『Wonderful☆Wonder』〜Friends〜



 町外れにあるマーチー家は、赤い屋根の家だった。オジェル・マーチーは、目印の屋根を見つけて、今日も家に帰ってこられたことに安堵する。パン屋でのバイト帰りに買い物をし、夕焼けを眺めながら徒歩での帰宅だ。
 ふと、自分の家より奥に目をやると、隣家に馬車が停まっているのを見つけた。
「ん? 引っ越した隣の家に馬車?」
「新しい住人かなぴょん?」
 一緒に歩いていたうさポンが荷物を持ち直しながら首をかしげる。
 一人と一匹が疑問に思っていると、馬車の中から少女が出て来た。
「ママー! ポシェットは馬車の中にあったよー!」
 ピンクのポシェットを手に、ツインテールを弾ませて、馬車から降りようとする。その時、正面からやってきたオジェルたちと少女の目が合った。
「あれ? お隣さん?」
 少女が目を瞬かせている間に、うさポンは素早く駆け寄る。
「ハロー♪ ボクはうさポンだぴょん! キミの名前は何だぴょん?」
「!?」
 少女はうさポンに話しかけられて、驚愕の表情を作った。
「何この喋る生き物!?」
 見た目は何に例えたらいいのかすら分からない。耳のようなものが一対、眉毛、星を描いた瞳のようなもの、笑っているような口。初めて見る生き物が、自己紹介をし、喋りかけてきた。
 戸惑っていると、うさポンと名乗ったものの後ろに薄赤髪の少年が来て、申し訳なさそうに言った。
「あ〜…。驚かせて悪いな。コイツは、おれのワンダーだ」
「これがワンダー!? えぇッ? 喋るワンダーなんて初めて見た!」
 少女がますます目を丸くさせて、うさポンを見つめる。信じていない表情だった。
「喋れるワンダー、それがうさポンだぴょん!」
 胸を張ったうさポンだったが、反り返りすぎて、両手に持った買い物袋が重くバランスを崩しそうになった。
 ワンダーとは、この国では百人に一人くらいが自分の中から出す【精神の分身】と言われている生き物のことである。
 うさポンは、左右で長さの違う耳と小さな体を揺らしながら、少女が名乗るのを待った。
 ショックを受けている少女より早く、オジェルが名乗る。
「おれはオジェル・マーチーだ。隣の家に住んでいる。キミの名前は?」
「私は、マリー・エバーグリーンよ」
 マリーはワンピースの両端を持ち上げて、おじぎをした。
「そして」
 右手を掲げたマリーの指先に光が現れ、異音と共に、頭に花と葉っぱがついたワンダーが出て来た。
「私の分身であり、家族でもあるワンダー『セレ』だよ!」
「ワーイ! セレ、よろしくねー! ぴょーん!」
 うさポンは握手を求めたが、セレは微動だにしなかった。
 普通のワンダーは意志がないので、当たり前のことである。
「セレ、うさポンと握手をして」
 主である人間の命令があって初めて動く。セレはうさポンと握手をした。
「どうしてオジェルのワンダーは喋るの?」
 マリーが心底不思議そうに聞いた。
「さあな。ワンダー研究者が言うには、コイツは特別らしいって。多くの人間がワンダーを出せるが、喋るのと意志があるのは、このバカうさだけだ」
 オジェルはチラリとうさポンを見たが、思った通り得意げなうさポンの顔が見えて口をへの字口にする。
「ああ、あと、なぜかよく食べる」
 付け足したオジェルの言葉に、マリーは更に驚いた。
「ワンダーが、食べる!?」
 精神の分身が食事をするなどということも聞いたことがなかった。
「ハートの国には、不思議なワンダーがいるのね。私はスペードの国から引っ越して来たんだよ」
「そうか。これから、よろしくな、マリー!」
「よろしくね、オジェル!」
 マリーは笑顔でオジェルと握手をする。
 すると、うさポンが近寄って来た。
「うさポンともよろしくして欲しいぴょん! 仲良くしてね! ぴょーん!」
「うッ、うん! よろしく、うさポン!」
 マリーはまだうさポンを受け入れきれていないらしく、少し焦ったように早口で言った。
「どうしたの、マリー?」
 屋敷の中から、女性が一人出て来た。深緑のドレスを身に纏った女性だった。
「あ、ママ!」
 マリーの母親に、オジェルは軽く会釈をした。
「初めまして。隣家に住んでいるオジェルと言います。よろしくお願いします」
「ボクはうさポンだぴょん〜♪」
 マリーの母親は、オジェルに「よろしく…」と言いかけて、うさポンに目をやり、戸惑う。
「え…。あら? え…っ?」
 うさポンの存在に驚いているようなマリーの母親に苦笑し、オジェルは別れを告げる。
「またな、マリー」
「バイバイぴょーん!」
 ぴょんっとジャンプしたうさポンを連れ、オジェルは自分の屋敷へと帰った。
 それから晩ご飯を食べ、自室へ行く。
「明日も早い! 寝るぞ!」
「ぴょん!」
 オジェルは既にベッドに入っている。あとは寝るばかり。
 うさポンもチェストの上にこしらえた、籠ベッドの中にいた。うさポンが立つ後ろの壁には、うさポンが愛してやまないミュージカル女優のブロマイドがいくつも貼られている。
「うさポンはねー、パン屋のバイトに慣れてきたぴょん」
「そうだな、おれもだ。普通に働くのも大変だが、ワンダー研究所で被検体をしていた頃より、楽しいな!」
 オジェルはぐっと拳を握り、目を輝かせた。
