ミャオっとバッターリア! 1




 いつもの夢。あの人にお気に入りの膝枕をしてもらいながら、お庭でひなたぼっこをしている間に眠ってしまう、夢。
 夢だって分かっている。
「むみゃ。…また夢…」
 まだ夢?
「むにゃ〜」
 夢だ。
 ここは、あの花々に囲まれた館ではない。
 だって、ほら、ミャオが今いるのは。
 戦場。
 目を開け、現実を目の当たりにする。自分の炎で焼いた建物の壁や木々が視界に飛びこんできた。
 今は、廃墟を根城にした敵国トウラマリの兵団を奇襲する作戦の最中である。
「あにゃにゃ。気絶しちゃってたか」
 後頭部をさすりながら、倒した兵士を見る。相手も気絶しているようだ。手櫛で金色の髪を梳きつつ、首を巡らした。すると、見知った顔が近づいて来るのが見える。
「ミャオ! ここにいたのか。無事か?」
「カパローニさん。…うん、無事だよ」
 ミャオ・ミチーノが身を寄せる敵国と戦う組織『光の眼(まなこ)』のリーダー、カパローニが駆け寄ってきた。三十代後半の、精悍な男である。額から流れる汗を手の甲で拭きつつ、ミャオの無事に安堵した。
「よし、夜明けまでにカーサへ帰るぞ」
「ダメだよ。今だと、あとをつけられちゃう」
「何?」
 周囲を見渡すと、遠くの岩に人が立っているのが分かる。
「誰だ?」
「こっちが気づいたことが分かったみたい。来る。ミャオたちからも近づいてみる?」
「敵なら最後の一人まで倒さなきゃな」
「敵じゃないと思う。殺気はないよー」
 警戒心で武器を構えたままのカパローニと、手ぶらで警戒心を解いているミャオは、黒髪の少年と出会った。
 つり目気味の少年は、腰に剣を下げている。彼の凛とした眼差しに、ミャオはふと知り合いの面影を重ねた。
 カパローニはミャオを背に隠しつつ、問うた。
「お前は?」
「俺はルポーネ。あなたたちは、反トウラマリ同盟のトップ集団『光の眼』ですね?」
「違うと言ったら?」
「いいえ。さっきこの女が戦っているのを見ていました。『光の眼』に炎使いの女がいることは知っています」
 ミャオを睨む少年は、鼻をひくつかせた。
「お前の匂い…。猫か? 匂いが薄いが…」
「うん、そうだよ」
「こら、ミャオ!」
「だって、分かる人には分かることだよ? 匂いで分かるなんて、キミはわんこさん?」
 目をキラキラさせながらミャオが聞く。しかし、少年はその問いに答えなかった。
「俺の家名は『カーネウルフ』」
「…他国の狼か!」
 その家名に聞き覚えがある。驚くカパローニは、ルポーネを見つめる。
「おおかみ?」
 目を丸くするミャオにカパローニは説明した。
「半年ほど前にトウラマリに滅ぼされた一族。俺たちの国、ローリアの北にある小国テーニの貴族だ」
「父から『光の眼』のことと、カパローニさんの名前は聞いていました。俺を仲間にして下さい」
「お前、若いな。最低でも十六歳くらいじゃねぇと…」
「十六です」
 嘘くせぇな、とカパローニは即座に思った。ルポーネはもう少し幼く見える。
「ねーねー、カパローニさんっ! 仲間にしてあげよ。ミャオ、全然ヤな感じしないよ!」
 ミャオはルポーネの周りをくるくる回って正面に立つ。
「ねっ♪ むしろ好きな感じ」
 ミャオが下からルポーネを覗き込み、近づく。そんな彼女を軽く肩で突き飛ばし、ルポーネは懐から紙を取り出した。
「父が生前に書き残した手紙です。これを読んで下さい」
 手紙を受け取り、カパローニは中身を確認する。要は遺言状だった。
 トウラマリに近い街を治めるカーネウルフ一族の長・ルワンが、カパローニに宛てて書いたものだ。
 反トウラマリ同盟は、数ヶ国から成る大規模なものだったが、その中でも『光の眼』は約一年前からミャオを仲間にしたことにより、抜きん出た強さでトウラマリからの攻撃を防いで自国を守っていた。カパローニの傭兵時代に培った指揮力の高さも方々の噂の的だ。
 これからトウラマリ軍と直接戦うが、自分にもしものことがあった時には、息子のルポーネを頼む、という内容だった。
「ルポーネ、この手紙に書かれていることは本当か?」
「はい」
 ミャオは何のことだか分からず、手紙を見ようと頑張って背伸びをしたが、読めなかった。
「お前は、風狼(フウロ)と黒犬と人間の混合種なんだな?」
「そうです」
「そうなんだー! あのね、ミャオはね、火猫(カビョウ)の…」
「馬鹿!」
 話に入りたがったミャオは自分の出自を言おうとしたが、慌てたカパローニに口を塞がれる。
「もがもご!」
「人には言うな!」
 ルポーネはミャオの匂いをもう一度嗅ぐが、猫と人間以外の匂いはしない。
「動物と人間の混合は珍しくないと思いますが…」
 何をカパローニが隠すようなことがあるのか、とルポーネは目で問う。
「…ミャオのことはいい。ともかく、手紙の内容は分かった。三種類の混合は珍しい。だからこそ、血を守るために、テーニ国で主力の軍に匿ってもらえばいいだろう。同盟を結んでいるとはいえ、俺たちはてめえの国のことで手一杯だぞ」
「手紙に書き残すとそれが見つかった時に事なので、父は書くのを避けたようですが、テーニはトウラマリに降伏する意志のある貴族が多いのです」
「何だって?」
「この半年、俺も他国に渡っても良いものかとテーニ各所を彷徨いましたが、父が掴んでいた情報に間違いはありませんでした。…とにかく、この半年はテーニの消耗が激しく、あの国に残っていても、父の仇は取れないと感じました」
 仇討ちが目的か、とカパローニはルポーネのめに宿る力強さの訳を知る。
「…『光の眼』に入団させるほどの強さを、お前が持っているなら考えよう」
 カパローニはルポーネの立ち居振る舞いからただの貴族の息子ではないと思っていたが、生半な強さでは入団させることは出来ない。戦っても、それは死期を早めるだろうと予測がつく。
「あなたを倒せばいいですか?」
 躊躇なく聞くルポーネは、腰の剣に触れた。
「ミャオ! ミャオが相手する!」
