<font color="white">ドリーム小説 夢 アキラ 仔アキラ S.D.KYO</font>

きみにふるゆめ 参:真実と虚偽と狐疑





 傭兵の見張りの包囲網は隙が無いように思われた。
 狂に を連れて来いと云われてはいるものの、アキラは途方に暮れる。侵入はもとより、 の部屋…居所すら判らない。
 アキラは背負っている鞘に手を伸ばした。倒した漢から戦利品として奪ったものだ。まだ、一本。
 双剣使いになろうと思っている。
 今の剣は中々の上等品だが、いかんせん、前の持ち主が余程乱雑に扱っていたのか、或いは手入れ程度ではどうにもならない程酷使してきたのか、ボロボロだった。
 (新しい刀が欲しいな…)
 狂の太刀は、村正作であると謂う。夕べのうちに、狂に新しい刀の事を相談するつもりだった。自分も、村正の太刀が欲しい。
 刀より、腕前。そうは思うが、造り主の凄さは、狂の長刀を通して「村正」の存在を伝えている。そんな刀が、欲しい。
  家は名家だと謂うから、上等な刀がありそうだ。武士の魂、とまで謂われる刀をそうホイホイ替えたくはないが、手持ちのものでは日に日に不満が募る。
 「さて、どう入ったものかなあ…」
 日が昇りかけている。そろそろ、中の人間も街の人々も動き始める頃合いだ。
 どのみち昼前には 家は動く。昨日偵察した時に漢たちが話していた情報が、確かなら。しかし、狂との約束がある以上、のうのうと待ってはいられない。狂は、「外へ連れて来い」と云ったのだから―…。
 表立って突撃をかけるのには、見張りの数が多過ぎる。定位置に付いている組と、巡回組から成り立っており、中々用心深い。何とか隙を突こうと、アキラが隣の家の屋根影から動いたその時。
 「 に会わせて下さい、お願いします!!」
 必死な叫び声が聞こえてきた。低い、漢の声だ。
  の友達であろうか。何度も に会わせて欲しいと頼み込んでいた。門番に云っていると思われるが、そちらの声は聞こえてこなかった。
 「ちろっと事情を話せば、手伝ってくれる、かな?」
 アキラは意を決して地面へ飛び降りた。
  を呼び続ける漢は、頑として譲るつもりがないらしく、門番と言い合いになっている。ざっと見た限りでは、集まってくる傭兵は外四人。屋敷の中の気配を探ると、中からも四人やってくるようだ。
 諦めて立ち去ってくれれば追いかけるだけなのだが、もういっそ、あの漢たちが掴み合いの喧嘩になるのを見守ろうか?
 いや、それでは大した効果は得られそうにない。
 アキラは逡巡した末、駆け出す。
 「おい、もう止めろ! 止めろって!!」
 「何だ?!」
 門番の問いに「こいつの友人です」と返し、 を呼んでいた漢の口を素早く塞ぐ。
 「もう、諦めますから。お騒がせしました〜」
 アキラは渾身の力で漢を引き摺る。ふがふがと文句を云っているようだが、耳打ちで黙らせた。
 「 を連れ出すのは、俺の役目だ」
 漢は心底不審げな視線を寄越したが、諦めて大人しくなった。
  家から二つ程隣りの家まで離れ、二人は自己紹介をする。漢は、 とだけ名乗った。
 「は?  って、……」
 「 葉笹(はざさ)という。 の従兄弟だ」
 「従兄弟…。じゃあ、今日何が起こるのかも、知っているんだな?」
 「少しは…」
 「話してくれ!」
 葉笹はアキラを睨む。
 「さっき会ったばかりの人間に、家の事情は話せない」