「ぴょん! お客さんにパン美味しいねって言われたり、ありがとうって言われると嬉しいぴょん!」
「普通に人間として生きてるってカンジだよな……」
 暗い影を目元に落としつつ、遠くを見やるようにオジェルは呟いた。研究所でのあれこれを思い出し、半笑いになる。
「ね〜! ぴょーん!」
 うさポンも同意し、一緒に過去を振り返りつつ、苦笑した。
「…よし、寝る! おやすみ!」
「おやすみだぴょーん!」
 オジェルはベッドサイドのスイッチを切り、部屋の照明を落とした。
 パン屋は翌日も大盛況で、オジェルとうさポンは大忙しだった。オジェルは会計を担当し、うさポンはエプロンをつけて、イートインの客に注文の品を配って回る。
 あっという間に夕方になり、オジェルたちのバイト時間は終わった。
「お疲れっしたー!」
「お先に失礼しますですぴょーん!」
 オジェルは両腕を挙げて喜び、うさポンは店の主人に会釈をして去る。
 ディラッグ町のメインストリートは、赤いレンガ造りが特徴で、商店街の役割を持っていた。賑やかなメインストリートから少し外れていく細道に、昨日見たばかりのツインテールが入っていく。緑色のふわふわした髪と頭のリボンを揺らしながら、細道へ行ったのは。
「あれは…マリーか?」
「ぴょん?」
「おーい! マリー!」
 オジェルの呼びかけに、ツインテールの少女はビクッっと体を震わせた。
 数秒後、振り向いたのは、やはりマリーだった。
 目に大きな涙を浮かべて、それでもなお、泣くのを我慢しているような必死な顔つきだ。
 オジェルは驚いて、駆け寄ろうとする。
「マリー、泣いているのかぴょん!?」
 うさポンが声をかけると、マリーはオジェルたちに背を向けて、細道の奥へと走って行った。
「待て、マリー!」
 走り出すオジェルに併走しつつ、うさポンは右手を突き出す。
「うさポンが止めるぴょん!」
「痛いが許す!」
「マリー! ストーップ! だぴょん!」
 にゅにゅにゅんっとうさポンの右手が伸び、オジェルの右腕に痛みが走った。うさポンが自分の形を変えると、オジェルは同様の部位が痛む。
「きゃっ! 何!? うさポンの手!?」
 伸びたうさポンの腕は、マリーの肩を掴む。
「ハーイ、キャッチだぴょーん!」
 うさポンはマリーの肩に手を置いたまま、腕を縮めた。それで、マリーに追いつく。
「うさポンの能力は、変形だぴょん!」
 マリーが目を丸くしている間に、オジェルが追いついた。
「マリー、何があった。大丈夫か?」
 気遣わしげなオジェルに、思わずマリーは否定の言葉を発する。
「な…何でもないよ!」
「何でもないなら、泣いたりしないだろう?」
 マリーは地面に視線を落とし、何かを堪えているようだ。
 うさポンはマリーの肩から手を離し、地面に降りた。マリーのワンピースの裾をちょいちょいと引っ張る。
「ねぇねぇ、お茶会をしようぴょん!」
「そうだな。マリー、ウチの庭で、茶でも飲んで落ち着こう」
「…今は、そんな気分じゃない」
 沈んだ声でマリーは答えたが、オジェルはわざと明るい声を作る。
「昔な、ある人に言われたんだ。美味しい紅茶とお菓子で卓を囲めば、みんな仲良くなれるって。何でもお喋りして、何があっても、最後は笑えるって」
「マリー! うさポンたちとお友達になろうぴょん!」
 うさポンがにこにこと提案したが、マリーはその言葉に一筋の涙を流した。
「お友達……」
 沈黙を挟み、マリーは泣き崩れる。
「うッ…。うぅう〜〜〜〜!」
「エッ!? お友達はダメかぴょん!? うさポンがワンダーだからかぴょん!?」
 うさポンが焦って聞くが、マリーは僅かに首を振った。
「ち、違う…。私、新しくお友達が出来なかったら…っ」
 両手で顔を覆い、マリーは泣きじゃくった。
「…そうか。それは悲しいよな。ゆっくり話を聞くぞ。落ち着ける所で、おれたちに話してみてくれ。きっと、少しは楽になるから」
 オジェルはしゃがんでマリーの肩に手を置く。うさポンは、マリーの頭をよしよしと撫でた。
 二人と一匹は、マーチー家の庭に移動をする。ここには、午後になると日陰になるよう、大きな木が植えられ、その下にティースペースが設けられていた。
 ディナーの時間が近かったが、紅茶と焼き菓子を並べて、それぞれ席に着つく。うさポンはオジェルの隣で、自分専用の高さの椅子に座った。
 しかし、すぐに椅子の上に立つ。
「さーて! 第一回ウェルカム☆ニューフレンズの会を開催しまーすですぴょん!」
 うさポンがご機嫌に場を取り仕切る。
「マリー、うさポンが淹れた紅茶を飲んでみて欲しいぴょん!」
 言われて、マリーはティーカップに手を伸ばす。フルーティーさを思わせる香りが鼻をくすぐった。一口飲むと、温かさと、ほんのりとした苦みが、口の中に広がる。ナッツのような香ばしさも感じられた。
「紅茶、美味しい!」
「でっしょー? うさポンがティーリーフをブレンドしたんだぴょん!」
「そうなんだ。とても美味しいよ」
 マリーは二口目を飲んだ。
「マリー、スコーンもたくさんあるから食べろよ。早くしないと、バカうさに食べられるぞ」
「ブー。そんなに食べませーん。ゲスト優先ですー! ぴょーん!」
