ドリーム小説

事件簿一の壱
嫌よ嫌よも好きのうち、ってそれがツンデレってやつですか?





 俺の通う寺子屋みてーな学舎に、ヅラと高杉が居た。
 悪友という呼び方もこそばゆく思える奴等と、少年時代を過ごした。
 唯一尊敬出来る先生が居て、笑いあえる仲間が居て。
 家族のようだ、兄弟のようだと錯覚出来るほど、あの場所は居心地が良かったんだ。
 そんな所に、ある時、ふらり、とあの人はやって来た。
 甥っ子のヅラに会いに来たと、そう云って彼女は微笑んでいた。柔らかそうな黒髪からは、甘い薫りが漂ってきた。
 当時の俺からしたら、彼女はオバサンで、他の女が嫌がるように彼女も反応するだろうと思い「オバサンとヅラくん、似てないね」と、言ってやった。「ヅラじゃないわ、桂よ。でも、おばちゃんと小太郎ちゃんはねえ、親戚なのよ〜」
 のんびりと間延びした声で、彼女は俺に目線を合わせて、やっぱり微笑んだ。
 面白くなかった。
 しかもオイオイ、このオバサン、自らおばちゃんと云いやがったよ!
 実際は、そんなに年上には見えなかったけど、歳を聞いたらガラスの十代の俺には充分にオバサンだったんだよ。
 時に子供のように笑う彼女がおねーさんに見えても、暫くの間はしつこくおばさんと呼んでやった。
 彼女は当然の事のように、怒りもしなかった。
 一週間で彼女は何処かへ行ってしまい、ヅラの優等生っぷりは三割減る。彼女を目の前にすると、ヅラは異様なまでに大人しく、普段より一層真面目で、面白いほどに面白くなかった。
 ヅラが彼女に気があるのは明白。誰が見たって判ったんじゃねえの。
 真摯に彼女を見つめる瞳は、俺の知らない眼差しだった。
 約二ヶ月後、彼女は大晦日の日に再び俺達の前に現れる。そういえば、少しだけだが、お年玉貰ったっけな。
 それから。
 それから、春一番が吹き荒れた日に、彼女は別れを仄めかした。
 四月に入って、珍しい雪が降った日には、もう、彼女は居なかった。



