ドリーム小説

2:ひろいもの





 一ヶ月半前、オレは、女を拾った。



 黒髪で色黒の着てる物まで真っ黒な。
 樹海の暗闇から現れた動物。
 木の股から生まれる生き物、何だっけ?

 ああ、でも、どう見ても、人間だよな、コイツ。
 壬生の者でもないし、普通の人間は木から生まれてこない。まず、樹海に居ないし。
 突然変異ってゆーやつ?
 まさか、まさか。
 考えすぎオレ。

 任務で、壬生の裏切り者を追って入った樹海。まだ世間じゃ昼間だけど、鬱蒼と木々の生い茂る暗い昏い富士の樹海には、そんな普通の時間軸は関係がない。生命…動物形態すら、既に普通じゃないしね。
 ハンター役は嫌いじゃないけど、逃げられてから少し時間が経ちすぎていた。今は丁度人手不足なのと、普通の部隊じゃ精鋭選んでもたかが知れている。だから、暇なオレにお鉢が回ってきた。
 あーもー、めーわく。
 獲物の人相をまた忘れたから、手配書を懐から出した。特徴ないのが、特徴っていう顔。覚えるのなんてムリ。どこにでも居るじゃん、こんな奴。ていうか、皆おんなじ顔してない?
 人に興味ないからそう思うのかな…。
 さすがに、何度も会っていれば見分けもつくようになるけどさ。
 もう一度、上を見た。
 何遍見ても、うん、普通の木があるだけにしか見えない。
 異空間とかが開いている訳でもないようだよ?
 手配書の人相はどう見ても漢。ご丁寧に名前と性別、大体の年齢まで書き添えられているから、間違いないのだろう。
 地面にねっころがしたヤツは、うん、漢には見えない。胸あるし。
 あ!
 あ、あ、このちっさい胸、小さい肉まんだったらどうしよう。
 前に居たしね、肉まん胸に隠している漢が。隠すっていうか、胸だって言い張っていたし。
 一応オレが助けて、地面に落下激突は免れているんだけど、女は気を失ったままだった。
 肩を揺すっても、起きない。頬をつねっても、ムダ、か。鼻つまもう。ほらほら、苦しいで―…。
 あれ? 二分経過…。起きない。
 え? これもダメ?
 「うーん、どうしよ…」
 いっか、放っておこう。死にはしないでしょ。
 見た目傷もないから、そこそこは強いんじゃないかな。樹海の真ん中まで来るのにさ、普通の人間なら無傷なんて余程運が強くないとムリだよ。
 できそこないの人造人間たちがうようよしているんだから。
 コイツは、成功例なのかな…?
 ううん、そういう匂いじゃ、ない。
 でも、巧く人間っぽく出来たなら、匂いを誤魔化すくらい楽勝かも?
 オレが起きるなら、どうかな。
 どうされたら、どうなったら、起きる?
 気絶していても、起きるには?
 手段は、ひとつ。
 オレは女を凝視した。あらん限りの殺意を放ち、のど元へ手を伸す。
 のどを掴む寸で、女は思惑通り起きた。いや、跳ね起きた。そして、跳躍。
 綺麗に逃げるね。
 ああ、強い者の身のこなしだ。
 「やっと起きた」
 女は警戒している。そりゃそうか。
 「お前強いでしょ? 折角だからさ、ちょっとオレと死合わない?」
 オレは剣を抜く。女は着地の体勢から立ち上がった。
 「お腹空いてるから、嫌」
 か細く、いかにも頼りのない声で、女が言った。
 「あっそ。うーん、でも、オレは闘いたいのね?」
 さっと走って女との距離を詰める。女は、動かず、近付いた所を捌くようだ。ただのカンだけど。
 でも実際に、そうだった。
 肉薄する闘いとなり、女はクマの出来た虚ろな目のままオレと渡り合った。
 嘘。
 ウソでしょ?
 互角?
 「…ッ!」
