ドリーム小説

第弐話/げんじょーくんへ





 「村って、ここ?」
 女の沈んだ声に対し、玄奘三蔵は頷きもせず返事もせず、村の中に入る。
 置いて行かれた女は、構わずにきょろきょろと周りを観察していた。崩壊した体の建築物は古いものが多かった。地震ではないと思われる。焼け焦げた跡も生々しく残っており、村全体に漂う雰囲気は、彼女が時折目にしてきた破壊や略奪のものに似ていた。
 人は少ない。女子供はもっと少なかった。
 露天がちらほらと出てはいたが、余り目も引くものは置かれてない。食料や衣類が多かったけれど、生活の豊かさは感じられなかった。
 昨日の奴らが関わっていた―…。そう考えるのは早計だと思いつつも、女は少しでも情報がないか耳を澄まして住人の少ない会話を拾い、目を通して視るものは片っ端から脳に記録する。
 これで最終的に情報の大半を忘れることになっても、脳の引き出しに入ったものは何とか取り出せるだろう。二、三日しか持たないのが通例なので、余り記憶力が良いとは言いえない。
 集中し続けると糖分が欲しくて我慢が利かなくなるのも難点だった。
 三蔵の後を追い、辿り着いたのは、村の果て。
 「え、この村素通り?」
 「俺はな。あんたは好きにすればいい」
 成程、確かに村までは一緒、と言った彼の台詞に相違ない。
 「どうしてこんな惨状になったか、君、知ってる?」
 「妖怪の襲撃に遭ったらしい」
 「よーかい…」
 山の男二人組は、少なくとも人間だった。断言出来る。
 「そう、この世界には、妖怪が居るのね。ヒトでない気も確かに感じ取れていたけれど、ここでも妖怪は人間を襲う者たちなのか…」
 三蔵は耳を疑い、振り返った。
 「ああ、私はね、この世界の人間じゃないのよ。…多分」
 多分、と付け加えたのは、忘れてはいない、遠方に居るもう一人の自分を考慮してのことだった。
 「早めに話しておいた方が良さそう、かも。この村を出るなら、他に落ち着けるところはないかしら?」
 宿も取れなさそうなこの村を通過したいという気持ちはある。手持ちの貴金属も換金できないだろうから、他の村を、出来れば大きな街に行きたかった。
 「ないな。明日の夕方まで歩き続けても、寂れた寺に行き着くだけだ」
 「お寺、ねえ」
 「女人禁制のな」
 「ああ、問題ないよ。私、割と男装には自信があるの。義理の姉にね、姉好みの紳士として育て! と言われ続けてきたから」
 「どんな姉だ…」
 三蔵の呟きに苦笑いを返し、女は人が居ないところへ行こう、と誘った。
 村を出てから十分ほど歩いた先で、二人は小川を見つけた。女は周囲に人が居ないことを確認し、木陰にしゃがみ込んだ。
 「私はずっと、ある男と戦っているの。私の前世に因縁があるらしくて、既に別もの、別人の私へ執拗なまでの嫌がらせを繰り返し続けている。奴は空間転移、次元渡りという能力を持っていて、いえ、本当はきっともっと別の能力もあると思う―…、とにかく、特殊能力で私を別世界へ置き去りにするの」
 三蔵は立ったまま聞いていた。相槌は打たない。
 「意味は判らない。私が困っているのを高見の見物決め込んで楽しんでいるのだろうとは思うけれど、でも確実に言えることは、私はどんどん強くなっているということ。他の世界の力、知識を蓄えている。実際に対抗出来るかは自信がないけれど、男の能力も封じることが出来るかも知れない、というところまでになったわ」
 何度も男に話しかけてみたが無駄だった。あちらから応えることは一切無かった。勿論、死んだらお終いという危機にだって、姿を現したこともない。
 本当は、視られているのかも怪しい。
 視られていない方が良い、と心底思う。では何故、と男が干渉してくる理由で主だったものがなくなる。ストーカーのように終始見張っているのでなければ、一体何が目的になるのか。
 彼女が得たものは、強さだった。失ったものは、出会った人たちだった。
 大好きな人たちに会うことは、恐らくもうないだろう。
 自分が男と同様の力を手に入れない限りは。
 そう、大好きな義姉たちに会うことはもう二度と。
 男とは今までに数度話したことがあった。姿も見た。戦いを挑んだが、相手にされなかった。
 「この世界で私が目覚めたのは、君と会ったあの山よ。そして、私は、私がもう一人この世界に存在していることを知ったの」
 女は自分の能力を手短に話した。
