秘め事 重い本を四冊抱えて、は観世音菩薩の城を訪れた。
観音の厚意のお陰で、門番に止められる苦痛なく入城出来る。観音と二郎神は離れている、と気でサーチ。はいつも通り、観音の執務室へ向かった。
鍵のかかっていないドアを開け、足の短いテーブルに本を置く。一冊は手に持つ。一声掛けて帰ろうかと思った時、観音が近付いてくるのが判った。
大人しくソファに座る。
部屋を見渡し、いつものところに象さん如雨露がないことに気付く。
開かれたドアから入ってきた観音は、象さん如雨露を手に機嫌が良かった。
「お、来たな、」
「こんにちは」
「相変わらず、本読むの速えーな」
「うん、面白かったから」
「そうか、じゃ、他にいいのあったら遠慮なくもっていけ」
「ありがとう」
は手にしていた本をソファに置き、観音に近付いた。
「少し大きくなったね」
観音が鉢植えに植えた種が、発芽し、双葉を出し、また少し大きくなっていた。
「ああ、少しな」
観音は答えると、水遣りを止めた。
「少しずつ、大きくなるのさ。お前や悟空と一緒でな」
「ここに来てから判るのは、少し髪が伸びたことくらい」
「まだまだこれからだ。ちゃんと大きくなれるから、嫌でもなるから、覚えとけ」
緩く笑った観音は、の頭を優しく撫でた。
「観音は、大きくなる?」
「ははっ、もうならねえよ」
身体的な成長はないとしても、精神的な成長はどうだろうか。
の金の双眸を視る。この娘と出会い、観音の生活に変化が生じていた。それは甥にも当て嵌まることだろうが…。
人との出会いで変わるもの。
何の影響ももたらさない場合もあれば、劇的なまでに響き合うこともある。
が居ることで生まれる波紋。
一度失敗したことを、またしてみようと思った心の動き。
蕾で枯れた花に申し訳なさと、悲哀を感じた。
とはいえ、不変の花など要らない。
枯れても、また咲く花を、どうして自分の部屋に?
花など。
花など、幾らでも手に入る。
観音が望まなくても。
しかし、この花は、自分の手では咲かせられない—…。
「観音?」
「あ? ああ」
の髪を弄んでいた観音は、手を引く。
今、何を思った?
「観音、変」
「変とは何だ。菩薩に向かって失敬だぞー」
この花、と思ったのは、だった。
観音はそんなことはおくびにも出さず、愉快そうに笑った。
そして、を伴い、書室に向かう。のリクエストに合う本を探すためだ。
「そういえば、悟空がみんなの趣味を訊いて回ったそうだけど、観音のは訊けなかったと言っていたわ」
そんなこともあったな、と観音は思い返す。二郎神に止められたので、教えてやれなかった。まあ、余り人に言うことではないが…。
「私に訊いてきて、と悟空から頼まれたけれど、金蝉は凄く反対した。子供が聞くなって」
「あんにゃろ、人の崇高な趣味を…」
本棚から目的の物を抜き取り、観音は梯子を降りた。
「子供だと訊けないこと、つまり、まだ知識が足らなくて理解出来ないという意味?」
「……教えてやっても良いが、金蝉には聞いたって言うなよ。あと、二郎神にも悟空にも、他にも」
は頷いた。
「まずその一」
観音はに本を手渡しながら話し始めた。
三つ聞いたが、には意味不明の単語が多く、脳のメモスペースに聞いたままを書いていくしかない。
「と、これで全部。飽きて止めたことも一杯あるから、俺って多趣味だったんだなあ」
自分のことなのに、他人事のように呟く観音。が口を開くのを見て、片手で制した。
「意味が判らなくても、尋ねるな。もしかしたら、そのうち判るかも知れねーし?」
観音はにやりと笑った。
は直感していた。きっと、判らなくても良いと。
「…その四、と園芸、も付け加えてみない?」
「えんげい?」
の言葉に、観音は目を丸くした。
「一年中楽しめるように。金蝉から聞いたの。不変のものが、嫌いなのでしょう?」
「嫌いっつーか、つまんねえじゃんか」
ズボンのベルト通しに結んでいた巾着の紐を外し、巾着を観音に差し出す。
「これ、花の種。ここで一緒に育てても良い?」
「…」
「ここで、育てて欲しいの。私も、面倒を見るから」
「いーけど…」
僅かに首を傾げたと差し出された巾着を交互に見比べながら、観音はやがて微笑んだ。
「気の利いた提案してくれるじゃねえか。俺の新しい趣味に相応しいぜ」
本を探し終えた二人は、中庭へ移動した。の覚えていた花の育て方を聞きながら、どこに何の種を埋めるか決めていく。
「ま、本格的に園芸すんのは明日からだな。必要な物は、全て用意させる」
「ありがとう」
礼を言ったの頭をぽんぽんと優しく叩く。
「ちゃんと面倒見ろよ? じゃねえと、あっさり枯れやがるからな」
「うん。でも、そうじゃない花も、あるよ」
「…そうか」
が花なら。
俺の手なんて必要ない、そう思う。
「観音も、見ててね」
思った矢先、が言った。
「見て—…、って、ああ、そうだな。俺も一緒に面倒見るよ」
勿論だ。
新たな楽しみを前に、観音は晴れやかに笑った。
は、こんな笑い方もするのか、と観音を見つめてしまう。
いつもの笑みとは違うせいか、観音が別の人に変わったかと錯覚した。
目が合った時には、いつもの観音と相違ないと感じる。
そうか、この人も、きっと心の内に太陽があるのだな、とは思った。
**初期タイトル、マルチプルチョイス。
観音が趣味を三つ言って、どれがいいかとさんに訊くはずだったのですが。
…あれ?
タイトルと合わなくなっていたと、終わり数行前に気付きました。
相変わらずダメな感じ満載。
…この観音、金蝉のあの話(「視」の回)と似通っていますね。
何コレ。アレかアレ。血か!(←酷いこじつけ)
*2009/08/15up
夢始 桜華夢始