 寝覚めが悪い。そんなのはしょっちゅうだが、悪夢の類いでも、忘れたくないと思った。だがら、また目を瞑る。目を開けていたって、彼女の微笑みは消えやしない。
 少なくとも、銀時が銀時でなくならない限り。
 「 …」
 渇いた唇から、懐かしい人の名前を紡いだ。
 このまま万年床になりそうな布団の上で寝返りをうつ。仕事を探しに行かなければならないが、坂田銀時は動かない。動けない。
 江戸のかぶき町に腰を据えたは良い。しかし、定住しては彼女を捜すのに不便だ。向こうは探して欲しくないのかも知れないが、銀時はもう一度会いたかった。
 情報が要る。
 以前と変わる事のない焦りの中で、銀時の心臓が跳ねた。
 「…何だァ?」
 胸騒ぎ。
 虫の知らせ。
 恋に堕ちた漫画の主人公なんかには、ドクン、とか書き文字がつく。
 今は、最後の例には当て嵌まらないだろう。
 負け戦が終わり、戦以外で生きていかなければならないこの時期に、恋も何もない。それに、銀時の心を占めるのは、ただ一人。とっくに堕ちていた。
 「 に反応してんのか、俺の心臓ちゃん。いいねぇ、泣けるねぇ、健気だねぇ。そんなら、万事屋銀ちゃんの初仕事、探しに行きますかァ」
 生きていくため。生き抜いていくため。
 そして、いつか、もう一度彼女に会うために。
 のそのそと布団から這い出して、顔を洗う。昨晩の残り物など、適当に朝ご飯を食べた。ヨーグルトには砂糖をたっぷり乗せ、蜂蜜を渦高く巻き上げる。至福の甘味を味わい、銀時は出掛ける準備に入った。
 手書きのビラを十数枚貼ったが、今のところ効果はないらしく、万事屋は暇だ。仕事は、待っているだけでは舞い込んでこない。
 銀時は、自分がトラブルメーカーだという自覚があった。動いた方が、効率は良いだろう。
 例えそれが、どんな厄介事に巻き込まれるのだとしても。
 危険度は高い方が良い。その方が、儲かるからだ。初めのうちは、リスクのある仕事を引き受けて名を売る必要があるため、無茶な事でもする気でいた。
 階段を下りて、眩しい空を見上げる。
 「ハア〜。良い天気です事。ああ、駄目だ。陽気の所為でもーイキナリやる気なくしちゃったよ俺。どうしよ俺。のび太くんより駄目かも俺」
 青い空には、小さな雲が幾つか残っていた。丸を上手く描けない子供が、水玉模様を作ろうとして失敗したかのようだった。不格好な白丸、否、雲を見ながら、呟く。
 「足、欲しいよな。チャリじゃーあんまりだ。バイク…、いや、スクーターでも買うかあ。あ、ヤベ。免許持ってねえじゃん」
 とにもかくにも、金が要るのは確かな事だ。ドカン、と一発大山を当ててやりたい。
 腰にぶら下げた手作りの木刀を弄びながら、銀時は歩き始めた。
 広い通りは、既に見慣れている。このかぶき町の大体の道筋は頭に入っている。自分の陣地を把握しておく事は、役に立つ。
 勘を頼りに横道へ、横道へと進んで行った。寂れた裏通りほど、お誂え向きなのだ。厄介事に巻き込まれるのには。
 通りを悪漢の魔の手から逃げる美女を救う―…。
 そんなシチュエーションを思い描きもしたが。
 一時間ほど散歩のような足取りで歩いたが、何も起きなかった。このままでは、明日の朝飯ですらまともなものが食べられないようになる。大家にたかるのも、連日の事だが、流石に気が引けた。今朝食べた煮物は、大家であるお登勢がくれたものだった。
 「夜は砂糖と蜂蜜かなー」
 思わず、暗い声で独りごちた。
 陽の当たらない、暗い雑居ビルの下を歩いていると、余計気が滅入る思いだ。心の中で、トラブルを呼び込もうと念じたが、結局、何も起きなかった。
 小さな寺を折り返し地点にして、帰ろうと決める。今度は繁華街を回ろう。
 鐘を鳴らし、無賽銭で「商売繁盛。金運! 金運! 金運!!」と、大声で祈った。「あと、血糖値下がりますように!」
 もう一度鐘を鳴らし、錆びれた鐘から発せられたとは思えない、澄んだ音に耳を澄ます。音波の余韻が消えた時、合わせていた手を離した。
 「これはお願いじゃねえ。これは、誓いだ」
 何度でも誓おう。
 「 を、見つけ出す」
 そして、この腕に抱き留めたい。
 もう二度と、離れて行かないように。
 確かに自分は子供だった。
 彼女を護れもしない、ただの小さな子供だった。
 そんなのを言い訳にしたら、どんどん自分が惨めになるだけだったけれど、成長した自分は絶対同じ過ちは犯したくなかった。
 焼き印のように、銀時の心に残っている。
 後悔。
 それが、苦しい。痛い。
 焼けただれた痕に、涙は染みる。
 嫌というほど喪失感を覚えた幼き日から、一滴の涙は、未だに、火傷を治させない。