 「何言ってんだよ! 何かヤバイんじゃねーのか? お前は知ってんのか知らねーが、壬生の連中とつるんでいるなんざ、ロクな事じゃねえ! 決まってる! 壬生がタダで平凡な人間に力を貸すとは、思えないからな」
 「壬生…」
 「そうさ、壬生さ。得体の知れない、底も知れない気味の悪い連中…。ただ、力だけは持ってやがる。圧倒的なまでの力だけは…」
 個々の力も、狂の話を聞く限りでは相当なものらしい。それに、組織力。トップの支配力も並々ならぬものと聞く。
 「壬生の事、どこまで知ってるんだ?」
 アキラは葉笹の表情から読み取れるものは何一つ逃すまいと、ひたと見つめる。
 「…多くは知らない。ただ、 家には、何十代も前の先祖からの言い伝えがあるんだ。それが、一連の事に繋がっている。そして、 の生命にも…」
 「いのち? どーゆう…。いや、儀式、なんて怪しげなものなんだ。要は、生け贄だろう?」
 話の行く先が少し見えて、アキラがかぶりを振った。
 「察しの通りだ。月が消える今宵、 の生命は、銀月の女王に捧げられる…」
 「銀月の女王…」
 おうむ返しに呟くアキラに、突如として葉笹が近付く。アキラの肩が強く掴まれた。
 「おい!」
 「アキラ、教えてくれ! お前は強いか?」
 「当たり前だ! 俺は強ええ! …けど、俺より、もっと強い漢が居る」
 アキラは葉笹の手を振り払い、語気を強める。
 「鬼眼の狂が居るんだからなッ!!」
 鬼眼の狂は、壬生縁の者である。アキラも詳しくは教えられていないが、昔、壬生に住んでいた事があるのだと謂う。狂は壬生から出奔した。
 その関係で、狂は壬生からつけ狙われている。戻って来いと誘いをかける者もいれば、問答無用で裏切り者と罵る輩もいた。
 「狂は俺なんかより、ずっとずっと強い。これ以上ないってくらいに…。今まで壬生の刺客だって、百人以上返り討ちにしてるんだぜ!」
 「そんなにもか…」
 葉笹には大勢の人が死ぬ所を見た事がない為、想像が出来なかった。戦乱の世とは謂え、戦場に出た事などは一度もないのだ。
 その狂と云う漢と、目の前の子供に、懸けるしかない。
 葉笹は、非力だ。
 「もし、 を助け出せる機会があるとしたら、屋敷を出た後…。そして、親父や伯父さんが最も恐れている、銀月の魔女の呪いの森を抜けるまでの間」
 「何だそりゃ? 魔女? さっき、女王とかって云ってなかったっけ?」
 「色々な名前で呼ばれているのさ。そして、地名として周囲の者たちから呼び習わされているのが、銀月の魔女の呪いの森」
 「…ま、何でもイイや。要は同じヤツなんだろ?」
 「まあ」
 「そうか、護衛は、そこで力が発揮出来るって訳だ。よし、詳しい事は後で聞く。まずは、そんなまで待っていられないからさ、何とかして今から屋敷の中に入りてーんだ。どうにかならねえか? 俺、お前にひと暴れして貰おうと思って声掛けたんだけど」
 アキラの提案は、あっさり却下された。代わりに、アキラくらいの大きさならば通れるであろう抜け道を使う事になった。
  家の庭には、池と大きな竹林がある。その竹林の周りの塀は、まだ改装が終わっておらず、木片を重ねただけの作りとなっていた。他は土や石灰を油で塗り固めたものを使用していて、それなりの強度がある。
 見張りの目を盗めば、木片の一部を取り外して、中に入る事が可能だ。加えて入ってすぐは竹林。庭にも傭兵は居るが、一先ずはこれで侵入経路は確保出来た。
 では退路はどうするか?
