ドリーム小説 夢 ほたる ケイコク 1:ちくちくささるとげがいたい





 最近、変かも。

  のせいだ。
 うん、こいつのせい。
 絶対、こいつのせい。




 朝ごはんに手作り味噌汁を食べるオレを、一体誰が想像しただろう。
 オレはない。絶対。
 あ、庵奈のは例外。
 でも。
 静かに静かに、黙々と朝ごはんを食べる。
 目の前の は、昼ごはん。昨日大量に買ってきた味付けのりでどんどんごはんを食べていく。
  の食べ方はなんか変。基本的に、ひとつひとつのものを食べてからでないと、次のものに手を付けない。ごはんの次はほうれんそうのおひたし、その次はひじきの煮物。一品ずつを食べ切ってから次に進む食べ方の人、あんまりいないと思う。オレは見たの初めてだし。
  のごはんは美味しい。悔しいけど、おかわりしたくなる。
 昨日歳子と歳世に言われた。ケイコクは最近顔色がいいですねって。
 一日三食食べてるからかな。
 こんなマトモな食事生活は、ゆんゆん家に泊めて貰ってた時以来だ。
 仕事中、今日の晩ごはんは何かなって考える自分がイヤ。
  がわらびを取りに行くってひとりで出てくから、なんか気になってる自分がイヤ。
 辰伶となんか、絶対しゃべって欲しくないとか。
  は水・氷系統の技が好きだと言った。オレは炎。
 初めは、水が好きなら辰伶に押しつけちゃおうかとも思ったんだけど。
 そんなの、今は考えられないや。辰伶が欲しいって言っても、あげないよ。絶対あげない。
 辰伶にあげるくらいなら、 は自分の家に帰ればいい。
 「 、今日は家にいてね」
 「嫌」
 早。 は食べるのも早いから、もう最後の一品を残すばかり。ていうか、嫌って、また出てくんだ。
 「今日はどこいくの?」
 「えっとねえ、お宝のありそうなところ」
 「お宝?」
 「うん。金目のものが好きだから」
 そんなの壬生のどこにあるんだろ。紅の塔にならあるか。太四老の城とか。ゆんゆんの家はない。絶対ない。誓ってもいい。
 「あとね、事件がありそうなところ」
 「何で」
 騒動が好きなんだよね、 。死合い好き。オレも死合いは好き。いや、訳は他にあるって知ってる。
 「お家に帰れる可能性高くなるから」
 …帰りたいんだ。
 「お家に帰ってどうするの?」
 「やりたいことがあるの。自分の世界で。だから。ココも楽しいんだけど」
 まあ、いなくなったら静かになるから、いいけど。
 ごはん、食べれなくなるな。
 …それは、ちょっと、イヤかも。別に今まで通り、必要最低限の摂取で生きていけるけど。適度な栄養さえあれば動けるし。所詮食事なんて、エネルギー補給だし。うん。
  はよく帰りたいと言った。早く帰れと何度も思った。
 樹海で拾ったことを、後悔してた。
 「ケイコクは今日もお仕事? どこ行くの?」
  はごちそうさま、と手を合わせる。もう食べちゃった。オレは考えながらだから遅い。
 「今日は五曜星で集まるよ。なんの話するのかは知らない。仕事の振り分けかも」
 狂のことかな。
 「ねえ、遠くへ行くこともあるの?」
 あ。
 「うん。ある」
 「長いこと出張する?」
 「出張っていうか、まあ。何年か遠くで間者してたけど」
 「え?! スパイ!? かっこいい!」
 「そう?」
 思い出したくないなあ。
 「あ、今、嫌なこと思い出してる」
 え?
 「そんなことないよ」
 オレ、今いつもどおりだったと思うけど。 にはばれたらしい。
 「目の動きって、結構表情よりも言葉よりも判り易かったりするのですよケイコク君」
 … って時々すごい。この前水汲んでて井戸に落下した女とは思えない。
  は食器を片づけ始めた。オレは急いで食べる。
 「いいよ、急がなくて。出掛けるのは、洗い物と洗濯してからだから」
 「あ、ふとん干しといて」
 「オッケイ」
 なんで一緒に暮らしてるんだろう。
  は居候だ。 が元の世界っていうところに帰れるまでの間、ちょっと空いてる部屋を貸してあげているだけ。
 あんまり外に出ってって欲しくないんだよね。 の説明するのめんどくさいから。
 辰伶と太白にはばれちゃったけど。太四老とかうっとうしそう。ゆんゆんが知ったら、家にまでからかいに来そうでちょっとげんなり。
 でも は、そんなオレのことなんかお構いなしに壬生をうろちょろする。
 うーん。
 「ねえ 、お願いがあるんだけど」
 「なあに?」
 ふとんを抱えながら、 がオレを見る。
 いっそ放り出しちゃえばいいんだ。一度拾っといて無責任ではあるけど、犬猫じゃないんだから。
  は強いし、一人で生きていけると思う。
 「 があんまりうろちょろすると、困るんだよね。まだ何も言われてないけど、お宝とか狙って捕まったら、きっとオレにまでとばっちり来るし。助けてあげられないかも。だから大人しく家にいて」
 縛りつけておくことは、ないと思うんだ。
 「…そおだよねぇ。うーん。うーん…。そうしとく」
 よかった。
  が出て行くキッカケが減った。当分、美味しいごはんが食べられる。
 やっと食べ終わったから、食器を桶の水に浸けておく。ふとん干しを手伝おう。重そうだから、 こけちゃうかも。
 「 、オレのふとんはそこに置いておいて。オレが干すから、自分のも持ってきなよ」
 「うん」
  の後ろ姿を見る。異界からやってきた女。
 樹海の暗がりから、突然降って湧いた を、物珍しさで拾ってみた。すぐ飽きたから拾ったところで捨てようと思ったんだけど。
 なんで捨て切れなかったのか、自分でもわからない。
 干したふとんに太陽の光が当たる。
 オレにも、陽射し。
 暖かい。
 あの、暖かさと、柔らかさを思い出す。
  の唇は、もっと、熱かった。
 もうそれ以上は思い出したくなくて、オレは自分の両手で頬を叩く。
 何も食べようとしないオレに怒った を見ながら、オレはのんびりと「なんでオレの周りには口うるさいのやおせっかいが多いんだろ…?」なんて思ってたりもした。
 でも の唇を見てた。
 ……結局思い出してしまう。いやだいやだ。
 「ケイコク何してんの?」
  の不思議そうな声がする。オレも不思議。とりあえず、自分の頬を叩くのは止める。
 ふとんを受け取って干すと、ふとんが二つ並ぶ。当たり前だけど。
 ここ、一応、オレの家。
 五曜星のケイコクとして宛てがわれただけの、ただの雨風しのぎの場所で。
 なんでかなあ。茶碗も箸も湯飲みだって、ふたつずつ。
 オレ、今、一人じゃない。
 独りじゃないって、もう、オレじゃないよ。
 急に、流しで洗い物をしている を切りたくなった。邪魔だよ、アンタ。
 あ。
 あ。
 やだなやだな。
 どうしよう、すごく独りになりたい。 が来てから、もう何度目の殺意だろう。
 殺したくないから、オレらしくもなく殺したくないから、捨ててしまおうと思ったのに。
 捨てられなかったら、殺すしかないのに?
 いまだに殺せていないのは。
 知らない。
 判らない。
 いたいいたい。
 ちくちくと、痛いんだ。
 これは放っておくと、ガンガンに痛くなる頭痛に変わる。
 いまはまだ針で差されるような程度だけど、きっと、このまま と一緒に居たらオレは穴だらけになるよ。
  は機嫌がいいらしい。鼻歌なんか歌い始めてさ、ウザイ。
 早く仕事行こう。ここにいたら、 を殺しちゃうかも。オレの方が強い。

