ドリーム小説

第参話:あたしが です





 朝は開口一番、三蔵のこの言葉から始まった。
 「おい 、もう行くぞ」
  は「 」の部分の意味が判らず、ぽかんとした顔つきのまま後ろを振り返った。
 誰も居ない一人部屋。こぢんまりとした宿の一室。出かける前にと一応シーツを整えたベッドが目に入る。樫の木で作られたテーブルの上のコップを三秒見つめて、顔を元に戻す。半分ほど開けたドアには見慣れた玄奘三蔵が居た。
 「あの、聞き間違いじゃなきゃ、 と仰ったか?」
 ああ、もしかして自分の名前か、と思いつつも、三蔵の答えを待った。
 「そうだ」
 「 、オッケイ! もう決めてくれたの? はっやーい!」
 抱き付こうとする をさっと躱し、三蔵は早くと急かす。
 「うん、行けるよ。…玄奘君、名前、ありがとね!」
 破顔した は心から礼を述べた。
 三蔵は片眉を上げ、ああ、とだけ答えた。
 「ねえねえ、今日も宿に泊まれるのかな? あたしが宿帳に名前書いてもイイ?」
 「好きにしてくれ」
 軽く溜息を吐き、三蔵は歩き始めた。 は少しだけスキップした。三蔵は呆れた視線を へと送ったが、特に触れず宿主の居る入り口へと向かった。
 料金は前払いで精算してある。部屋の鍵を返し、宿を出た。朝食を摂るためだ。
  はワンピースから現地の服装にあったものを選んで着替えていた。カーキ色のチャイナ服と、黒のパンツ。そしてカーキ色の帽子を被り、髪は三つ編みにしていた。
 山越え谷越えの旅路には、スカートもショートパンツも適さない。現代日本に帰った暁には、まだ下ろしていない千鳥格子のワンピースを着てねずみーシーへ、膝上十五センチのスカートパンツにTシャツを着てねずみーランドへ遊びに行こうと決めた。
 この世界の生活にも楽しさを見出していきたいが、帰ってからの事を決めておくと強くいられる気がした。
 二人は朝食を済ませ、これからの行程を確認した。
 三蔵の目的の場所はここから南西にある街の寺だった。馬を使えば今日の夜には着けるはずの距離。
 「宿屋の主人が手配してくれた馬を借りに行き、出発する。そして目的地に―…玉甲寺に居る甲染(こうせん)僧正に会う。俺が聞きたい情報を持っている可能性があるからな」
 「…ソレ、何の事か今聞いてもイイですか?」
  は上目遣いに尋ねた。
 「今は駄目だ」
 あっさり断られると思っていた は、話の続きを促した。
 「もし情報が得られなければ、次は賀閣院だ。西方寄りの寺だから、或いは玉甲寺よりも良い情報があるかも知れない」
 淡々と言う三蔵に、 は違和感を感じた。三蔵は感情を表に出す事が少ない。不機嫌など嫌な事があれば言うし、顔にも思いっ切り出してくるが、他の感情は抑えられている。
 それでも、上手く言えないが、「情報」とやらは三蔵にとって本当に大切なものらしいと思えた。
 恐らく、彼が命を賭すほどの。
 「おっけ。後付いてくから、守りは任せておいて」
 朝食を食べた後、馬を借りた。馬屋の主人と玉甲寺がある街の馬屋の主人は兄弟だそうで、馬の飼育・販売の他、極一部の人向けにレンタルも行っている。双方の街でレンタルと返却が行えるため、その極一部の人たちはよくこの店を利用した。
 馬屋の主人は、とても信心深い男だった。仏教関係の集会には必ず参加をし、坊主や僧正達に教えを乞う。その礼として、自分に出来ることを、とレンタルサービスを始めたのだ。
 一般人向けだと持ち逃げされる恐れが高くなるが、そこは聖職者達の徳を信じてのことだった。
 彼は、三蔵法師が自分の店に来たことを、大層喜んだ。
 三蔵は自分が来たことは口外しないようきつく言い含め、礼を述べて馬に乗った。 も馬を一頭借りている。
 店を離れてから、 がニヤニヤと笑い出した。
 「凄かったね、さっきの人。もっすげー三蔵ファンですこと。生きてお目に掛かれるとは! って台詞、中々出てこないよね」
 「疲れた」
 「あははは! これから出掛けようってゆーのに、説法せがまれてたもんね? もしかして、三蔵が結構偉いなら、お寺とかのお坊さんにも言われちゃうかもねぇ」
 「絶対断る」
