ドリーム小説

事件簿2
宇治銀時丼の存在自体がある意味事件です。





 三割引のシールが貼ってあるクリームパンの袋を開けながら、 はおちょぼ口になって拗ねていた。坂田銀時は同じく三割引のシールが付いたカレーパンを食べている。
 「人様にメシたかっておいて、何が不満だ」
 「クリームパンは好きだから良いの」
 「カレーパンも喰いたいってか? じゃ、半分コずつ交換しようぜ」
 「違うわ。この体勢」
 「銀さんのお膝抱っこの何が不満だ」
 「何が不満と聞くか」
  はげんなりして呟いた。
 猫の が人間の へと変わった後、 の好物のプリンは坂田家の冷蔵庫にはなかったため、銀時が今朝買い溜めた菓子パンを食べることになった。
 空腹の にとってありがたいことだったが、銀時は を無理矢理自分の膝上に座らせてクリームパンを渡した。
 嫌がって動こうにも、銀時の腕ががっちりと の腰に回されていて離れられない。
 一度は蹴り上げようかと右足に力をこめた だったが、現在の自分の服装を考慮して止めておいた。
 まだ銀時の着物を着ている。よっぽど猫に戻ろうかと思った。しかし、パンは人間のうちに食べておきたい。
 「いーじゃねーか。猫の時だってこんなんしてたし?」
 「猫の時とは大違いでしょう!?」
  の文句は聞かず、銀時は結局カレーパンを一人で食べ切った。
 「あんまりウルセーと、 ちゃんも食べちゃうぞォ」
 「 さんは食べ物ではありません。人肉ってすんごい不味いと思うわよ?」
 真顔で返した は、未知の不味さを想像して顔を顰めた。
 「……どうしよう、天然なのかなこのおねーさん」
 独りごちてみたが、そんなことは今更だ。桂小太郎の破壊的な天然ボケよりはいささか の方がマシだった。しかし、二人は時折、血は争えないと思わせるくらいのシンクロ率で場を混沌に叩き落としていた。銀時と高杉晋助はよくその混沌に巻き込まれて死にそうな思いをしたものだ。
 同じ死にかけでも、坂本辰馬だけは訳も分からないまま混沌に飲み込まれていた気がする。自分の思い込み天然ボケベクトルにいたお陰で難を逃れていたこともあった。天然ボケ返しなどの技も持ち合わせており、彼にはその気がなかっただろうが充分にボケ倒し叔母甥と対等だった。
 つまり、三人とも傍迷惑な人種だ。
 「そうじゃなくて。小腹も膨れたことだし、もっと別の欲も満たしたいなー。 ともっと仲良くしたいなー的な」
 「…仲良く? 懐かしの百人一首大会でもする?」
 「するかッ! もうガキじゃねーんだよッ!」
 確かに、昔は百人一首で遊んだこともある。血戦、とでも頭につけられそうな勢いで札の取り合いをしていた。
 懐かしいがそうではない。
 「そーじゃなくてね」
 溜め息とともに変な欲など外に出せれば、苦労はしない。銀時はクリームパンを食べ続ける を待ち、あれこれ想像を巡らす。
 「ごちそうさま」
  は両手を合わせて目を閉じた。待ちかねた銀時が、 へ頬を寄せる。
 「 に子供扱いされたくないから、どんだけ大人になったか見せてやるよ」
 「要らない。私は大人の中でも紳士が好きだから、貴男はそれに当て嵌まらないわね」
 即答で断られても、銀時はめげなかった。意識して低くした声で続ける。
 「そう言うなって。俺、こう見えても紳士的だって。ヤってみなきゃ判んないだろ?」
  の細腰を捕まえている左手は彼女の横腹から臍周りを撫で、空いている右手は胸元へと伸ばす。
 「銀時君、どの人体急所を狙って欲しい?」
 にっこりと笑って、朗らかな声で恐ろしいことを言ってのけた は、銀時の瞳の奥を覗き込む。
 その視線を受けた銀時は、目から脳へと刺激を受けた。
 殺意と言ってもいいほどの、刺激。
 「…ごめんなさい、おねーさま。ジョーダンでぇっす」
 「そう、良い子ね」
 銀時は両手を挙げて降参した。猫の時にも思ったが、只者ではない。
 いくら昔の記憶を辿っても、 がこんなに攻撃的で銀時を怯えさせるほどの殺気を放ったことはなかったはずだ。何度か本気で怒らせたことはあったが、ここまでのものではなかった。子供の銀時には加減をしていたのだろうか。
 銀時の隣に座り直した は、いつもの調子でおっとりと告げた。
 「さあ、着替えてから、どうしようかな。…お昼ご飯の買い出しに行きましょう」
 今度もにっこりと笑ったが、三日月の目には優しさが溢れていた。銀時が見たかった笑顔だ。
 「久々のお料理だわ。何が食べたい?」
 「…… の好きなもの、何でも」
 銀時は胸にこみ上げた思いを抑えて、やっとそれだけが言えた。



