きみにふるゆめ 弐:壬生の気配 丑三つ時、と云われる時刻を越えた頃、雲の多い夜空に人影が舞う。顔を隠し、息を潜め、闇に同化する存在。 数は四人だ。とある宿の屋根の上で、短く仕事の確認をし合い、目的を果たす為に二人組になって標的の部屋へ侵入した。 木の扉を力任せに押しやり、抜刀。だが、抜刀の途中で一人は首元に白刃を食い込ませられた。その隣で、相方が悲鳴を上げる間もなく絶命する。心臓をひと突きだった。 「何の用だ?」 鬼眼の狂は、低い声で尋ねた。覆面の男がのどを鳴らす。刃が僅かに食い込んでいるので、痛みを伴った。 「狂、こいつ、人間じゃない」 早速殺した相手の覆面を剥がしたほたるが、異形の顔の生き物を見せる。 壬生か。 狂は僅かに目を細めて、まだ生きている漢へ向き直る。ある程度知能があれば、通常会話は可能だろう。漢は、既に戦意喪失状態のようだ。この程度の力しかない奴を、この鬼眼の狂へ差し向けただと? 見くびられたものだ。 「おい、喋らないなら殺すぞ」 「狂ー…」 ほたるが呼び掛けるのと同時に、窓から槍が侵入してきた。それは、轟音を立てて覆面漢の背に突き刺さる。 狂は攻撃を見越して避けていた。飛び退いたため、隣の部屋の壁際に来ると、アキラと梵天丸の部屋からも争う音が聞こえてくる。梵天丸のデカイ声が良く判った。 「お前、誰?」 ほたるの右手がチリチリ音をたてている。発火前。 対峙するだけで判る。先程の二人より、はるかに強い。よくよく観察し、感じればもっと判る。樹海の者だ。紛れもない匂いだった。 「この前殺してやった刺客で、通算百を越えたからには、もっと手応えのある奴がお出ましだろうと思ったが…。俺様を殺すのには、お前じゃ力足らねえよ」 殺した壬生の刺客の数を数えていたのは、アキラだ。残りの三人は、そんな事はいちいち気にも留めない。 「やってみなければ、判らない」 耳にごわつき感を残す声で、漢は口を利いた。絶命した漢達と同じく、黒い覆面を被った中肉中背の風貌。殺気と共に、漢は抜刀した。 狭い部屋ではやり難い。狂と漢は、刀を合わせながら外へ飛び出す。 ほたるも外へ飛び出す。アキラも出て来た。 「梵は?」 「中でやってる」 ちらっと目を向けた隣の部屋で、梵天丸の大きな腕が振られたのが見えた。相手は、梵天丸と同じくらいの大きい身体を持っているようだ。 「ま、いっか」 「ああ」 屋根伝いに狂と覆面漢を追った。狂が本気を出せば、強い相手と云っても、早々に片付けられる相手のはず。 ほたるは、漢がまだ生きている事に疑問を持つ。 「そっちは何か聞けた?」 「何も。一言も喋らねえ。壬生関係ってのは判ったけど。久々だな、壬生の奴ら」 「うん」 梵天丸の怒鳴り声がよく響いてきた。どうやら、奴も外へ出たようだ。 「倒すだけなら簡単だけど、意図を知らなきゃ。思ってた通り襲撃があった。しかも、壬生。この街は、壬生とグルなのかな」 アキラが呟いた。走りながら、ほたるは答える。 「さあね。 家の事言ってるの?」 狂と漢はいっこうに止まる気配を見せない。斬り結びながら、どんどん元居た宿から遠ざかりつつある。 アキラは、街の地図を思い出す。そして、足元の景色から、街の東口へ来ていると判った。この街へ入って来た入り口が近い。 「…なあ、 家から遠ざかってる」 「 家って、どっち?」 「ほぼ真後ろの位置」 ほたるが力強く屋根を蹴る。得た跳躍力で、高い位置から後ろを見遣った。 そうか、あれか。やたら白くて、デカイ家。 「そういや、さっき見た気がする」 「見ただろ…」 狂の言い付け通り、偵察に行ったのだから。ほたるの物覚えの悪さと、物忘れの激しさは、今に始まった事ではないけれど。 