ドリーム小説

事件簿4
一度は掴んでみたい犯人のシッポ。





 「ふ〜〜〜。あー、イイ、イイわコレ。お前さん毛並みツヤッツヤだね。こーして抱きかかえてると、眠くなるわぁ〜、ホント」
 やる気なさ百パーセントで銀時がのたまった。表情はいつもにも増して緩い。締まらぬ顔を強調させているのは、何より、眠りに落ちる前の今にも閉じそうな眼差しだ。
 銀時の腕から逃げようと必死の だったが、中々困難極まる。鳴き声の抵抗も効かないと判り、 は爪を出した。銀時の腕に爪を立て、彼が痛みで怯んだ隙に腕から抜け出す。
 「あ、待て、抱き枕!」
 その言葉を聞き、 は逃げの体勢から一転、銀時に飛びつこうとした。
 「アッハッハ! 愛い奴めガアアアァアアアッツつ??!」
 喜んだもの束の間、 の乱れ引っ掻きに、銀時は悲鳴を上げた。顔、胸、腕、おかまいなしの攻撃だったので、傷だらけになる。寝巻き着も悲惨な有り様だった。
 「判った! 判りましたよ! 働くから働きますから! 糖分取ったら働きますから」
 ブツブツ文句を言いつつ、銀時は着替えるために自室に戻った。
 朝早く、 が訪ねて来た時には、銀時はまだ眠っていた。ジャンプしてインターホンを押しても、一向に出てくる気配がなかったので、 は爪で玄関で爪研ぎをし始めた。合間、インターホンも鳴らした。
 やっと起きてきた銀時は、 を見るなり嫌そうな顔をし、そのまま を抱きかかえた。二日酔いだ、と漏らした銀時は をソファに置いた。自分は部屋に戻って寝直そうとした時、 は不満の鳴き声で訴えた。
 仕事しろ。
 しかし、自堕落を愛する銀時には通用しない。眠いんだ、酒の飲み過ぎで気持ち悪いんだ、それよりも更に眠いんだ!
 そんな気持ちから、 を黙らせようと胸に抱いた。そして、冒頭の台詞へ続くのだった。
 「昨日、下の大家のババアから蛾又の情報仕入れたんだぜ。常連客の一人も、少し情報持ってたし。看板見たか? 言葉判っても、字までは読めねーか? とにかく、ババアはスナックの経営者なのさ。そして、このかぶき町の四天王とまで謂われるほどの実力者でもある。今でもそれなりに情報通だからよ、蛾又の屋敷に忍び込めるチャンスをも把握してやがった」
 蛾又の屋敷の初老の庭師が、お登勢に仕事を辞めたいとぼやいていたらしい。
 しかし、後続の人材がおらず辞められない状況。雇い主は新しい庭師を募集するつもりがないらしく、一人息子は非行に走り家出中だという。
 仕事を辞めたい理由は、身体の自由が利かなくなってきた母の面倒をみるため。母は東北の実家に一人暮らしなので、心配で仕方ない。せめて、今後の暮らしの相談と準備のためにまとまった日数の休みが欲しい…。
 「ってわけで、庭師のじーさんには体調崩した事にしてもらって、暫くの間は俺が代わりに屋敷で仕事をする。どーだ、ちゃんと働いてるだろ? ババアに頼んで口利いてもらう予定だ。動くのは、それから」
 銀時は砂糖水を舐めながら話した。テーブルに載っているのは、他にいちご牛乳だけ。いい加減他の収入をアテに動いた方が良い気がしなくもない。けれど相変わらず仕事は皆無。
  はこっそり溜め息をつきつつ、天井を仰いだ。



 庭師との交渉が上手くいき、坂田銀時は庭師の遠縁の者として蛾又の屋敷で働く事になった。潜入成功、と銀時がほくそ笑む。
 何とか悪事の尻尾を掴んで…いや、暹羅家の猫を見つけたい。既に屋敷にいるかどうかの手掛かりだけでも。
 大体の仕事メモを貰ってはいたが、庭師の余りにも達筆な筆跡は銀時には文字として認識する事が困難だった。
