ドリーム小説

事件簿一の参

遠距離恋愛の成功確率ってどんくらいなんだろーか。





 銀時が通された暹羅家の応接間は、やはり外観と同じく質素なものだった。
 調度品ですら、庶民が使うものと何ら変わりがない。西洋文化が取り入られてはいるものの、ソファとテーブルも、至ってシンプルだ。絨毯は敷かれておらず、木目の古めかしい床が建物の経過年数を物語っている。
 こざっぱりとした身形の暹羅家当主は、佳也子と名乗った。
 「万事屋さん?」
 銀時から受け取った名刺を見て、佳也子は小首を傾げた。
 「そう。まだ最近始めたばかりですけどね。お宅の前で迷子猫の張り紙を見たもので、行きそうな場所とか、何か癖のようなものがなかったかとか、お聞きしたい事がありまして。食べ物の好き嫌いなんかは、ありましたか? 餌で釣る、という手は試されましたか?」
 あまり慣れていない敬語を使いつつ、銀時は佳也子を見遣る。たおやかな印象の彼女は、思い巡らすように何度か瞬きをした。そっと、左の頬に手を添えて、まだ沈黙。
 「あの仔が行きそうな所は、総て捜しました。かぶき町大公園や、御苑などにも良く連れて行きました。行き付けのお魚屋さんにも、果ては空き地の土管の中まで調べたりもしました。けれど、何人もの方にご協力を頂きましたが、未だに見つからないのです」
 溜め息と共に佳也子はまた黙り込んだ。
 銀時は を一瞥し、 も銀時を見た。後には引けない。佳也子に報酬の話を切り出し、銀時は調査に取り掛かった。



 「さあて、 さん、猫の溜まり場にでも案内して頂きましょーかィ? お前、あの暹羅さんちの猫の事、知ってんじゃねえの?」
 腕に抱いていた を離し、銀時は軽い口調で訊いてみた。
  は屈んだ銀時の鼻先に擦り寄り、すぐ離れる。一度鳴いて、そのまま歩き出した。
 「やっぱりか。そんな気がしたんだ。俺ってスゲくね?」
  が訪れたのは、また別の大きな洋館だった。
 しかし、こちらはかぶき町にふさわしい外観だ。塀も門も電飾が飾り付けられている。一言で済ませば、悪趣味。夜は街灯など要らないほどの明るさになるのだろう。ここまで派手な外観もさることながら、完全に日本家屋の面影はない。
 「何? ここに居るってか? つか、誘拐?」
 迷い猫にしろ犬にしろ、町中を良く捜しても、見つからない事は当たり前のようにある。しかし、他の人に拾われてこんな大きな屋敷で飼われていた日には、もっと見つけられないではないか。見つからないはずである。
 「首輪してたもんな、あの張り紙写真じゃ。っつーことは、誘拐、か? 幾らさすらっていた猫とはいえ、自ら首輪を外す事はねーだろうし。怪我してた所を助けられた、とかそーゆーパターンもありかな。その場合、謝礼はこの家の人と分け合っちゃったりするのかな?」
 つらつら喋りつつ、辺りの様子を窺う。表札を見た。
 「なあ、本当にここで良いんだな?」
  は無言で歩き出す。
 「オイ!」
 追い掛けようか迷ったが、 はまたもや銀時を誘導するつもりらしく、途中で振り返り、止まる。
 銀時が歩けば、 も歩いた。
 今度はどこに連れて行かれるのか、と予想立てていると、 は屋敷の裏手へやってきた。そしてそのまま、細道へ入る。
 かぶき町内で一件、隣町で四件。
 電柱やら壁やらに貼られていた、迷い猫の捜索願の紙。時期は一月から三月にかけての事だった。
 恐らく、かぶき町でももっとあるに違いない。近隣の町を合わせると、それなりの数になるのだろう。
 もしもこれが誘拐なら、狙いは何だ?
 単なる猫好きの仕業とも思えなかった。情報が圧倒的に足りない。他の糸口を見付けない事には、先へ進めない予感。
 暫く振りに が鳴き声をあげた。それを合図に、 はひらり、と身軽に木に登る。銀時も後を追った。
 この屋敷は、裏庭も相当な広さだった。その中に、急ごしらえのような、粗末な小屋らしきものが目に入る。今は、職人が二人、煉瓦を積み上げていた。小屋の周りを囲むような下作りに、不可解さを覚える。
 「小屋壊してから新しく煉瓦のお家作りゃいいのに…?」
 よくよく観察してみると、小屋というには少々大きい気もする。銀時から見えているのは、ちょうど横側面になるようだ。
 半刻ほど見ていたら、使用人らしき女性が二人やって来た。一人は瓶を、一人は紙袋を二つ抱えていた。職人に挨拶をして、彼女たちは小屋のドアを開ける。
 僅かに漏れ聞こえてきたのは、聞き逃すはずもない、聞き間違えるはずのない、猫たちの鳴き声。
 「なーるほど。あの煉瓦の囲いは、防音の意味もあるのか」
 裏庭とはいえご立派なお屋敷の一部に、粗末な小屋を置いておく訳にはいかない。恐らく、ここの主人の癇に障るのではないか。裏庭の奥隅には、別の煉瓦造りの建物が見えた。倉庫か何かだろうと思う。
 ふと、何かが引っ掛かった。
 イメージを確たるものにしようと、銀時は目を閉じた。
 「近隣から消えた猫達、それらが集められていると思われる屋敷の裏庭、金持ちに偏見がある訳じゃねーが、あんまり良い趣味とは言えない感性の持ち主がやりそーな事、かあぁ」
 いくつか思い浮かぶが、どれも的を得ているとは思えなかった。
  を見ると、小屋から目を離さずにいた。
 「どうした、 、案内はこれでお終いか?」
 「ナア」
 「そうか。……何だ何だァ、お前さんの知り合いでも居るのか?」
 「ゥニャ」
 「うにゃってオイ。マジでか? 暹羅さんちの仔?」
 当てずっぽうで言った台詞が当たっているらしく、銀時は と小屋とを見比べた。



