REPORT15:使命
シュウハタ・ミキヒコは、目の前のシゲルから逃げる算段をしていた。
手持ちのポケモンは一匹いたが、ここから逃げたところで自宅である研究所へはが行っている。
港町へ行くには船が必要だ。水ポケモンを持っていないことを後悔した。
自分たちがしたことを正当化しようといくつか建前を考えたが、どれも世間を納得させる―……とりわけ、警察をだが……理由を思い浮かべられなかった。
「シュウハタ博士、博士たちは、一体何をしているのですか? デオキシスの誕生と何か関係があるのですか?」
当たり障りのないことを言って時間を稼ごうと思ったシュウハタは、モゴモゴと口を動かし始めた。
「僕らは、エスパーポケモンであるデオキシスを調べてただけだよ。ただの研究さ」
「デオキシスは珍しいポケモンです。なぜ、サイダ研究所にいたのですか?」
「それは……」
「黒スーツの男に、裏切り者と言われていましたね。それはなぜです? 仲間だったのですか?」
「……」
結局どれにも答えられなかった。
シゲルは他に気になっていたことを聞く。
「さんのポケモンたちとここに来たわけは?」
「ああ、それは、あのポケモンたちに引っ張られて来たようなものだ。催促されて、近くまでピジョットで来たんだ」
「コラッタがいませんでした」
「それは知らないよ。ヒノアラシが先頭になって、あとは、さっきもいたヨーギラスとスピアーだけが、僕を引っ張り、押し、サイダの方へ行かせようとするから……。すぐに煙に気づいて、サイダへ行きたいわけが分かったよ。ただ、さんやキミたちがいるとは思わなかった」
「黒スーツの男たちも、ですか?」
「……それも、知らなかった」
沈黙が降りる。シゲルは焦れつつ、何か口を開かせるいい方法はないか思案した。
「さっきさんも言っていたように、警察でも黙っているつもりですか?」
「……少なくとも僕は、デオキシスのことを独自に知りたいだけだ」
独自に、という言葉に引っ掛かりを覚えたが、シゲルはシュウハタが事情を話すつもりがないことを悟った。
コバラに聞いたことを思い出しながら、何とか切りくずせないかと考える。
「コバラさんが見たそうです。化石にレーザービームが当てられているのを。僕はデオキシスが生まれる条件を知っています。きっと、ここで、さっきのデオキシスは生まれた。もし、普通の研究なら、隠すことなど何もないはずです。むしろ、みんなに知らせるべきです。素晴らしい出来事なのだから!」
シュウハタは知ったふうなシゲルをあざ笑った。
「デオキシスの生まれる条件を知っているだって? その程度のこと、調べれば分かる。特に、ホウエン地方へ行けば、詳しい研究者がいるよ」
「ラルース・シティの、ロンド博士ですね?」
「知っていたのか……」
「会ったことはありません。シュウハタ博士は、会ったことがあるのですか?」
シゲルのその質問に、シュウハタはわずかに目を開いた。
「調べたら分かることだから言うけど、僕は、一年前までロンド博士の助手だった」
「えっ!?」
「だから、デオキシスの研究については知っているつもりだ。キミよりもね」
シゲルは頭が混乱してきた。今日あった出来事は驚くことが多すぎる。
シュウハタは続けた。
「父が亡くなったことで、シュウハタ研究所を継ぐことになったから、ロンド博士のところを辞めた。それからも、デオキシスのことは研究を続けている」
「……それは、ショウヤマ博士たちと、ですか?」
「これ以上は、ヨウジくんのところへ行ってからだ。今から家に……シュウハタ研究所へ戻るよ。話すとしたら、それからだ」
シゲルには、ショウヤマがリーダーなのだろうと思えた。それとは別に、急に話す、と言ってくれたことに疑念をいだく。
しかし、が向かったシュウハタ研究所へ行けるのはありがたかった。
「では、一緒に行きましょう」
緊張をしつつ、シゲルはシュウハタの横についた。
シゲルの警戒心を読み取り、カメックスとブラッキーにも緊張がうつる。
それに気づき、シゲルは少し気を引き締めつつ、気を緩める、という難しい感情を制御しなければならなかった。
長距離を最速で走ること二度目。はさすがに疲れを感じた。