 三蔵の渋面を横目に見ながら、 は更に笑った。

 予定通りに、夜には街へ着けた。すぐさま宿へ行く。三蔵が馬を預けているうちに、 は宿帳に名前を書いていた。
  と、 玄象。人に間柄を聞かれたら、遠縁の従兄弟です、と答えることになっている。玄奘三蔵と書くと、どんな面倒事が降って湧くか判らない。
  は「玄」という漢字について、頭の中で辞典を広げる。
 くろ、くろい、で色の黒を指したり、奥深い、静かなという意味も持つ。玄武や玄学にも使われている。
 微妙にイメージに合うな、とひとり納得し、筆を置いた。
 今日は一人部屋に空きがなく、二人一緒に寝ることになった。
 明日は、朝食後にすぐ寺へ向かうと三蔵は言った。 は髪を拭きながら聞く。
 「値段にも因るが、帰りには馬を買う。一度長安に戻るか、それとも旅を続けるか…」
 三蔵はそこで黙った。
  が思うに、三蔵が「情報」とやらを欲しているからには、これが布教の旅などではないことは明らかだ。お経を取りに行く、という三蔵法師の役割からもほど遠いことで旅をしているのだろう。
 理由を話してくれるまで、待つか…?
  は三蔵が黙っている間にも手を動かし続け、タオルで髪の水分を取ることに専念しているように見せた。
 「いや、やはり僧正の話次第だな。あんたはどう転んでも、付いてくる気なんだろう?」
 「もっちろん!」
 「じゃあ、これからの話は明日だな。俺もシャワー浴びてくる」
 三蔵が立ち上がると、 はいってらっしゃい、と言ってベッドへ腰掛けた。
 朝食の時に三蔵は何と言っていたか。確か、玉甲寺で駄目なら、賀閣院に行くと言っていたはず。妖怪にも人間にも狙われる彼は、僧侶たちに歓迎されるだろうか。
 この世界では、三蔵法師とは最高僧という誉れ高き職業なのだそうだ。
 もとは五人の三蔵法師が居たらしい。三蔵が一人、という の勝手な思い込みは間違っていた。役職名ではなく、玄奘の方で呼ぶことにしたのは、他の三蔵と紛らわしくなくて良かったと思う。
 他の三蔵に会う機会があれば、の話だが。
 玄奘以外の三蔵と会う機会は滅多にないらしい。 の想像では、偉い位の人たちなら、一堂に会するようなことがあっても不思議ではない。そう、例えば、世界が滅びるような危機の時だとか。
 その例え話は「ありえない」と三蔵に切り捨てられてしまった。
  は「なーんだ」と、いかにもつまらなさそうに呟いた。
 眠くなった が布団に潜り込んだ時、三蔵が帰ってきた。就寝の挨拶だけ交わし、二人は眠りに落ちた。



 三蔵は線香の香る廊下を、坊主二人に付き添われて歩いていた。自分も一緒に行くとせがんだ を寺の前に置き去りにし、単身で乗り込んだ玉甲寺では、大勢の僧侶見習たちに奇異の目で見られた。
 訪ねる約束をしていたわけではない。しかし、寺の入り口に居た掃除中の坊主は、三蔵が僧正への面会を求めると多くを尋ねることなく本堂へ通してくれた。
 余りにもあっさりと事が運び過ぎて、三蔵は内心全力を注いで周囲を警戒する。
 何が起こるかと疑う気持ちと、噂は本当だったのか、という思いを抱きながら。
 ここ玉甲寺の甲染僧正には、予知能力があると云われていた。
 「お待ちしておりました、玄奘三蔵法師様」
 甲染僧正の言葉に合わせ、その場に居た坊主たちは口を揃えて「お待ちしておりました」と三蔵に告げた。
 ざっと人数を数えること、二十数名。僧正の弟子全てが集まったのかも知れない。
 三蔵は坊主たちの視線に臆することなく、甲染僧正の近くへ寄った。
 「歓迎痛み入ります。私が来訪することをご存じだったようですね」
 「はい。三蔵様のご用件も、多少は存じております」
 「左様でしたか。それならば話が早い」
 「ええ、申し訳ありませんが、その情報は存じ上げません」
 本当に話は早く終わった。
 三蔵が欲している情報を、甲染僧正は持たないという。
 「…そうでしたか。誠に残念でなりません。訪ねた早々で恐縮ですが、これにて失礼させて頂きます」
 三蔵はすぐさま見切りをつけ、踵を返した。
 あっさりとした三蔵の態度に、坊主たちの間にどよめきが起こった。しかし、三蔵はそんなものは気に留めない。
