ドリーム小説

第肆話:えぇ? フツーでしょお?





 三蔵が立てた予定では、今日中に玉甲寺の件を解決し、明日の朝には賀閣院を訪れるはずだった。
 朝には と軽く甲子鏡の対策の話をして、多少手こずっても明日の予定には響かせないようにと思っていた。
 しかし、 が宿を出る時に言った台詞通り、今の三蔵も嫌な予感をひしひしと感じている。
 「…空が灰色だ。雨、降るね」
 彼女の言葉には何も返さず、三蔵は空を見上げるのを止めた。雨が降る事は、甲染僧正が予知していた事だ。
 「つかー、今頃で何なんですが、なにゆえ、あたくしここに突っ込まなんだか…。昨日の話さ、予知っつーより、予定じゃね?」
 「……そうかもな」
 「時間軸、無理あるし。超ヤな予感」
 そんなやり取りですら、遠い事のように思える。
 浄化の儀式を行うと甲染僧正に通された部屋では、大きな仏像の前に、封印も何もなく浮かぶ甲子鏡があった。
 鏡のくせに、ものを映すという当たり前の事を半分ほどは放棄していた。
 何しろ、三蔵しか映っていない。 も、背景も、ない。
 金縛りにあって動けないでいた三蔵は、殺気を感じた。
  が三蔵の前に立ち、仏像の背後から現れた妖怪四人を相手し始めた。
 甲子鏡の魔力のせいか、三蔵は声も出せない。眼球すら容易く自由を奪われ、情けなさで怒りが爆発しそうだ。
 こんな所で死ぬ気はないが、相手の力にこうも早く己の身を制圧されるとは、呆れ果てる。すぐに解決策が思い浮かばなかったため、 が一緒に居る事に安堵を覚えた。
 先ほどから の声はしないが、妖怪の男の断末魔の叫びが聞こえる。
 目に映るものは、甲子鏡と並び立つ甲染僧正。
 眉一つ動かせなかったが、部屋に入った瞬間、甲子鏡らしき鏡を認識して思わず前方を睨んでいた。そのままの表情のおかげで、敵を睨める。
 「わ、げんじょーくん、凄い顔ー。目からビーム出せそう…」
 ひょっと気軽に三蔵の横に立ち、 は子供っぽい声を出した。
 「出る? ビーム?」
 と、真剣に期待を寄せる眼差しを送ったが、三蔵は反応しなかった。
 「あーらら。動けないんだー。ま、いーけど」
 いい訳あるかッ! と、三蔵は心中叫んだが、外見上は何の変化もなかった。
 「うは。げんじょーくん、殺気もスゴ…」
 代わりのように、確かに高まる殺気と怒気を自分でも感じた。
  が甲染僧正に向き直ると、耳障りな周波数の音が響いた。音、は、声に似たものだった。
 「経文は、そっちの女が持っている」
 「…判った」
 甲染僧正が応えたからには、相手は甲子鏡だ。 は溜息を吐いて、小声で言った。
 「テレパシー…。じゃあ、プレコグニションもヒュプノシスも、甲子鏡のタレント…」
 三蔵には何を指す言葉か判らないものもあったが、やはり甲染僧正よりも甲子鏡の方に注意しなければならないようだ。
  が三蔵の前に立つ。鏡に映らなくても、三蔵への支配力は弱まらない。呼吸以外の事はしない三蔵に代わって、 は聞いた。
 「私の存在は、予知出来なかったようでしたね。貴男たちの予定では、玄奘三蔵一人だが相手だったのでしょう? 私が現れたせいで、予定を変えたのですか? それとも、昨日の話は全部作り話?」
 甲染僧正は に向かって歩き出した。飄々とした足取りで、まるで散歩中にでも出会ったみたいだ。
 「ああ、こうしてみると良く分かります。貴男は正気のフリが、とてもお上手だわ」
 「正気? そんな曖昧なもの、貴女に判るのですか?」
 「人を殺そうとする人は、少なくとも正気ではないと思いますよ」
 「私は正気ですよ。いつでもね」
 「その正気まま、上手く狂気を育てたものですね。昨日お会いした時は、貴男からは邪悪な気配はしなかったのに」
 嫌な予感はしたけれど、と心の中で呟いておく。
 「狂気を飼っているのは貴女の方だ。何故、自分だけはまともだというように振る舞えるのですか。甲子鏡が貴女をとても警戒していますよ。この世に居ては、ならぬ人…?」
 甲子鏡はあの世とこの世を分ける存在、そう聞いた話を思い出す。しかし、 は本当にそれだけの理由で、自分の存在を「この世に居てはならない」と言わしめたのか疑問に思った。
 魔天経文を持っているのが だと、甲子鏡は言った。予知? 否。
 「玄奘君の記憶を見たのですね?」
  は、内心歯噛みした。甲子鏡対策も、相手に筒抜けだ。三蔵の身体ばかりか、心までも相手の手中にあるといって良い。
