ドリーム小説

進展はあるか?





 「紂、今、暇?」
  は大きなビニール袋を抱えながら、社長室の扉を開けた。
 ガサガサ大きな音を出す袋には、目一杯に物が詰め込まれていた。
 「もうすぐ暇。それは何だ? また大荷物だなあ」
 「チョコだよ」
 「…今日はまだバレンタインじゃないぞ」
 紂王には、自分の為の物ではないと見当が付いていた。
 「うん。あたしが食べるんだから、いつでも良いの。デパート提携のクレジットカード会社のさ、割引券が届いてたから、張り切って買っちゃったー」
  は笑顔で袋の中身を見せる。手元の書類を片付けながら、紂王は横目で確認。多い。
 「一体幾つ買ったんだ?」
 「ワカンネ。八千円分」
 「はっせんえん…」
 「の、一割引で買えました。安いの多いよー。色んな種類のチョコが食べたかったからね、もー目移りしまくり!」
 十数個…いや、二十個はあるだろうか、紂王は が甘い物好きであると良く判っている。それでも、少し、呆れた。
 「まさか、全部一人で食べるのか?」
 「まーさーかー。いや、ソレが一番良いのだけど、喰えるけど。そのつもりならここにゃ来んよ」
 確かに。見せびらかしに来た、という訳ではないのなら、分けてくれるという事だと解釈出来る。
 「まさか、今年はこれで済まそうとしているのでは…」
 ジトリ、と を見遣る。彼女は、幸せそうに包装紙を破っていた。
 「えー。紂にあげる分の事? それでも良いけどー。イイの?」
 「ヤダ」
 「まあ、これはカウント外よ。疲れている時は、甘い物…チョコレートとか食べるのが良いって云うじゃない。って、私は今日は仕事午後からですけれど」
 フランスの菓子職人が監修したという宣伝文句のトリュフを口にする。 は蕩けそうな顔をした。
 「紂も食べなよ。あ、お昼まだなら、一緒に食べに行こうか?」
 紂王はトリュフの入った箱を受け取り、了承の返事をした。
 「何食べる?」
 「 は何が良い?」
 「マク●ナルドでハッピーセット」
  は即答した。今貰えるおもちゃ…いや、カードゲームの限定カードが欲しかった。
 「今朝の新聞広告にさ、割引券入ってたの。オリンピック開催の事もあって、イタリアーンなバーガーもあるってよ?」
 トートバッグから広告を取り出し、紂王に渡す。
 「あ、丁度良いや。早めに食べてさ、どっかのデパートでチョコ買おうよ。パパ上様のと、あんたの分を」
 「何?! 手作りじゃないのか?」
 紂王は広告を握り潰さんばかりの勢いで驚いた。
 「何でよ。作んないわよ。イイとこので買った方が美味しいって! 某ホテルのフォンダンチョコケーキなんて良いなって、実はもう目を付けていたりしてー」
 あっはー、と能天気に笑う に、紂王は信じられないと呟く。
 「やっぱり、一番気持ちが伝わるのは手作りだと思うがなあ…」
 「お前なんか全世界ぶきっちょさん協会から訴えられてしまえ」
  は決して、料理が出来ない訳ではない。
 面倒臭いから作りたくない、それだけ。
 それに、食べてもらうなら美味しい方が良いに決まっている、本気でそう思っていた。
 「また の作ったチョコブラウニーが食べたいなあー」
 紂王はにっこり笑って言った。
 「…面倒。それよか、フォンダン! チョコ! ケーキぃ!」
 「それは自分が食べたいだけだろう?」
 「それもあるけど! 何でー? 美味い方がイイじゃん! ゼッテ美味いって。実は試食用に取り寄せ注文してるんだ。今日届くんだよ」
 「取り寄せって…。そこまで。……そう、かー」
 ニヤリ、と紂王が笑んだ。 は理由を察し、密かに警戒したが、無駄な事だと息を吐く。
 「お楽しみ想像中悪いけど、あたしんちには届かないわよ? 試食がてらに家上がり込もーったって、そうはいきませんからね」
  は片目を細めて、紂王を睨んだ。
 「じゃあ、何処に…。まさか会社?」
 「そう」
 紂王は落胆した。しかし、めげない。
 「まあ、それはいい。食べるのは家だよな?」
 「夜食ですから、喰うのはここだ」
 「家帰るよな?」
 「あんたが仕事早く終わらせてくれたらね」
 今日の仕事予定は、この後に会議が三つも入っていた。最後のものは、長引けば夜の十一時を回るかも知れない。過去に二度同じ事があった。その会議結果如何では、更に紂王には仕事が出来る。 はそれに付き合う。
 余りに遅いと、 は帰らずに秘書室に泊まる事がある。明日も正式には午後からの出勤の為、朝にでも一度家に戻れればそれで良いのだ。
 「バレンタインは明後日。チョコ作る暇、なーし! 因みに、明日明後日の予定もギッシリ詰まっているって、勿論社長はご存知ですわよね?」
 「知っている」
 紂王は諦めの溜め息を吐いた。
 「じゃあ、来年! 来年は の手作りチョコが食べたい。休みにするから。有給許す」
 「馬鹿言うな。拘る事ないだろ?」
 「ある」
 紂王は真剣な顔で言い切った。 は口元を歪め、溜め息を我慢する。
 「…判ったわよ。チョコブラウニーね? 今夜ちゃんと家帰れたら、作っとくし。明日が駄目でも、当日、作ってあげるわよ。十四日中なら、何時でも良いでしょ」
 日付の変わる時間までなら、バレンタインの日には違いない、という理屈。
 「も、勿論だ。食べに行く!」
 暗い表情から一転、紂王は破顔した。
 「あ、また人んち来ようと考えたわね? 誰が上げるかっつーの。作るのはここの食堂だ。借りるから」
 「何だったら、家に来てくれても良いぞ。息子達も喜ぶだろう。特に殷洪」
 「うーん、殷洪ちゃんには会いたいけど、却下」
 「ウチのキッチンは広いぞー」
 「行かねっての!」
  は拒絶しているというのに、紂王はお構いなしに続けた。終いには を腕の中に閉じ込める始末。
 「ゥギー。やーめーろーぉぉおぉお」
  は抜け出そうともがくが、上手くいかない。
 「照れるな」
 「照れてんじゃねえよ」
 悪態を吐きながらも、 は大人しくなった。
 どうにも抱き締められるのに弱い、と自覚する。
 結局、少しは距離が近付いたと思われた京都旅行の時より、余り二人の関係に進展はなかった。日々の忙しさ、といった時間的な事よりも、 の気持ちに因るところが大きい。
 しかし、紂王は、正面から抱き付いて膝蹴りやボディブローを食らわなくなっただけ進歩している…と思いたかった。
 チョコレートよりも甘い関係は、まだまだ遠そうではあるが。







夢始




**会社で何やってんですかアンタがたァア!!!
 とかいうツッコミはさて置きつつ。
 私は八千円近くのチョコを買い、ネット注文をしたお高い生チョコ様(フォンダンでなく)を忘れ去っていたので、自分喰いの為のチョコは一万円を超えま死た。
 ああ、これからまだバレンタイン後の値引きチョコも買うというのに(去年近場のデパートでは売れ残り販売が物凄い少なかったので今年は警戒中)!!
 あ、結局、チョコブラウニーは何とか作ったんだと思います。 さんは紂王様に弱かとよ。

*2006/02/14up