不覚にも、木の枝で腕にかすり傷を負っていた。八つ当たりでショウヤマに怒りをぶつけたい彼女は、険しい顔をして獣道を走る。
今はヨーギラスをモンスターボールへ戻し、ピノと一緒に走っていた。ピノはから少し遅れている。彼女に置いて行かれないように必死だった。
はそれに気づいていたが、スピードを優先してしまっていた。
野生ポケモンもいるこの島でピノをボールへ戻すわけにもいかず、彼を頼るばかりだ。
「ヒノッ!?」
ピノが木の根に足を取られ、バランスを崩して転んだ。
派手な転倒音に、は足を止めてピノに近寄る。
「大丈夫!?」
「ヒノー!」
歯を食いしばり立ち上がるピノを見て、は地面にひざをつけた。
「うっ、ピノ、ごめん……」
がくり、とうなだれたに、ピノは驚く。
「ヒノヒノ?」
「私、落ち着いて立て直さなきゃ……。なのに、一人で突っ走って、ごめん。無理させちゃったね」
ピノについた土を払いながら、続けた。
「ピジョットに追いつけるわけないのに。でも、どうにかしなきゃ。このままショウヤマ博士を逃がしてはいけない気がする」
一緒に頭を悩ますピノだったが、どうしたらよいのかは分からない。汗をぬぐうを見ながら、ピノはのひざに手を乗せる。
「さっき一人じゃないって思ったばかりなのにな。ショウヤマ博士とシュウハタ博士に出し抜かれて、怒っちゃった。私の悪いくせ。傷を負った八つ当たり気分もあるけど……。それでも、冷静に考えなきゃね」
は胸に手を当てる。
「クールダウン、クールダウン」
自身に言い聞かせながら、何度も深呼吸をする。ピノも深呼吸をまねた。
深く息を吐ききったは、ゆっくりたっぷり息を吸った。そして、呼吸を止める。
息が出来なくなる瞬間まで、考えることにした。
ショウヤマ博士は、胸の水晶が青いデオキシスをリピートボールに戻していた。彼は過去にデオキシスをゲットしたことがあるということだ。
伝説級に近いデオキシスは、研究文献も、ましてや発見例などまれだというのに、そんなことがあるというのか。
胸の水晶が紫のデオキシスは、試験体Dと呼ばれていた。
他にも、デオキシスはいる……?
実際に、他にもいた。
まさか!
ライオナンバーたちの素性は分からないが、ショウヤマは彼らの関係者の可能性が高い。
他にもいくつか可能性を思い浮かべる。それらを、ショウヤマに確認したかった。
シュウハタと一緒にいるシゲルは大丈夫だろうか。
ケガをしたサイダ女史の安否も気になる。
それに。
「ライオ4が持って帰ったリュックはなんだったのかしら……? 新しいデオキシスの気に気づかなければ、あれにデオキシスのモトがついた化石が入ってた、と思いたいところだけれど」
化石、と聞き、ピノはに知らせるべき重大なことがあったと思い出した。
戦闘や追跡で話す機会がなかったが、重要なことだった。
「ヒーノ、ヒノ。ヒノヒノヒノ!」
「……!? シュウハタ研究所に、化石らしきものがあったですって!?」
「ヒノヒノ、ヒノー……」
デオキシスのモトがついているかは、見つけたピノとサバラスには分からなかったが、化石とはこういうものだろう、と思しきものだった。
「まさか、ショウヤマ博士は、逃げたというより、その化石らしきものを取りに帰った!?」
ますます追わなくてはならない。
手持ちに移動に長けたポケモンをゲットしておかなかったことを、とても悔やんだ。
次のポケモン候補には、が乗れて空、陸、海、と移動出来るものがいい。
そんな都合の良いポケモンは思いつかなかったが。
無い物ねだりより、走るほかない。
野生ポケモンに襲われないことを祈りつつ、とピノは精一杯走った。
シュウハタ研究所まで来たショウヤマは、ピジョットを庭に待機させる。
ことが上手く運ばなかった怒りと焦りのために、ショウヤマは鬼のような形相をしていた。
今はミキヒコの母、ミキエしかないないはずだ。さきほど、ピジョットの背中より、キネガワが車で出ていくのを見た。サイダ研究所の近くまで食料を買いに行ったのだろう。食料を売りにくるクルーザーが到着する時間だった。
車が通れるほどの道はあるが、サイダ研究所まで行くのに少し回り道をしなければならなかった。しばらく帰ってこないはず。
追ってくるかもしれないはその道を通るだろうか?