 「…考えている時間も少ねえ。でも、逃走経路は重要だし…」
 「小さい頃から良く屋敷で遊んでいたけど、塀以外は抜け道らしきものはないはずだ」
 アキラと葉笹は同時に溜め息を吐いた。
 「お!  を人質にして堂々と外に出りゃいーんじゃん!」
 カラッと笑うアキラだが、すぐさま反対される。
 「危険だよ。それに、見つからないようにするのが前提なんじゃない?」
 「狂たち…他にも連れが二人居るんだけど―…そいつらと合流出来れば傭兵が何人居ても平気さ」
 「 の身に危険な事は、少しでもなくして欲しい」
 葉笹は哀願する。
 「…何でそんなに必死なんだ?」
 親族だから、という理由で頷けない事はないが、アキラはごく純粋に疑問に思った。
 葉笹は小さな声で言う。
 「…昔から、兄妹のようにして育ったんだ。今は学問の為に 家を出ているけれど、ずっと、護ってあげたいと思ってきた」
 「ふーん。ま、そーゆー事ならさ、ここを出た後は、お前が護ってやれよ」
 「勿論だ!」
 葉笹に見え隠れする必死さが気になった。アキラは の特徴と、部屋の場所、朝食を摂る場所を聞く事にする。
 「 って、どんなヤツ?」
 「…惚れるなよ?」
 「…あぁ?」
 必要な情報を聞き、 家に今居る と葉笹の父親の事についても尋ねる。竹林がある所へと向かいながらの話だった。
 「へえ。結構な権力者って訳だ。代々伝わる言い伝えを守る一族…。じゃ、もしもの時の為に、屋敷の中に抜け道は作ってありそうだな」
 「 も知らないと思う。知っていたら、逃げ出す為に使われかねないから」
 「そりゃそうか」
 「 を人質に、という手段は、最終手段にしてくれ」
 「…判ったよ」
 大事な生け贄を傷つけるような真似はしないだろうし、人質奪還最優先となるであろうと推測したが、アキラとしても狂との約束が守れない事態となっては困る。流矢に当たって死なれでもしたら、面目丸潰れである。
 巡回の見張りをやり過ごしてから、アキラ達は木造の塀へかけ寄った。見張りは昨晩と変わらず四人一組。しかし、明らかに数が減っていた。中に待機している人数は、気配だけで三十人前後だ。葉笹の話だと、昨日の昼間にはもっと数が居たという。
 あと考えられるのは、先行部隊。銀月の魔女の呪いの森へと行っている可能性が高い。
 「僕が銀月の女王について知っている事は少ない。贄の…巫女の の方が詳しく知っている。今、間違っているかも知れない情報を詰め込むより、 から聞いて欲しい」
 「判った。時間も押している事だし、な。何かあったら、サポートくらいはしてくれよ。状況に応じて、出来る事はあるだろーから」
 「うん。出来得る限り。… を、どうか宜しく頼む」
 葉笹が手際よく木片を二つ取り外し、隙間を作る。彼は二十歳を超えていて、背丈があり、若干細身でも、首と片手ほどしか入りそうにない。確かに、アキラくらいの年齢と大きさならば、通る事は出来そうだ。けれど、アキラは修業のお陰で、同じ年くらいの子供より筋肉の発達が良かった。自然、体格は一回りくらいではあるが、大きい。
 (背はあんまし伸びないけど…。いや、まだまだこれからだ。ゼッテー狂を追い越すくらいに成長してやる!)
 剣技は狂の次に強い漢を目指しているが、背丈くらいは追い抜きたい。
 アキラは擦り傷を作りながらも、何とか通る事が出来た。葉笹がすぐに木片を元へ戻す。
 退路は、もう一度木片を取り外して外へ出ると決めた。葉笹は近くで待機をする。もし、アキラと が来る前に五尺の長刀を持った長髪の侍が現れたら、アキラの知り合いである事を告げて事情を説明するようにした。
 狂が来てからの脱出。それは情けないので、何としてでも避けたい。狂との約束は、絶対に守ると心に誓っている。
 急ごうにも、見張りの数はやはり多く、迂闊には動けない状態だった。何とか竹林から倉庫群へと移動をし、まずは の部屋を目指す事にする。一人で居てくれれば、それほど有り難い事はない。
 葉笹が教えてくれた、屋敷の中の簡単な地図を思い出す。 の部屋の下までやって来れたが、身なりの良い護衛が二人居た。となれば、勿論、部屋の前にも…。
 朝食を食べに行く時も、また食べる時にも、護衛はべったり付くだろう。アキラは、部屋の前に居るであろう護衛を倒す事にした。
 いや、屋敷の中で身動きが出来なくなる状況よりは、お誂え向きに の部屋の戸が開いている事で、部屋下の護衛に目標を切り替えた方が良さそうだ。
 今の自分の力と、護衛たちの力を測る。
 一声も出させずに、殺せるか?