「こら、ミャオ、ちょっと黙ってろ!」
 両手を挙げて戦闘意志を示すミャオに、カパローニは呆れる。
「戦うならミャオ!」
 譲らないミャオに、ルポーネは殺気を向けた。
「お前でもいい」
「うみゃ? …いいね、バトルしよう!」
 わくわく度満タンのミャオが喜び勇んで構える。
「待て待て! ミャオは手加減出来ないだろう!」
「出来るもん!」
 両者の間に入ったカパローニは要らぬ汗をかいた。
 そこへ、『光の眼』の団員たちがやってくる。
「カパローニさん! ミャオ! 何をやっているんですか!」
「誰ですか、そいつ」
 カパローニは団員へ事情を手短に話し、そして戦況と被害状況を確認した。トウラマリの兵たちは半数を倒し、残りは退却したとのことである。『光の眼』は被害が少ないと報告があった。生き残った者たちでアジトへ帰ることにした。
 廃墟を後にし、道なき森林を進む。馬を置いてある場所まで、あと三十分といったところだ。
「ねえ、ルポーネ!」
 ミャオがルポーネの隣で目を輝かせる。
「…何だ?」
「ルポーネが風狼なら、火猫のミャオと相性が良いよ。相棒にならない?」
「断る」
 にべもない彼の言葉に、ミャオは全くめげずに続けた。
「火はね、風の力でごうごう燃え盛るの! だから、トウラマリの人たちをバーンって撃退出来るよ! 殺しちゃうのは余り好きじゃないから、バゴォって勢いを見せたら、逃げてくんじゃないかな?」
 ミャオの楽観的な物言いに、聞こえていた団員たちは苦笑した。
 ルポーネは、冷徹な目でミャオを見据える。
「敵は殺さなくてどうする。逃したら、他の奴が傷つくだけだ。トウラマリの連中は残酷だから、そんな甘いことじゃいつかお前が死ぬぞ」
「ミャオは死なないよ。ご主人様と再会するまでは」
 ミャオの顔つきが変わったことに、ルポーネは少々驚いた。真剣な表情の中に、強い決意が見られる。
 しかし、すぐにぱっと笑顔になった。
「相棒のこと、考えておいてね!」
「だから断ると…」
「ねっ!」
 言いたいだけ言うと、ミャオは先頭にいるカパローニの元へ駆け寄って行った。
 ミャオは『光の眼』を代表する戦闘員である。そのくらいは、ルポーネも噂で知っていた。とてもそうは見えないが、値千人の力を持つとも聞く。噂はあてにならないな、と思った。
 この世界では、ただの人間と、動物と人間との混血種族に大別される。
 元々ただの人間と獣たちは共存して暮らしてはいたが、交わるはずのない種族間に獣混血の人間が生まれた。人類の記録が見つかっているのは二千年前から。但し、口伝ではもう五百年遡る。
 二千五百年の間に記録が途切れている箇所が二つ。
 口伝の大半の部分と、今からちょうど一千年前が空白の歴史とされていた。その一千年前に、獣混血が生まれ始める。
 その謎はいまだ解明されていない。
 自分の遺伝子にあるとされる狼と犬は、現代でも森や町に存在する。猫だってペットとして人間と一緒に暮らしていた。
 いつ、どのように遺伝子が交わったのか。ルポーネは自分の一族に興味があった。百近い文献をあたっても、知ることは出来なかったが。
 『光の眼』にも獣混血の兵士たちがいるし、反トウラマリ同盟の構成員はもとより、敵国のトウラマリにも勿論、獣混血たちは存在した。
 どれだけ力の強い獣混血を兵力として持てるか、が国力の差を決める要因にもなっている。
 ルポーネは貴族のたしなみとして、少しは剣術の心得があった。獣混血の力も扱える。どこまで戦えるかは分からないものの、『光の眼』で訓練をし、必ず父の仇を討ちたいと願っていた。
 そのためには、ミャオを利用する手はありかもしれない。
 但し、敵将を討ち取るのは自分自身でないと気が済まなかった。
 ルポーネが一人憎悪に燃えている間に、一行は開けた場所へ出る。
 馬番をしていた団員の元へやってきた『光の眼』の集団は、徒歩から馬へ乗り換え、アジトを目指した。空の端が白み始め、朝焼け間近だった。



 反トウラマリを掲げる『光の眼』は、最前線の国境からそう遠くない場所に根城を構えていた。
 みなで『カーサ(家)』と呼んでいるその場所では、団員たちの家族である非戦闘員も暮らしている。
 あまり見栄えのよくない家ばかりだったが、ここに住む者たちは大切な我が家と思っていた。住む場所が…帰る場所があり、守る者たちがいる。それだけで、兵士たちの心は強く在れた。
「おかえりなさーい!」
 迎える子供たちの明るい声が、戦闘で荒んた兵士の心を癒す。
「カパローニ団長、みんな、まずは無事で何より」
「おう、何か変わったことは?」
「早速ですが、またトウラマリの兵が民間人を殺傷したとの報せが入っています」
 留守をしていた団員からの嫌な報せに、カパローニは眉をひそめた。
「場所は?」
「北のテーニの国境近く、ヴァニ村です」
「ヴァニ?」
 聞き慣れた村の名前が出て、ルポーネが寄って来る。
「ヴァニは俺の出身地の近くです」
「我々『光の眼』に救援要請が出ていましたが、今朝方、こちらから向かった使者の連絡が途絶えました。恐らく、既に村は占拠されているものかと…」
 芳しくない状況にカパローニは重くため息をついた。
「連戦になるが、準備を整えてヴァニへ向かうぞ。トウラマリの奴らに、少したりともローリアの土地は渡せねぇ!」
 団員たちはカパローニの言葉に強く頷き、闘志を新たにした。
 トウラマリの君主は、戦争好きで土地を欲しがっている。同時に、獣混血の力も欲し、他国から捕らえることも多々あった。
 ルポーネが思い出して言う。
「ヴァニ村に隣接するトーポという町に、獣混血がいると聞いたことがあります。確か、木鼠(モクソ)の一族が」
「…ってことは、ヴァニを足掛かりに、トーポを攻める算段か?」
「木鼠一族が敵の手に渡ると厄介ですね」
 カパローニは、木鼠は大人しい一族だと聞いていた。トーポだけでなく、他の大きな街にも存在する。
 トウラマリは何がしたい?
