ドリーム小説

第壱話/名前付けてよ





 あたしが目を覚ましたのは、頬に当たる冷たさが原因だった。
 岩肌が目の前にあり、手を付き起き上がると、体全体が冷え切っていることに気付き舌打ちする。
 今度は何処だ?
 明るい日射し注ぐ森の中…。
 それ以外に得られる情報はなかった。
 知った世界ではないだろうと思いつつも、いつものように、まずは知り合いでも居ないかと気をサーチする。
 気とは、チャクラなどとも呼ばれる人体を含めた有機物に存在するものだ。
 「…ッ」
 嘘だろ、と続く言葉を敢えて飲み込んだあたしは、立ち上がるも視界が黒ずみ頭がぐわんぐわん音を立てる所為でしゃがんでしまった。
 異常に耐えながら、信じられない人物の気を探ることを止めた。
 現在地からかなり離れたところに、あたしが居る。
 冗談でなく、もう一人のあたしだろう。
 こんな展開は初めてだったが、信じられない気持ち二割、そんな事もあるさと投げやり諦めに認める気持ち八割で構成された思考で「この世界のあたし」に会うべきかを検討する。
 今居るところを東京に例えるなら「この世界のあたし」が居るのは、直線距離にしたら山口県あたりになるだろうか。
 正し、方角としては東西南北区別がつかない状態なので、あたしは太陽を見つけようと決めた。北極星のようなものもある世界だろうか。
 太陽が西から昇る世界だったらどうしよう、と心配になる。
 なにぶん、訪れる世界によっては、日本の平成の世を生きるあたしの常識は、世界の非常識だったりすることがあったから。
 さて、あたしは毎度の事ながら好き勝手に人様を見知らぬ世界へ放り込む、それこそ非常識な白髪頭の男を目一杯恨み、ゆっくりと立ち上がった。
 今度は、しっかりと立てた。あたしの足だ。
 思考も正常、あたしの頭。強制催眠を掛けられた痕跡はない模様。
 前に居た世界、覚えている。大丈夫。
 ゆっくり長く息を吐き、歩き出した。あたしに会おう、そう決めて。
 まずは、人気のある方へ歩を進める。少しでもこの世界の情報を知ってから、遠出をしたい。食料なども買い揃えたいが、現地通貨を手に入れるため、貴金属と現金を交換するシステムがあるかも知らなければいけなかった。
 ロクに通貨制度も成り立っていないほどの文明であったら、大変困ったことになる。
 あたしは一通りのアウトドアを楽しむための方法は覚えているが―…。
 いや、正しくは野戦サバイバルを生き抜く方法を叩き込まれてはいるのだが、何故か現状に心がざわつく。
 自分がもう一人居る、という認識の所為か、嫌な予感がじんわりと五感を攻める。
 これは、このまま人と会わない方が良い、という事だろうか。
 それとも、もっと別の何か? 例えば、もう一人のあたし自身が予感の元?
 考えを巡らせていると、唐突に銃声が聞こえた。三発。遅れて野鳥の声がした。
 近いが、関わるべきか迷う。銃のある文明、ということは判った。大体の文明レベルも計算し、少し様子を見てみようと思う。
 自然と気配を殺し、足音も消す。人の気配は五人分。銃から想像するに、まずは山賊の類、猟師、戦争中の少数精鋭部隊等々…。可能性は幾つも思い浮かぶが、穏やかな感じがしない。殺気が周囲に充満している。
 ああ、一人が死んだ。
 残りの三人が一人を追い掛ける構図。そして間もなく、また一人、死。
 目の前の茂みを出れば、鉢合わせるだろう距離。
 待とう。
 もし、あたしの居る方へ来たら、その時は縁あってのこと。追われている一人を助けるか、捕まえるか、気にせず先へ進むか…。
 どれでも良い。
 あたしは、あたしにとって必要な最善を選べるだろう。きっと。
 足音が近い、銃声が間近で木霊する、荒い息と罵声も聞こえる。
 さあ、どうなる?
 茂みが音を立てた。音と一緒に金属音が幾つか。
 先に見えたのは、手の先の小さな拳銃。息切れの声と一緒に、小さな身体と錫杖。
 そして、金の髪―……!
 美しい金髪、と思える髪は何度も見てきたが、明るい日差しの元、更に映える黄金色。
 少年、といって差し支えない容貌に驚きはしたが、少年が発砲している、という現状を幾つか推理する。
 着物、否、袈裟を着ている金髪の少年?