いや、来たとしても、ピジョットで逃げれば問題ない。
逃げる? どこまで?
自分一人ならどこへでも逃げられる。
しかし、ミキヒコやサイダ・ミズキに逃亡の覚悟があるとは思えなかった。
研究所の居住スペースへ入る。ここを通らねば、自分の研究室スペースへ行けない。
「あら、ヨウジくん?」
ミキエに見つかった。しかし、相手をしていられない。
「すみません、ちょっと急いでます」
「ミキヒコが見当たらないけど、何か知らない?」
「いえ……ぼくは何も」
「そう……」
心配そうな彼女の横をすり抜け、客専用の宿泊部屋の前を通る。とシゲルのほか、ショウヤマもここに間借りしていた。自分の研究施設は大破されたからである。
の部屋の前に、コラッタがいた。
大人しく扉の前に座っていたところを、目が合う。確か、ララコットと呼ばれていたはず。
の手持ちに一瞬ひるんだが、ララコットは特段気にしなかったようだ。
無言で通り過ぎ、奥の研究所へ向かった。
小さな物置場を改造して作ったショウヤマの研究室に入って、すぐ気づいた。鍵をかけ忘れていた。すぐ周囲に目を走らせ、大切な実験材料である試験管を見る。異常なし。それどころか、昨日から待ちわびていた結果になっていた。試験管の中身の色が希望通りのものに変わっている。
いや、もっと大切なものがある。
部屋奥の壁に設置したショーケース。その中に鎮座した石。無事だった。
ホッとしたショウヤマは、ショーケースから取り出すために鍵を探した。鍵は覚えやすいこところにしまったはずだったが、なかった。
そういえば、一度、酒に酔った夜、誰かに発見されるのが怖くなり、夜中に別の場所へ移したことがあった。それはどこだったか……。慌てていると思い出せるものも思い出せず、手当たり次第に探した。スチール棚の裏を見たり、机の引き出しの裏を見たり、思いつくところはすべて。
やっと鍵を見つけ、ショーケースの中から石を取り出す。持ち運びしやすいように、軽量の透明なアクリルケースの中に、緩衝材の布を入れておいた。
脱ぎ捨てていたしわだらけの白衣でくるんで、脇に抱える。今度は自分のモンスターボールを忘れずに持って部屋を出た。
「!」
ショウヤマは驚きで声が出そうになった。部屋の前にはララコットがいたからだ。
「何なんだ……!?」
「コラッタ」
ララコットは目の前の部屋に忍び込んだピノとサバラスから事情を聞いていた。だから、ショウヤマが化石らしき石を取りに来たのだろうと推察した。
ショウヤマが小脇に抱えているものがそうなのだろう。それは、が探していたものだ。
恐らくこの人間は、それを持って逃げようとしている。
本来なら、の言いつけ通り、客室の前で待機しなければならない。しかし、柔軟に判断すれば、それは間違いだ。
この人間、ショウヤマを逃がしてはいけない。
人間にはメロメロは効かないが、だからといって、傷をつけるわけにはいかず、ララコットは対応に困った。
取りあえず今は何もせず、すり足でこの場を去ろうとするショウヤマの後をつけることにした。
ララコットが一歩、二歩と歩くと、ショウヤマはかけ足で庭へと逃げた。ララコットはそれを追う。
ショウヤマは後をついてくるポケモンに嫌気を覚えながら「ついてくるな!」と叫んだが、効果はなかった。
ピジョットで飛んでいくまでの我慢、と思い、走る。
テラスへ出た時、羽音とともにスピアーが現れた。ビコスである。
「スピー!」
逃がしちゃダメ! と言うビコスの言葉に、ララコットは、でんこうせっかでショウヤマの足元をジグザグに駆けた。
足元を取られそうになったショウヤマは、思わず立ち止まる。
ビコスはミサイルばりを地面に撃って、ショウヤマの足元を囲んだ。
身動きが取れなくなったショウヤマは叫ぶ。
「ピジョット、こっちへ来い!」
「コラッタ!」
「スピアー!」
ララコットのひっさつまえばと、ビコスのダブルニードルでピジョットを阻害する。
「ピジョっ!?」
ピジョットは戸惑い、うかつに近づけないと思った。
ショウヤマがなおも呼んでいたが、主人でもないショウヤマは正直どうでも良かった。
しかし、シュウハタには逃げろと言われていた。ここは逃がすべきだろうか?