 うさポンが口を3の字にして反論する。しかし、今日のスコーンは、この町でも一位、二位を争う美味しい店のものだ。
「でも…ちょっとならいいよね…ぴょん。エヘヘ…。十個くらいなら…ぴょーん!」
 両手でスコーンを抱えたうさポンは、アーン、と口を大きく開けた。
「丸飲み!?」
 マリーから驚きの声が上がる。うさポンは数回噛んでスコーンを飲み込んだ。
「味わってる!? それ、ちゃんと味わってる!?」
「もっちろんだぴょん! 小麦とバターンの味が存分にいかされ、クロテッドクリームの脂肪分がマッチして、ジャムの酸味と甘みが融合した時の…」
「うるせえ。何がゲスト優先だ。聞いて呆れるぜ」
 オジェルもスコーンを頬張ろうとしたが、手に持っているのは二個だった。大口を開けて、一気に食べようとする。
「オジェルも二つ丸飲み!?」
「ひがふ(違う)。ふってう(食ってる)」
 口を動かすこと数度、異常な速さの咀嚼でスコーンは飲み干された。
「…ふふっ…。変なの…!」
 やっと笑ったマリーを見て、オジェルとうさポンは目を合わせて微笑んだ。
「マリー、どうしても嫌なら言わなくていいが、今日何があったか聞かせてくれないか?」
「…今日はね、ワンダラーだけの専門校へ入学したんだ」
 マリーが声の大きさを落として、打ち明けた。ワンダラーとは、ワンダーを出せる人間のことを指す。
「ワンダーを出せるやつらだけが入学出来るって学校か」
 オジェルは学校に通ったことがなかったが、専門校があることは知っていた。
「隣の席の女の子が優しくて、すぐに馴染めそうだと思った。学校案内をしてくれたり、授業の分からないところも教えてくれて、もうお互いに友達だって思った。だから、連絡ノートに、【初めてのお友達・クレタ】って書いたの。でも、違った」
 マリーはティーカップを置き、肩を震わせる。
「帰り際の全校清掃の時、彼女は教室を、私は校庭を掃除する班になって、別々になった。それから、みんなにさよならを言って、帰ろうとした。でも、明日の持ち物を連絡ノートに書こうと広げたら…。【初めてのお友達・クレタ】って書いた部分が、ペンでぐちゃぐちゃに消されていたの!」
 マリーは右手で口元を覆った。
「そんな! ぴょん!」
「…誰がやったかは、分からないよな?」
 教室を掃除したのは、クレタだけではないはずだ。
「うん、クレタじゃないかもしれない。でも彼女がやったのかもしれない…」
 両目に涙を溜めて、マリーが両手で顔を覆う。
「何か嫌われるようなことをしたんだよ! クレタの気に障るよな、何かを…!」
 嗚咽を始めるマリーに、オジェルもうさポンも困ってしまう。マリーが落ち着くのを、黙って待った。
「……それから、私のセレにおかしなことが起きたの」
「セレに?」
 オジェルが身を乗り出して聞く。
「それも、泣いている理由の一つ。学校帰りに、セレに泣きつこうと、いつものように出したら、奇妙な姿になっていたの」
 オジェルとうさポンは、驚きながら一瞬目を合わせた。
「マリー、極一部のワンダーが、姿を変えるのはあり得るぞ」
「そうなの? でも…。セレはお花の妖精のようだったのに、枯れたような姿になったのよ?」
「セレを見せて欲しいぴょん。うさポンたちは、王立ワンダー研究所にずっといたから、色々なワンダーを見てきたぴょん。何か分かるかもしれないぴょん」
「うん、じゃあ…」
 うさポンに言われて、マリーは椅子から立ち上がり、いつものようにセレを出した。
 異音とともに現れたのは、ゲッソリとやせ細ったセレだった。
「頭のお花も葉っぱも、スカートのような葉っぱも、枯れてしまったようでしょ? 色も少し変わったし…」
「ハロー、セレ! うさポンだよぴょーん!」
 うさポンが元気に挨拶したが、セレは昨日と同様無反応。意志は芽生えていないらしい。
「一般的に他のワンダーは、主である人間に忠実で、人間の意志に連動して動く。人間の命令を聞く存在だ。だが、意思あるワンダーは、時に人間に逆らったりする。逆らうばかりか、姿が狂ったように変化する場合もある」
 オジェルの言葉に、マリーは疑わしげな視線を送る。
「人間に逆らうワンダー? 聞いたことがないよ」
「まあ、普通はな。セレは姿が変わっただけで、意志はないようだ。ワンダー研究者が言うには、ワンダーの姿は人間の心の状態に左右されることがある。例えば、精神が病んだ者が出したワンダーは、形状が変わることがあった」
「そんな…。病むだなんて…」
 確かに、クレタの名前が消されたノートを見て、マリーの心は張り裂けそうなほど痛み、目の前が真っ暗になった。しかし、病んでいるかと聞かれたら、違うと言える。
「セレはこの姿になっても言うことを聞くかぴょん?」
「それが、全然。動いてくれないの」
「うーん。マリーとセレの精神的絆が弱っているのかもだぴょん」
 うさポンは困ったように腕組みをした。
「姿はお前のマッド・モードと似ているようで、違うな」
「そうだねー。ぴょーん」
 聞き慣れない言葉に、マリーは眉をひそめた。
「マッド・モード?」
「人間の意志の元で、ワンダーの姿が変わることだ。見た目が狂ったようになって、能力が変化する」
 解説するオジェルの横で、うさポンが踊り出す。
「♪マッド化したうさポンは♪強いぞ♪ぴょーん♪」
