たわいのない謀 園芸計画を立てた後、は天蓬にも本を借りるため、彼の元へと向かった。
それに対し、観音は散歩、と称して付いてきた。観音が余計にさぼるのを防ぐため、二郎神も居る。
軍の宿舎に入り、天蓬の部屋の近くまで来た。捲簾の後ろ姿が見える。声を掛けようとが口を開くと、捲簾が部屋の中へと叫ぶ。
「大将会議終わるまでの間に、その本の山捨てて、風呂入っておけよ!?」
返事はない。
「って、聞いてんのか!」
「おい、捲簾大将」
より先に、観音が声を掛けた。
「あぁ? は? あれ、あんた…もとい、あれ、どうして観世音菩薩がこのようなところへ?」
捲簾は観音が目の前に居る驚きと、自分の失言により慌てた。
「ちょっとな」
と、後ろのを片手で指差し、もう片方の手では静かにしろ、とばかりに口の前で指を立てる仕草をした。
捲簾はその意味を計りかねたが、の名を呼ぶことは止めておく。
観音は開けっ放しの扉の前に立ち、眠たそうにこちらへやって来る天蓬を見た。
「よお、天蓬元帥。大昔に金蝉の家であったのを覚えているか?」
「…はい。お久しぶりです。あの、何故、貴方が軍の宿舎にいらっしゃったのでしょうか?」
「なに、のヤツが大層本が好きでな。ここの蔵書に感心していたから、どんなコレクションがあるのかと思って」
「…それだけで?」
「そうだ」
軽く肯定する観音の真意が読めず、天蓬は困惑した。眠い頭に刺激が走る。三日徹夜した直後で、もうかなり眠い。しかし、この珍客をぞんざいに扱う訳にはいかない。
本心ではとっとと帰って欲しいが。
「まあ、結構汚い部屋ですけど、今は人が通れるので。どうぞ」
「…本当に荒れてンなあ…」
入り口から部屋を見渡す限り、本の山やら全身ほぼ真っ白なおっさんの人形やら、珍奇なものが盛り沢山の部屋だった。
そしてかなり、煙草臭い。
が煙草嫌いなのを知っている観音は、そのまま中に入らなかった。
「空気悪いな。換気しろ」
「はあ」
観音の命に、天蓬がのそりと動く。
会議までまだ少し時間がある捲簾も、換気を手伝った。
「お前、今日が来なくて良かったな」
「は明日来るんですよ」
今日が何日であるかぼんやりとしか思い出せないが、と会った日から三日経っている。それだけはすぐさま思い出せた。彼女がまた来ると言っていたのは、明日。
「速く本読み終わって、今日来たら困ってたな」
「それは困りますねえ。嬉しいですけど」
流石に、この部屋と今の自分の身形では、少し会い難い。
窓が全部開けられ、風が室内を循環し始める。捲簾が部屋の扉を開けておくためのストッパー代わりを探し出した。
観音は呆れた声で言った。
「そういやお前、さっき風呂に入れとか言われてたな?」
「ええ、ちょっと本に夢中になって入り忘れていました」
「しょっちゅうだろうが」
捲簾が疲れた声音で突っ込んだ。
「一日忘れたって、黴ないですよ?」
「黴て堪るか! お前の場合、一日どころじゃねーだろっ! …あーあ、やだね、甲斐性のなさ過ぎる男は。から嫌われたりして?」
「…は?」
「そおだな。あいつ、あれで結構、潔癖症っぽいし」
観音も相槌を打つ。
「え?」
捲簾と観音を交互に見る天蓬は、酷く間の抜けた顔をしていた。それを見て、捲簾はもう一押し、とばかりに言う。
「もうちっと気を付けたらどうだ? お年頃になったら、会いたくないなって思われるぜ」
「ありえるな。今はまだ子供だからいーかも知れねーけど」
観音が遠くを見るような眼差しを、天井の隅に向けた。
「……僕が、に、嫌われる?」
呆然と呟いた天蓬の身体がふらり、と揺れた。
「あと、ここまで部屋が汚いっていうのは、致命的じゃねえ? 俺も長いこと生きてるが、ここまでの部屋は初めてだな。は花が好きだったりするし、この部屋には飾りたくないだろうなー。まず来たくない。俺はもう来ない」
好き勝手言う観音に、天蓬は内心「もう来なくて良い」と即座に思った。
「お風呂、入ってきます」
天蓬はふらふらと歩き出す。
「菩薩、大したお構いも出来ずに申し訳ありませんが、今日のところは…」
「ああ、そうだな。やっぱり帰るか」
観音はくるりと後ろを向き、言う。
「なあ、」
は返答に困り、沈黙した。天蓬の部屋が多くの場合、荒れているのは知っていた。だから、はいつも来訪日を決めている。それにより、彼女が訪ねる時は、部屋は掃除された後だ。
今日はどうしても読みたい本があり、思い切って訪ねてきたのだが…。
一日で読めば、明日纏めて本を返せば良いと思っただけ。こんな事態になるとは思ってもみない。戸惑いながら観音を見上げると、観音は愉快そうだった。
「何だったら、お前、一緒に入ってやるか?」
観音の台詞に、嫌だと返したかった。しかし、の声より先に、二郎神の怒りの声が廊下に木霊した。
「絶ッ対ダメですーーーーっっ!!!」
力の限り叫んだ二郎神は、肩を怒らせて観音を睨んだ。
「ジョーダンに決まってるだろ。マジに取るな」
「冗談でも止めて下さい、そういうこと仰るのは!」
観音はにやりと笑って言った。
「他のヤツなんか許すか。俺だって一緒に入ったことないのに」
「当たり前ですッ!」
詰め寄る二郎神を両手で退かし、観音は少し屈んだ。
「温泉ならいーだろ。、今度温泉行くぞ」
「温泉?」
近くで笑って頷く観音と、驚いた顔の二郎神をそれぞれ一瞥して、は困った。
「金蝉が良いって言うなら」
「言う言う。どうせだ、お前等も一緒に来るか?」
観音は、天蓬と捲簾に聞いた。
「はい」
「お言葉に甘えて」
二人とも即答した。
「観世音菩薩! そんなお暇は…」
「うっせーな。時間なんて作りゃいーだろうが。お前が何とか調整しろ。いいな?」
喧々囂々と言い合う観音たちを見遣りながら、は小さく溜め息を吐いた。
本を借りに来ただけなのに、どうしてこうなるのだろうかと。観音の考えることは、には突飛すぎるものが多い。
「」
部屋から半身を出して、天蓬が微笑んでいた。
「楽しみですね、温泉」
まだ行くと決めた訳ではなかったが、彼の中ではもう決定事項なのだろうと推測。これは金蝉が反対しても、天蓬と観音の攻勢には、敵わないだろう。
は温泉に少し興味があった。天蓬に借りた推理小説に時折出てきていたからだ。
「…そうね」
言葉にしたら、もっと期待が増した。
**それだけ。
続きません。
観音はただ温泉に行く休暇が欲しかったんです。丁度良く、回りくどく、「温泉行くぞ」を言うためだけに天ちゃんをからかいました。
…こゆめなのに、思ったより長く…(苦)。
ところで、ケン兄たちは菩薩に様付けするのが正しいのかな? 二郎さんは様付けしていないけれど…?
*2009/08/24up
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