 「お待ち下さい、玄奘三蔵法師様」
 甲染僧正の呼びかけは無視出来ず、三蔵は歩みを止めて振り返った。
 「私の予知能力は修行が足りぬ所為か精度が低く、また私自身に起こることでしか判らないというほど範囲も狭い有様です。しかしながら、昨夜はとんでもないことを予知してしまいました」
 「とんでもないこと?」
 三蔵は甲染僧正との距離は保ったまま、聞き返した。
 「はい。私の予知能力が働くのは昼夜問わずですが、夢にみた内容は当たる確率が高いのです。それは―…」
 甲染僧正は台詞を切り、目を閉じた。彼は夢の内容を思い出していた。深く皺の刻まれた眉間に、より強い力と緊張が走る。
 「鏡と水を鍵に、魔を司る魔天経文の消失と、貴男様の存在消滅です」
 三蔵は急なことに耳を疑うことしか出来なかった。
 周りの坊主たちがざわめく中で、三蔵は漸く疑問を口にした。
 「その内容のどこに、甲染僧正が関わるというのです?」
 甲染僧正はごくりとのどを鳴らし、沈黙した。
 三蔵の呼びかけに意を決した甲染僧正は、執務室で話がしたいと言った。
 話す気があり、それが弟子たちにも聞かれたくない内容ならこんな場を設けるべきではなかった。三蔵は甲染僧正の見栄心を見た気がした。
 話の内容には興味があったため、三蔵は仕方なく付き合うことにした。甲染僧正に対する警戒心を持ったまま、三蔵は歩き出す。外に置いてきた のことが、ふと気になった。
 薄暗い執務室に入ると、甲染僧正は席にも着かず、涙を浮かべて謝りだした。
 「…どうされたのですか」
 「本当に申し訳ありません、三蔵様。私の管理する甲子鏡(こうしきょう)が原因なのです。も、申し訳なくて…」
 要領を得ない説明に三蔵は苛立ちを覚えたが、堪えて甲染僧正が喋り出すまで待った。
 しかし、漸く語られた話の内容は、三蔵にとって昔師匠から聞いた話のなぞりに過ぎなかった。
 この唐には、十干に因んだ寺と僧正が居る。その第一に建てられたのが、甲染僧正の居る玉甲寺だ。甲染の名自体が代々引き継がれ、唐という国が出来る前から仏教界ではそこそこ有名な寺だった。
 甲乙丙丁…、と十干の一文字を戴いた寺は、法名と共に伝わる宝物が存在した。玉甲寺にあるのは、甲子鏡だ。
 甲子鏡とは、この世とあの世を分ける鏡と言われている。
 もとより、鏡は祭祀に用いられて多分に神秘的な要素を含む道具である。鏡の仕組みが解明されていない時代は、それはそれは不思議な現象だと思われたことだろう。鏡の向こうの世界が本当に在る、と思って研究した者も居たようだ。
 勿論、向こうの世界が存在することはない。実証されていないだけ、とはいえ、信じる者など極僅かであろう。
 それでも、この鏡は魔力が宿るとされていた。時の神が魔力を浄化し、ただの鏡へと変えた後、自分の姿をよく映すことでその容貌がいつも穏やかに仏の如くにあるべし、と教えを残した。
 「仏の教えに忠実に、いつも鑑みよ。鏡の裏にはそう彫り残されております。私は、いつ如何なる時も、そうして参りました。しかし、私は、ひとたびの過ちにより、この鏡の虜となってしまうのです」
 「…虜?」
 「はい。鏡は、夢の中で囁きました。鏡と意識を一つにすることで私の予知能力は高まり、そのお陰で民衆も、唐王も、やがては天界の神々にも功績を認められる…。言葉にするとなんてことのない、莫迦げた妄想です。私如きに、唐王や天界におわす神々に認められる偉業を為すなど、我ながらおこがましいにも程があると言わざるを得ません」
 「それで?」
 三蔵の促しに、甲染僧正は最も言い辛い核心に触れることにした。
 「それから、完全に鏡に取り込まれた私は、鏡の求めるままに、清冽な魂と高潔なる肉体を欲するようになりました。特に、食べれば寿命が延びる、魔力が増大するとも云われている三蔵法師様を!」
 三蔵は、甲染僧正の台詞に怖気を感じた。甲染僧正は、悔悟の念からか尋常ではない雰囲気を醸し出している。かといって、彼そのものに邪悪さは感じられない。
 しかし、何だろう、三蔵を取り巻くねちゃりとした空気は…?
