫陽花のイラストが可愛らしく、色遣いもの気に入るものだった。
 「かわいー!」
 実用的なものとスイーツがセットになって販売されているのは、バレンタインやホワイトデイでよく見かける。例えば、男性用にならお酒とか、ネクタイとか。女性用なら、ハンカチとか、バスセットとか、花とか。
 しかし、この組み合わせには疑問を覚える。初めからセットだったとは、思えない。セットだったなら、スイーツと一緒の箱に入っていそうなものだ。
 「紂、何で歯磨きセットなの?」
 「そろそろお泊まり用にあった方が便利だと思ってな」
 「…お前って奴はよう…」
 にっこり笑って言った紂王に、は甘えたモードから一転、険のある声で応じた。
 けれど、こんなことで機嫌を損ねて険悪ムードにするのは気が引けた。は軽く頭を振って、気持ちを切り替える。
 「でも、ありがとね!」
 急遽、食事休憩の時間を早めることに同僚の了承を得た。プレゼントを控え室に置いて、 は紂王と一緒に出かけて行った。
 イタリアンレストランで大好きなパスタもドルチェも食べて満腹だ。たちは展示場へ戻り、紂王は展示場内で時間を潰すと言うので別れた。は交代のためにセミナー会場へと向かった。
 セミナーは順調に進んでおり、もう少しで食事タイムになるところだった。講師がセレクトした今日の紅茶やコーヒーに合うスイーツをお出しする予定だ。
  はスタッフ通路に居た同僚に声を掛け、持ち場を交代した。交代した同僚は、スイーツ配膳準備のために他の同僚を呼びに行く。
 お食事タイムが終わると、コーヒーのミルアンドドリップなど、体験実習が始まる。ここまでくればもう一息。は予定表を見て、遅れなく時間通りに終わるよう調整にかかった。
 それから無事にセミナーを終えて、たちは会場の後片づけをした。終わったのは夕方五時過ぎ。片づけは予定より少し遅れたが、は直帰することになる。
 携帯を見ると、紂王からのメールが来ていた。これから控え室に行くというものだった。
 おっけー。と、簡単に返事を書いて、荷物を持つ。控え室の施錠をして、展示場の警備室に返しに行かなければならない。
 しかし。
 「あれ?」
 ない。
 「あれええ?」
 トートバックの横に置いておいたはずの、紙袋がない。
 紂王からのプレゼントが、影も形も見当たらない!
 「…うっそだあ」
 誰かが間違えて持っていったのだろうか?
 同僚に電話をしようか迷った。携帯を開いた時、ノック音が部屋に響く。
 「紂…。ど、どうしよう!」
 パニックになりかけただったが、もう一度ノックされたので返事をしてドアへと近づいた。
 開けると、やはり紂王が居た。そして、彼の手には、なくなったと思った紙袋がある。
 「あ、プレゼントなくなったかと思って、今すっごくビックリしていたんだから!」
 が手を差し出し、紙袋を受け取ろうとすると、紂王は軽く首を振った。
 「は? 何で?」
 「これは駄目だ」
 「駄目って、何が?」
 「他のをプレゼントするから、これは返して貰う」
 突然の台詞に、は戸惑う。
 「駄目って、何がって、訊いてんでしょ!?」
 「…いいから、他のを買いに行くぞ。やっぱり、みぇっきーとかキャラクタものにするべきだったな」
 「だから、何でだよ? 理由を言え。じゃねえと納得出来ねえ。あたしはアレ気に入ったんだから!」
 思わずガラの悪い口調になったは、紂王を睨んだ。訳が分からないままでは、納得いかない。
 「あたしが紫陽花好きって言ったの覚えてたから、くれたんじゃないの? そりゃ、一番好きなのは他の花だけども! でも、酷いよ、あんまりだ!」
 涙目で抗議する。は、更に続けた。
 「急に…、お泊まりが都合悪くなるようなことが、あったの?」
 最後の方は声が震えた。この短時間に、他に好きな人が出来たとは思えなかった。けれど、脳裏に浮かんだのは、紂王のかつての恋人だった。ピンクの髪の、傾国の美女。
 あの女の存在を思い出して疑う自分に嫌悪感を覚えつつ、紂王を視た。
 「答えて」
 有無を言わせぬ迫力のに、紂王は諦めて話し始めた。
 「お泊まりの都合が悪くなった訳じゃないぞ。今日にでも泊めたいくらいだ」
 「じゃあ、何で?」
 「あれな、紫陽花ってな、冷酷や浮気って意味があるらしくてな」
 「……花言葉?」
 「そう。さっき、ここのカフェで時間を潰している時に、フラワーコーディネータの人に会って。仕事の話をしているうちに、プレゼントの花を選ぶコツって話になったんだ。彩りや量、季節に合ったもの、花言葉なんかで選ぶって聞いた時に、紫陽花の花言葉を聞いてみると…」
 言葉を切った紂王の代わりに、が後を引き継ぐ。
 「冷酷や浮気が気になっちゃった?」
 「いや、全然そんな意味はなくてだな!」
 「判ってるよ。意味あったら駄目なんて言わないじゃん。つか、そんなこと気にした訳?」
 慌てる紂王に対し、は冷たく言い放った。ぐっとつまる紂王は、言い返せないので拗ねたような表情になる。
 追い打ちを掛けるように、は言った。
 「でも実は、あたしを冷酷だと思ってる? それとも、浮気、の単語に身に覚えがあった感じかな?」
 「ち、違う! 断じて浮気なんかしていないぞッ!」
 にっこりと笑ったは、そのまま無言で頷く。
 そんな彼女に危機感でも感じたのか、紂王は慌てて捲し立てる。
 「本当! 本当だって! せっかくのホワイトデイのプレゼントに、それはないなって思っただけだ。また紫陽花観に行くデートだってしたいし! でも、お泊まり誘うはずが、花言葉なんて考えて買わなかったから…」
 段々落ち込み始めた紂王に、は溜め息を吐いた。
 「あのね、あたしは紫陽花の花言葉知ってたわよ?」
 「え?」
 「知ってても、紫陽花は好きなの。あのプレゼントは嬉しかったの。だから、他意がないなら、そのプレゼント、もう一度下さいな」
 微笑んで片手を差し出すに、紂王は両手でその手を包んだ。
 「すまない。何か、変に空回った…」
 「ふふっ、そうね?」
 の中で、愛おしさゲージが振り切れた。彼女は我慢しないで、紂王に抱きつく。抱き締め返した紂王は、恥ずかしそうにすまない、と呟いた。
 いいよ、と返すに、軽く口づけて。
 「もう一度、ハッピーホワイトデイ」
 「ありがと、ハッピーホワイトデイ」
 笑い合った二人の顔が再び近づく。
 紂王は深く口づけて、きつくを抱き締めた。










**あーもー、お前等はよ家帰れ。
 自分で書いておいてなんですが、何かヒロインさんと紂王さまのラブい感じは、こっぱずかしくってしょーがないんです。
*今頃ホワイトデイもの? 2010/03/22up

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