 しまった、と更に思い至った時には、遅かった。相手が強制催眠を使う以上、幾らでも考えつくパターンなのに。彼の目を見て、正気である事は確認していたが…。
 やっと動いた三蔵の手は、三蔵の意志に反し、両手は へと伸びていた。
 気付いた は、寸でで避けて前から襲ってきた甲染僧正も捌く。
 後ろ足で甲染僧正を蹴り付け、勢い、甲子鏡との距離を数歩縮めた。
 「お前は一体何なんだ? ただの人間ではないだろう? この私の力が全く及ばないで自由に動けている…。かといって、神仙の類には到底思えない」
 甲子鏡が話しかけてきたが、 は無視して直行し、まずは様子見にと気功弾を生んで放つ。
 甲子鏡に近付いたそれは、見えない壁に阻まれ四散した。
 直接攻撃も効かないだろうと判断する。三蔵から魔天経文の攻撃方法を聞いていたので、経文が使えればかなり戦いは楽になっただろう。
 大抵の武器や技の類は使いこなす自信がある だったが、三蔵法師しか扱えないというのは本当のようで、彼女が何をしても経文が反応を見せる事はなかった。
 もし、普段通り、魔天経文が三蔵の懐にあったら戦局はどう変わっていたのだろうか。
  はそんな事を考えながら、甲子鏡ではなく、三蔵と甲染僧正に的を変えた。
 「ごめんねえ、げんじょーくん」
 語尾にハートを付けたつもりで言った。
 彼女はあっという間に三蔵たちへと距離を縮め、それぞれ一撃ずつの攻撃で木造の床へと沈めた。
 「何を…」
 問う甲子鏡に、 は答えた。
 「気が付いた時には、アンタの支配が解けてるんじゃないかなあ、と思って」
 直接攻撃だけでなく、遠隔で魔天経文を発動されても厄介だと思った。本音ではそれもある。しかし、余計な知恵を与えてやるつもりはない。
 二呼吸ほど待ったが、甲子鏡は喋らなかった。 としては、「それくらいの事で我が支配が解けるものか」とかいう台詞を期待したのだが。
 「ま、一番はとっととアンタを破壊する事でしょうけどー?」
 「無駄な事を」
 せせら嗤う甲子鏡は、 の雰囲気が変わっていた事を察せていない。
  の中で攻撃的な感情が大半を占め、戦いを愉しむように笑った。
 「無駄なのは、どっちかしら?」
 町中で戦うのには、 の得意技の半数以上が使えない。彼女の力はとても破滅的で、破壊活動向きだった。
 甲染僧正の言った「狂気を飼っている」という発言は、そう的外れでもない。
 体術で勝負するには、相当相手を弱らせないと出来ないだろう、とも判断。
 雨が降る前に、決着をつけようと思った。
  の頭の中では、幾つもの選択肢が考え抜かれては排除されていく。まず、この寺一つの規模ならクレータの出来るくらいまで力を出そうと決めた。
 この寺の僧侶たちは、 と三蔵がこの大部屋に入って以来、寺の外へと一人残らず出て行っている。恐らく、甲染僧正の命令だ。彼らにとっても、大勢の人間は邪魔なだけなのだ。甲染僧正の正体を知られては面倒、と考えたのだろう。
 人質が居ない、と思えば幾らか気が楽だった。
 三蔵の話を思い出す。甲染僧正が彼に話した内容は、甲染僧正自信に関わる虚栄心などの身の上話を除けば、これから本当に起こりうる事なのだろう。
 敵がそうしようという意志を持って仕掛けてくる限りには。
 「甲染、起きろ! 私の代わりに戦え」
 だからこそ、甲染僧正、或いは甲子鏡がはっきりと予知出来なかった「 」という存在こそが魔天経文を持つ意味がある。
 三蔵がこれから甲子鏡の中に閉じ込められるとしても、なぜか魔天経文だけは、この世に残ったのだ。
 それは、 と三蔵が朝方話した事だった。
 「ああ、私、甘いモノ不足カモ〜。ちょっと、回転数落ちてるよぅ」
  は弱気な声で独り言を言った。
 そうだ、やっと思い至った。
 「甲染僧正が玄奘君に予知夢の話を聞かせたのは、貴男たちにも不可解な事が起こるから。その原因を知りたかった。予知能力の精度が低くても、余りにありえない…。それは、夢物語に入り込んだ姿の見えない存在に対して、警戒心を抱いたから。それが何なのか知りたくて、不確定要素は全て除いておきたくて、昨日は玄奘君を襲わなかった」
 そして、明らかになった女従者の存在。
  を殺せば、憂いなく玄奘三蔵が手に入る。
 それは、食べるためか、それとも殺すためか―…。
 経文の所有権の譲渡でも必要なのかと思い浮かんだ。食べては駄目で、殺すなら良い?