 彼女が見つかるまでは、治らない。治せない。
 だから、歩く。
 踵を翻しかけた時、僅かに物音がした。
 銀時は、賽銭箱の後ろの扉へ移動し、扉の前で耳をそばだてる。音も、人の気配もないが、銀時の勘は告げていた。
 (やっときたか、厄介事オォ!)
 思った側から、近くで殺気が生まれた事に気付いた。長年戦ってきた者特有の反応速度で腰から木刀を引き抜く。小柄な老人とは思えない力強さで、相手は竹刀を叩き付けてきた。
 「何だー、じいさん。俺はただ仏様に御利益を頂戴しにやって来た善良な一般市民ですよ〜。なのに何ですか、この仕打ちは〜」
 不敵に笑う銀時を見て、袈裟を身に付けた老人は、鋭い声で怒鳴った。
 「馬鹿モン! 善良は市民は、木刀なんぞ持っとりゃせん! 何をしに来た!」
 「いやいやだから、ちょっとお祈りに」
 「無賽銭でか!」
 「いやん、デバガメ」
 「うぬれ! 先程の反応…。只者ではあるまい。名を名乗れ」
 「先に名乗れよジジー」
 「儂か。儂は、鑑爺和尚じゃ」
 「ガンジージジイか」
 「ガンジイじゃい!」
 「俺ァ、坂田銀時。万事屋やってる。商売繁盛とか、金運アップみたいな事を思ってやって来ました。何か良く効くお札とかない?」
 「ねーよ!」
 「じゃ、あれ」
 銀時は未だに離れない鑑爺をじわじわと押し返しつつ、顎をしゃくった。鑑爺の目には、朱色の旗が見える。
 「あの商売繁盛って書かれてる旗、俺にくれ」
 「やるかアアアァアァア!!!」
 鑑爺は力任せに打ち込む。銀時はそれを捌くが、仕方なく、足を出す事にした。
 「ッたあァ?!」
 地面に落ちた鑑爺に悪りィな、と言い、銀時は立ち去ろうとする。自分の勘が外れた事に、内心大変落ち込んでいたが、表面上は冷静を保った。
 木刀を腰に差しつつ、境内を降りた時、目の前を黒猫が通って行く。銀時に向かってニャアと鳴いた。首元で銀色の鈴が揺れて、綺麗な音色が聞こえる。
 「あっ! 居た!  様ッッ!!」
 「あん?」
 鑑爺が慌てて飛び起きた。銀時は黒猫の事かと気付き、鑑爺からすぐ、視線を黒猫に戻す。
 「オイオイ、何だァ?」
 黒猫は銀時の足に頭を擦り寄せてきていた。ニャアニャア鳴きながら、銀時に呼びかけているようだった。
 「ははン。お前、俺の事が気に入ったのか?」
 「何をををを!」
 鑑爺の叫びは無視して、銀時は腰を降ろした。益々絡んでくる黒猫が可愛くなって、思う様頭に顎にと撫でてやる。黒猫は気持良さそうな声を上げた。
 「カーーーッッッ!!! きったない手で 様に触るでないっ!」
 「汚くねえよジジー。つか、様? この猫に様付け? あんたの飼い猫じゃないのか?」
 首輪を見る。
 「おい…。こりゃあ…」
 銀の鈴の後ろには、見知った家紋が彫ってあった。
 三つ葉葵の紋。それは、この江戸を治める徳川幕府の家紋だった。
 「何でこんなちっせー寺に来るんだ? それに遠いだろ、あの城からは」
 「 様はここにお住まいなんじゃよ」
 銀時の後ろにやって来た鑑爺は、神妙な声音で言った。
 「…あー、そ」
 興味のなさそうな返事で返したが、やけに引っ掛かる。猫に様付けする、敬語を使う、これはよっぽど地位のある人物のペットなのだろう。
 それは誰か、それだけが気になった。
 「お前、いー加減に 様を放せ!」
 「はい」
 銀時は言われた通りに両手を放した。だが、黒猫は離れない。逆に右前脚を銀時の掌にくっつけてくる。
 黒猫の柔らかな肉球を感じながら、本日二度目、銀時の心臓が大きく跳ねた。今朝のより、激しく。
 まだ、心音は元に戻らない。
 「…ふ、不整脈?」
 恐る恐る心臓へ手を動かし、銀時は黒猫を見つめた。
 黒猫が鳴く。合わせて、鈴が揺れる。

 どうしてだ?
 どうして、反応する?
 この心臓は…。

 銀時の勘は告げる。
 なぜかぼんやりと浮かんだ彼女のイメージ。
 それは、 を捜す、手掛かりである、と。










**銀時夢始めました。
 気の多い女でごめんなさい他のマイ・ラバーたち。
うんてんめんきょのけんは?
*2006/05/15 up

**っとかって書いてから、かるぅく一年以上経ちました。ああ、やっとアップ出来ました!
 免許はいつ取ったんだろーね、銀ちゃん。攘夷戦争前とはちと考え辛い。ので、まだ持ってない設定。
 銀ちゃんに愛され目指して始めたシリーズですが、……はて、二の壱話目以降の予想では、銀ちゃん照れて好きとか言ってくんなそうなカンジ。
 …色々、頑張ります。
*2007/07/02up