 敵の思惑が読めないままだったが、もう一人先行して団員を調査に向かわせる。少し時間を置いて、『光の眼』の団員たちは再び戦場へと旅立った。



「ミャオ一番乗り!」
「こら、ミャオ、余りはしゃぐな」
「はーい!」
 ミャオたちは、トーポの町に到着した。既に日が暮れ始めている。夜戦にするかはこれからの情報次第だった。
 カパローニは、トーポの民たちがピリピリした緊張感を持っていることに気づく。町の広場で町長に聞くと、ヴァニ村がトウラマリ国に占拠されていることは、既知のことだった。合流した調査兵も、そのことを確認している。
「ヴァニ村には、トウラマリの軍旗が立てられていました」
 調査兵の言葉に、トーポの町長が怯えた。
「この町にまでやって来ます」
「そうかもしれませんが、我々がトウラマリ軍を追い返してみせましょう」
「いいえ、殲滅して下さい!」
 トーポの町長は白髪頭を振り乱しながら懇願する。殲滅、という言葉に、カパローニは目を見開いた。ミャオも目をまあるくして驚く。
「もう、もうたくさんなんです。トウラマリ国に近いせいで、また、獣混血であるというだけで、奴らはこの近辺をよく荒らそうとします。他の反トウラマリ同盟の力を借りてしのいでいましたが、もう限界です。ヴァニの次は、この木鼠一族のトーポが標的になるのは明らか。我が一族も、そして町民にも、手出しをされたくないのです!」
 必死に言う町長を、冷ややかな声が一蹴する。
「あんたたちは戦う気がないのか?」
 ルポーネは、自分の剣を鞘ごと町長に突きつけた。
「自力で身を守ろうとは思わないのか?」
「ルポーネ、止めろ」
 カパローニが止めたが、ルポーネは退かなかった。
 町長が固唾を呑んで見つめる剣を、ミャオはゆっくり払う。
「ダメだよ、ルポーネ。人は誰もが戦うために生まれた訳じゃないよ。戦えない人たちのために、ミャオたち『光の眼』がいるの」
「木鼠は戦う力がある」
「それでも、血の業を背負うのは、みんなが出来ることじゃないもの」
 ミャオは町長に笑いかけた。
「町長さん、ミャオたちに任せて! トウラマリの人たちが二度とこの辺に現れないように、コテンパンにしてあげる!」
 力こぶを作るポーズをしたミャオが明るく言うと、カパローニがルポーネの肩を掴んだ。ルポーネは、鞘を自分の腰に収める。
 カパローニは士気を上げるために、力強く拳を突き上げた。
「打倒! トウラマリ!」
「オーッ!」
 『光の眼』の団員たちが呼応し、一緒に拳を上げる。ミャオも一緒だ。ルポーネだけは加わらず、虚空を睨んでいた。
 それを見たミャオが提案する。
「カパローニさん、ミャオとルポーネをコンビで行動させて。火と風とで上手くやれると思うんだ!」
「何を言ってるんだ。練習もなしに、ぶっつけ本番をやろうってのか?」
「うん!」
 ミャオはどこか自信ありげに言うが、カパローニは反対した。
「ルポーネの力もまだよく知らねえだろ?」
「ルポーネ! どんな戦い方するの?」
 小さく首を傾げるミャオに、ルポーネは彼女を信用して自分の力を述べるべきか迷った。
「ミャオはね、火を纏った拳や足で攻撃するよ! 体術と組み合わせてるの! 火を飛ばしたりする遠距離攻撃はまだちょっと苦手かな? 出来るけど、威力が弱いんだ」
 火と体術を組み合わせた戦い方は、先の戦闘を遠くから見ていたので知っている。ルポーネはあけすけに自分のことを伝えてくるミャオに対し、少しだけ重い口を開く気になった。
「俺は…。剣術と風を組み合わせている。黒犬の力もあるが、それはまだ使いこなせていない」
「そっかー! じゃあ、この戦いが終わったら、一緒に修行しようね!」
 ミャオがすっかりルポーネを信頼している様子なので、カパローニはルポーネの『光の眼』入団を認めざるを得なかった。
「よし、これから配置を言う。全員よーく聞けよ! 特にミャオ!」
「はーい!」
 カパローニを中心に集まった団員たちは、ヴァニ村奪還に向けて作戦に耳を傾けた。



 先兵として、ミャオとルポーネ、そして十人の団員たちがヴァニ村へと向かう。先にトーポの町へ攻め込まれるより、こちらから出向くことにした。
 小さな森と谷川を越えれば、すぐたどり着く距離だった。谷川に架かっている橋で攻撃されないように慎重に進み、対岸へ渡る。
 目の前の崖を見た時、ミャオに予感が生まれた。
「…殺気!」
 その声で一団は崖上を注視しながら、それぞれの獲物を確認する。
 鋭く空気を裂く音が聞こえ、崖上から弓矢の嵐が迫った。
「フオーコ・マーノ(火の手)!」
 ミャオの火を纏った拳が弓矢を燃え消す。
「トルナード(竜巻)!」
 抜き身の剣の切っ先から、轟音の竜巻が現れて弓矢を飲み込んだ。バラバラになった残骸が地上に落ちる。竜巻は、そのまま空へ登り、カパローニたち後発の団への合図となった。
 他の団員たちも、盾や剣で弓矢を防ぎ、自身の身を守る。
「お前たちは『光の眼』か!」
 崖の上から、トウラマリ国の甲冑を纏った男が言う。彼は『光の眼』の団員が持つ盾に、団のマークを見た。
「そうだよ。ヴァニ村の人たちを返して!」
 ミャオが甲冑男を睨むと、その視界に二十名ほどのトウラマリ軍が現れる。半数は弓矢を持っていた。
「火と風の獣混血か…。ちょうどいい、木鼠と一緒に、王への手土産にしてくれる」
 甲冑男の台詞で、木鼠が狙いだったことが分かった。
「そんなの許さない!」
 しなやかな跳躍で二メートルほどの崖の上にいる甲冑男と同じ視線になった。ミャオは大きく腕を振るう。
「フオーコ・マーノ!」
 ミャオの火の手を象った拳が、甲冑男に届く。悲鳴を上げて甲冑男は地面を転げ回った。
 崖の上の地面に着地したミャオは、弓をつがえるトウラマリ軍にも火の手で攻撃する。弓矢を最小限の動きで避け、拳の火で燃やし、炎のほとばしる足で一蹴した。敵の銃口が自分に向けられていると悟ると、拳の炎を飛ばして相手を燃やした。
「みんなは崖を避けて、ヴァニ村へ行って!」
「分かった!」
 ミャオの言葉に、『光の眼』の団員たちは迂回路からヴァニ村へ行くことにした。
「あいつだけで平気なんですか?」