「歌うな。…まあ、普段はマッド・モードにすると、すっげー疲れて腹減るから、やらないけどな。研究所では、色んなテストを受けるために、よくなってたぞ」
「そんな凄いことは出来なくていいの」
 マリーがかぶりを振った。
「いつものセレに戻って欲しい。セレは私が七歳の時に初めて出してから、妹みたいに思ってる。家族なの。それに、私とセレは、気持ちが通じていた。今は、それが感じられない…。もう、セレは、ずっとこのままなのかな…?」
 セレの顔に手を伸ばす。頬がこけており、可哀想だった。
 オジェルは、マリーの側でしゃがむ。
「マリーが元気になったら、セレも元に戻るかもしれないぞ! まずは泣き止もうぜ。セレが元に戻るよう、おれたちも協力するから!」
 力強く言うオジェルに、マリーは泣きながら少し笑った。
「…うん。ありがとう…!」
 オジェルたちは、マリーの家の前まで送って行った。彼女の目はまだ赤かったので、親が心配するかもしれない、とオジェルは思った。
「学校がお休みの明日と明後日で、セレが元に戻るといいんだけど…」
 ワンダー専門校に通う身であるのに、ワンダーが動かせないのでは退学になる可能性がることを考えた。
「よし! 気分転換に、明日はローズ・パークへ遊びに行こうぜ!」
「ローズ・パーク?」
 少し首を傾げるマリーに、うさポンが言う。
「この辺りでは一番大きな有料公園だぴょん。明日はお祭りがあるぴょん! 三百種類のバラが、マリーをお迎えするぴょん!」
「そっか。うん。楽しみにしているね! じゃあ、また明日!」
 手を振りながら早足に家へ帰るマリーを見送り、オジェルはうさポンを見る。うさポンもオジェルを見上げた。
「…入場料、どうしような」
「しばらくは、節約生活だぴょん…」
 無料の公園で遊べばいいだけの話だが、マリーを元気づけてやりかたかった。綺麗な景色や国花のバラを見て、癒されて欲しいと思ったが、貧乏生活を送るオジェルたちには少しばかり痛い出費である。
 けれど、オジェルは、マリーがセレを家族と感じているなら、少しでも力になりたいと思った。自分の分身を見る。まだ気楽にマリーへ手を振っていた。普段口にはしないが、オジェルにとっては家族のようなものだ。例え、ワンダーは己の精神の分身であると言われていようとも。
 次の日はよく晴れた。雲のない、清々しい青空が広がっている。
 ローズ・パークへやって来たオジェルたちは、バラの香りに包まれた園内で、バラのソフトクリームを食べていた。
「美味しいね!」
「ぴょん!」
 笑顔の戻ったマリーを見て、オジェルは安堵する。来て良かった、と思えた。
 その時、軽快な足音がテラス席に響く。階段を上る足音だった。
 上って現れた少女を見るなり、マリーの表情が消えた。
 オジェルとうさポンが振り向くと、マリーと同じ年頃の少女がいる。切れ長の瞳を持った子だった。
「クレタ…」
 マリーが小さく呟いた。
 クレタもマリーに気づく。
「……あら。マリー。おはよう」
「お、おはよう」
「今日は両親と一緒に遊びに来たの。ソフトクリームの買い出しよ。マリーは?」
 クレタは笑顔で話したが、マリーに近寄ろうとはしなかった。
「私は、隣の家の人と一緒に遊びに来たの」
「そう。じゃあ、デートの邪魔しちゃ悪いから、これで…。また学校でね!」
「いえ、デートとかではなくて…。ああ、でも、うん、また、学校で」
 マリーは見るからに元気をなくしている。
 クレタはオジェルたちに微笑んで会釈をし、店内へ入っていった。
 一見、礼儀正しそうな少女である。オジェルは、クレタがマリーのノートにいたずらをしたのだとは、すぐは思えなかった。しかし、人の心は計り知れない。
「オジェル、うさポン、ソフトクリームは、食べながら歩こうよ。もっとバラを見たい」
 クレタがテラスへ戻ってくる前に、マリーはこの場から移動したかった。
「ああ。分かった」
 ローズ・パークの中は、食べ物の出店もあれば、バラの苗などを売っている店もあった。それらを横目に、バラ庭園に行く。
 庭園には、女性のオブジェの周囲に幾種類ものバラが植えられており、それらのバラは全て赤かった。この国の女王を模したオブジェは、女王を讃えて『威厳ある女王様の魅惑』と題されて作られている。
 オブジェの前で、何組かの家族や恋人たちが観賞をしていた。
 マリーが近くへ行こうとすると、その中から駆け寄ってくる少年がいて、驚く。見た顔だ。
「やあ、マリー!」
「えっと…。あの、同じクラスの…?」
「ゴーティだよ」
「ああ!」
 そういえば、互いに自己紹介をしたかもしれない。ただ、申し訳ないことに、マリーはクラス二十七人分の顔と名前を一日では覚えられなかった。ゴーティはどちらかというと美少年の類で、それで少しマリーの記憶に残っていたのだ。
「そちらは…?」
 ゴーティと名乗った少年は、少し不満そうな表情でオジェルを見た。
「…マリーの隣の家に住む、オジェルだ」
「ハロー! うさポンも覚えてねー! ぴょーん!」
 うさポンがゴーティに握手を求める。
「ん!? 何んだ、お前!?」
 驚き、一歩引くゴーティに構わず、うさポンは続けた。
「町の有名人、もとい、有名ワンダー、うさポンだぴょん!」
