Warm place





 夢に微睡む自分を自覚。
 もうすぐ、目覚めてしまう。いや、目覚めたい。是が非でも。
 悪夢に舌打ちする勢いで、は目を開こうとした。
 同時に、手でもう一人の身体を探す。空振り。場所を変える。空振り。また寝ぼけて布団から転がっていったか、と思い、思い切って目を開けた。
 一人分の子供用布団の上には、しか居なかった。
 そうだ、今夜は、悟空は居ない。捲簾や天蓬と一緒だ。泊まりなので、この部屋には金蝉とだけ。
 薄明かりで、金蝉がまだ起きていると判る。
 ふらっと起き上がると、金蝉は読書中だった。天蓬から借りた本だ。
 一瞥すると、は枕を抱き、布団へ潜る。
 「、どうした」
 「どうも」
 小さく応えて、枕を抱き締める。
 頭からすっぽりと布団にくるまり、もう一度夢へ旅立とうと試みた。今度は、良い夢がいい。
 悟空が居ない淋しさは自覚しているが、当人がこの場に居ない以上、どうしようもなかった。
 は普段、余り夢をみない。忘れているだけかもしれないが、滅多にないことだ。たまにみる夢で悪夢とは、残念でならない。さりとて、良い夢がどんなものならいいか、と定義するのは難しい。
 が目指す未来は、夢より覚めてから叶えたいと思う。
 また身動ぎ。
 体勢が悪いのか、どうもしっくりこない。眠れそうにないのを恨めしく思い、寝返りを打った。
 苦しい。
 呼吸は正常だ。悪いところは体中の何処にもないが、ただ一つ、胸が苦しい。心臓が痛い気さえする。もう一度寝返り。駄目だ、治まらない。
 とうとうは起き上がり、扉へ歩き出す。
 「おい、何処へ行く」
 「水」
 短く返し、は部屋を出た。
 無言で見送った金蝉は、様子がおかしいが気になった。栞を挟んで、本を閉じる。
 悟空が居ない、初めての夜—…。
 それだけで、あの娘の様子がおかしくなるか?
 ここ最近、那咤が大怪我をして帰ってきてからというもの、が時折苛立っていると思う。彼女が出した手紙には、長いこと返事が来ない。
 友達を心配する余り、助けられない自分に怒りを—…、ストレスを感じているのではないだろうか。
 いや、もっと。
 もしかしたら、もっと単純なことかも知れない。
 相手はだ。
 だが、まだ、子供だ。
 静かに扉が開き、が戻って来た。
 「何をしているの」
 は、自分の布団に座っている金蝉に訊いた。
 「寝付けねえんだろ」
 「もう平気。退いて」
 「悪い夢でもみたか?」
 「…ええ。でも、只の夢」
 金蝉の前に立ったは、半眼で告げた。彼が立ち上がるのを待ったけれど、一向に胡座をかいたまま動く気配がない。
 「邪魔」
 邪険にしても、金蝉はを見つめるだけ。
 「退いてくれないなら、ベッド借りるね」
 そう言った途端、金蝉の手がの頭に伸びる。ひと撫でされて、は瞬く。
 「。悟空の代わりにはならないが、俺が一緒に寝てやる。また夢をみたら、俺が側に居るから、頼ればいい」
 金蝉、私より弱いのに、と思ったことは、心の中に仕舞うことにした。
 「うん」
 今夜は金蝉の厚意に甘えることにしよう。
 の布団では、金蝉には明らかに小さすぎて合わない。しかし、金蝉はこのままで良いと言った。
 金蝉に抱き締められ、心臓の鼓動がの耳を打つ。
 金蝉と、
 リズムの違う、二つの心臓。
 温かい。
 「おやすみさない」
 「ああ、おやすみ」
 良い夢を。
 例えば、大人であっても、独り悪夢にうなされ起きる夜は心許ない。
 汗が冷たく落ちれば、鼓動は更に落ち着かず暖でも取って安らぎたくなる。
 自分の体温や鼓動で、に安心して欲しかった。
 すぐに聞こえてきた穏やかな寝息に、思わず笑みが零れる。
 の寝顔を見ながら、願う。

 、良い夢を。











**外伝の回顧録を読んでいて思いついた話、その一。
 ベッドで一緒に寝るはずが、金蝉さん布団に来ちゃいました。
 布団から大きくはみ出してでも一緒に寝てくれるってんで、そんな姿を思い浮かべたらそっちの方が良かった、という感じ。
 金蝉パピーが好き。
*2009/08/11up

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