どこまで逃げるべきか、それに迷ったピジョットは、目の前のポケモン二匹をやりすごすため、一旦上に飛び、上空をぐるぐる回ることにした。
ショウヤマは自分のポケモンで戦うより、早くピジョットに乗って逃げたかった。港町まで行きたい。大きな客船で遠くへ逃げて、一刻も早く研究の続きがしたかった。
ショウヤマが庭へ出ると、ピジョットが降りてきたが、ビコスがはかいこうせんを撃ってピジョットにダメージを与えた。
傷を負いながらも、はばたこうとしたピジョットに、ララコットはおいうちをしかける。
「さんがいなくても、そんなに動くものなのか……?」
もちろん、ポケモンに自分で考える力がないわけではない。しかし、通常はトレーナーの指示でもって動くものだ。
ピジョットは動けなくなり、地面に降りた。
ショウヤマは自分のポケモンを出すしかなくなった。それに、ピジョットがいなくては港町まで行くのに大変な時間がかかってしまう。ピジョットはまだ意識を失っていなかったが……。
「オムスター、スピアーにとげキャノン!」
まだはかいこうせんの反動で動けないビコスが狙われた。ララコットはでんこうせっかで動き、ビコスをかばう。
「スピ!?」
「コラッタ……」
何とかよけた二匹は、臨戦態勢を取った。
「どうあっても、ぼくの邪魔をする気か。よーく訓練されているんだな」
皮肉げに笑ったショウヤマは、オムスターの後ろから司令を出す。
「オムスター、コラッタに、みずでっぽう!」
でんこうせっかでよけつつ、コラッタはオムスターに突撃した。硬い殻の方を向けられ、余りダメージを与えられなかった。それどころか、こちらが殻の硬さでダメージを負う。
それを見たビコスは、出ている何本もの足に向かってミサイルばりを撃った。
「オムー!」
オムスターは悲鳴を上げる。
「しっかりしろ、オムスター!」
デオキシスを出さないままでは、負けると感じた。
もしかしたら、が追ってきているかもしれないのに、こんなところでぐずぐずしていられなかった。
しかし、ケガを負っているデオキシスでは役に立たない。
「くそ、ピジョット、ゴッドバードは使えるか!?」
ピジョットは力なく首を振った。
「くっそ、他に何か!」
ショウヤマは焦るが、策は思い浮かばない。
そこへ、最後通告かのような低い声が響く。
「おーいーつーいーたぁあああぁっ!!!」
とピノが庭に入り込んできた。
「ピノ、スピードスター!」
「ヒノーーッ!」
ピノは、が指を指したオムスターにスピードスターを繰り出した。
オムスターは急に現れたピノに攻撃を食らい、一瞬気が遠のいたが、何とか持ちこたえた。
「さて、オムスターが倒れるまで続けますか?」
息を切らしながら、が言った。疲労は感じるが、やる気は衰えていない。ピノも同様だ。
手入れされた庭を荒らすのは気が引けたが、はピノ、ララコット、ビコスを従え、戦闘態勢に入った。
「デオキシス、出てこい!」
ショウヤマはリピートボールからデオキシスを出した。
しかし、デオキシスは何とか意識がある程度で、とても戦える様子ではない。出てきてすぐ、地に伏せる。
数だけなら、ショウヤマはと同等。それでも負けはみえていた。
は、ショウヤマが脇に抱えている白い布に気づく。
「ショウヤマ博士、化石を持っていますね?」
「!」
ぎくり、としたショウヤマは顔に出た。
「まさか、それにも宇宙ウィルスがついているのですか?」
「………さん、余計な詮索はしない方がいい。その方が身のためだ」
「あなたは脅威ではありません。黒スーツの男たちのことですね?」
「そこまで分かっているなら、なおさらだ」
はショウヤマの持つリピートボールに目を留めた。
「リピートボール……。ライオ4が持っているデオキシスは、過去にあなたがゲットしていたのでは?」
「……どうだろうな」
「ライオ2が、シュウハタ博士を裏切り者だと言っていました。サイダ女史は不明ですが、少なくとも、あなたとシュウハタ博士は、黒スーツの男たちの組織と繋がりがあると考えられます」
少し息がしやすくなったは、呼気をコントロールしつつ、額の汗をぬぐった。
「教えて下さい。あなたたちは、何をしようとしているのですか?」