「…あ、ああ、喋るワンダーがいるっていう噂は聞いたことが…」
「ディラッグ町の教会、セイント・パピヨンの子供聖歌隊で明日歌うから、よかったら来てね! ぴょん!」
「えっ? えーーと…」
 ゴーティは困ったようにマリーを見た。それを見て、うさポンはマリーも誘う。
「マリーも明日来て欲しいぴょん! うさポンをはじめとした子供たちの聖なる歌声に心癒されること間違いなしだぴょん!」
「そうね、じゃあ、行こうかな」
「ぴょん!」
「マリーが行くなら、ぼくも行こうかな!」
 ゴーティが慌てて差し出されたままのうさポンの手を握る。
「約束だぴょん!」
 握手を交わして、ゴーティは家族と一緒に去って行った。
 オジェルたちは、バラの造形を楽しもうと、オブジェ近くに歩み寄る。
 その時、マリーは突然後ろから腕を掴まれた。
「えっ!?」
「……」
 腕を掴んでいたのは、クレタだった。
「えっと…。クレタ、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ。どうしてゴーティと仲良くしてるの?」
 クレタの切れ長の目はつり上がり、怒りの感情が露わになっている。
「昨日もそうだった。ゴーティと仲良くしてたでしょ! 校庭掃除で一緒に!」
 ぐっと掴まれた腕に力が込められ、マリーは痛みに顔をしかめた。
「そ、そんな覚えは…」
 怯えるマリーが見ていられず、オジェルはクレタの肩に触れた。
「止めろよ。マリーが困ってるだろ」
「うるさい! 部外者はあっち行って!」
 険のある声でクレタが叫ぶ。人目を気にしていない。
「ねえ、ゴーティと仲良くしないで。これからずっと。絶対に!」
「そ、そんなことを言われても…。ゴーティはクラスメイトだし…。さっきまで、名前も分からなかったくらいだけど、お友達が増えるなら私は…」
「向こうは友達だなんて思ってないから! もちろん、私だってね!」
 その一言で、マリーは確信した。連絡ノートの文字をペンで消したのは、クレタだと。
「ああ、お嬢さん、それは嫉妬ですねぴょん?」
 うさポンの指摘に、オジェルはようやく展開が読めて手をポンっと打った。
「部外者うるさいったら!」
 クレタの怒声に、うさポンは首を竦める。周囲にいた何人かが、オジェルたちを奇異の目で見始めた。
「落ち着け、クレタ」
 オジェルは、マリーの腕を掴んでいるクレタの手に触れる。腕を放させようとしたが、クレタはオジェルに目もくれない。
「マリー、私と友達になりたいなら、ゴーティに近づかないで。明日、教会にも行っては駄目よ。ゴーティのことを、ただのクラスメイトだと言うなら、そのくらい当たり前でしょ」
 言い切るクレタに恐怖を覚えたマリーは、思わず頷く。
「何を勝手な! そんなのは、マリーの自由だ! こんなやつの言うことを聞くな、マリー!」
 オジェルがマリーに言ったが、マリーはぎゅっと目を瞑ってしまった。
「ぴょん! クレタは嫉妬のあまりに酷いぴょん! ゴーティと仲良くなりたいんでしょぴょん? だったら、キミも明日、教会へおいでよぴょん。一緒にお友達から始めましょー! ぴょーん!」
「ぴょんぴょんうるさいわね! うざったいのよ!」
「ムカー! うさポンはうざくないぴょん! うさポンはァ、ラブリーチャーミーキューティーなエンジェルフェアリーうさぎだぴょん!」
「何その盛り盛り設定! ウッザ!」
 クレタに一刀両断されたうさポンだったが、めげずにあかんべーをした。
「クレタの言い分はもっともだ。コイツはうざい。だが、マリーの話は別だぞ」
「オジェル、止めて。私、もう…」
 涙声のマリーは、今にもしゃがみこんでしまいそうだった。
 突然、クレタはマリーの腕を放した。オジェルもクレタの腕を放す。
「…私の言うことが聞けないようなら、力づくで聞かせてあげる」
 クレタが右腕を上げる。ワンダーを出す時は、大抵の人間が利き腕を上げる傾向にあった。
 オジェルとうさポンは身構える。
 周りにいた他の人間たちは、いつの間にかいなくなっていた。
 クレタはそれに気づいており、微笑みながらワンダーの名前を呼ぶ。
「シェルハイドロ! やっちゃって!」
 貝のようなワンダーが異音と一緒に現れた。息を吸うように、上下の貝が鳴動する。
 攻撃のパターンだと分かったうさポンは、オジェルの許可なしに腕を伸ばした。
「いってえ!?」
「いい子だから我慢するぴょん〜!」
 伸ばした腕をシェルハイドロに巻きつけ、貝の口を素早く閉じた。
「ちょっと! 邪魔しないで!」
「これで攻撃出来ないぴょん!」
 怒れるクレタに、うさポンは得意げな顔をする。
「…舐めないでよ」
 うさポンの腕を逃れようと暴れていたシェルハイドロは、目的を変えた。捕らえられたまま、オジェルとマリーにぶつかろうと迫る。
 オジェルはマリーを抱えて攻撃を避けた。
「おい、ワンダーバトルなら、人間を攻撃するな!」
「痛い目をみないと、言うこと聞かないでしょ!」
 ヒステリックに叫ぶクレタに、うさポンは呆れて呟く。
「何て乱暴な子だろうかぴょん…」
 呆れたのはオジェルも同様で、マリーに言う。
「なあ、もう、こいつの性根は分かっただろ。女の友達とは違うが、おれやバカうさがマリーの友達になってやる! あいつのことは諦めて、お前は好きなように生きたらいい」