 仕方がないので、大きな鋏でその辺を切り揃える事にする。後は適当に草むしりでもしようと決めた。
 銀時が蛾又の屋敷に潜入して四日目。庭師が元気に戻ってくるまであと三日だった。多少焦りを感じていた銀時は、深く探りを入れようと進入禁止にされている裏庭へと近づいた。
 とっくに煉瓦のお家は完成していた。猫の鳴き声は聞こえない。
 まだ中に居るのか、あれから猫の数は増えたのか、そんな情報も全くない為、焦る気持ちが強くなる。
 餌係になりすまそうかと考えたが、どうにも上手くいきそうにないと思ってしまう。
 追い出されたら終わりだが、何か良い手はないものか―…。
 小屋の前に居る見張り二人を見ながら、銀時は思案に暮れた。
 銀時が一か八かの思いで小屋へ進んだ時、赤銅色の扉が開き始める。中からしわがれた声が聞こえた。
 「今日も収穫なし、か」
 「仕方がありません、蛾又様。手掛かりがないのですから、地道に探しませんと…」
 「判っておるわ! だからこうして、小汚い猫共を集めているのではないか!」
 「はい」
 蛾又と呼ばれた男は苛々しながら舌打ちした。
 「戌威族にまたもや嫌みを言われるわ。どうしてくれよう…」
 蛾又の苦り切った声に混じり、猫たちの鳴き声が聞こえている。
 銀時は事件の背景を想像しつつ、蛾又の後を付ける事にした。
 実は、銀時は蛾又を見るのは初めてだ。彼は昨夜出張先から帰って来たばかりだった。蛾又自身は大した事はなさそうだが、お付きの男は物腰からして使えそうな男である。名前は何といったか…、とにかく黒スーツの下には、相当鍛え上げられた身体が隠れていそうだ。
 その黒スーツ男の視線が、屋敷の塀の上に固定された。
 蛾又が未だのたまう愚痴を引き裂くかのように聞こえた、涼やかな鈴の音。
 聞き覚えがあったので、銀時もそちらを向いた。彼と黒スーツ男が塀の上に佇んだ一匹の猫を目に留めたのは、同時。
  、と名を呼びたいのを我慢し、銀時は成り行きを見守った。
 「おい、捕まえろ!」
 主人の声に反応し、黒スーツ男が走る。
 銀時は の側に駆け寄りたい自分を押さえ、 が作ってくれたこのチャンスのために呼吸を整えた。
 煉瓦家の前に居るのは蛾又のみ。見張り達二人も を捕まえようと走っていった。どうやったら蛾又を煉瓦家の前から退かす事が出来るか、銀時は慌ただしく頭を回転させる。
 それでも思いつかず「てめ、蛾又コノヤロッ! お前も行けよ走れよ! そのメタボリック一直線な身体動かせやアァァッッ!」と歯がみしながら思い続けた。
 銀時の視界から が消えた時は、鳴り続ける鈴の音だけが彼女の安否を伝える。いつでも煉瓦家に、あるいは に駆け寄れるように神経を研ぎ澄ましていたが、ここへ来て初めて聞こえた の不満げな鳴き声に一瞬気が逸れた。
 「よし、よくやった! 早くこちらへ連れて来い!」
 蛾又の喜びの声が、銀時の耳に突き刺さる。慌てて を探し、屋敷の陰より飛び出しそうになったが、 のきつい視線に射竦められ、思い留まれた。
  は黒スーツ男に片手で掴まれていた。銀時を睨んだ彼女はすぐさま自分を捕えている男を睨上げ、鋭い爪で反撃をした。
 黒スーツ男は怯んだが、 を離さなかった。もう片方の手で、 を完全に捕えようと動いた。
  は臆す事なくその手に噛みつき、拘束している男の手に深く爪を立てた。黒スーツ男は溜まらず、 を掴んでいる手の力を弱めた。
  は更に連続引っ掻きを続け、拘束を解いた。地面に着地するなり、手を伸してくる黒スーツ男に向かい、顔面に尻尾を叩きつける!