 黙って出て行こう。
 ぐるぐる考えて、決めた。縁側から 用の小さな草履を脱ぎ、そっと居間を抜ける。今 に話し掛けられたら、きっとこの家ごと燃やしてしまう。
 そうなる前に、出て行って欲しい。
 オレの前から消えればいいのに。
 早く。
 そう願う割りに、 が帰る事に手を貸さない。貸しようがないんだけど。何か大きな事件が起きて、それを解決すると戻れるらしいって、訳判んないし。
 何も起こらないよ。この壬生じゃあ。
 狂のことで先代"紅の王"が刺客を放つらしいけど。オレが行けば終わるだろうし。狂には負けない。
 同じ"独り"で強くなった者同士だから、負けたくない。
 きっとこのまま はここにいて、オレは何度も に殺意を抱くのだろう。
 ちくちく刺されるような痛みに負けて、 を殺してしまうまで。
 そんなことを考えていると、血が見たくなった。
  のはダメ。ごはん食べられなくなる。夜も味噌汁食べたい。
 檜の机の上の、一輪挿しが目に入る。 が散歩で手折ってきた野ばら。
 音もたてずに野ばらを手にする。思いっ切り茎のトゲを掴んで、自分の血を凝視した。
 ちくちくいたい。
 トゲを放さないから余計。
 でも、これで を殺さなくてもいい。
 今は。
 そっと野ばらを花瓶に戻す。血、ついたままだけど。
 手をなめて、鉄の味。まずい。
 もう行こう。
 玄関で下駄を履こうとすると、また並んでいる の黒い下駄が気に入らない。捨ててしまいたい。
 黒下駄に手を掛けようとすると、 の呼び掛けが耳に入る。
 「ケイコクー、夕飯の材料、忘れずに買ってきてねー!」
 そうだ。 は家から出ないのだから、買ってくるのはオレだ。二人分。
 ちくちく。
 まだ手が痛い。頭も痛い。
 しんぞーも、いたい。
  がとっととどっか行けばいいと思うのに、どこへも行って欲しくないとも思う。
 どうして?
  がいたら、オレは独りじゃなくなるのに。誰かといたって、関わらなければ独りと同じ。
 でも は。
 捨てられなかった。
 すぐさま殺してしまえば楽になると思うんだ。
 ちくちくウザイ痛みから解放されるはず。

 オレは行ってきますなんて言わないから。
 その代わりように呟く。
 「 を殺せれば、オレはもっと"独り"として強くなれるかも…」
 高下駄を履いて家を出る。
 強くなれるなら、味噌汁なんかなくてもいいや。










夢始 

*2005/05/14up