 …殺すのは無理だ。
 しかし、当て身で気絶させられるだろう。
 相手は二人。
 距離があり過ぎるだろうか…。
 静かに呼吸を整える。
 低木から身を起こしかけた時、 の部屋から、当人と思われる女が顔を出した。
 戸の外の下の壁に、板一枚で作られた物置き場がある。そこには、小さな植木鉢が三つ置かれていて、彼女は水やりをしているところだった。
 花は、アキラの知らない花のようだ。 は、これが最後になると思っているのか、愛おしそうに花を撫でた。
 アキラは をじっと見続ける。
  が、アキラに気付いた。彼女は目を細めて、戸口から身を乗り出す。
 声を掛けられたら、終わりだ。
 アキラは人差し指を口に当て、首を振った。
  はやや間を置いて、木製の水入れとアキラを見比べる。こんな日に、子供とはいえ侵入者が居いて、 に喋るなと伝えている。 は瞬きもせずに考えた。少年に見覚えはなかったが、目が痛みを訴えた時、決断する。
  はまだ少し水の残る水入れを、部屋から落とした。
 ゴッと鈍い着地音がして、水入れはごろごろ回る。護衛の二人が身構えた。
 「ごめんなさい。手が滑って水入れを落としてしまったわ。ほら、左の方。ねえ、拾って、ここまで投げて」
  が声を掛けると、護衛の一人は舌打ちをして水入れを拾おうとする。もう一人は、 を見上げた。彼女は一階の屋根に降りている。
 今だ!
 再び呼吸を整えたアキラは、低木から飛び出し、護衛二人を当て身で倒した。
 「おい、中へ入ってろ」
 低い声で に指示を出すと、彼女が部屋の中へ入ったのを見届けて、護衛二人を低木まで運んだ。そして、それぞれの心臓を刀でひと突き。派手に血飛沫を撒くより、この方が少しは時間が稼げると思った。直属護衛が居なくなれば、不審に思って捜すだろう。侵入者が居る可能性で警戒されても、少しは警戒率が下がると期待。
 アキラは急いで の部屋の下まで戻る。
 護衛は 家の家紋が入った羽織を着ていた。葉笹に聞いた情報によると、 家直属の護衛人たちは、羽織の色で強さが決まっているらしい。
 今殺した漢達は、灰色。上から二番目だ。
 刀を使って、アキラは何とか一階の屋根に辿り着く。植木鉢を蹴倒さないように気を付けて、 の部屋へ入った。
 「お前が だな?」
 少女は頷く。
 「助けに来た…とは、実はちょっと違うんだが、 葉笹と協力して、お前をここから連れ出してやる」
  は瞬きを止めて、目で驚きを表した。
 「壬生は知っているな? 奴等がやろうとしている事を、ブチ壊してやりたいんでね。抵抗しなければ、生命は保証してやる。取り敢えずは、屋敷の外まで一緒に来て貰おうか」
 静かに首を振る に、今度はアキラが驚いた。
 「何でだよ!? お前、このままここに居たら、生け贄にされるんだろ?」
 「そう」
 「そうって…」
 「死にたくないから、逃げたいのはやまやまだけど、貴男と葉笹と名乗る人が信じられないの」
  は押し殺した声音で呟く。彼女は僅かに目を細め、眉根を寄せた。
 「 葉笹は、お前の従兄弟だろう? お前と一緒に作ったって話の、竹林の裏の抜け道を知っていたし、この家の事だって詳しかったし…。疑われたら、お前が五つの時に、屋敷の池で溺れそうになって葉笹が助けた事を話せと云われた。同じ年の夏、竹林に放った蛍の事も」
 「確かに、それは事実よ。でも、きっと、私を迎えに来たのは、葉笹じゃないはず」
  の言葉に、アキラは雲行きが怪しくなってきたと思った。いや、もっと。
 これからは、もっと良くない事が起きる、そう予感した。
 昨晩の予感よりも、ずっとねっとりしたものがアキラの脳裏に刻まれる。
 目の前の少女が、本当に であるかも、疑わなくてはならないような気さえ、し始めていた。








夢始  進



**何て久々に仔アキラなのかしら!
 ほたることケイコク連載もほったらかし状態ですが、何とか、仔アキラの第三話をお届け致す次第。気が向いた頃更新しますので、気長にお待ち頂ければ幸いです。

*2006/03/08up