襲われている原因は、狂の命狙いではないと思われた。可能性としては捨て切れないが、時期が時期だ。偵察に行った事で、アキラ達回りの者から狂が居るとバレたのであろう。 それとも、酒場に居た、あのガウラという漢の方から漏れたのだろうか? 少なくとも、アキラは後を付けられるようなヘマはしていないつもりだ。狂も気付くだろう。 では、どこから? 宿の経営者だろうか。 狂が楽しそうに敵を追い詰めている。漢は、段々動きが鈍ってきていた。しかし、止まらず、後退を繰り返す。 見え見えなんだよ。 アキラは心の中で毒づいた。 「おいおい、まだ片付けてねえのかよ?」 梵天丸が追い付いて来た。右腕に血が付着している。だが、怪我はなさそうだ。 「相手が、この街から離れるのを誘ってるみたいなんだ」 アキラが考えを説明する。まともに反応を返したのは、梵天丸だけだった。 「…殺せねえなら、遠ざけて、明日ー…って、もう今日か、の儀式を成功させたい、ってことかぁ? 何だってんだ?」 結局、偵察だけでは判らず終いだった。見張りの漢を一人、路地裏で締め上げて吐かせようとしたが、四人一組で動き回っていた為断念した。寄せ集めの傭兵が多いようだったが、指揮は執れていたようだ。 知力と、統率力がある奴がまとめている…、そんな印象だった。 壬生の中でも、それなりの力を持つ奴なのだろう。益々猜疑心が生まれる。今日の儀式はそれほどに大事だというのか。 街を出て、開けた場所に出た。更に先には、鬱蒼と茂る森。 痺れを切らした狂が、覆面漢を斬り殺した時。 「うわ?!」 「囲まれてるね」 「ちぃっ、やってくれんぜ。よくもまあ、集めたもんだ。アキラ、これで決定だな。足止め説当たりだ」 壬生の精鋭が狂達を取り囲む。現れた気配だけでも、ざっと五十ほど。大半は森の中から殺気を迸らせていた。 いつもの刺客程度の力なら、この四人、さしたる時間を掛けずに殲滅出来る。だが、今回は。 「かなりデキる奴らが多いみたいだね。楽しそ」 ほたるは戦闘態勢に入る。愛刀には、既に火炎を絡ませてあった。橙色の光が、少し夜が明けてきた辺りをほんのり照らし出す。 「さあ〜て、終わったら朝飯食う間もなく 家直行か?」 「それは狂が決める事だよ」 「アキラ、おめえ、狂がこのまま後に引くとでも?」 「…ない」 アキラは、その身に悪寒が走るのを感じる。狂だ。 「みずち!」 荒々しい風が数人の敵を切り刻んで行く。戦闘開始の合図。それぞれ、邪魔な敵を消し去るべく、方々に散った。 「アキラ」 振り返ると、いつの間にか狂が居た。アキラは斬り結んでいた敵に止めを刺し、狂へ寄る。 「お前、一人で 家へ行け」 「え? 嫌だ。俺も狂と一緒に闘う!」 「良いから行け」 「行ってどうしろっていうの?」 「まずは の娘に会え」 「 に?」 「そうだ。そいつを連れ出してこい。宿は不味い…。出来る限り、屋敷に近い所で落ち合うか。こいつらはすぐ片付けて追い付く。それまでに、屋敷の外へ出ていろ」 アキラは頷く。 「判った。やってみるよ」 壬生の刺客は強かった。喋っている間に、まだ狂もアキラも一人ずつしか倒せていない。 「みずちィ!!」 狂が放ったみずちで、アキラの走る道を作る。話を聞いていた梵天丸が、更にアキラをサポートした。 「トチるんじゃねえぞ、アキラ!」 「するか、バーカ!」 目指すは、 の家。顔も、これといった特徴も知らぬ娘を攫いに…。 狂が云った事は、絶対だ。 アキラは伏兵に気を配りつつ、街中をひた走った。
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