「でも…」
「本当の友達になれるなら、こんな無茶は言わないもんだろ?」
 分かっている。マリーにだって、そのくらいのことは、分かっている。しかし、緊張していた異国の学校で、優しく笑ってくれたのはクレタなのだ。興味のない異性のことで嫌われているなら、その子に近づかなければ、クレタは優しいはず…。
「シェルハイドロ、そのワンダーの腕を、地面に叩きつけて!」
 言われてシェルハイドロは、うさポンの腕が巻かれた己ごと、地面に打ちつけだした。
「アッ! 痛いぴょん!」
「…ッ」
 ガンガンと派手な音で地面にぶつかるシェルハイドロにも少しダメージはあるだろうが、それ以上にうさポンへ、そして、オジェルにも痛みが生まれ始めている。
 ワンダーが攻撃を食らうと、そのいくらかは、人間に還元されてしまう。
「オジェル! うさポン!」
 マリーが悲痛な叫びを上げる。
「クレタ! 止めて! 私、ゴーティには近づかない! 明日は教会にもいかない! 今後一切、彼と仲良くなんてしないよ!」
「本当でしょうね…?」
「本当よ!」
 マリーは声を震わせて叫んだ。それを聞いたクレタは、シェルハイドロを自分の中に仕舞おうとする。
「オジェル、うさポン、せっかく連れてきてくれたのに、ごめんね。もう、帰ろう」
 マリーは震える声で願った。
「…マリー」
「いいの。もう、いいの」
「うさポン思うにィー、ゴーティのことさえなければ、二人はニューフレンズだったはずだぴょん?」
 うさポンが口元に手を当てて、マリーの近くへ戻って来た。
「クレタは、本当はマリーのことをどう思っていたんだぴょん?」
「どうもないわ。ただ、ちょっと優しくしてやっただけ。私のことを簡単に友達なんていう趣味の悪い馬鹿なんか、知るわけないでしょ!?」
 マリーはその言葉で顔をうつむかせてしまったが、オジェルとうさポンは顔を見合わせる。
「…クレタ、お前、友達いないだろ?」
「ぴょん」
 オジェルの言葉に、クレタは顔を真っ赤にして反論する。
「うるさいわね! そんなものいくらでも…!」
「いないんだぴょん?」
「〜〜ッ!」
 顔を背けたクレタを見て、オジェルは何だか力が抜けた。
「クレタ、もしかしたら、キミも初めはマリーのことを友達だと思ってたんじゃないか? でも、ゴーティのことで、友達じゃなくて敵みたいに思ってしまった。それだけだろ?」
「ち、違う!」
 懸命に否定するクレタだったが、先ほどの勢いはなくなっている。
「なあ、明日、キミも教会へ来ればいい。敵じゃなくて、友達として、マリーと一緒にバカうさの歌声を聞いてみないか?」
「何を馬鹿な!」
 クレタはオジェルを睨んだが、微笑みすら浮かべているオジェルに本気で嫌気が差した。
「いいアイディアだぴょん♪ うさポン、張り切って歌っちゃうよ〜! ぴょーん! それにィ、ゴーティが来るんだから、お近づきになれるチャンスだと思わないかぴょん?」
「それは…」
 迷いが生じたクレタだったが、キッとオジェルたちを睨んで怒鳴る。
「行かない!」
 言い残して、クレタは走り去ろうとした。その背中に、オジェルは叫ぶ。
「明日、待ってるぞ! セイント・パピヨン教会、朝九時だからな!」
 うさポンが座りこんでいるマリーの頭をよしよしと撫でた。
「マリー、もしかしたら、お友達を諦めなくてもいいかもしれないぴょん」
「…そうかな…」
 涙を拭っても、不安は消えなかった。マリーは、オジェルを見上げる。
「あの子はちょっと感情の制御の仕方が下手なだけだ。きっと、マリーが最初に思ったように、本来は優しい子なんだろうな」
 オジェルの言葉に、マリーは頷く。
「うん。私に話しかけてくれた時の笑顔は、嘘じゃなかったと思うよ」
 最初の予感を信じたかった。新しい土地での、新しい最初の友達は、あの子なのだと。



 そして、日付が変わり、セイント・パピヨン教会での、朝九時。
 オジェルは、神父の合図で神に祈りを捧げる。
 子供聖歌隊の出番が来て、最後尾にうさポンがいた。うさポンはオジェルに手を振るが、オジェルは少しだけ笑みを返すのみ。
 賛美歌が教会に響き渡る。幼い歌声でも、凛とした意志により紡がれるその音色は、神の御許まで届くのだろう。オジェルはいつも、神父の言葉より、この歌声に厳かな気持ちになっていた。
 賛美歌が終わると、神父によって締めの祈りが始まる。短く囁かれたのちは、解散の合図が発せられた。子供たちに混じって、うさポンがオジェルの元へ駆け寄る。
「オジェル、三列後ろに、ゴーティがいるぴょん!」
 オジェルが後ろを振り返ると、ゴーティもまたこちらに気づいたようだ。出口へ向かう人の流れに乗って、オジェルたちはゴーティに挨拶をした。
「おはよう。いい朝だな」
「そうだね。あ、うさポン、素敵な歌声だったよ」
「ホント〜? ありがとうぴょん! …もっと褒めてほしいぴょん」
「調子に乗るな」
 オジェルはうさポンをたしなめて、ゴーティと一緒に教会を出た。ゴーティはマリーのことを気にしており、今日は体調が優れなかった、と告げる。見舞いをしたい、と言い出したが、それはやんわり断った。