 ルポーネの疑問に、『光の眼』の男は頷いた。
「ミャオなら大丈夫だ」
 しかし、まだ鳴り止まない銃声と弓の音に、ルポーネはたまらず跳躍して崖を登る。残る敵は数名だったが、彼は剣を抜いて加勢した。
 ミャオはルポーネが来たことが嬉しくなり、ぴょんぴょこ跳ねながら敵を倒していった。
「…トウラマリには獣混血が多いと聞いたが…」
「うん。たくさんいるよ。でも、この人たちは違うね。ミャオたちと同じ、先兵か偵察団だったのかな?」
 敵を倒したあと、ミャオはにこにこしながら言った。
「…何だ、へらへらと気持ち悪い」
「えへへ。ルポーネが助けてくれたのが嬉しいんだもん」
「俺の加勢なんか必要なかったな」
「そんなことないよ〜。ミャオ、助かっちゃった!」
 上機嫌なミャオを半眼で見ながら、ルポーネは小さく鼻を鳴らした。
「みんな、ミャオとルポーネは崖の上から行くね! みんなは予定通りに進んで!」
「分かった!」
 光の眼の団員たちは頷き、ミャオたちと別ルートを辿って行った。
「…獣の匂いだ」
「ミャオは匂いは分からないけど、殺気は分かるよ」
 風が運んでくる生臭い匂いの中に、ルポーネは犬科の香りを嗅ぎ取る。もう少し近ければ、どんな獣混血か判別出来るだろう。
 相手は強い。団員たちを巻き込まないために別ルートへ行かせたが、ミャオたち二人で勝てるか分からなかった。
 一際強い風が吹き、ミャオが髪を押さえた時、殺気は消えた。
「…あれれ?」
「匂いが遠ざかったな」
「みんなの方へ行かないか心配! 早く合流しよう!」
 慌てるミャオに、ルポーネは落ち着いて言う。
「いや、団員たちの方へ行ったんじゃない。ヴァニ村へ戻ったんだろう」
「そうなの?」
「風が吹いた方角へ匂いが消えた。あっちにあるのはヴァニ村だろ」
「じゃあ、急いでヴァニ村へ!」
 鬱蒼と木が生い茂る獣道を二人は進んだ。時に地面を、時に木の上を、縦横無尽に走り、跳び、全速力で向かう。
 森から飛び出した二人が見たものは、ヴァニ村と思しき場所の中央に固めて縛られている村人たちだった。
 ヴァニ村は、白いレンガの家並みが特徴であったが、ミャオの視界に、おびただしい血痕がついた家が見えた。
 白い家が赤く染まるー…それだけで過去の思い出を引き出されそうになったミャオは、唇を固く結んで前方を睨む。
 今は、過去と対峙している時ではない。
「団員たちが来るまで待つぞ、ミャオ」
「そうしたいところだけど、殺気がこっちを向いてるよ。相手の攻撃範囲だよ」
「…何? どこから?」
 村までは約三百メートルほど。村の中央にいる警備兵たちはこちらに気付いる様子はない。ルポーネは鼻をひくつかせて匂いを嗅ぐ。…同じ狼だ。
「来る!」
 ミャオが短く叫ぶと、二人の間に影が走った。ミャオは相手の蹴りを両腕でガードし、ルポーネは相手の槍を剣で受け流す。
 相手の素早さにルポーネは内心、舌を巻いた。目の前の長身痩躯の男に言う。
「お前も獣混血だな?」
「も? じゃあ、お前もだな?」
「揚げ足取りみたいな会話は好きじゃない」
 竜巻を生み出しつつ、ルポーネが返す。
「トルナード!」
「トゥオーノ・ランチャ(雷槍)」
 雷を纏った槍が豪速で繰り出され、竜巻は四散する。ルポーネは剣を弾かれた。衝撃と雷の影響で全身が震える。
「フオーコ・マーノ!」
 背後からミャオが火の手を象った拳で攻撃するが、男は俊足で避けた。
「お前らを村へは行かせない」
「ミャオたちは、村へ行くよ! そして、みんなを助けるの!」
 痺れからまだ回復しないルポーネに気づき、ミャオは彼の前に出る。
 長距離攻撃が出来たら、今回のような敵にも勝てたかもしれない。しかし、ミャオが火を飛ばせるのは精々五十メートル前後。近距離の攻撃に対し、火の威力も弱まる。
 だから、ルポーネの風の力が必要だった。
 火を勢いよく燃え盛らせる風の威力が。
「シンティッラ(火花)!」
 ミャオが腕を十字に振るうと、火花が舞った。
「目くらましにもならん」
「ルポーネ、トルナード使える!?」
「…トル…ナードッ!」
 ミャオに応えて、痺れの残る身体でルポーネは竜巻を起こす。火花が風に乗り、火の粉の乱舞が出来上がった。敵を囲んだが、長持ちはしない。
「足止めのつもりか」
「ルポーネ、走れる?」
「…何とか」
「一旦、退こう。森の中へ!」
 逃げるのは不本意だったが、ルポーネはミャオに従った。痺れは薄れたものの、厄介にもまだ残っている。あの敵の攻撃を直接受けるのは危険だ。
「ルポーネ、ミャオに考えがあるんだけど…」
 小声で策を言いながら、敵が迫り来る一点を見つめた。
「…ああ、それでいい」
「じゃあ、援護よろしく!」
 ミャオは敵へ向かって駆けて行った。森の中では延焼しかねないので、先ほどのところへ戻るつもりだった。途中で敵の男と鉢合わせる。
「ミャオはこっちだよー!」
 あっかんべーをしつつ、ミャオは跳躍する。森の外へ出たところで、男がミャオに並行して走ってきた。
「フオーコ・マーノぉ…」
「通じん」
「ヴォラーレ!」
 ミャオは拳に纏わせた火の手を飛ばして攻撃をした。
「トゥオーノ・ランチャ」
 しかし、相手の雷槍で相殺される。
「あー!」
 驚き悔しがるミャオだったが、すぐさま相手の横側へ回り込む。
「フィアンマ・ガンバぁ…(炎の脚)」
 ミャオが右足全体を燃やし、蹴りの体勢に入る・
「ヴォラーレ!」
 水平に脚を薙ぎ、炎の直線を飛ばす。
「遅い」
 男はフッと消えたかと思うと、ミャオの目の前にやって来た。
「!」
 ミャオは目を大きく開きつつ、軸足となるべき左足を意識する。
「トゥオーノ…」
「ヴェント・スパーダ(風回剣)!」
 鋭利な風を纏わせた剣で、ルポーネが男を攻撃した。
 だが、槍で受け止められる。
 まだ電撃を食らっては堪らないと思い、ルポーネはすぐ男から離れた。
「ルポーネ、もう大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃ、いっくよー!」
 男と真正面から対峙したミャオは、一瞬で集中し、火力を溜める。
「フィアンマ・ガンバ・ヴォラーレ!」
「ウラガーノ・フォラータ(轟風突風)!」