ショウヤマは少し考えた。いや、考えるフリをした。いつも自分に問うてることだった。
「さん、人間が人間を造れば、それはいけないことだよね?」
「そうです。誰が決めたわけではありませんが、大方の人間の共通認識です」
「人間がポケモンを造ることは、禁止されているかな?」
「それは……」
は言いよどんだ。この世界の詳しい法律を知らない。だが、の中の常識と照らし合わせて、答える。
「禁止されている、いないに関わらず、生命を造ることは、タブーだと思います。量産可能になれば、あるいは兵器になり、あるいは増産がコントロール出来ずに人間との共存バランスを崩すことが考えられます」
「そこまで多くつくることは考えてないけど……まあそうだね」
「生命創造は、権力に悪用される可能性が極めて高いものです。ポケモンで成功すれば、人間にも応用を考える人がいるでしょう」
「そうかもね」
「お止めになった方が賢明ですが……もう遅いのですね?」
の言葉に、ショウヤマは苦笑した。
「まだ人間を造ろう、とは言われてないけどね」
はデオキシスを見る。視線がかち合ったので、話しかけようかと思った。しかし、ショウヤマにポケモンの言葉が分かることを知られたくない。
生まれたてと思われるデオキシスに聞いても、有益な情報は得られないだろうと思い直す。
「あなたとサイダ女史は、デオキシスをコピーしたのですか?」
「いや、厳密には違う」
ショウヤマは軽く首を振った。は厳密に近くなるよう言い直す。
「……デオキシスのモト、宇宙ウィルスをコピーしたのですか……」
「そうだよ」
「ポケモンを、生命をコピーとは言い難いですね……」
「そうだろう。この技術はまだ世に出したくない。でも、裁かれるようなことは、何もしてないよ」
にやり、と笑うショウヤマに、は嫌悪感を覚える。
「ライオ4が持っていったのは、宇宙ウィルスのコピーですね。デオキシスを造って、どうするつもりですか?」
「もうやつらには関わらないために、渡しただけだ。やつらがあのコピーからデオキシスを作れる確率は、まあ、五分五分かな。ようは、手切れ金みたいな感じ。どうされようと、知ったこっちゃない」
ショウヤマの口ぶりはシニカルなものだった。ずいぶんと勝手な話だ、と思う。は、手切れ金と言った彼に許し難いものを感じた。
「確かに、今お聞きした話では、現行法であなたたちを裁くことは、出来ないのかもしれません。私は、罪人をつくりたいわけではありませんので、あなたをこれ以上追いかける必要がない……かもしれません」
「かも、じゃないよ。全くない」
「けれど、あなたたちと組織の繋がりは……」
「さん、それ以上は言わない方がいい」
忠告するショウヤマの言葉に真剣味を感じた。黒スーツの男たちの組織は、大きくて危険なものなのだろう。は聞き出し方を変えねばならなかった。
「正義感を気取るつもりはないのです。ただ、ポケモンを使った悪事は、他の大勢のポケモンに影響が及ぶ可能性があります。ライオ4たちが、シロガネ山で大勢のトレーナーやポケモンを襲ったように」
「あれは、きっと、試験体Dの力試しのつもりだったんじゃないかな」
「ええ、彼らはデオキシスのことをそう呼んでいました」
自分の失態に気づいたショウヤマは、口をゆがませた。
が続ける。
「組織とあなたたちの関係は、今は不問にしましょう。きっと警察が暴いてくれます。でも、あなたがここを出ていったあと、まだデオキシスを量産するつもりなら、私はここから逃がしたくありませんね」
「……どちらも譲り合えないなら、力ずくしかないってことか」
「本気で無力化します」
宣言したは、矢継ぎ早に指示を出す。
「ピジョットにスピードスター。デオキシスにひっさつまえば。オムスターにはかいこうせん」
が手持ちのポケモンの名前を呼ばなくても、各自は誰に攻撃したらいいのかが分かっている。主人の期待に反することなく、ピノたちは目標へと攻撃をした。
ピジョットはピノが放ったスピードスターを避けようと逃げたが、ピノは技を放ちつつ、あとを追いかける。懸命な攻撃の結果、ピジョットを撃ち落とした。