 ゴーティが姿を消すと、オジェルは教会の出入り口の茂みに、クレタを見つけた。彼女は、ゴーティが去った方をずっと見つめていた。
「ハロー♪ クレタ! グッモーニンだぴょん!」
 うさポンはオジェルより少し早くクレタに気づいていたようで、彼女の隣で右手を挙げて挨拶をした。クレタは驚いたが、無視をして、出入り口へと歩む。
 擦れ違う時、オジェルは口を開いた。
「マリーのやつ、あれから泣き寝入りして、約束通り今日は来なかったぞ」
「そう」
 クレタが冷たく言う。
「私と約束したのだもの。来なくて当然よね」
「…お前にとっては、友達より恋が大切みたいだが、両立は出来ないのか?」
「…両立?」
 クレタが眉をひそめて立ち止まった。
「マリーはゴーティに気がない。それはもう分かっただろ? だから、もう、敵対する理由がないはずだ」
「私は、友達は選ぶの」
「初めは、マリーを選んだんじゃないのか?」
「…そうね。でも、間違っていたわ」
「どうしてそう思う?」
「初日から私を友達と思うような子は、私の友達に向かないから」
「なんだそりゃ」
 オジェルは言っている意味が分からず呆れた。
「ほうほう、クレタは、自分のことをあまり評価していないんだぴょん? だめだめ〜! もっとマイラブでいかないと! ぴょん!」
 無視にめげなかったうさポンが言った。クレタは「ウザっ」と、うめいて顔を背ける。
「ねえねえ、クレタ。うさポンたちのおうちで、マリーと一緒にお茶会をしないかぴょん?」
「はあ?」
 突飛な申し出に、たまらずクレタが反応した。
「馬鹿も休み休み言って!」
「いや、お前にしてはいい提案だぞ、バカうさ。クレタ、遊びに来い!」
「あんたもこのワンダーの主だけあって、馬鹿ね!」
「馬鹿でいい。おれは、友達のマリーのために、お前を招待する。お前は、最初からやり直せ」
「やり直す…?」
「もう一度、マリーと友達を、やり直せ! 今なら、ごめん、の一言でマリーと繋がれるぞ。自分から素敵な縁を切るな」
 ごめん、などと言える訳がない。こいつらは、やはり馬鹿だ、とクレタは思う。
「まだチャンスはある。間に合う。今日を逃すな」
 優しく言うオジェルの声が、クレタには耳障り以外の何物でもない。
 友達になるチャンスなど、とっくに自分から潰したのだから。
「うさポンは、愛と友情の美しさを歌ううさぎだぴょん」
 訳が分からず、クレタはうさポンを睨んだ。
「さっきの賛美歌、お外で聞いてくれただろうかぴょん?」
 もちろん、聞こえていた。クレタは教会の扉の外で、賛美歌を聞いていたのだから。
「♪愛の名の下に 私はあなたを愛する♪隣人を愛せよ♪巡り巡って 私もあなたも 幸せに愛される♪友よ 私の手を取っておくれ♪私はあなたのために 幸せを歌おう♪あなたも どうか 歌っておくれ♪愛を♪」
 賛美歌の一節を歌ったうさポンは、クレタに手を伸ばした。
「うさポンの手を取って、クレタ。まだ、大丈夫だから。…ぴょん!」
 クレタは、差し出された手が視界で滲んでいくのが見えた。
 この手を取って、それから? マリーの元へ? どんな顔をして?
「そんなこと言われたって、どんな顔して会えばいいのよ!」
「ごめんって言って、そのあとは、笑顔でこう言えばいいのさ」
 半泣きのクレタに、オジェルはアドバイスをした。



 うさポンにエスコートをされて、マリーはオジェルの家の庭に足を踏み入れた。クレタの後ろ姿に、気が怯む。憂鬱な気持ちになった。
 うさポンは、マリーに合わせて歩みを止めて、にこっと笑いかける。
 意を決し、マリーはクレタの元まで歩いて行った。
「クレタ…」
「マリー、来たのね」
 クレタが椅子から立ち、マリーを見据えた。
 沈黙が降りる。マリーを睨み続けるクレタと、怖じ気づいたようにクレタを見るマリー。
 関係は、変わらないかにみえた。
 しかし、沈黙はほどなく破られる。
「ごめん、クレタ!」
 マリーが頭を下げる。
「は?」
「ごめんなさい! あれから考えたんだけど、距離感ってものがあるよね! 急に間合いを詰められても、困る子だっているよね! 私が勝手にお友達だなんて—…」
「馬鹿じゃないの!?」
 クレタの絶叫に、マリーは驚いて顔を上げた。そして、絶句する。クレタの頬に、涙が伝っていたからだ。
「どこまで素直ないい子なの…!? ほら、私には不釣り合いじゃない! 私なんかの友達には、もったいないくらい…」
「そ、そんなこと! クレタだって、いい子だよ? 異国から来た転校生に親切にするのは、少し勇気がいることだと思う。でも、クレタは笑顔で私を受け入れてくれた! だから、私、今度はちゃんと口で言いたい! 私と、とも…」
「ごめんね! 私と友達になって!」
 マリーの言葉を遮り、クレタは早口にまくしたてた。
「…馬鹿ね。あんたに先に言われたら、格好がつかないじゃない…」
「クレタ…」
「マリー、改めて、私と友達になって!」
 クレタは泣きながら、精一杯の笑顔を作った。マリーも、それを受けて笑顔を返そうとするが、上手く行かず、その場で泣き崩れる。
「ごめん、ごめんね、マリー。私が、勝手にいい顔をしておいて、勝手に裏切って、ごめんね…!」
「ううん、いい。もういいの。許すから」