 ミャオの飛ぶ炎の直線にルポーネの風のエレメントが合わさる。
「エスプロジオーネ(爆発)!」 
 叫ぶミャオは、爆風に備えて構えた。
「トゥオーノ・ラーニョ(雷の蜘蛛)」
 耳をつんざく爆発音と一緒に小さく聞こえたその声は、ミャオを戦慄させた。
 …攻撃が、来る。
 瞬間的に悟りその場で跳躍したが、敵の男が放った雷の蜘蛛の巣に捕まってしまった。
「にゃあああああ!」
「ぐっ」
 先ほどより強い痺れに、ルポーネは膝をついた。ミャオも地に落ち、苦しげに息をする。
 黒い煙の中、男は問うた。
「女、お前は光の眼の団員だな?」
 ミャオは身体中を駆け巡る痺れに抗い、何とか頷く。
「最近の活躍は耳にしている。お前を餌に、残りの団員を誘き寄せるとしよう」
「まっ…て。き…ききたい…ことが」
「何だ」
「あ…なたの…な、まえ…は?」
「こんな時に俺の名を聞くか」
「しっ…てるひと…かも」
「…俺はアドルフォ」
「………ちがっ、た」
 困ったように笑うミャオはお構いなしに、アドルフォは彼女を肩に担いだ。
「ま…て!」
「お前に用はない。殺す」
「おれ…は、三つのじゅうこん…けつだ。そいつより、のちのち、やくだ…」
 つ、と言い終わらないうちに、アドルフォは槍をルポーネに刺した。



「カパローニさん、ルポーネの竜巻が上がりましたね。敵対しているようです」
 光の眼の団員の言葉に、カパローニは唸る。今はまだトーポとヴァニの中間ほどの位置だ。一部の団員をトーポに残し、カパローニたちは出立していた。敵のおよその数を調べる役割の団員が戻るのを待っているところだ。
「急いで行くぞ。心しておけ!」
 一時間ほど進んだ時、先兵として出したうちの一人が戻って来た。
「どうした?」
「ミャオとルポーネが、雷使いと応戦し、捕まりました!」
「何だって?」
「現在、ヴァニ村の中央にいます。他の団員たちは、森の中で待機しているので、何とか無事です。途中で襲撃に遭い、その後はミャオたちとは違う道を行っていたので、怪我などはありません」
 カパローニは先兵からヴァニ村の様子を詳しく聞き、陣形を考えていく。
 ミャオたちの無事を願いながら、乗っていた馬の腹を蹴った。



 ヴァニ村の中央付近。ミャオたちは地面に転がされていた。ミャオとルポーネだけでなく、捕虜にされた村人たちも一緒だ。
 痺れが抜けてきた頃、ミャオは血の気の失せたルポーネの顔を見つめた。右脇腹を刺されたが、応急処置を受け、血は止まっている。
 ミャオの中で、静かな怒りが湧いていた。ルポーネは殺されなかっただけマシかもしれないが、もし生かされたとして、彼は何かしらの実験台にされるのではないかと心配だった。
 自分は、カパローニたちと共に処刑される可能性がある。
 アドルフォは、なぜルポーネを刺しながらも、生かしたのか。
 同じ狼と気づいたからだろうか。
 逃がさないためとはいえ、槍で刺す必要はなかったのでは、と思う。それはミャオが甘いから思うだけか。
 纏まらない考えに溜め息をつきつつ、痺れの治まった口を動かす。改めて、目の前の長身の男を見た。三十代半ば前後だろうか。カパローニと変わらないように思える。
「アドルフォさん、知ってたら教えて。水を操る狐の男の人を知らない? もしかしたら、あなたみたいに雷を操る人が一緒かもしれない」
「…知らん」
「……そっか」
 落胆を隠すこともせず、ミャオは俯く。
 意識の端で、ルポーネは会話を聞いていた。電撃の痺れは切れかけていたが、傷の痛みで口をきくのが億劫だった。水狐(スイコ)の男が、ミャオの言っていたご主人様だと朧気に思う。
「アドルフォ!」
「少尉…」
 占拠しているヴァニ村の村長の家から、トウラマリの少尉が出て来た。
「光の眼の団員を二人も捕まえたそうだな! お手柄じゃないか! …しかし、人質は二人もいるかね?」
「男の方は、珍種の獣混血です。王に一旦お知らせした方がよろしいかと…」
「珍種…? おい、捕虜! 名を名乗れ!」
 白髪が髪の半分を占める少尉は、杖の先でルポーネの顎を持ち上げた。
「…ルポーネ・カーネウルフ」
「カーネウルフ? 聞いたことがないな」
 少尉の疑わしげな声に、アドルフォが補足する。
「テーニの貴族です」
「…ああ、そういえば、テーニで殲滅戦があったな。私は参加してないが、兄上がいたはず」
 少尉の言葉を聞き、ルポーネの目が見開かれた。
「お前の…兄だと…?」
「口の利き方も知らんのか、元貴族のくせに!」
 少尉は杖でルポーネの頬を叩いた。
「ルポーネ大丈夫!? 乱暴はやめて! 怪我をしてるんだよ!」
「うるさい小娘だ。こいつはなぜいる?」
「噂に名高い、火を操る火猫です。こいつには、人質の価値があります。それに、雷からの回復も早いです。回復力が高いのかもしれません」
「…ふん。まあ、使えるならいい。おい、小娘、この作戦には、カパローニもいるんだろうな?」
「カパローニさん…?」
 少尉は愉しげに口を歪ませる。
「あいつには一つ借りがある。それを帳消しにしたい」
「…カパローニさんはいるけど、あなたには殺させない」
「口の利き方に気をつけろ、小娘。人質にせず、お前の命を摘むことなど容易いぞ」
 少尉は杖でミャオの頭を小突いた。
 ミャオは少尉を睨んだが、すぐ隣で殺気が生まれているのに気づく。
「…ルポーネ?」
 暗澹とした眼差しで、ルポーネは少尉を睨みつけていた。
 ルポーネの両腕が動き、鎖が音を立てる。ミャオたちは、縄ではなく、鎖に繋がれていた。縄では、ミャオが燃やせるとアドルフォが気づいたのだ。
 ミャオは、周囲にいる他の人質…ヴァニ村の住人たちを見る。彼らを縛るのは、縄だった。小さな火で縄を燃やして逃がしたいところだが、数が多すぎる。また、見張りの数も十名近くいる中で、怪我人なく逃亡させるのは難しい。
 カパローニさんを待とう。
 ミャオは反撃の機会を伺った。
 ヴァニ村の人たちは消耗が激しいのと、何名かが傷を負っているようなので、きっともう抗う力は残っていないだろう。
 天気がよいのが幸い、とミャオは馬鹿なことを考えた。雨の中では戦いにくい。