 駄目だ、想像だけでは補えない。
 少年があたしに気づき、驚きの表情になった。しかし、すぐさまあたしへと銃口が向けられる。
 うん、悪くない反応速度だ。
 「少年、何してるの、銃なんて持って」
 あたしの声は我知らず低く冷たくなり、感情は大して籠もらぬ調子になっていた。
 警戒したのか、と自己分析。
 「……あんたに関係ない」
 少年はそう吐き捨て、舌打ちし、あたしを避けて左へ折れた。
 あたしは一考し、そのまま膝を落とし、両手を地面に付く。白いワンピースが汚れてしまうだろうが、少しは我慢することにした。
 七、六、五、と心の中でカウントダウンし、ちょうど零で二人の男が茂みより顔を出した。
 悪人面。
 見た目で人を判断してはいけません、と教わったからでなく、本当に経験としてそれを知っているだけにこちらが悪い、とは思えないが、どうにも嫌な感じはこの二人が原因だと直感した。
 あたしにも、危害が及びかねない、という意味で。
 そんな事を考えているとは、恐らく露ほども思わず、二人は涙を浮かべながら驚き仰ぎ見る女を見ることになる。
 二人の動きが止まった。うむ、上出来。
 ココはあたしから話しかけてはいけない。眉の辺りに怯えた色を出し、少し上げた手先が震える演技。片方の男が一歩踏み出せば、震えた手を大きくびくりと揺らし、そのまま口元へ当てて鋭く息を呑んだ。
 細かく震える演技を続けながら、男たちの疑問の声を待つ。
 「な、何してるんだ、女がこんな山の中で。お、お前一人か?」
 「………は、はい」
 「そんな軽装で、この山に…。おい、おかしいぞこいつ」
 ちっ、うるせーよ。あたしだって好きでこんなところに居るんじゃねーっつーの。そうか、きっとここは山の低いところじゃないんだな。
 そんなに険しい山のイメージは今は見えてこない風景だが、そこそこの規模の大きさがあるのだろう。
 「あ、あの、先程銃を持った少年が、わ、わたしの方へ銃を向けたので、それで驚いてこんな失態を…。ごめんなさい」
 ゆっくりと立ち上がって場を離れようとしたが、少年を追い掛けるよりもあたしの方に興味を示したらしく、始めに喋った男が動く。手持ちの長い棒で行く手を阻みやがった。
 バーバリアン。
 あー、やべ。イラッイラしてきた。
 どこの世界にも居やがるんだよな、こーゆー心底性根の腐りきった野郎が。
 まだあたしを疑った奴の方が少しだけはマシかも知れない。
 おなご的特権のようなものとして、この演技をする時には、こんな話の流れになることは覚悟の上でもあるのだが。
 あたしも悪意あっての所業なので、責任を問われればマイクロ単位で認めないこともない。
 男は棒であたしを威嚇しつつ、後ろへと追いやっていく。あたしは声なきまま、怯えるフリをした。
 男の視線が気に入らない。あたしを怪しい者として排除する訳じゃないことは、発する雰囲気と舐め回されるようなねっとりとした視線で判る―…ていうか、足下から頭てっぺんまで値踏みするように往復してるし、実際。
 目ん玉くりぬいてやりたい。
 「おい、遊んでる場合じゃないだろう」
 連れが軽い声で制止するが、あたしに迫る男は返事を返さない。
 「ああ、もう、俺だけでも行くからな!」
 当初の目的を忘れた男に愛想を尽かせ、もう一人の男はあたしに尋ねた。
 「小僧はどっちへ行った!?」
 あたしは、震えの増した手で少年が走っていった方を指す。超正直に。
 男は疑いもせずにそちらへ走った。
 さて。
 「あ、あの、貴男は行かなくても良いのですか?」
 「いい」
 「あのっ、こんな良いお天気の日に、どうして子供を追い掛けていたのですか? 鬼ごっこにしては、銃や棒は物騒かな、と思うのですが」
 「関係ない」
 「そうですけど、もしあの子が犯罪者であるなら、大人に追い掛けられ、山まで逃げてきた、とか想像出来るのですけれど…」
 男は最早理性が飛んでるんじゃないか、という感じだ。どうしよう、目が異常に血走っている。
