ドリーム小説

事件簿一の弐
母親に部屋を掃除されると困る人、手ェ挙げて。






 鑑爺の話に拠ると、和尚を務めている金虎寺は、江戸幕府第三代将軍徳川家影が建立したものだと云う。主に動物霊の供養をしているらしい。
 「じゃ、この黒猫は、家影の関係? あの人の直系血縁生きてんの?」
 「家影様と呼べ馬鹿者。そんな事までお主に説明する気はないわい」
 「この猫貰ってイイ? 俺金ないけど、こいつ飼いてーわ」
 「な! なんったる罰当たり! 本来ならお前のような男なんぞ触れる事も叶わんお方ぞ!!」
 激昂した鑑爺の言い様に、またもや銀時は引っ掛かるものを感じ取った。
 「…まるで人間相手みてーだな。つーか、お猫様? お猫様なのか?」
 銀時の指摘に、鑑爺は黙り込んだ。
 「おい、オメー、一体何処のお姫さんだァ?」
 黒猫を構ってやっても、勿論、答えは返らない。機嫌良さそうに鳴くだけだ。
 「どっかの国の昔話によォ、呪われて白鳥になった姫だか王子だかが居たんだよなあ。あ、ありゃ兄の王子達か。アレ? じゃ、王子にキスされて元の姿に戻るのは、何の話だったか? アレレ? 逆? 姫にキスされて王子復活?」
 子供の頃に聞いた事がある話だったが、いかんせんあやふやな記憶だ。物語をミックスして覚えている気さえしてきた。
 「キスしたら、人間になったりして?」
 ものは試しだ、と思い、黒猫を抱き上げた。
 「無礼者オオオオオオッ!!!」
 銀時の後頭部に、鑑爺の竹刀が命中。パアン、と小気味良い音が静かな境内に響いた。驚いてか、雀がさえずった。
 「いってーなコンチキショー! 冗談だよ、ジョーダン! ホントにするわけねーだろ?!」
 「いーや、するつもりだった。絶対するつもりだった。さっきのお前の目やらしかったもん。 様にかぶりつかんばかりだったもん。彼女居ない歴何年だコノヤロー」
 「お前の方こそ何年だ!? 絶対お前破戒してんだろ? したんだろ? ぉお!?」
 「喧しいィィイィィ! わ、若い頃はなあっ?!」
 完全に論点のずれた罵り合いは続いたが、共に疲れて溜め息で終わらせた。
 「あ、オイ」
 黒猫・ は銀時から離れて行く。
 手を、伸ばした。
 目一杯伸ばしても、 には届かなかった。
 ドクン。
 また心臓が跳ねる。
 「どこ行く!」
 腰を浮かして追い掛けようとするが、鑑爺に止められた。
 「放せよ!」
 「放さん。 様ァ! どうか、もう、出歩かないで下さいねえええ! 今日のお昼ご飯はいちご牛乳ですからー!」
 「…猫にンな事言って、判る訳ないだろ? 判んのかアイツは? どこにもやりたくないんならなあ、檻にでも入れとけよ」
 「出来るかッ! 鳥やハムスターじゃねえんだよ!」
 「猫って、フラフラフラフラ出て行っちまうからな。あっちで見掛けたって聞いて行っても、もう居やしねえ。アッチコッチ捜すのも一苦労だっつーの。ゼッテー飼い主ナメ切ってるんだぜ? なのに、唐突に擦り寄ってきたり。かと思ったら、素知らぬフリで毛繕いとか」
 「…何だお前。猫飼った事あるのか?」
 ふっと、銀時は口元を緩める。
 「ねえよ」
 小さくなった の後ろ姿と、揺れる尻尾。銀の鈴の音は、聞こえなくなった。銀時は が見えなくなると、鑑爺に向き直る。
 「じーさん、また来るぜ」
 「いやいい。来なくていい。二度と来るな。塩撒くから。聖なる結界で入れないからお前は」
 「いんや、来る。ゼッテーまた来る。入る。入れる。俺は勇者だから。運命に導かれた勇者だから」
 「来んなっつってんだろ!  様に近付くな!」
 「…そんなに大事なんか? 見たトコ、綺麗な毛並みしているが、血統書付って訳でもなさそうだ」
 「詮索するな」
 押し殺した声で、鑑爺は言った。銀時を睨む目は、唯の和尚のものとは思えないほどの力強いものだ。銀時は、この鑑爺こそ、只者ではないと思う。
 「じゃあな」
 軽く手を振って歩き出す。視線だけ、 が歩いて行った先…寺務所のような所に移した。
 早速、明日にでも来よう。何とか仕事を見つけて、金を手に入れて、キャットフードを買おう。餌付けをしてみる事に決めた。
 「 、ね」
 呟いて、寺を出る。寺の囲い沿いに歩いて、かぶき町の中心を目指した。
 リン。
 涼やかな、音。暑い真夏に注いだ冷たい麦茶と、氷を思い浮かべた。
 ゆるゆる視線を上げると、塀の上には黒猫一匹。
 「
 ニャアと鳴き、 は軽やかに飛び降りた。
 「おいおい、やっぱり俺の事が気に入ったんだな? 可愛い奴め。連れて帰っちまいてートコだが、バレたらあのじーさんに殺されそう。…どうしよ」
  は銀時を見つめるのみ。
 「よし。連れてかねー。 が勝手に付いて来るなら、それは別だよな。俺の所為じゃねえし。猫は人の言葉判んないもんなー。駄目っつったって。な? 
 また機嫌良さそうに、 はひと鳴きした。相槌のようなタイミングだった。
 「…本当に言葉理解していたりして?」
 急に にキスがしたくなった。呪いで猫になっている、そんな馬鹿げた話を本気で考えている訳ではなかったが、試したくなる。「キスするぞー」と言いながら を抱き上げ、顔の前で停止。 は一切抵抗をしなかった。
 「ホントにしちゃうぞ?」
 鳴きもしない を見ながら、困る。
 「ここでホントに元に戻ったりしたら、ヤバイよな。素っ裸だよな、それは不味いようんうん。家帰ろ」
  を放し、付いて来るかどうかを確認。数歩後ろをちゃんと付いて来た。鈴と尻尾が揺れている。
 葵の紋入りの鈴を持つ黒猫を従え、坂田銀時は我が家へと戻って行った。