 「何をしておる! たかが猫一匹ではないか!」
 蛾又の苛ついた声が裏庭に木霊した。
  は、今度は蛾又に向かって疾走する。蛾又は怯えたのか後退ったが、やおら を捕まえようと両手を振り上げた。
 猫は一般的に身のこなししなやかで、素早さもある。しかし、 は普通の猫以上の能力を持っているらしく、大の男四人掛かりでも捕えられなかった。
 戦い慣れている者の反応だ、と銀時は思った。
  は蛾又達を翻弄し、煉瓦の家から遠ざかる。 の挑発に乗り、彼等は裏庭から姿を消した。
 銀時は の無事を祈りつつ、煉瓦の家の前に立った。扉は完全に閉まっておらず、隙間から猫達の声が聞こえる。
 中にも見張りが居るのではないかと考えながら、扉の中へ入った。
 煉瓦の家は、大きさにして二十畳くらいはあろうか。猫が出られないように、隙間三センチほどの鉄格子が嵌められており、どう見ても元々が木製の小屋である事を思うととてつもなくミスマッチである。
 「何だ、あれ…」
 鉄格子に近づくと、何匹かの猫が反応した。威嚇を始めるものも居る。その目算三十匹ほどの猫の群れの中に、怪しい色の光を放つ機械が据えられていた。
 鈍色の土台の上には透明のガラスのような半球体。中では、紫、青、緑、黒の四色が順に色変え、時折混ざり合い、アメーバ状の光を生んでいた。
 怪しい。怪しすぎる。
 恐らく、鈍色の土台の中には銀時では一生掛かっても理解出来ないようなテクノロジーが詰め込まれている事だろう。
 これは、天人の技術だ。
 天人の文化に触発され、大江戸のみならず地球全体で文明の進化は急速に進んだ。地球産の学者達も、天人に負けないくらいの頭脳を持ち、しかし天人の援助にて発明を繰り返し機械文明も発展していた。
 蛾又がどれ程の資産を持っているのかは判らないが、少なくとも易々とこのような怪しげな物体を手に入れたとは考え辛い。
 いよいよ鑑爺から聞いた話が現実味を帯びてきた。
 目的は何だ?
 天人が開発したあるもの、とは、目の前の機械の事だろうか?
 それにしては、こんな所に在るのはおかしすぎる。電源供給はどこからなされているのかも見当がつかない。
 猫達はどうしようか。逃がしてしまおうか?
 鍵はなし、通販で買った木刀もなしでは鉄格子はどうにもならない。ここで逃がした方が良いのかも、判らない。
 銀時が迷っていると、足に何かが触れた。
 「!  、無事だったか」
 「ニャア」
  は銀時に目を向けた後、鉄格子越しに猫達に話しかけた。
 銀時にはニャアニャア鳴いているようにしか聞こえないが、 は二分ほどで事態を飲み込んだらしく、銀時に向き直る。
 「どうした? 暹羅さんちの猫は居たのか?」
  は黙って銀時を手招きした。
 外を伺い、蛾又達が気付いて戻る前にと、急いで飛び出る。銀時はようやく から鈴の音が聞こえない事に気づいた。
 塀沿いの低木の後ろに回った後、銀時は小声で尋ねる。
 「おい、鈴はどうした? 取られたか?」
  は首を振って否定した。
 「落としたのか?」
 またも首を振る は、その仕草のまま銀時が着ていたオーバーオールの胸元に潜り込もうとした。
 「ちょ、ちょ、ちょい待ち! いやん さんたらダ・イ・タ・ン!」
 笑い声を上げそうになった銀時だったが、蛾又の怒声に口を閉じた。日除けの麦藁帽子を胸に宛てがい、 を見つからないようにする。
 気配は消してばれる事はないと思ったが、見つかった時の言い訳を考えながら、黒スーツの男の動向に注目した。
 小さく見える蛾又は、見張りに定位置に戻るよう指示し、自分は黒スーツ男を伴い去って行った。
 ほっと一息ついた銀時は、すぐ低木沿いに表の庭へと向かう。玄関にまだ蛾又が居たので、中へ入って行くのを見守った。
 黒スーツ男は?
 玄関を開け、蛾又より先へ入ったのか?