 いや、待て 。早とちりをするな。夢物語の全てを信じるな。もしかしたら、とんでもない嘘が紛れているかも知れないのに!
  は甲染僧正が小さく呻くのを聞きながら、半眼になった。
  には、甲子鏡の力は及ばない。思念で記憶・思考を読まれる事もない。しかし、動きを読まれるのは避けたかった。目線を隠そうとするのは の癖である。
 三蔵を起こして、甲子鏡の支配下の及ばないようにするため、一旦待避するべきか迷う。
 どのみち、今の三蔵では気絶していても、起きて操られても にとっての不利でしかない。
 甲子鏡の支配対象になるのは、姿を映された者だろうと推測。
 それならば―…。
 「玄奘君、起きて!」
 床に横たわる三蔵に気付けをし、意識を回復させる。
  は呻く三蔵を背に庇い、甲子鏡の怒号を聞いた。甲染僧正が中々起きないので、大分苛ついた声になっている。
 甲子鏡自体が たちを襲いに来る事はなかった。初めから動いていない。宙に浮いていても、自由に動く力はないのだろうか。
 甲子鏡の下には、部屋を照らす炎で作られた影はある。実体だ。
 祭壇のような作りの机の上で、甲子鏡はただ浮かんでいるだけ。
  は祭壇上の箱に注目した。それから小声で指示する。
 「一旦引くよ。今この寺には他に人は居ないわ。君を安全なところへ移してから、私がこいつ等を始末する。いいわね?」
 三蔵は小さく舌打ちした。それだけで正気だと判り、 は立ち上がる。
 「仕方ねえ」
 同意を得たので、「外へ」と言い、 は遠慮なく攻撃に移った。
 ふらふらの人間を相手にするのは躊躇いもあったが、起き上がりかけの甲染僧正の懐を捉え掌底を放つ。痛みに耐えられない甲染僧正の短い悲鳴と、骨の軋む音が混じり、辺りに響いた。
 そのまま濃い木目の床に引き倒し、右膝小僧を勢い良く踏み抜く。意識がある時に甲子鏡に操られれば、これくらいの不自由は無視させられるかも知れない。そう思っても、なるべく殺す事は選ばないでおきたかった。
 「甲染!」
 「はーい、次は自分の心配してね〜。燃えちゃうよー」
  は両手から蒼い炎を出現させ、甲子鏡と甲染僧正の間に壁を作った。万が一にもこちら側へ来られないよう、部屋の端から端まで隙間なく炎で埋める。
 三蔵が扉を開けて出て行った。 も扉へと翻り、走った。
 痛みに呻き泣く甲染僧正の声が木霊している中で、甲子鏡は炎のせいで手駒の姿を写せない事に苛立っていた。
 「役立たずが!」
 そう吐き捨てるように言って、漸く気付く。
 「…燃えていない?」
 部屋の両壁、天井に床。炎は壁のように存在していたが、一切物は燃えていなかった。



  は前を走る三蔵に向かって大声を出す。
 「玄奘君、結界って作れる? 法術使えるのよね?」
 「ああ、出来る」
 「ここの寺にもきっと、道具があるはず。何が要る?」
 とにかく、三蔵を操られる訳にはいかない。彼を隔離するために、時間と場所と道具が必要だ。そろそろ、 が出した炎は延焼しないと判った頃だろう。しかし、今は燃えはしないが、あの炎の壁に触れればたちまち焼け死ぬほどの猛火に変わる。
 「甲染の部屋に、筆も札もあった。何とかなる」
 まずは部屋ごと結界で護ってしまう方法を採った。 は三蔵が準備を始めてからも、指示を出し続ける。
 「…これで、貴男は大丈夫。万一の事があっても、いいわね、ちゃんと言ったとおりにするのよ―…。逃げ道はあるから、必ず逃げるように」
  の言葉に、三蔵は頷かなかった。
 「まあ、万一なんて、ありえないけど?」
 「あいつにはもう、バレている手だぞ? 本当に大丈夫なのか? あんたが死ぬ気じゃないのは判るが、あいつは手強いだろう」
 「ん、でも、君が居なきゃ平気」
 ぐっと三蔵が押し黙った。 は正直すぎた、と思い反省する。
 「ごめん。えっと、今回の私の遠距離攻撃方法がちょっとね、問題なのねー」