はかいこうせんはオムスターにヒットし、オムスターは倒れる。
デオキシスもララコットのひっさつまえばで気を失ってしまう。
「……使うポケモンの名前を呼ばないのは、時間のロスが少なくていいね。あと、相手にすぐどのポケモンから攻撃されるのか判断を遅らせるのに効果的だ」
本当に無力化されたポケモンたちを見ながら、ショウヤマは苦し紛れの分析を口にした。
「ショウヤマ博士、もう、逃げることは諦めて下さい」
は諭すように言った。そこへ、存在を忘れていた人物が入ってくる。
「ヨウジくん? さん? なあに、ポケモンバトルをしているの?」
ミキヒコの母・ミキエがショウヤマの後ろに現れた。
の脳は、このあとの最悪の展開を予想する。
「シュウハタさん、私のところまで走ってきて下さい!」
「……いや、ぼくについてきてもらおうかな?」
シュウハタもと同じことを考えた。
「ミキエさん、ぼくと一緒に港まで行って下さい」
「え?」
驚きの声を発するシュウハタ・ミキエをはがいじめにして、シュウハタはに向かって叫ぶ。
「そこをどけ!」
「手ぶらの人が何を言っているのですか」
は冷たい声で告げる。
「さっき言いましたよね? 本気で無力化する、と」
シュウハタにはそう言ったが軽くワンステップを踏んだかに見えた。しかし、驚きの速さで彼女が近づき、自分に迫るのを見て目を見開く。後ろへ下がろうとした時には、もうに腕をつかまれ、横腹にひざ蹴りを入れられた。
「ぐあぁっ」
痛みでミキエを捕まえていた手がゆるむ。はその隙を見逃さず、ミキエを救い自分の背にかばった。
「おまけ」
はそのまま痛みにうずくまるシュウハタに、かかと落としをお見舞いした。
「きゃっ」
ミキエが痛そうな声をあげるが、は構わず、彼女の腕を取って、シュウハタと距離を取る。
「すみません、研究所にロープはありますか?」
「え? ……ええ、物置に確かあるはず。まさか、ヨウジくんを……?」
「はい、ショウヤマ博士に逃げられては困りますので」
「逃げられては……って、ヨウジくんは何をしたの? ミキヒコがいないことと、今起きていることは関係があるの?」
「関係があります。巻き込んでしまったのに申し訳ないですが、説明はあとにさせて下さい。ロープを持ってきていただけますか? ララコット、ついていってさしあげて」
有無を言わさぬ調子のに面食らいつつも、ミキエはロープを取りに行った。言われた通り、ララコットはミキエの後ろについていく。
苦しげな声を上げつつ、ショウヤマがあおむけになる。
はモンスターボールからサバラスを出した。三匹のポケモンでショウヤマを包囲させる。
ぱっと気をサーチしたところ、シゲルとシュウハタ・ミキヒコが近づいているのが分かった。島の中にはもうサイダ老博士たちはいないようだ。定期便のクルーザーに乗っていったのだろう。
は、ショウヤマが落とした白衣を広げる。そこには、化石が入っていた。
これに、デオキシスの元となる宇宙ウィルスがついているのだろう。
アクリルケースを拾い上げ、放すまいと両手に力をこめた。
シュウハタやショウヤマがここの研究所でまだ宇宙ウィルスを量産しているかもしれない。あとで研究所内も調べなければならなかった。
ショウヤマににらまれつつ、は無表情のまま彼を見返す。
「ぼくが捕まっても、まだミキヒコくんやミズキさんがいる。研究は終わらないよ」
「二人とも私が捕まえます」
「……伝説のポケモンを創造出来ることの素晴らしさを、キミは理解出来ないだろうね」
「ええ、出来ません。人を傷つけてまで、悪人と手を組んでまでしたいほどのものなど、理解しようとも思いません。ポケモン研究とは、人とポケモンを繋ぐものです。命をもてあそぶような真似をすることではないはずです」
「正論だけどね……」
「あなたのお話に興味はありません」
「クールだなあ」
ショウヤマは心底思った。
「さん、ロープを持ってきたわ」
「ありがとうございます」
ミキエが小走りにやってきた。はロープでショウヤマをしばりあげる。
「ヨウジくん、どうして……」
「ミキエさん、すみません。でも、ぼくには使命があるんです」
「使命?」
「ぼくはこの手で生み出さなければならない」