 結局、午前は仕事は見つからず終いで、昼飯は抜きだ。家に着くまでも、何もなかった。 の為に、小皿にいちご牛乳を入れてやる。銀時もいちご牛乳が好物だった。 は美味しそうに舐め始める。
 「美味いかー?」
 答えが返るはずもないのに、喋り掛けてしまう。
 今キスをしたら、いちご牛乳の味だ。そんな事を思いながら、銀時は水を飲む。
 「…早いトコ仕事見つけねーと、マジヤバイかも」
 低い声で呟くと、 が顔を上げた。
 「ん? どした?」
  はそのまま、台所から出て行ってしまう。
 「あれ、もうお帰りですか、お猫様?」
 万事屋事務所兼居間まで追い掛けて行く。部屋をぐるりと回った は、寝室、客間とちょろちょろ移動をした。ソファの上で見ていた銀時は、妙な居心地になる。まるで、家探し。否、一人暮らしを始めた息子の家を、要らぬお節介で見回る母親のようだと思った。ただの想像だ。銀時に母親は居ない。
 「気が済んだかィ?」
 戻って来た に、訊く。 はそのまま銀時の隣を陣取った。
 「あーらら、今度はお昼寝? いい気なモンねー」
 丸まった は小さく鳴く。銀時が顎下を撫でて、優しい瞳で を見ていた。彼は を抱き上げる。そのまま の背中を何度も優しく撫で、キス。
 「…………。駄目か」
  は猫のままだった。
 「当たり前だぁな」
 どうかしてるぜ、と呟き、 を抱いて昼寝をしようとする。一眠りしてから、また仕事を探すつもりだった。
 ふと目を覚ますと、午後二時。
 銀時の動きにつられてか、 も動く。二人は揃って伸びをした。
 「さあて。俺はそろそろ仕事探しに行かにゃ。 、お前はどうする? この家に居るか? 寺へ帰るか? それとも…」
 銀時が言い終わらないうちに、 は素早く動いた。小さな躰は玄関へ続く入り口前。帰るなら、そのまま玄関へ直行するだろう。行かずに、まるで銀時を待っているかのように見えるのは、きっと気のせいではない。
 「…仕事探しに付いて来るか?」
 溜め息の次に出た台詞に、 は鳴き声一つを返した。