 …また、ご主人様のことを知る者はいなかった。離別のあとは、誰に聞いても、消息が掴めないまま。
 あの時、トウラマリに攻め込まれたご主人様の館が、赤く染まるのをぼんやりと思い出す。
 炎と、血。
 煙の匂いと、血の臭い。
 『光の眼』に参加してから、血などたくさん見てきた。
 しかし、慣れない。
 血などもう見たくないのに、戦を終えるために血を見る毎日。
 ミャオは、日だまりが懐かしくなる。ご主人様の膝枕で寝ていた毎日が、泣きたくなるほど、恋しい。
 それら安寧の日々を取り戻したい。
 そのためには、戦闘は避けられない。
 ミャオがどれだけ拒んでも、ミャオの全細胞が叫ぶ。
 取り戻したいなら、戦え、と。
 ふと、ミャオは複数の気を察知する。見つめていた森の奥から狼煙が上がった。
 それに気づいたのはルポーネも同様だ。鼻をひくつかせ、ミャオを見て頷く。
 カパローニたちが来たことを知り、ミャオは全身に力を漲らせた。
「何だ、狼煙か?」
 トウラマリの見張りたちも気づく。
「慌てるな。少尉をお呼びしろ」
 アドルフォの言葉に、見張り兵は走って行った。
「村の外で、十二名待機。あとは、中の守りを固めろ」
 ミャオはルポーネに寄り添い、小声で聞く。
「ルポーネ、どれくらい動けそう?」
「痛みはあるが、歩くくらいは出来る」
「そう。じゃあ、先にキミの鎖を熱で溶かすから…」
「自分で切れる」
 ミャオは瞬いてから、微笑んだ。
「じゃあ、反撃!」
 立ち上がったミャオは、後ろ手に巻かれている鎖を見た。
「カローレ(熱)!」
 手のひらから鉄の鎖を溶かすほどの高熱を出し、鎖を引きちぎった。両足枷も同様にする。
「ヴォート・ラーマ(真空刃)!」
 ルポーネも手足の鎖を切断した。
 アドルフォはそれに気づき、攻撃に転じようとしたが、ミャオが一瞬早かった。
「フオーコ・マーノ・ヴォラーレ!」
 アドルフォは身を捻り、かわす。そこへルポーネの跳び蹴りが当たった。
「ぐぉっ」
「フオーコ・マーノ!」
 今度は飛ばない火の拳でアドルフォを殴りつけたミャオだったが、アドルフォは急所を上手く避けた。しかし、軽度の火傷を負わせることは出来たようだ。
 その時、怒声とともに、光の眼の兵士たちがヴァニ村に押し寄せた。先頭を切るのは、カパローニだった。
「ミャオ! ルポーネ! 無事か?」
「ミャオは大丈夫だよー! でも、ルポーネが…」
 報告するミャオの前に立ったルポーネは「問題ありません」と言う。
「その脇腹でか…?」
 ルポーネの腹には包帯が巻かれていたが、右脇腹に血が滲んでいた。
「動けます。指示を」
「…じゃあ、俺たちは人質の救出をする。お前は、ミャオの援護に回れ! 敵将を一緒に討ってこい」
「はーい!」
 元気よく返事をしたミャオと、こくりと頷いたルポーネは、アドルフォへと向かう。
 アドルフォの隣には、トウラマリの少尉もいた。
「焦げ焦げになりたくなかったら、降参してね!」
 最後通告をして、ミャオはしなやかに跳躍する。
「フオーコ・マーノ・ヴォラーレ!」
 ミャオが放った飛ぶ火拳に、ルポーネは加減をして風を送った。煽られた火は猛火となり、敵将を襲う。
「トゥオーノ・ランチャ」
 猛火に物怖じせず、アドルフォは雷を纏わせた槍を振り回した。猛火は威力を弱めたものの、少尉は怯えた顔を隠せなかった。
 ルポーネは、剣を正眼に構える。
「ミャオ、そいつはお前に任せる」
「にゃっ!?」
「俺は、少尉を殺る」
「えぇ〜!?」
 驚きと不満の声を出すミャオをよそに、ルポーネは踏み込む。
「一族の仇!」
 迫り来るルポーネを、少尉は剣で迎え撃った。
「…テーニの殲滅戦に参加したのは、兄上だと言ったはずだが…?」
「同族は許さない」
「ふっ…。カパローニの相手をしたいところだが、その復讐に燃える目を、命乞いする憐れなものへと変えてやろう!」
 両者は剣戟の音を絶やすことなく応戦した。
「じゃあ、こっちも続けよう!」
 ミャオはアドルフォと距離を取り、攻撃の算段をする。大規模な爆発技は使えない。まだ周囲にいる人質や団員たちを巻き込みかねないからだ。
 対して、相手は、少尉以外…恐らくはこちらを倒すなら味方の兵士さえも巻き込む攻撃が可能だ。先ほどの雷の蜘蛛の巣を出されたら、正しく一網打尽。
 かといって、迂闊に接近戦をすれば、雷撃を食らい痺れて結局行動不能に陥る。
 周囲の人がいなくなるまで、時間を稼ぐか…?
 光の眼の団員たちは、トウラマリの兵士たちと応戦し、まだ人質確保には至っていない。
 時間を稼ぐだけ、無駄。
 スピード勝負、と決め込み、ミャオは低姿勢で走った。
「フオーコ・マーノ・ヴォラーレ!」
 アドルフォの頭上に火の手を飛ばし、雷槍で防がせる。ミャオは素早く懐近くまで接近し、四肢を燃やした。
「フオーコ・メンブロ(火の手足)!」
 アドルフォに抱きつこうとしたが、彼の槍で腹を正確に狙われた。身体を捻り、攻撃はかすり傷程度で済んだ。そのまま回転して、お尻を向ける。
 無防備な背後を見て、アドルフォは一瞬反応が遅れたが、すぐに槍を突き立てようとした。
「フィアンマ・コーダ(炎の尻尾)!」
 ミャオのお尻から生えた猫のような細長い尻尾状の炎で、アドルフォの横腹をはたく。彼は槍で防ごうとしたが、横腹から右肩にかけて火傷を負った。
「ぐぁっ!」
「まだまだーぁ! フオーコ・マーノ!」
「トゥオーノ・ラーニョ」
 雷の蜘蛛の巣攻撃が放たれたが、ミャオは走る火炎となる。
「フィアンマ・コルポ(炎の身体)!」
 電撃を食らいつつも、全身を燃え上がらせたまま雷をも纏い、ミャオはアドルフォに突撃した。
「自爆…か…」
 崩れ落ちながら言うアドルフォに、ミャオは八重歯を見せて笑う。
「……し〜びれてるけど、炎の分は無傷だから、そうでもないよー」
「アドルフォ!」
 少尉はルポーネの剣を捌きつつ、部下の名を叫んだ。アドルフォは気絶したようだ。獣混血がやられては、戦力が半減する。
 目の前の少年の剣の技量は大したことがない。年老いつつある自分でも十分対応出来る。しかし、獣混血の力を使われては、劣勢に追いこまれるだろう。