 玄関は外開きである。
 例えば執事が居るとして、外開きの扉を開け、中に入り、主人が入ってから中より扉を閉めるものだろうか。
 違和感。
 見えないが、黒スーツ男はまだ庭に居る。
 銀時は直感し、感じない気配を探るために目を瞑った。
 直後、声がした。
 「庭師、サボリか?」
 「!」
 黒スーツ男は、後ろから銀時を見下ろしていた。猜疑の目だった。
 「すいまっせ〜ん。ちょおーっとだけのつもりでぇ…」
 銀時は立ち上がり、首に巻いていたタオルで顔を拭く。
 「黒猫を見なかったか?」
 「さあ? 見てませんけど、猫を飼っていらっしゃるんで?」
 「蛾又様がお探しだ。見つけたら捕まえて知らせてくれ」
 「はい」
 黒スーツ男は玄関の前で庭全体を見回した。 を探しているのだろう。しかし諦めてか、屋敷の中へ入って行った。
 「……おい、 。このまま庭師の道具入れのある所へ行くぞ。出てくるなよ」
 蛾又の屋敷の入り口は計三つ。正面玄関と、屋敷右にある使用人出入り兼荷物運搬用に使われているもの。屋敷左にある入り口は使用禁止とされていた。
 蛾又の屋敷は横長の三階建てだ。三階の三分の二は蛾又の私室として使われていた。バルコニー付のテラスに目をやり、銀時は小走りに屋敷右の通用口へ向かった。
 屋敷の中で出会ったメイドに声をかけ、昼休憩のために屋敷を出ると伝える。使用人頭にも伝えてもらうよう頼んだ。黙って消えても良かったが、黒スーツ男が脳裏を過り、後で急にいなくなったと思われたくなかった。
 まだこの屋敷で調べる事がある。動きにくくなってはまずい。
 屋敷内の物置場、ともいえる所の隅に、庭師の使っていた道具入れロッカーが置かれている。本来は裏庭の小屋にあったものだと聞いていた。
 庭師は小屋が何の目的で改造されたかを知らなかった。他の使用人達も同様だった。但し、流石に猫を三十匹近く匿うとなると情報規制は完全に出来ないもので、屋敷の主人が猫を集めて飼っている、という事実、そして公にしてはいけないらしい、という思いが皆の暗黙の了解だった。
 銀時は腰の道具入れを取り外し、ついでに軍手もロッカーに仕舞った。いつもなら着替えてから外出するが、仕事着のまま外へ出る事にする。着替えが必要なくとも、更衣室には用があった。タイムカードで出退勤や休憩を記録する事になっており、面倒臭かったがいつも通りにした。
 「蛾又が考えたんだか誰が考えたんだか知らねーが、細けーな、ホント」
 銀時は小声で呟き、更衣室を後にした。
 屋敷近くの小さな公園にはタコの形をした遊具がある。銀時はその中で を出した。
 「大丈夫か?」
 特に怪我などは見受けられなかったが、念のために聞いた。
  は頷いてひと鳴きした。
 「ふう、大変だったな。お疲れさん。お陰ですげー変なモンが見れたぜ」
  はまた頷く。
 「どうしたもんかね。お前、あの猫達から事情聞いたんじゃね? どうなの」
 聞けど が喋る訳ではない。銀時は を持ち上げ、胸に抱いた。
 「銀さんにだけ、こっそり教えて?」
 「ニャア」
 「いや、ニャアじゃ判らない」
 銀時は溜め息をついた。
 「猫語翻訳機とか売ってたっけ?」
 銀時も も黙ると、やけに風の音が強く聞こえた。
 時は三月下旬。まだ肌寒い日もある。胸に抱いていた は、とても温かった。銀時は裏庭でのやり取りを思い出し、 に言った。
 「今日は助かった。前進出来て良かった。けどな、もう、危ないから屋敷には来るなよ。あと、なるべく町を散歩するのも控えなさいな。捕まらねーかもしんないけどね、 さんの強さなら。でも心配だから、止めてちょーだい」
 「にゃああ?」
 「 さんが猫のオトモダチ心配なように、銀さんも さんが心配なんですー」
  の金色の目が暗闇で輝く。
 「あんな変な環境じゃ心配も不安も増すだろうけど、俺に任せとけ。ちゃんと、解決してみせるさ」
 銀時は と外へ出た。出ると、雪のような、雨のようなものがちらちらと舞っていた。
 「うっわ。何、急に? すっげー曇り空! そして寒っ!」
 吹き荒ぶ風に、銀時は思わず両腕をさすった。
 「おい 、寺まで送ってやろうか?」
  は首を振った。鼻先に雪交じりの雨がついたので、前脚でさすって取る。
 「雪、ね」
 雪が降る度に思い出す事がある。
 消えてしまった女の事。
 「四月には降って欲しくねえなあ」
  は呟いた銀時を見上げた。
 「何か不吉だから」
 銀時はしゃがんで の頭を撫でた。
 「お前は俺の前から消えてくれるなよ」
 「……にあ」
 「なんっかな、お前と居ると思い出すからなァ、 の事」
  は銀時の手の力に抗えず、下を向かされてしまう。強めの力で頭を撫でられながら、彼の呟きを聞いた。
 「消えてくれるなよ」










**真上のセリフが銀ちゃんの低めの声で思い浮かんだ時には、あたしゃーしんぞーのあたりとかくびりぬかれるかと思いました。
 くびりぬく、なんて言葉ありませんが。
*2007/09/18