 「 、俺はこんなところで死ぬのはご免だが、あんたも生き残らないと意味ないんだぞ」
 「―…うん。判ってる。ありがと。でも本当に、今回のやり方は、存在の意味に関わるものだから、一人の方が良いの。貴男まで曖昧にして、消してしまうのは嫌だもの」
 三蔵は、 から聞いたやり方について、半分くらいしか理解していない。いや、理解出来ない。彼女の力は、人間の持つものではない。それほどの影響をこの世に与えるのだろう。
 この世、という単語で、三蔵が思い出したのは甲染僧正の台詞と、甲子鏡の力にまつわる伝承だった。
  はきっと、その意味を正しく理解したのだ。だから、彼女こそが、魔の鏡を打ち倒せる。三蔵はそう信じられた。
 「存在と認識されるものが曖昧なのは、人と人の中にしかそれらが定義されないから。それは、気持ちや心、想いなんかでも一緒ね。目に見えないもの、目に見えるもの、これだけの違いがありながら、どうしてか、自分の内から発せられるものは特に曖昧になる。形にならない。玄奘君の姿は見えているのに、互いに考えている事も解らない。それでも、互いの姿を見る事は出来る」
  は入り口に立ちながら言った。三蔵には の背中しか見えない。
 「その他に人が認識出来たのは、自分の姿。客観的に観察するには他人の瞳は小さいから、最も考えられるのは、器に張った水や、水溜まりが最初かしら。本来は自己認識の役に立つ鏡だけれど、それを利用して相手に嘘の姿を見せる事も出来るのよ。自己を定義出来ない、確立出来ない、信じられない人なんかは特に引っ掛かりやすいわね。あと、今の自分に不満が多い人」
 「自分しか知らない自分は、曖昧って事か?」
 「そう。例えば、甲染僧正。あの人相手なら、玄奘君のように強制的に操らなくても、少し、本人の『希望の姿』をみせてやればいいだけのこと。さもそれが『在るべき姿』だとでも言っておけば、都合の良くて信じられる事なら受け入れるでしょう」
 「甲子鏡には、それを叶えるだけの力もある。…予知能力?」
 「甲染僧正の予知能力が甲子鏡と会う前からあったと仮定しても、恐らくそんなにレベルは高くなかったのでしょうね。甲子鏡と手を組む事が吉か凶かも判らないくらい。でも、甲子鏡の力を借りて的中精度が増す程度の出来事はあったはず。何だろう…、勘だけれど、この寺の僧正になれた事に関係しているのかしら」
 お喋りを続けている間にも、三蔵の作る真言の書かれた札が出来上がっていく。部屋の外側に貼る分は完成したが、内側がまだ残っている。
 「まあ、それはどうでもいっか! 一口に予知と云っても色々あるし。甲子鏡は予知以外にも気を付けなきゃいけない能力がいっぱいあるし。っつか、アイツ反則的なんですけどね、あたしにしてみたら」
 「そういや、あんた、プレ何とか…とか色々言ってたな。何の事だ?」
 「ああ、アレね。実際はどーだか知んないけど、甲子鏡の力を見て、あたしなりに知っている事象・現象に当て嵌めてみただけ。ちょっと今、あたしのハマってるエスパー漫画に出てくる名称で言ってみたの。気にしないで」
  の住んでいた世界、それは、三蔵には想像の出来ないものだ。大して知りたいとも思わなかったが、彼女は帰りたがっている。そう悪いところではないのだろう。
 部屋の内側に貼る結界札を急いで作っていたが、間に合わないかも知れない。三蔵が状況を伝えようとしたところ、 の方が先に口を開いた。
  は周囲の気をサーチして状況を把握している。彼女の頭の中はレーダーと同じだ。
 「あっれ、もうタイムアウト? 甲染僧正がこっち来ちゃうよ。甲子鏡は動かないみたいっつーか、動けないのねきっと」
 三蔵も甲子鏡が動かないのはおかしいと思っていた。 が動けない、と判断した理由は定かではないが、迫る敵の数が少ないのは今は歓迎する。甲染僧正が甲子鏡を持って来るとも考えていたのだが、そうではないらしい。
 甲染僧正でも、動かせない…?