「ルポーネ! なるべく殺さないで! 仇討ちでも、血で手を汚しちゃだめだよ!」
「うるさい! 黙ってろ!」
「黙らない! 一度汚れたら、ずっと背負っていくことになるんだよ?」
「それでも構わないッ!」
 ミャオの制止も聞かず、ルポーネは畳みかけるように攻撃したが、どれも少尉にいなされた。
「…ちくしょう、父上から教わった剣術だけで倒そうと思ったが…無理なようだな」
 ルポーネは剣を上段に構え、呼吸を整える。
 呼気が変わった、と気づいた少尉は、距離を取るため後ろに飛んだ。
「ヴェント・ラーマ・スパーダ(風刃剣)!」
 剣から飛翔する風の刃が放たれた。横幅が二メートルほどある真一文字の風刃だった。
「ルポーネ…」
 小さく呟くミャオの肩に、カパローニの手が乗る。
「あいつも、血の業を背負う覚悟が出来ているんだろ」
 ミャオがカパローニへと視線を動かした時、呻く声がした。
「トゥオーノ…ラーニョ」
 アドルフォが最後の力を振り絞って放った雷の蜘蛛の巣に、半径一メートル以内の生き物が捕まった。ルポーネが作り出した風の刃は相殺された。
 ミャオ、ルポーネ、カパローニ、周囲にいた双方の兵士が電撃の犠牲になる。
「少尉、逃げて下さい」
 アドルフォの機転に、少尉は得たりとその場を放棄して逃げた。
「っう〜〜〜にゃあ!」
 電撃を振り払うように…実際は振り払えなかったが…四肢を震えさせ、ミャオはアドルフォの脳天に踵落としを決めた。敵は白目を剥いて落ちる。
 ゆっくり膝をつくミャオは、息も絶え絶えに言った。
「もうぅ、ビリビリ、いやぁ〜…」
「くっそ、電撃は鬱陶しいな! …でも、さっきよりは動けるから、アドルフォの力は、弱まってたのかもな」
 ルポーネが悔しそうに剣を収める。
 ミャオはルポーネが今回は手を汚さなかったことにホッとしつつ、痺れる四肢を大地に投げた。
 他の兵士たちは、ミャオたちよりも深刻に攻撃を食らったようで、もしかしたら、ミャオとルポーネには耐性が出来ていたのかもしれない。あるいは、獣混血であるためか。
 どちらにしろ、トウラマリの少尉は兵士も人質も放置して逃げた。こちらの大将のカパローニは電撃を食らって気絶中。ミャオはまぶたが落ちそうになるのを必死に堪える。
「痺れが切れるまで休戦したいけど、そうもいかないかなあ…」
「俺はまだ動けるから、人質を助ける」
「ミャオも!」
 大の字になっていたミャオが飛び起き、ルポーネに続いた。
「トウラマリの兵士さんたちー! 少尉さんは逃げちゃったし、こっちはミャオたち獣混血が二人だしで、逃げた方がいいよー! もうトーポもヴァニも、狙っちゃだめだよ〜!」
 ミャオの言葉に反応したわけではないが、アドルフォの雷の蜘蛛の巣に捕まらなかったトウラマリの兵士たちは、戦況不利と見て逃げ出した。光の眼の兵士たちの方が、無事な人数が多かったからだ。
 ルポーネは、自分とミャオが取った鉄の鎖を何とか繋ぎ、アドルフォを拘束する。
 無事な人質たちが他の人質の縄解きに協力してくれたため、短時間でヴァニ村奪還は終わりを迎えた。
 その夜、ヴァニ村の簡素な牢屋に、アドルフォが拘束されていた。ミャオとルポーネは、交代で見張り番をしている。
「ルポーネ、次はミャオが見張るよ」
「ああ」
「おやすみー!」
 ルポーネがブランケットを被った時、ミャオが叫ぶ。
「そうだー!」
「うるさいな。何だ?」
「ルポーネも、水を使う狐の男の人…獣混血の人を知らないかな?」
「心当たりはない」
「そっかぁ〜」
「…そいつが、前に言ってたご主人様か?」
「そうだよ。ご主人様で、お兄ちゃんみたいな優しい人」
 ミャオの声が甘いものを帯びる。
「…ご主人様で、お兄ちゃん?」
 眉をひそめたルポーネを気にも留めず、ミャオはくすぐったそうな声を出す。
「ミャオもご主人様も親や兄弟がいないから、家族のように支え合ってきたの」
「そいつは、水狐(スイコ)なんだな?」
「うん!」
「…なぜ、捜している?」
「住んでた館がトウラマリに攻め込まれて、生き別れになっちゃったの」
「生きている確証は?」
「……ない…けど、ご主人様は強いから、きっと生きてる。ミャオを助けようとして刺されて怪我をしてたけど、トウラマリ兵に捕らえられてた。だから、捕虜になって、生きてる。もしかしたら、もう自力で脱出してるかもしれない。本来は、それくらいに強いんだから!」
 ミャオは目を輝かせたが、一転、膝を抱えて独りごちた。
「…でも迎えに来てくれないから、きっとまだ捕まってるんだろうな」
 ろうそくだけの灯りの中、沈黙が場を支配した。しかし、沈黙は意外な声で破られた。
「狐の男なら、トウラマリにいるぞ。水を使うかは知らん」
「…え?」
 ミャオは驚いてアドルフォを見た。ルポーネは警戒して、手を腰の剣に置く。
「そいつは捕虜ではない。科学者として王に仕えている」
「ご主人様は生物学者だよ!」
 反論になってないことを言うミャオに、どっちも似たようなものだ、と詳しくないルポーネは思った。
「では別人かもな。ただ、その狐は、周囲に狐であることを知らせていない。俺は匂いで嗅ぎ取った。奴は名前もX(エックス)としか名乗らない」
 アドルフォの淡々とした声に、ミャオは堪らず檻に近寄った。
「その狐さんの特徴は?」
「一年前からカーニバルの仮面を被って唐突に現れて王に取り入った。俺たち獣混血を『プロイビート・チェッルラ(禁断細胞)』と呼び、研究している」
「そうじゃなくて、髪の色とか、声とか、何か他の要素!」
「髪の色は金色だ」
「…一年前に現れた、金髪の狐さん…」
 ショックを受けたようなミャオに、ルポーネは怒って言う。
「金髪なんてその辺にいるだろ! お前も金髪じゃねえか! それに、狐の獣混血は希少種じゃない。別人の可能性が…」
「でも、ご主人様かもしれないなら、確かめなきゃ…」
「…は?」
「トウラマリに、行かなきゃ」
 取り憑かれたように言うミャオの表情を見て、ルポーネは彼女が本気だと悟る。
「馬鹿を言うな! 残忍な敵国だぞ! お前が潜りこめるようなところじゃない!」
「でも!」
「少年の言う通りだ。トウラマリは、甘くない」
 ビリッ!
