きみにふるゆめ 壱:贄足る少女 昔立ち寄ったある街で、その子は誕生日を迎えていた。十三歳のお祝いに、親戚中やら街のお偉いさんまで贈り物をしたと聞く。 久々に大きな街の大きな宿で過ごすことになった鬼眼の狂一行は、たかだか一人の小娘の誕生日に沸き立つ人々を不思議な目で眺めていた。 「何なんだろうね」 ほたるがぽつりと呟く。 「さあなあ。宿の女将の話じゃ、何でも街の評判の娘さんらしいぜ。今年で十三になるとか。なあ、アキラ、おめえと同じぐらいだぁな」 「知らねえ。…でも、そんなもんかも」 アキラも梵天丸と一緒になって女将の話を聞いていた。全く理解不能だと思いながら、適当に相槌を打って流した。話し好きの女将の隙を突き、この街の事も良いが、と東の町で聞いた噂へ話を誘導する。アキラたちがこの街を訪れたのは、ただ一晩の宿のためではなかった。 二階の窓から下の大通りを眺めていたほたるは飽きたらしく、早くも布団を敷き始めた。誰も止めない。 「酒場行くなら起こして」 それだけ言って、ほたるは布団へ入ってしまった。まだ夕方だが、丁度酒場に人が満ちる頃に起こせば、仮眠程度にはなる。 そう思ったアキラは、この街の雰囲気に嫌なものを感じていると自覚した。今晩は、眠れないかも知れないという、予感。梵天丸も狂も口には出さないが、感じている事は一緒らしいと判る。 梵天丸はまだ窓から外の様子を窺っていた。狂は相変わらず酒瓶を傾けているが、長刀をしっかりと握ったままだ。 ほたるを見る。すっかり布団の中へ入ってしまって、間抜けな寝顔すら拝めない。この漢の果てしないマイペース振りにはほとほと呆れるというものだ。 「つかよ、ここお前の部屋じゃないだろう…」 やっと思い出した。ここはアキラと狂の部屋だった。ほたるは梵天丸と隣で相部屋とじゃんけんで決めたのに。ちゃっかりしてやがる。梵天丸の寝相の悪さと、ときどき起こるいびきはアキラも勘弁願いたい。それに。 狂に聞きたい事があったのに…。 アキラはちらりと狂の愛刀を見遣った。 すっかり夜の帳が下りた頃、狂の一声で酒場へと繰り出した一行は、情報を集める前にと腹ごしらえに入る。宿屋から歩いて五分ほど。酒場兼飯屋という店で、殆どの席が埋まっていた。 侍はさして珍しくないが、狂たちの風体は異彩を放っている。どうしても視線を集める効果。 注文した料理や酒がどんどんテーブルへと運ばれて来た。片っ端から料理に箸を付けるのはアキラ。いきなり酒から飲み始め、余り料理に手を付けないのは狂で、その中間は梵天丸だった。料理も酒も、片寄りなく胃に納めて行く。 梵天丸がアキラの料理を横取りをして、ケンカを始めた。ほたるはとばっちりを喰らわないよう自分が飲む酒と水は確保する。ほたるは、皆と同じものは食べない漢だった。 それでもちびちびと酒は嗜んだ。まだ寝ているのかと思うような目付きで、その実油断なく周りを警戒している。 狂は酒を飲みながら、ある集団に目を付けていた。 風変わりなところはなく、一見ただの侍風の漢が四人。他の客と同じように料理と酒を楽しみながら大笑いをしている。 狂が目を付けたのは、リーダー格と思しき漢が持つ刀だった。昔、見た事がある筈の刀だと思うが…。 どこでだ…? 狂は自問を繰り返す。もう少し、あと少し、記憶を手繰り。 「狂、肉食っちまうぞ!」 梵天丸が座布団ごと狂に身を寄せる。少し顔が赤かった。 「あいつらがどうかしたのか?」 声をひそめて聞いてくる。狂は一瞥もせず、箸を取った。 「美味くねえ肉だ」 「狂、こっちの豚のが美味いぜ?」 アキラが皿に取って狂に渡した。狂は受け取って言う。いつもより格段に低い声で。 「見覚えのある刀を持った奴が居る。それだけだ」 それを聞いて、ほたるが立ち上がった。驚く梵天丸とアキラだったが、止めずに成り行きを見守る。狂は食事を続けた。 ほたるは店の者に追加注文をし、お冷を一杯貰って帰って来る。行きも帰りも話に上がった集団の近くを通り、素早く観察した。 「何かね、あいつら傭兵みたい。明日の 家の儀式が何とか、娘を護るのくらい楽勝とか」 「そうか」 狂はもう漢の刀を見るのは止めた。 「 って、確か宿の女将が言ってた。この街の、例の娘の事だ」 「儀式、か。胡散くせえな。娘の誕生日の次の日に、儀式だと? 娘の護衛ってのは、一体…」 アキラと梵天丸の話に、ほたるが加わる。 「あの大漢は、賀浦っていうみたい」 「ガウラ?」 アキラは眉を顰めた。狂の顔を窺うが、反応は何もなし。狂は三つ目の酒瓶を開けていた。 「どうするの?」 「…俺様はもう宿へ戻る。お前等三人で、 家についてと今日起こった誕生祝いの集会の詳細を調べておけ」 それだけ言うと、狂は立ち上がる。 「お、おおい! 狂! テメエだけ楽する気か!?」 「ああ!? 何で俺様が働くんだ。下僕の仕事だろう。しっかりこなさねえと、殺すぞ」 梵天丸を睨み付け、もうひとつ酒瓶を手に持ち、狂は帰って行った。 「ああぁあぁあぁぁぁあ! かーわいくねえ態度! えっらそーにこーんな顔しやがって!」 狂の睨み付けの真似をする梵天丸だが、アキラもほたるも見ていない。付き合う気がさらさらないからだ。 「ねえ、 家の娘、名前何て謂うの?」 小声のほたるに、アキラも思わず小声になる。 「 。 、 」 闇わだは、自分を飲み込んで消してはくれないことを知っている。 明日月が消えるというのなら、自分も一緒に消えればいいと、何度願ったのだろう。 は、細い月を睨みながら足を組み替えた。 外は寒い。夜の冷気はしんしんと身体を脅かして行く。このまま、凍死でも出来るだろうか、と考えた。 「ああ、明日は要らない」 寝巻き着のまま逃げ出してやろうか。 明日、生け贄となって死ぬくらいなら。 この二階から落ちたところで死ねやしない。逃げたところで館の周りをぐるりと取り囲む雇われ侍たちを突破するのは困難だ。 泣きたい気持ちになっても泣けないのは、自分が死ぬことを享受しているからだろうか。 怖い、とは思うのに震えもしない。 心は要らぬと育てられてきた だったが、生きたいと思うようになった。 「女神様は、綺麗かな」 綺麗なものが見たい。 月が消えた空も、綺麗かも知れない。 私が居ないこの世界も、綺麗かも知れない。 私が居たら、もっと、綺麗かも知れない。 「女神様にお願いしたら、最後くらい、綺麗なもの見せてくれるかな…」 の呟きは、ふいに忍び笑いに変わる。 「綺麗なものは、わらわじゃ。とか真顔で言われたらどうしよう」 一階の屋根部分で寝そべって、用心棒たちが持つ炬火の揺らぎを見詰めた。 あかい、あかい、炎。 は、自分の身体から流れ出る血を連想し、また怖くなる。 すべてが夢でありますように、とまた布団に潜ることにした。無意味なことは判っている。 「私、明日なんて、要りません」 眠ることすら怖かったが、睡魔は を逃さなかった。 |
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