 二人は抱き合いながら泣く。マリーが大声でわんわん泣けば、クレタは自分の涙を拭きながら、マリーの背を優しく撫でる。
「お嬢さん方、そろそろ泣き止みさないな、ぴょん! せっかくの可愛いお顔が台無しですぴょん。さあさ、うさポンが淹れた紅茶でも飲んで、落ち着きなさいぴょん」
「ありがとう、うさポン。またあの美味しい紅茶が飲めるのね」
 マリーが鼻声で言う。
「へえ、このうっざい生き物、紅茶淹れられるの?」
「うっざい、は余計ですうー! ぴょん!」
 プンスカ! と、うさポンが怒れば、マリーもクレタも笑った。
「よし、新しい友達を祝って、茶会をするぞ!」
「ぴょん!」
 オジェルがティーポットを空にかざせば、うさポンは自分の席に移動する。マリーたちも立ち上がって、空席に着いた。
「申し訳ないが、今うちは少々貧乏で、紅茶しかない」
 心苦しそうに言うオジェルに、マリーは「構わないよ」と言う。しかし、クレタは鼻を鳴らしてこう言った。
「お招き頂いたのだから、もちろん、文句なんて言わないわよ。ただ、事前に言ってくれれば、次回からは美味しいものを持ってきてあげるわ」
「そうか。それは助かる」
 その台詞で、みんなが笑顔になった。次回も、このお茶会が開催出来そうだからだ。
 各々、ティーカップを持ち上げる。
「友に」
「オーマイフレンズに〜ぴょーん!」
「お友達に」
「友達に」
 青い空に、白いティーカップが四つ浮かんだ。
『チアーズ!』
 乾杯の声が重なり、それぞれの想いを胸に、紅茶を飲む。

「……美味い」
「グッドテイスト! さっすが、うさポンだぴょん!」
「ほんと、美味しい」
「…まあ、飲めるわね」
「じゃあ、第二回ウェルカム☆ニューフレンズの会、続けま〜す! ですぴょん!」
 うさポンが両耳を揺らしながら、嬉しそうに声を弾ませた。
「…ちょっと待って? 私、マリーとは友達だけど、あんたたちとは…」
 クレタが慌てて否定しようとしたが、オジェルとうさポンは、ニッと笑う。
「いや、もうおれたちも、友達だ」
「よろしくね〜! ぴょーん!」
「ず、図々しい!」
 怒ったクレタはオジェルたちから顔を逸らすが、紅茶を飲むのは止めなかった。
「私、嬉しい! 新しいお友達が三人も出来た!」
 マリーは感激して両手を握り締める。
 呆れた表情を返すクレタだったが、もう否定はせず、仕方なく、というように微笑んだ。
 紅茶の最後の一滴がなくなるまで、四人は笑いながらお喋りをして時を過ごす。
「アー…! マリー、イイ笑顔だぴょん! セレにも見せてあげたいね! ぴょん!」
「…うん。出て来て、セレ!」
 姿が変わっても、セレに新しい友達を見せたかった。以前なら、そうしたはずだから。
 マリーの右手から異音が鳴り、セレが現れた。
「あ、セレ!?」
 マリーが驚嘆の声を出す。セレの姿が、前のように戻っていた。葉はしっかりと色づき、潤い、健康的だった。
「ああ、セレ!」
 席から立ち上がり、マリーはセレに抱きつく。また泣き始めたマリーを見ながら、クレタはオジェルの説明を聞いて納得した。
「どうして、元に戻ったのかしら…」
「きっと、マリーが幸せに満たされているからだぴょん。心に余裕が出来て、セレとの繋がりが回復したんじゃないかなー? ぴょーん!」
 うさポンが解説するが、マリーには理由は何でも良かった。
「ごめんね、セレ。私、もっとしっかりするから」
 すっと立ち上がったマリーは涙を拭く。そして、微笑んだ。
「お礼に、オジェルたちに、素敵なものを見せるわ!」
 セレに対して、心の中で命じる。光を放て、と。
 セレは、即座に太陽光を吸収し、溜める。マリーが思いきって腕を上げた。
「セレブレーション・ライツ!」
 セレから放たれた光の奔流が上空へと昇っていく。
「アンド、ブレイク!」
 マリーの合図で、光が弾けた。キラキラと輝き、周囲を幻想的に包む。
 オジェルは眩しく感じたが、目を閉じるのがもったいないと思えた。次々に弾ける光にポップコーンを重ねつつ、美しさと楽しさに驚嘆する。
「そういうことなら、シェルハイドロも役に立つわよ」
 クレタから出たシェルハイドロは、ぶるっとひと震えする。
「プラス、ウォーター・ブラスト!」
 貝の間から水飛沫が噴出された。水は光と合わさり、いっそう輝きを増す。
「すっごいぴょ〜ん! ワンダフルだぴょん!」
 うさポンが拍手をした。ワンダーとワンダーの共演に、自分も加わりたくなる。
「やや水浸しだけどな!」
 顔を庇いながら、オジェルとマリーは笑い合った。マリーの顔には、もう憂鬱さなど暗い気持ちはい。それを感じたオジェルは笑い声が次第に大きくなる。
「マリーとクレタ、これにて仲直り完了、だな!」
 言われて、マリーたちは頷いた。
 オジェルは、彼女たちならもう心配ないだろう、と思えた。
 マリーとクレタは、庭に架かった虹を見ながら、手を繋ぐ。
 うさポンも虹を見つけ、飛び上がりながら虹に触れようと張り切った。
 無駄なことを、と、オジェルは言わずに、自分も虹の元へ駆け寄る。七色の光に、新しい友達の輪を祝福して欲しいと願うのだった。



 ●2016/08/11 up

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