 認めたくなくて、オレは数歩下がり、炎の玉を造り出した。しかし、女に向かって一直線の炎の玉は、オレの期待を裏切ってかき消えた。
 これで殺せると、思ったのに。
 女は手を振りかざしただけだった。空中に浮かぶ右手は、ただの手だ。異常なものは何もない。
 何も。
 「今、何した?」
 女は答えないで、疲れた顔を見せた。うんざりだ、と書いてある。
 「ムカツク」
 大技を出そうとした時、後方でたくさんの鳥が羽ばたく音がした。鳴き声からして、カラス。
 殺気だ。
 目の前の強者との勝負は続けたいが、何しろ今回の目的は、ターゲットの殺害。ま、正直、他のヤツら…できそこないたちが殺しておいてくれるなら、それもイイけどね。
 でも、首持って帰らなきゃ。
 時人は悪趣味だから、つきあってらんないけど、太四老の下である五曜星として働いているからには、逆らってばかりもいられない。
 この女を殺すのは後回しだ。獲物の首取ってからすぐ殺せば、少しくらい帰りが遅くなっても大丈夫でしょ。たぶん。
 「今は見逃してあげる。でも、絶対、オレがお前を殺すから。覚えてて?」
 女は全く反応を見せなかった。オレはそのままその場を離れた。
 茂みの中を進んでいると、前から殺気が近付いてきていた。血の匂いもする。
 様子を見る事にした。高い木へと跳んで、血の匂いを追う。オレの存在に気付いてか、オレとほぼ一緒のタイミングで気配が消えたからだ。
 濃いめの血臭。前方でたくさんの死骸があるのだろう。
 それに、獲物は半分くらいは死人だ。腐敗臭は血臭では完全に消せないはず。
 どこだろう。
 どこに居る?
 茂みの中では簡単に動けない。すぐに居場所がバレる。動けても、大したスピードじゃないし。
 いっそ、このへん丸ごと焼き払っちゃおーか。
 それがいい。
 一番ラク。
 いや、だからダメだって。首、忘れちゃダメ。
 静かに少し溜め息。
 面倒だなあ。
 あ、でも、加減してあぶりだすくらいならやってみようかな。
 よーし。
 「!」
 刀を空中にかざして炎を出そうとしたけれど、オレめがけて飛んできたモノをよけなきゃならなかった。
 鋭い音と共に、大木がいくつも切り裂かれていく。
 かまいたち。
 半死人である、獲物の特殊能力だと聞いていた。
 居場所がバレてるんなら、もういいや。てか、始めからあんまし隠れていなかったけどね。
 「灼爛炎帝」
 あたりは、たちまち炎に包まれる。
 顔が判別出来れば、火傷くらいいいでしょ。真っ黒にしちゃわないよう、気をつけよ。
 獲物は堪らなくなってか、小さな竜巻を起こして炎を吹き飛ばした。進行方向にだけ。だからその後を追いかけるだけ。
 でもそっちは、オレが今来た方だ。
 ちょうどいい。あの女、一緒に殺せるじゃん。
 まだ居たらだけど。
 「あ、居るし」
 獲物と女は対峙していた。
 女は木に背を預け、獲物を睨んでいる。
 と、いっても、眠たそうにも見えるけど。
 「何? お前たち、知り合い?」
 答えは返らない。うわ、無視?
 「茨木、大人しく観念しなよ。太四老は怒ってる。オレからは逃げられないよ?」
 「…怒っているのは大方時人だけだろう。五曜星のケイコク殿が追っ手として差し向けられたのは、時人のように、貴男が残酷だからか?」
 「違う。オレが一番強いから。あと、樹海の中は何度も通ってるし。他の奴らより最適なんだよ」
 ウソだけど。でも、ホントでもある。
 茨木は鼻で笑った。うっわ、殺したい。
 「茨木、太四老に逆らい、先代 紅の王 を裏切った罪、今ここで償ってもらう」
 「断る。私には、まだやらねばならないことがあるのでね」