 こうしよう、得意の蹴りでまずは腹へ一蹴り。これ以上は無意味だ。
 あ、しまった。加減上手く出来なかった、っつーより元からあんましする気もなかったけど。男は一撃で失神した。
 残念なことに、こいつからは大した情報は得られなかった。少年の方も追い掛けられるだけの理由があるのだろうが、ここはもー、あたしは大人の方を敵と見なそう。
 ワンピースの裾の土を払い、あたしは全速力で少年と男を追い掛けた。
 森の中で尚且つワンピースという動きにくいことこの上ない衣裳だが、あたしにはなんてことない。
 男の罵声が聞こえた。子供とはいえ、銃を持った相手に棒切れだけで立ち向かうほど捕まえたい相手なのだろうか。まだ武器を隠し持っていれば、仲間と思われる人が二人殺された時点で使っているはず。
 一応警戒はするが、男のことよりもこれ以上少年に人殺しをさせたくなかった。何とか止めたい。男達が盗賊にも見えたので、少年は身ぐるみ剥がれるところなのかも知れないし。
 少年がよっぽどの凶悪犯でない限り、こーゆー男たちが追っ掛け回してんのを見過ごすのは、ちょっぴし後味悪い感じ。
 だったら、少年の行く先は間違った方を教えたら良かったのに、とお思いの方が多いだろうし、あたしもそう思う。けれど、それには訳が―…。
 などと考えているうちに、銃弾が飛んできた。
 男の背中が見えた時、再度発砲する少年。銃弾は男の左腿を撃ち抜いた。
 追っ掛けて来たあたしに驚く少年だったが、またも良い反応を見せ、あたしに銃口を向ける。
 あたしは気にせず男の前に立った。
 少年が発砲する時は、あたしの背を撃つことになる。
 男は血を流しながらも、動こうと懸命だ。連れの男のことなど聞きもしない。痛みの所為か低い唸り声を発しつつ、あたしを睨んでいる。
 あたしが男に、子供が何かしたの? と問おうと、子供…と言った時、少年の声が邪魔をした。
 「おい女、邪魔だ。退かないとお前ごと撃つぞ」
 ……わあ。
 どっちが悪役だか判りゃしねえええええええ!
 心中毒づきながら、あたしは少年を無視した。
 「子供が何かしたのですか? 大人が武装せずに拳銃持った子供を追い回すなんて、おかしいわ。それも、袈裟を着たお坊さんをですよ? そしてその子供は、格好に似合わず拳銃を撃ちまくり…。尋常じゃないわね」
 何か、こーゆー粋がってそうなガキって、ガキ扱いされるの嫌いだろーから、少年呼びから子供に変えてみた。効果のほどは余り期待していないが、まあいいだろう。
 「…そのガキが、寺から経文を盗んだ」
 「何を抜かしやがる! これは元から俺のモンだ! お前らごときが持っていたって、どうせ売っ払うことしか考えねえだろうがッ」
 男の台詞には、少年が即座に真っ向から反論した。
 「経文は俺が正式に師から受け継いだ物だ。代々の三蔵しか持つことが許されない物を、何故ただのチンピラに渡さなきゃなんねえんだ!?」
 さんぞう?
 あれ、スッゴク聞き覚えがあるぞ?
 しず●ちゃんのあれだよね?
 本当はおっさん、もとい、お・じ・さ・ま(はぁと)がデルモな訳ですが、ド●えもん映画で本物の三蔵様が出てきていても、あたしの頭の中じゃ数年間、三蔵は女的なイメェジが定着していたとゆー、恐ろしい記憶も甦ったり。
 ええー、ちょっとちょっと、今度はこんな若い子が三蔵?
 キーワードが、黒袈裟・金髪・拳銃・少年って、ありえなくね?
 二次元的には新鮮っつーか、奇抜だし、提示されれば良いアイディアだなって思えるけど、これ現実じゃん? 三次元じゃん? つか、今の自分が何処の次元の何と謂う世界に居るのかも定かじゃないけどさ?
 ありえちゃ不味くね?
 めっちゃ殺生してるしな! まあ、これは命に関わることだから仕方なしにしても。
 あたしが、ギギギ、と油差してない錆び付いた機械のような感じで後ろを振り向くと、少年は目一杯怪訝そうな顔をした。
 あたしも負けず劣らず怪訝そうな表情ですよ。
 だって、聞いたことが信じられなくて根!