 「私がこの世界から元の世界へ戻るためには、あいつが課した試練を乗り越えること。あいつが言ったことでなくても、何かしら起こる問題を解決する。それは一つか二つか判らない。半年かかるか一年か、もっとか―…。でも、私は、自分の世界に、家に帰りたい。あの男に負けたくない。私の普通の生活を取り戻したいのよ」
 力の籠もる声に、三蔵は片目を細めた。
 「俺に付いてきても、解決しないんじゃないか?」
 「かもね。でも、今までのパターンから考えて、その世界で一番始めに会う人って、けっこお縁があるのよね。つか、もーほぼ百パーハズレなし?」
 「もう一人のあんたに会わなくて良いのか?」
 「うん、止めとく。自分からは行かない。玄奘君が行くなら行く」
 ニッと笑った女は、三蔵の不機嫌そうな溜息を聞くことになるが、構わず彼を見上げた。
 「……確かに、あんたは強そうだが、今は人と居たくない。群れるのは嫌いなタチなんでね。それに、俺の旅の敵は人間だけじゃない」
 「妖怪? 平気よ。慣れているわ。問題なし。魔族とだって、ドラゴンとだって戦えるもの」
 三蔵はこめかみに違和感を感じながら、効果的な断り文句を考えていた。
 この得体の知れない女は、どうあっても自分に付いてくる気なのだ。悪人には見えなかったが、やはり人と一緒に居たくないという思いが頭をもたげる。
 独りでないといけない気がした。
 師の背中を思い出す。
 この女は三蔵を護るという。彼と殆ど変わらない大きさの身体で。
 三蔵は成長期だから、そのうち体格なんて三蔵の方が大きくなるだろう。
 護るのも、護られるのも、もう沢山だ。
 血を浴びるのは、自分だけで良い。
 血を流すのも、自分だけで良い。
 この旅は生半可なものではないし、三蔵だけで解決しなければならないという思いが強いかった。
 「玄奘君、お試しに一週間一緒にいてみない? 私、きっと役に立つから。ねッ!」
 「断る」
 三蔵はにべもなく、即答で言い切った。
 「そう言わないで! 私を助けると思って! ただ付いてくだけなんだから、お願い!」
 「他を当たってくれ。俺の旅に他の人間は必要ない」
 「でも例えばね? こうやって話している間にも、敵が近づいてるとするじゃない?」
 「…何?」
 三蔵は辺りを見回したが、人の気配らしきものは感じなかった。常人よりは気配を探るのになれているのだが…。
 「嘘じゃねえだろうな?」
 「嘘違う。…ああああああ、そうか、コレも言っとかなきゃだ」
 「は?」
 「…私が言ってた例の男がね? 異世界の住人に時々変な入れ知恵したり力貸したりしてさ、私の邪魔をする訳よ…。そういう奴らの場合は、手強いかも?」
 「……おい、それのどこがただ付いてくだけなんだ!?」
 「あは。ごめーん! でも、引き寄せた責任は取りますよん。つか、相手は妖怪ってことしか、今んとこ不明な訳です、がッ!!!」
 女は自分の真後ろに向かって強風を放った。その風は、背後に生まれていた黒い光を四散させる。
 三蔵には竜巻のようなものに見えたが、木々が切り倒されていく様を見て、かまいたちを連想した。
 切り倒された木と、風で抉られた地面や舞い散る木の葉。
 そして、四人の人型。否、切り裂かれた、妖怪…。
 玄奘は間近に寄って女の攻撃手口を見ようとした。あの近距離とはいえ、たったの一撃でこれほどの破壊力を行使するとは、驚いた。
 確かに、強い。想像していたよりも―…。
 妖怪たちは絶命していた。それを確認すると、女を見る。三蔵の眼差しは、今までのように興味のないものへ向ける鋭い冷たさが消えていた。
 「はーい、そして後続の方々ー。この子に何の用事か教えて貰いましょうかー?」
 殺気が二人を刺すように向けられている。三蔵にだって、それはもう感じ取れていた。銃を握り、相手の出方を待つ。
 「ねえ、玄奘君、ここは私に任せてくれない?」
 女はにっこり微笑んで、三蔵の返事も聞かずに襲い来る妖怪たちへと歩いていった。
 後はもう女の独壇場といってよく、破壊音と悲鳴と飛び散る血が不協和音を鳴らす。正し、先ほどと違うのは、今度は死者が一人も居ないことだった。
 大袈裟な爆発音が上がっても、腕の吹き飛ぶ者がいても、三蔵の見る限り誰も死んでいない。
 妖怪の一人は恐怖に駆られ、女に目的を話した。
 ―…玄奘三蔵より、経文を奪い取ること。
 首謀者の名前は知らないらしく、女は三蔵を連れてその場を去った。