 「まだ続きがありますね? 水も鍵だと仰った。魔天経文も、どう関連するのです?」
 「……夢は二度に渡って みました。つい昨夜の内容がここからです。私がこのことを貴男様に相談した後、魔天経文を用いて鏡を浄化しようと儀式を執り行って下さいます。その時、鏡の魔力に負けた貴男様は、鏡に吸い込まれます。死んではいません。食べられたわけでもありません。何故か、鏡は己の内に取り込むことしか出来なかったのです」
 甲染僧正は溜息を吐き、顔を両手で覆った。
 「その晩、酷く雨が降り、嵐のようになりました。鏡は打ちつける雨の音を聞きながら、私にこう解説しました。今の三蔵法師様は、まだこの世から消えただけであると。これが存在消滅を意味します。魔天経文だけはまだこの世に残っていました。鏡は思いつきます。私の力を使って、少しでも魔天経文を発動出来れば、降りしきる雨…水を使って、貴男を殺せると」
 その後も、夢予知の話は少し続いた。三蔵は、聞きながら に相談しようと決めた。
 甲染僧正が指さす部屋の奥に、三つ封印符が張られてる扉があった。
 「夢をみて以来、私は鏡を今までよりも厳重に封印しました。一人では心細かったので、近くの乙午寺(おつごじ)の雁乙(がんいつ)僧正にも助けを乞い、恐らく、魔の鏡にも破られることはないと思います。ですが、いつまでもこのままではいけない、と不安が生まれるのです。貴男様に、甲子鏡を魔の手から放って頂きたい」
 突っ込んで聞きたい事もあったが、徐々に増す違和感が気持ち悪かった。これ以上はここに居たくない。三蔵が一晩考えると言って帰ろうとすると、甲染僧正は見送ると言って聞かなかった。
 門の前では、 がしゃがみ込んで待っていた。三蔵を見るなり、唇を尖らせて無言の抗議をする。けれど、それでは飽き足らずに声に出した。
 「げんじょーくん、おっそーい!」
 「五月蠅い。宿に帰るぞ」
 三蔵が笠を被って歩き出すと、甲染僧正が疑問を口にした。
 「さ、三蔵法師様、こちらの方は…?」
 「… といって、私の旅の従者です」
 「女性が従者ですか?」
 驚く甲染僧正に、 はニッコリ笑って言う。
 「はーい! あたしが です。初めまして、僧正様」
 「は、初めまして」
 「行くぞ、
 「はーい! 早速さようなら、僧正様」
  は手を振りながら歩き出した。未だ事態が飲み込めていないかのような顔の僧正に内心溜息を吐き、三蔵の背中を追い掛ける。
 宿に戻って早々に、三蔵は甲染僧正との話を に聞かせた。
 「…えええええええええええぇ!?」
 「五月蠅い」
 「だってだってェ! 今の話のドコにあたしが出るの!?」
 「居ねえだろ、どう考えても」
 三蔵は顔色一つ変えずに返した。対する は、思い切り眉根を寄せて不満げである。声のトーンも普段より上がっており、テンション高く抗議した。
 「そんなの絶ッッッ対! おーかーしーいーーー!!!」
 三蔵が危機に晒されている時、一体護衛ともあろう者がどこに居るのか? まさか、既に別れた後ではあるまい。
 「これから喧嘩別れとかする予定ないし? 今日みたく置いてけぼり食らったって、そんな怪しさ最高峰の場面にあたしが居ないはずがない! あたしの危機察知能力はかなりレベル高いよ!?」
 「それは知らんが、まあ、次はあんたも一緒に寺に入ってもらおう」