 銀時は行く先を大まかにしか決めていなかったが、途中からは何故かリードする に身を任せていた。
  は普通の猫ではない。
 銀時は確信めいた思いで後を付いて行く。
 初めは、天人かと思った。次に、まあ似たようなものだけれど、宇宙生物。ここまで地球産の猫に酷似している宇宙生物を聞いた事がないが、居ないとも否定し切れないのは宇宙の広さのせいである。変化出来る天人だって、居るのかも知れない。
 「おーい、 さあああん。どっこまでいっくのー?」
  は時々振り返り、銀時を誘導している。今の問いには、軽く視線を寄越しただけだった。そのまま鳴き声も出さずに進む。銀時は溜め息を吐き、大人しく付き従った。
 やがて、大きな屋敷の前に着いた。かぶき町の中では、異色の類いだろう。屋敷の規模は大きい事この上ないが、造りも色味も大変質素。ネオンでギラギラ光る町の中とのコントラストは想像つく。
 「お前が見せたかったのって、コレ?」
 屋敷の目の電柱に、迷い猫のビラが貼ってあった。「捜しています。目の色は美しいブルーサファイア。毛の色は主に白。クリーム色にも見えます。ポイントカラーはチョコレートとライトグレー、ウィスタリア、パステルブルー。特徴は、両手両足の先が白い靴下を履いているような、バーマンです。一月七日から行方不明です。無事捜して下さった方にはお礼金を差し上げます」と書かれている。
 「パーマン? 猫がパーマン?」
 ぼそりと呟けど、誰も突っ込んではくれない。銀時は咳払いをして、 を見る。 は明後日の方向を向いていた。
 「正体バレたら動物にされるんだよねアレ。くるくるパーになるって昔は云ってたんだけどねアレ。パーは天然パーマのパーじゃないよ。あったまパーでんねんのパーの方、つまり馬鹿」
 銀時が喋り終わると、 は屋敷の門の方へ歩き出した。
 「ちょ、ちょっと、 さん? どちらへお出掛け? 銀さんを置いて行かないで!」
 慌てて を追い掛け、銀時は虚しくなった。猫は喋らない。ツッコミしてくれる相方を募集したい気分だった。
 大きな鉄門の横には、表札が出ている。暹羅。
 「…? 何て読むんだ?」
 銀時が考え込んでいると、 はひと鳴きして格子の間から、するりと中へ入って行った。
 「こら、勝手に入んな!」
 注意をしたものの、このまま突っ立っている訳にもいくまい。銀時は腹を決めた。インターホンを押して、待つ事十数秒。
 「はい。シャムです。どちら様でしょうか?」
 穏やかな女性の声が聞こえてきた。










**やっと仕事にありつけそうな展開に。
 三代目将軍の名前ですが、検索避けのつもりでいえかげにしてみました。もしも、原作で家系図でも出て来ていえみつである事が判明したら、いえみつに直します。…当代将軍はしげしげなのに、初代はいえやすと史実と変わりないのが疑問。

*2007/07/17up