ショウヤマは後ろ手にされている自分の手のひらをにぎった。
「生み出し続けなければならない。……デオキシスを」
デオキシスにこだわる理由を疑問に思いながらも、は聞かずにシゲルたちの到着を待つことにした。
ふと、緊張していた四肢が少し強ばりをなくす。
空が青く高い。
今はどうでもいいことに気をそらしている場合ではないが、空の青さに、なぜか彼女は少しだけ泣きたくなった。先ほどサイダ研究所で出会ったデオキシスのオレンジのボディが、青空に映えていたことを思い出したからだ。かぶりを振ってその気持ちを打ち消す。
胸の水晶体が青い、倒れているデオキシスに目を向けた。
この事件に関わる以上、いのち、生命体に関して目を背けられない事態になっていくだろうと、予測した。
はデオキシスの側に寄り頭をなでる。
「もう倒れかけていたのに、ごめんね……」
ポケモンセンターへ連れて行ってあげたかったが、すぐには出来ない。
「シュウハタさん、お願いばかりで申し訳ありませんが、ポケモン用のきずぐすりはありますか?」
「ええ、常備があるわ。持ってきますね」
「ありがとうございます」
はショウヤマへと近づき、ジャージの上着ポケットからリピートボールを出した。
「これは私が預かります」
「……好きにするといい」
「それから」
「……?」
言葉を句切って、少しためらいを見せたに、ショウヤマは疑問を持った。
「すみません、殿方に触りますが、これはセクハラではありませんので……」
ショウヤマのジャージズボンのポケットがわずかに膨らんでいるのを見逃さなかったは、ポケットに手を入れる。
「止めろ!」
ショウヤマの叫びを無視し、はポケットからUSBメモリーを取り出した。
「これは、サイダ研究所から持ち出したものですね?」
沈黙を肯定と受け取り、は軽く息をはく。
そこへ、シゲルとシュウハタ・ミキヒコが到着した。
「さん!」
「シゲルくん、無事?」
「ぼくは大丈夫です! さんは!?」
「私も大丈夫」
にっこり笑ってみせたの横をシュウハタ博士が走り抜けた。
「ヨウジくん!」
「ははは……。せっかくキミが逃がしてくれたのに、この有様だよ」
ショウヤマは顔を引きつらせた。
「そんな……」
「化石もUSBのデータもさんの手の中さ」
「……でも、まだやり直せるよ」
「うん、どこででも、やり直せる」
二人の会話に不穏なものを感じ取ったは、シゲルから視線を外し、博士たちを見た。二人は、まだ諦めた顔をしていなかった。
「キミが来てくれて良かったよ、ミキヒコくん」
「ミズキさんの安否は分からないけど、いつか合流しよう」
「そうだね。彼女の無事を祈ろう」
「何を言っているのですか?」
シゲルが割って入るが、博士たちはシゲルの声を無視した。
シュウハタ博士は、白衣の下からクイックボールを取り出す。
あわててシゲルはブラッキーたちに指示を出そうとしたが、それより早くが動いた。
シュウハタ博士に肉薄しただったが、間に合わずクイックボールから赤い光が出るのを防げなかった。
「そんな!」
シゲルの悲痛な叫びを聞きながら、は無言で目を見開く。
青空に映えるオレンジのボディ。長く伸びたオレンジとグリーンの腕。光る胸の水晶体は、紫。
の知る限り、三体目となるデオキシスが空に悠然と浮かんでいた。
命、とは。
ポケモン、とは。
人の手により生まれた生命体は。
生んだ者の手により縛られて生きていくのだろうか。
デオキシスの目に闘気を感じたは、自然とまた体に緊張を走らせねばならなかった。
**2018/02/23 up
実はこれ、2017/03/02くらいには書き終えていたものでした。それを加筆修正しました。
16話が完成したらアップしようと思いつつ、そう思ってはいたのですが、それが出来ないままサイトの周年記念日を迎えてしまい……(過ぎています)。
情けない気持ちでいっぱいです。すみません。
16話の概要は決まっていますので、予定通りであれば、次回サイダ島が終わり、ホウエンへ渡れるかな?渡れないかな??という感じです。
次はいつ書き上がるか分かりませんが、ふと思い出したときにでも、サイトを覗いてやって下さいませ。