 「おうよ! そんな鏡なんて、あたしが壊してやるっ! げんじょーくんは、ボクが護る!」
 三蔵は の台詞に多少の違和感を覚えど、突っ込むことはせずにお茶を飲んだ。彼女の声のトーンや喋り方がコロコロ変わるのは多少慣れた。時折、人格そのものが変わったのではないかと訝る事もあるぐらいだが、目まぐるしい変化を見せられては、こういう人間なんだ、と許容出来なくもない。
  との旅に飽きることはないだろう。
 はあ、と一息吐いた は、お茶を飲み干し、やはり声色を変えて言った。
 「疑問点が四つあるわ」
 三蔵は軽く顎を突き出し、先を促した。
 「一つ、甲子鏡の保管状況」
  は右手の人差し指を立てた。我ながらよくあるポーズだな、と思いながらも止めなかった。
 「二つ、ひとたびの過ちって、何? 何をきっかけに、僧正は甲子鏡の魔力に触れたのかしら? 夢でお告げのようなやり取りがあったようだけれど、そもそもいつも鏡を見られる状況にあるのなら、どうして急にそんな話が持ち上がったの? 玄奘君が近づいてくるのが予知出来たのかしら。でも、それは僧正自身の能力。…今までの予知の功績が、甲子鏡のお陰でなければ、ね」
 急須に手を伸ばしながら、彼女は続けた。
 「勿論、どんな種類の魔力を持っているのか分類し辛いけれど、甲子鏡自体が予知能力を持っている可能性もある。そう仮定するなら、話の流れにおかしなところが出てくるわ」
  はお茶を注ぎ、冷めるのを待った。熱いものは苦手だ。
 「僧正は、もう、甲子鏡に取り憑かれて…彼は取り込まれたと表現したのよね? 完全に取り込まれた後という事。ああ、そうだ、…どうして今日玄奘君を襲わずに、わざわざ甲子鏡の魔力の話をしたか…という疑問が生まれるけれど」
 三蔵は黙ったままだ。 の目を見て、彼女の話を頭の中で整理し直す。そして、自分の聞き及んだ話も思い出しながら、比較した。
 「三つ。妖怪にも人間にも狙われる魔天経文の名を出した事。魔力の浄化に、魔天経文? 三蔵法師だけが所持する事を許されているもの。確かに、道具としては一級品だわ。でも、玄奘君は、浄化の際に魔天経文なんて使う?」
 「事と次第に拠る。今回のような話では、幾ら魔力を持つ相手と云われようが使わねえだろうな。まあ、鏡が本性を顕したら別だが」
 「そうね、戦いのためなら…。四つ。甲子鏡の内部に取り込まれた玄奘君を殺す方法が、雨水ですって? 水死させるだけ? …食べるんじゃないの?」
 それは三蔵も疑問に思った事だった。目的が変わっている。
 甲染僧正は、三蔵に話し終わった後、夢予知のため多少おかしなところもあるかも知れない、と付け加えていた。
 「嘘、は、そこかしこにあると思う」
  の言に、三蔵は内心賛成した。しかし、怪しくともこの件には関わろうと決めていた。
 「でも、不思議。あの人に会った時、悪い予感はしたけれど、邪悪な気配はしなかったのよ。寺からも…。完全封印の話が本当なら、頷けるかな」
  は目を瞑った。一考して、湯飲みを取る。
 「僧正は正気で、利害一致により共闘している…とか?」
 憶測は幾らでも出来る。三蔵は話を打ち切って、次に訪れる場所を に説明した。










**一度お寺さんを取材したい。
*2008/09/15up


夢始 玄象夢始