 夕方、銀時は金虎寺へ立ち寄った。 を腕に抱き、これ見よがしに の懐き度をアピールしてやった。
 「万事屋、貴様ァ!! 駄目ですよ、 様〜。そんな得体の知れない輩にたぶらかされはなりまっせんー!」
 鑑爺は、銀時に対しては般若の如くの怒り顔を向け、 に対しては弱り切った情けない表情から頑として交際を認めない、父親のような必死さを滲ませて叫んだ。
 おもしれージジーだ、と銀時はのんびり思う。余裕だった。あたふたと に話しかける鑑爺だったが、 はもう、うとうと眠りの淵にいた。
 「うっるせーな。 が起きちまうだろーが。それより爺さん、聞きたい事がある」
 銀時は暹羅家の猫探しの依頼を受けた事、近隣の猫が失踪している事、 の知り合い猫が誘拐されている恐れがある事を話した。センスの悪い洋館屋敷の事も。
 「んで、その屋敷の主人が蛾又(ガマタ)っつーらしいんだわ」
 「…そうか、 様のお知り合いが…。っつーか、何でそんなこと判るんだテメー」
 「 ちゃんからの愛のテレパシー受信」
 「言ってて恥ずかしくないか。お前の毒電波は 様に悪影響を与える。とっとと 様を返せ! っつーか、今はお前が誘拐しようとしてないか?」
 「誘拐じゃねーよ。同意あるもん」
 「もん、じゃねーだろ。 様のお住まいはここの他を置いてありえん!!!」
 言い切る鑑爺に、銀時はうろんげな目を向ける。
 「おいおい、ホント、この ってーのは何モンなんだ?」
 「余計な詮索はするな、と言ったはずだ」
 「だけど、 の知り合い…なのか、お友達なのか、彼氏なのか知らねーが…」
 「 様に彼氏なんぞおらーーーーんッッ!!!」
 今まで以上の大音声に、銀時は顔をしかめた。 の耳がぴくぴく動く。それを見た鑑爺は、慌てて口を塞いだ。
 「もう遅せーよ。それより、だ。 がこれだけ知っているのは、何か訳があるとみた。爺さんに言わず、っつーか喋んねーけど、俺に教えたのにも、理由があるはずだ。仕事でもあるし、この の知り合いなら、助けてやりてーしな。話せる事だけで良い、爺さんが知っている事、 の事、この事件の事、話してくれ」
 鑑爺は押し黙った。銀時を値踏みするように睨み続ける。
 「 がこれだけ俺に懐いているんだ。ちっとは信用してくれねーかィ?」
 銀時から視線を外し、鑑爺が言った。先程までのかくしゃくとした雰囲気は、どこか鳴りを潜めていた。
 「 様は、ここら一帯の猫のボスなんじゃよ。 様との散歩や、猫好きサークルの会員たちからの情報でこの一件の事は知っておった。 様と儂は別々のルートで事件を調べていった。 様は、ひたすらに仲間の安否を、儂は蛾又の素性、バックに付いている組織の事を―…」
 「組織?」
 キナ臭い話の流れに、銀時は思わず目を見張る。鑑爺は銀時を見据え、頷いた。
 「まだこの江戸では小さなモンだが、尾張三河では悪名高い連中じゃ。織川組が勢力を広げたがっている。その時、細くて薄い血縁を頼り、味方に引き入れたのが蛾又」