 「さっきも言っただろ? オレからは逃げられない。お前のその首、オレがもらうよ」
 言って、構える。
 「魔王焔」
 「水柱」
 え?
 小さな声が聞こえたと思った途端、オレの炎が水に消された。
 空中からイキナリ現れた大量の水は、滝みたいに下に落っこちてきた。あの女の仕業か…!
 「なにすんの」
 オレと、驚き顔の茨木が女を見る。
 「何か、あんたの方が悪役っぽい」
 「お前のその目、節穴?」
 「いきなり私に切り付けてきたくせに」
 「オレは強いヤツと闘いたいだけ」
 「まるで獣ね」
 女は小さく鼻を鳴らして言った。
 「お前こそ、ナカに獣飼ってるでしょ?」
 力ない双眸から、僅かにオレに向けて突き付ける鋭い切っ先。
 ホラ、思った通り。
 「オレはケイコク。そこに居る漢を殺して首持って帰るのが仕事。邪魔しないでくれたら、後で獣満足させてあげる」
 「必要ないわ」
 即座に切り返してくる女に、更に言った。
 「お前、名前は?」
 「名乗りたくない。それより、ねえ、あんた、食べ物持ってない? 何かくれたら、助けてあげるわよ」
 途中からは、茨木に向かってしゃべり出す女。どうあっても、オレの敵になりたいらしい。闘えるなら、何でも良いけど。
 「いや、何持っていない。水も切れた。助けは要らない。貴女は、五曜星の恐ろしさを知らないでしょう」
 「まだやらねばならないことがある、って云ってたわよね? 悪いけど、あんたじゃ此奴に勝てないと思うよ。良くて相討ち」
 茨木は認めて、押し黙った。
 「相討ちなワケないだろ? 勝つのはオレ。生きてこの樹海を出るのは、オレ一人」
 「樹海?」
 女はつぶやいて、片目を細めた。
 「樹海って、ここ、まさか日本の富士の樹海? いえ、樹海って定義は富士山麓だけじゃないけれど―…」
 ? 変なヤツ。じゃ、どこの樹海だっていうんだろ。
 「茨木さんは、日本人の名前よね? 日本語喋ってるし。っつーか、こう言っちゃ申し訳ないけど人間オンリィな構成ではないようだけど、キメラ?」
 「そいつは死人。ねえ、おしゃべりはそのへんにしときなよ。オレ、もう飽きちゃった。二人とも、死んで」
 オレは二人に向かって、魔王焔を連打した。
 女は素早く動き、茨木を近くの茂みに突き飛ばす。とことん邪魔する気らしい。
 「ああもう、お前、ウザイ。アイツの血臭と死臭がわかんないの?」
 「判る。でも、完全に悪い人にも思えない。…あんたもだけどね」
 「知ったふうな口聞くんじゃないよッ! 灼爛炎帝!」
 炎の中に、女が消えた。確かに、飲んだと思った。
 でも。
 相変わらず力のない声は、すぐ後ろから聞こえてきた。
 「その程度の炎じゃ、私は殺せないよ?」
 刀で後ろを攻撃したけど、空を薙いだだけだ。
 やっぱり、速い。
 オレよりずっと。
 普通の人間みたいなのに、とてつもなく、強い。
 「ねえ、名前は? オレ、殺したヤツの名前なんてすぐ忘れるし、いつもは興味ないんだけどさ、アンタのは、しばらく覚えててあげる」
 「…
 ねぼけまなこのような目をして、お腹空いてるって言ってたっけ、力ない声で、彼女は名乗った。
 ウン。
 せめて樹海を出るまでくらいは、覚えててあげるよ。期待通り強かったら、今日一日は、覚えていられるかもね。
 …楽しませてもらお。
 









夢始  進



**連載更新一年以上振りです(大汗)。
 ケイコクちゃん、ひっさしぶり〜ィ♪とか軽々しく声掛けようものなら、丸焼きにされそうな勢い。

*2006/06/04up