 「 、時間稼げるか?」
 「うん。あの人相手なら楽勝ー」
 そうは言ったものの、油断は出来ない。一人でやってくる甲染僧正は、先程 に片足の自由を奪われている状態。しかし、それでもこの部屋にやってくるのなら、痛みを無視出来る、否、させられているか、あるいは回復したかのどちらかだろう。
 甲染僧正も、法術での攻撃手段があるかも知れない。
 「じゃ、出るね」
  は気楽に言って扉を開けた。
 「なあ、もしもまた甲子鏡に操られたら、どうしたらいい」
 「まず操られない方を考えよう」
 三蔵の問いに、 は即答で返した。
 「玄奘君は精神統一法習ってる? 自我が強固な人はあんまし長くは強制催眠に罹んないし、そもそも罹んない事もあるし。相手のレベル次第かなー。アイツの場合、鏡面に映した者の思考を乗っ取る方法だから、真正面からはちょっと挑みにくいよね。精神攻撃防御のお札でも作って、額に貼っておいたら? 目に見えない催眠波も防げるかも」
 三蔵は己の額にぶら下がる札を思い浮かべて、渋い顔をした。
 「操られそうになっても、自分を傷つけて意識を保てるとは考えないで。第二波に耐えられない。相手の力が強すぎると、多少の痛みなら関係なく制圧される」
 甲子鏡に操られる事は何よりも避けた方が良さそうだ。三蔵は に聞こえないように溜息を吐いた。
 「あ、来る来る。走ってる走ってる。あと二分くらいかな」
 「プラス三分くれ」
 「らじゃー!」
  は部屋を飛び出し、甲染僧正へ顔を向けた。廊下の角を曲がってやって来る。とても僧侶とは思えない、悪鬼のような形相で を睨んできた。
 足は完治しているようだ。治癒術は果たして、甲染僧正と甲子鏡、どちらの能力だろうか。何にしろ、甲染僧正にはここで退場してもらうつもりだった。
  は己の五メートル前に小さな気弾を打ち込んだ。廊下に破壊音が響く。甲染僧正は走るのを止めたが、袂から黄色い札を取り出した。
 「治ったんですか、足も胸の骨も」
 「ええ、もうすっかりね」
 余裕で答えた甲染僧正に、 は満面の笑みで言った。
 「へえ、凄い。じゃあ、さっきのよりちょっぴし非道いコトしても平気ですね!」
 「…止めて下さいよ、私は貴女と違って普通の人間ですから」
 「ヤーダぁー! そんなの、私もですよぅ!」
 身振り手振りで否定する だったが、甲染僧正は表情を消して冷たく睨んだ。
 「どの口が仰るのやら…。普通の人間は、甲子鏡相手に自我を保つ事など出来ないですよ。貴女も、三蔵様も、あれの本当の力を知らない…。知らぬままあの世へ行ける方が幸せでしょうが」
 「貴男たちは、私の力を知らないままの方が、良いと思いますけどね?」
 「自信家ですね」
 「えぇ? フツーでしょお?」
 子供っぽい声で抗議した に、甲染僧正はにこりと笑って札を飛ばした。
 その札は炎の玉へと変わって へ襲いかかった。
  の目の前が橙色の光に包まれる。熱風の中、彼女はにこりともせずに炎を迎え入れた。










**だんだん訳が判らなくなってきました…。(←ちょっと!)
*2008/10/26up


夢始 玄象夢始