 「オリカワ…? 知らねーな。ま、まだここら辺来て日が浅いけど」
 「その織川組は、半年程前から天人と手を組んだらしい」
 天人、とくれば、キナ臭い話は確定したようなものだ。全ての天人が悪い事をする訳ではないが、銀時は苦虫を噛み潰したような顔をした。
 「猫誘拐との繋がりは?」
 「まだ確証は取れていないが、天人が開発したあるモノが関わっているらしい。猫を実験台にするような非道な事かと思ったが、そうでもないらしくてな。それに、攫われた猫に共通点らしきものがない。野良猫に絞れば騒がれる事もないだろうに、飼い猫にも、野良猫にも手を出しておる。勿論、猫の種類もバラバラじゃ」
 「もしあるとしたら、場所? このかぶき町界隈と隣町…っつーても、広いなあ」
  の背を撫でながら、銀時は唸った。
 両者沈黙のもと、時計の針の音だけが響く。もうすぐ、午後六時前。
 「まあ、俺も色々と当たってみるわ。万事屋初仕事でしくじる訳にはいかねーからな。どんな事件も万事解決! それをモットーにやってくから」
 「…先程、この辺りには来て日が浅いと言っておったな」
 「まーな」
 「何故万事屋を営む? 余り儲かるとはいえんだろう。いつも仕事にありつけるとは限らんからな」
 銀時は立ち上がった。帰るつもりである。
 「俺に一番ピッタリなの。あ、そうだ、アンタ顔広いみたいだから聞いとく。そういや、あいつも猫好きだった」
 「何じゃ?」
 「 って知ってる?」
 「……いいや、心当たりがない」
 「そうか、ならいいや」
 「探し人か?」
 「んー、まあ、そんなトコ。もしその名を聞いたら、必ず俺に教えて欲しい」
 銀時の、他人に死んだ魚の目と言わしめる双眸が、少し真剣味を帯びた。鑑爺は長年の経験で感づく。
 「何じゃ、恋人か? 逃げられたのか?」
 銀時は思わず裏返る声もそのままに反論した。
 「こ、恋人じゃねーよっつーか逃げられてねーしッ!」
 「ふん、嘘は止せ。お主は生活能力皆無っぽいからな。今までたんと見てきたわ、甲斐性なしなせいで女に逃げられたと泣いて相談に来る阿呆共をな」
 「うるっさいわ! 違うつってんだろおが!」
 「愛が途切れた事を認めたがらず、女の後を追いかける男は多い。この前、遠距離恋愛くらいになったとしか考えん阿呆がおってなー。そのくせショックで仕事が手に付かんくなったからと、そやつの兄が相談に…」
 「っつあーーーもー違ああああー!! もういーわ、俺帰るわッ!」
 銀時は勢いよく襖を開けた。
 「待たんか貴様ー!  様を置いてゆけー!!」
 鑑爺は銀時に飛びかかり、小脇に抱えられた を奪い返そうと必死に争った。










**遅ればせながら、第参話目です。
 天人の影響なのか何なのか、西洋チックな建物とかたまに出てくる銀魂ですが、どんだけ浸透しているのだろうかと書いててちょっち気になりました。
*2007/08/26up