 二人は一週間一緒に過ごした。
 その間には、妖怪の集団に二度、山賊に一度狙われた。妖怪の目的は経文の奪取。そして、三蔵の肉を食べることと云った者もいた。食べると寿命が延びるらしい。
 「…何で、そんなグロテスクな幻想がまかり通るんだろうね?」
 それが女の感想だった。
 三蔵は、知るか、の一言で切り捨てた。
 七日目の夜、女はこれからのことについて切り出し、再度一緒に旅をすることを希望した。
 所は大きな街の小さな宿。シングルを二部屋取ったが、三蔵の部屋に女が押し掛けていた。テーブルを挟み向かい合う三蔵へ身を乗り出し、勧誘を続ける。
 「絶対に一人は危ないって! 一週間でこの調子だと、いつ命落としても不思議じゃないでしょ?」
 「妖怪相手なら、俺は大人数相手でも戦う方法がある。人間は…、体術と拳銃でどうにかなるさ」
 あくまでも一人で居ようとする三蔵に、女が切れた。
 「お黙り、このお子ちゃま! 何で一人で旅装してドコに行こうとしているのかも教えてくんないけど、目的を達するにはまず生きていなくちゃいけないでしょ!? 命さえあればいいってモンでもないしね! 余計なお世話だろうが何だろうが、こーして出会った以上私の利害もある以上、君を放ってはおけないのよッ!」
 椅子から立ち上がって息巻く女は、さらりと利己的な言葉を交えつつ、三蔵を睨んだ。
 彼は言葉を返さず、じっと女の目を見ていた。
 女はその視線に負けず、更に言葉を募らせた。
 「何があってこうなってるのか知らないけれど、貴男、生きるために死にそうだもの」
 三蔵は、女の言っている意味がすぐには判らなかった。
 女はそれ以上のことは言わず、座った。三蔵を見る眼差しの力は和らいでいたが、決して意見を譲らない意志の固さは残っている。
 「………あんたに従う訳じゃないが、確かに俺は生き延びなきゃならねえ。もう少し力が付くまで、あんたの力に世話になる」
 三蔵の言葉に、女は軽く息を弾ませた。
 「あはは、やったあ! よーかったぁ!」
 肩の力を抜いた女は、椅子の背凭れに音がするくらい力を掛ける。
 「ああ、ホント良かったよう! 宜しくね、玄奘君!」
 「…宜しく」
 「うんッ!」
 満面の笑みで応えた女は、ぱっと表情を変えて口を窄めた。
 「げんじょーくんへ。ええっとぉ、…拝啓、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。さて、先日のことを覚えていらっしゃいますでしょうか。件の名前付けてよ、のお話ですが、わたくしの名前はお決まりでございますか?」
 手紙風に言ってみながら、時候の挨拶を省いたこところで一体今は何月なのだろうと女は思った。取り敢えずそれは口にしないで、三蔵の反応を待つ。
 三蔵は半眼で女を睨み、口を開いた。
 「名乗れよ」
 「や、家の宗教的理由で本名は名乗れないのです。幼名みたいなのやミドルネーム的なものは大変気に入らないものなので、そっちは教えたくないんですよ。この時代に唐でも有名な日本人って卑弥呼かな? 出来れば現地に合った名前だと嬉しいなーと思いつつ、参考までにミ●ー・マウスとか呼んでくれると感激するけど、諸々の方への申し訳なさに耐えられそうにないので何か良いの付けて下さい」
 三蔵は嘘くささも嗅ぎ取りながら、諱や字のことを思い暫く考え込む。
 「…それでも、お前の名前だろう。嫌だろうが、それには意味があるんじゃねえのか?」
 「うん、でも、意味があるのなら、呼ぶ方によ」
 女の意見を聞き、三蔵は溜息を吐いた。
 「じゃあ、まず、 だな」
 「
 おうむ返しに呟く女は、どんな風に書くのか聞きたがった。
 「成る程、 ! って、え、それが名前ですか?」
 「いいや、下の名前は、また考えておく」
 「…そう。ありがと。…でもやけに姓はあっさり風味に決まったね? 何か意味あんの? 好きな本の登場人物とか、知り合いとか、そんな感じ? 何? あたしと一週間過ごして湧いたイメージ? ねえねえ、教えてよ!」
 「教えねえ」
 実は、 、という意味。
 しかし、三蔵は言わない。
 「…そっか、玄奘君もお年頃だものね? 懸想していた娘の思ひ出、とか言えっこないよね?」
 声を沈めて言う に、三蔵は不機嫌マックスに吐き捨てた。
 「違うわ馬鹿女ッ!」










**まずは苗字から決まっちゃいましたが、一度しか呼ばれてません。
 …夢小説舐めてる訳じゃあないです…。
*2008/07/17up

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