 「ま、まあ、何となく、私は、目の前の男を倒そうと思います」
 ちょっと棒読みチックになってしまったのは仕方ない、と自分に言い聞かせつつ、ゆっくりと男へ顔を向ける。
 男は過敏に反応し、痛む足を庇いもせず、あたしに向かって走り出した。
 いやあ、遅い。
 あたしは難なく避けて、男の脇腹へ一蹴り入れた。呻き声も気にせず、そのまま踵を高く上げ、振り下ろす。男はろくな悲鳴も上げられず、気絶した。
 何を言おうか迷いながら、あたしは少年へと向き直る。
 あのままスタコラ逃げるようなことはせず、銃口もピタリとあたしに合わせたままで、少年は笠から覗く紫色の瞳を細めてこちらを見ていた。
 パープル・アイ。
 昔読んだ本のおかげで紫大好き人間だが、そのことを横っちょに置いておいても、綺麗な色の瞳だと思えた。
 「貴男、三蔵法師なの?」
 「だったら何だ?」
 「ただの興味。お供が居たら、会ってみたいなあ、っていう程度」
 何のことだが判らない、という視線を受け、あたしは肩を竦めて見せた。
 昔から、悟空も大好き人間なんです。
 三蔵というのが本当で、少なくともあたしの知る「三蔵」の役割を担っているのなら、この子の近くで行動をした方が良いかも知れない。
 ミステリィの犯人当てセオリーではないが、始めに会う人物は、今までのパターンからしたら間違いなくこの物語を解決し、あたしが現代へ帰るためのキーパーソンとみるべき。
 「ねえ、あたしを雇わない? 護衛で天竺でも宇宙でも天界でも、そうね、地球のヘソにだって付いていくわ」
 「必要ない」
 にべもなく断られたが、あたしは構わず続けた。
 「名前付けてよ。そうしたら、私はエンディングまで貴男を護ると誓います」
 少年は、呆れた顔をして撃鉄を下ろした。
 「意味が判らねえ。何なんだ、あんた。あんたの方こそ、色々尋常じゃないだろ」
 まあ、確かに。
 「私、することなくて困っているの。目的が出来たから、貴男の手助けをさせて?」
 「要らないって言っただろ」
 「でも、私は強いわよ? きっと、貴男の役に立つわ。あんな男達に苦戦しなくてもよくなる」
 少年はあたしを睨め付けた。
 苦戦、と言われたのが癇に障ったのだろう。でも、ね。
 あしたは、右肩と右足首を無言でで指さした。怪我をしている。それくらいは、判る。
 苦戦とまではいかなかったかもしれないが、怪我が多いのはこれからにとっても良くはないだろう。
 経文、をキーワードに狙われるんじゃない?
 「それに、力があれば、人を殺すことも、避けることが出来るようになると思うけど?」
 少年の目が見開かれる。
 少年は殺人鬼には見えなかった。
 経文を護るため、命を護るため、やむなく、犯した罪だろう。
 どこの世界でも、人が人を殺すことが罪ではない、というのは、きっと、太陽が西から昇るという現象より非常識に違いない。
 避けられないことだって、ある。
 殺さずにいられたら、どれだけ楽か知れない。
 人も、人外のものも、すべて。
 いのち、なのだから、それだけで。
 魔物、妖怪、悪魔、悪霊、魔族…。
 時に人よりも心痛めずに葬ることが出来るものたち。
 時に人よりも、心苦しくなっても戦わなくてはいけなかったものたち。
 時が、国が、誰が許すと言ってくれても、私の罪に変わりない過去。
 背負うものは、軽い方がきっと良い。
 「だから少年、私と一緒に行こう!」
 少年はじっとあたしを見たまま沈黙を守った。
 あたしはこの沈黙を破りたかったが、これ以上適当な言葉がなかったので、笑った。
 適当な言葉よりは、この方が好きだ。
 やがて、少年はぽつりと言った。
 「…俺は玄奘三蔵だ。山の麓の村までなら、一緒に行ってやる」
 「ありがとう」
 少年、可愛いなあ。行ってやる、なんて、えっらそーでも、何だか許せてしまう。
 まずは、一緒の第一歩。
 「宜しく、げんじょーくん?」
 あたしは彼に合わせて、左手を差し出した。









**玄奘くん、とヒロインさんは呼びますが、きっと皆さま聞き慣れないカンジにゴワゴワ来てると思います。
 そのゴワゴワから慣れになる頃に終わりたいなあ…。
 もう終わる話? という感じですが、このシリーズも一応タイトルと話数だけは決まっているので、割とさよならは早いかな、と思って今改めて話数数えたらさんぢうわもある…!!!
 そういえばそうだった!
 「交換日記の勧誘ですぅ」だとか、「この蜘蛛男め!!」だとか、「これってドメスティック・バイオレンスー!?」っつー変態取るもとい、変タイトルの多い若玄奘との物語、お付き合いいただければ幸いです。
 あ、次からは三人称になります。

*2008/06/15up


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