 ミャオとルポーネの間に、一条の電撃が走る。
「ウラガーノ…」
 敵が攻撃態勢に入ったことに気づいたルポーネは技を発動させようとしたが、アドルフォの方が早かった。
「スコッサ・エレットリカ(電撃)」
「フィアンマ・コルポ!」
 炎を全身に纏ったミャオは、ルポーネの壁になる。
「ミャオ!」
 電撃と炎がぶつかり合い、大爆発が起きた。轟音の中、ルポーネはミャオの名前を呼ぶが、彼女は気絶してしまい、ルポーネの腕の中で目を閉じている。
 天井が崩れてきたので、ルポーネはミャオを抱き上げ、出入り口に向かって走った。
 音に驚いた村人や、光の眼の団員たちが広場に出て来ている。
「くっそ…! 逃げられたか?」
 若干の電撃を食らったせいで、膝が折れた。その場で座り込んだルポーネは、ミャオを取り落としそうになる。
 軽い衝撃で目を覚ましたミャオが、目をぱちくり瞬かせた。
「あれれ? ルポーネの膝枕?」
「好きでしてんじゃねぇっ!」
「…うわあ、ミャオ、感激ッ!」
 ルポーネに抱きついたミャオは、嬉々として言う。
「ミャオ、膝枕だ〜いすき!」
「馬鹿言ってんじゃねえ! 離れろ! それに、アドルフォが逃げるだろ!」
「…にゃっ!」
 顔を真っ赤にしているルポーネが喚いたが、もう遅かった。二人が牢屋に戻ると、牢屋内の真上の天井も壊れており、拘束されていたはずのアドルフォはいない。
「…火猫を怒らせたなー!」
「風狼も怒ったぞ。狩りの時間だ」
 怒りを露わにした二人は森へと行きかけたが、騒ぎを聞きつけたカパローニに深追いするなと厳命され、渋々アドルフォを諦めた。
「雷狼(ライロウ)は珍しいし、強いから、逃がしたままだと厄介ですよ」
 ルポーネは反論したが、カパローニは許さない。
 ミャオは村長の館で世話になるが、ルポーネは民家の空き部屋に詰めている団員たちと寝ることになった。
 曇り空で星も瞬かない、暗い夜。
 先ほど聞いた、聞き慣れない言葉を反芻しながら、別れ際、ルポーネはミャオに問うた。
「プロイビート・チェッルラ(禁断細胞)って…何だ?」
「…それは、ミャオたち獣混血にまつわる空白の歴史を紐解いた時、ご主人様が見つけた言葉だよ。そして、ミャオのことも指すの」
「お前を…?」
「ルポーネには言っておきたいの。ミャオは、人間として生まれてから、動物の火猫と合成されて出来た、人造タイプの獣混血なんだよ」
 人間を火猫と合成…? 人造タイプ…?
 にわかには信じられないミャオの台詞に、ルポーネは戸惑う。人造というからには、人間が獣混血を作ったことになる。人が神の真似事をしたということか?
「ミャオ、予感がするの」
「予感…って?」
「ご主人様がプロイビート・チェッルラについて本格的に研究を始めたなら、これから、獣混血たちは困難な道を辿るかもしれない」
「酷いことをするやつなのか?」
「ううん! その反対! …でも、別れ際は、少し様子がおかしかったから…」
「どんな風に?」
「…『困ったね。ぼくたち獣混血は生まれた意味が分からない。その理由を探し出して、意味を作らなきゃ』って、思い詰めた顔をしていたよ」
 ミャオはその時のご主人様の顔を思い出して、泣きそうになった。ご主人様は、どこか苦しそうだったからだ。
「生まれた意味は、生きて生きて、生き抜くことだ。他にはない」
 きっぱり言うルポーネに、ミャオは笑った。
「ミャオの生まれた意味はねー、ご主人様にもう一度会って、末長ーく、幸せに暮らすことだよ! 毎日膝枕してもらって、ひなたぼっこするの!」
「…そいつは、お気楽で幸せなことで…」
 星一つない空を見上げた二人の頭上に、雲間から月の光が差し込んだ。金色の光に二人は視線を空へ上げる。
 ミャオはこの一年、がむしゃらに戦って各地でご主人様を探していたが、突如、この月の光のように一筋の希望が生まれた。
 暗闇にも必ず光はある。
 ミャオはそれを信じ、諦めず戦うことを決意した。
「何とでも戦うよ。再会するためなら。あの日々を取り戻すためなら」
「俺も何とでも戦う。仇をとるためなら」
 ルポーネにはもう取り戻せる日々はなかった。何しろ、一族はもういない。これから一人で生きていかねばならなかった。
「ルポーネ!」
「うわっ! …急に近寄るな!」
 まじまじと見つめてくる真っ直ぐな双眸に、ルポーネは二歩下がる。
「…ルポーネは一人じゃないからね! ミャオや、光の眼の団員さんたちがいるからね!」
 人の心の中を読んだかのような台詞に、ルポーネは目を見開いた。
「じゃ、おやすみ〜!」
 手を振りながら村長の館へ走るミャオに、ルポーネは思わず手を振り返しそうになって、やめた。
「おやすみ」
 小さく呟いて、自分の与えられた寝床へ足を向ける。
 壁に取りつけられた格子の間から、月が見えた。昨日までの一人を嘆いて見た月と同じなのに、今夜は別の気分で月を眺める。
 一人ではないこれからを作っていけるだろうか。
 ルポーネは過度な期待をしないように、と決めて月から目を逸らした。
 ミャオはルポーネと別れてから、村長の館の前で空をぼんやり眺めている。
 この空の下に、ご主人様がいる。きっと、生きている。
 トウラマリにいる訳は分からないが、生きているなら、なぜミャオを迎えに来てくれないのだろうか。
 トウラマリの王の近くにいるなら、光の眼の名前くらいは耳に入るのでは?
 火を操る娘の存在を、知らない?
 自分が死んだと思われている可能性を思いつく。
 いずれにしろ、カーニバル仮面の金髪狐男には会いたい。会って確かめたい。ご主人様かどうかを。
「月もお星様も太陽も、ご主人様がいてくれないと輝かないよ…」
 それは嘘だった。キラキラ光を発する星たちの瞬きは、見える。分かっている。けれど、ミャオの世界は、闇のベールで覆われている。
 そこで、ルポーネを思い出した。
 仇討ちのために生き急ぐような彼を放っておけない。
「ご主人様がお兄ちゃんとしても一緒にいてくれたみたいに、一つ年上のミャオがルポーネのお姉ちゃんでいてあげなきゃ」
 ほんやりと眺めていた夜空に視点を合わせたら、月が目に入った。
「お月様、この空の下で、ミャオと、ご主人様と、そしてルポーネを繋いで見守ってね」
 両手を合わせて、祈る。
 ミャオが目を開いて月に微笑んでも、月は微笑み返してはくれなかった。
 それでも。
 希望や期待、疑念、様々な思いを胸に、ミャオは夜空へ笑みを向けるのだった。



 ●2016/08/11 up

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