  はまた黒猫の へ戻った。今度も音もなく、一瞬の出来事だった。
 銀時と は金虎寺に寄り、鑑爺に事情を説明した。
 「とうとう、そうなりましたか」
 寺の一番奥の部屋の、更にその地下室にて、 は人間の姿で鑑爺と向き合っていた。
 「はい。危険は承知の上です。なるべく貴男を巻き込まないように行動しますから、今後はここへは来ないように…」
 「何を仰いますか!」
  の言葉を遮り、鑑爺は早口で捲し立てた。
 「今まで通り、ここをアジトとしてお役立て下さい。この寺は、家影様が 様ために建立されたと言っても過言ではないのですぞ! 私めの役どころは生涯、貴女様をお守りすることでございます。例え、何があろうとも」
 鑑爺の忠誠心は、これくらいで揺らぐものではない。それどころか、 への身の危険が増したことで、ますます主を守らねばならない、という思いが強くなっている。
 「鑑爺、ありがとう」
  は鑑爺の両手を握り、感謝した。鑑爺は感激して涙を浮かべた。
 その時の銀時はというと、二人から少し離れていた。地下室に置かれている物に興味を覚えて、話を聞きながら見て回っていた。
 本棚には古めかしい本や巻物があり、金箔張りの箱が床に無造作に幾つも並んで、黄色い段ボール箱の中には非常食が詰め込まれ、その上の壁には、銀時でも知る有名絵師の浮世絵が飾ってある。
 箪笥には男物の着物しかないのに、黒いつづらを開けると、隠すように女物の着物が入っていた。くしゃくしゃに丸められた大量の新聞紙の下に、たった一着。純白の着物だった。
 銀時は振り返り、 を見る。彼女が今着ているのは、真っ黒な着物に真っ白な帯。生地も上物に見えないが、銀時の手にある着物は違った。一目見て高そうだと判る。家影の贈り物だろうか…。
 銀時はすぐにそれを仕舞い、何となくこの場から離れたくなった。つづらの中にある小箱は開けないことにして、重い蓋を閉めた。早く地上に出たくて、口を開く。
 「戌威族には、徳川の化け猫と云われてたじゃねえか。猫の姿の方が危険なんじゃねーの?」
 「それはそう。でも、私が、 自身が生きているとばれるのは、とてもまずいことなのよ。私のこの能力は、異能だもの。長生き過ぎる猫というのもおかしな話だけれど、人間が猫になれる、というよりまだマシ。いくらでも誤魔化しが利くし、誰も昔から目撃されている猫だと証明出来ないわ」
 鈴のことは言わずに、 は話を続ける。
 「和尚の他にも、私が生きていて猫になれることを知っているのは限られた人だけ。私が信頼出来ると思った将軍たちだけ」
 現行の将軍、徳川茂茂もその一人だった。この金虎寺で住職を務めた代々の和尚たちは、全員知っている。

 「銀ちゃんが前に云ったように、猫又でも良いの。そういう噂も流してあるし。家影ちゃんの時代から、彼の想いと徳川幕府を守護する動物が居る…。それは、幕府内では周知の事実なのよ。例えその影に、人間の姿があると噂が付き纏っても」
 「 様は、幕府影の実力者と謂っても良いじゃろう。勿論、天人どもや幕府の恥知らずどもの中央暗部とは違った意味でな。あ奴等が 様をいくら敵視しようが、 様を慕う重鎮も多い。古くから幕府存続のために尽力なさった 様への恩義は計り知れないからのう」
 「…それって、攘夷の時も?」
 「ええ、そう。私の力が足りないばかりに、徳川は天人の傀儡となってしまったけれど」
 銀時は、自分の師のことを思い出していた。 が辛そうに目を閉じたので、訊いたことを少し後悔した。そういえば、彼女は師が亡くなったことを知っているのだろうか。
 彼はここへ来る前に、自分で「先生が死んだ後も」と に…猫の に語りかけていたことを忘れていた。
 「差し当たって行うべきは、戌威族への牽制措置ね。服部に頼みましょう」
 「お任せ下さい。私が連絡します」
 鑑爺は一礼して、顔を上げるついでに銀時をひと睨みし、足早に階段を上がって行った。
 「さあ、銀ちゃん、お買い物へ行きましょう」
 「ああ」
 寺を出てからバスに乗ってショッピングセンターに行った。銀時は に頼まれた物の買い出しをして、 は猫になり外で待っていた。そのまま万事屋へ帰る。
  は新しく買ったエプロンを身に付け、髪を束ね、台所に立った。料理は久々だ。元より得意な訳ではない。食べるだけの方が好きだ。それでも包丁を握った。
 鼻歌を歌おうかと思ったが、止めにして調理スピードを上げることに専念。集中しないと、 の腕ではいつ出来ることになるのかが判らなかった。
 米は研ぎ終わって、炊飯器にセット済み。今は蓮根を切っている。人参や蒟蒻、はんぺんに鶏肉などを切って、筑前煮を作るのだ。紅鮭も塩を振り焼き始める。
 銀時はというと、特にすることもないのでテレビを観ていた。実は、観ている振りで、内容はほとんど耳から耳へ素通りだ。気になるのは、 が料理をする音。遠くで聞こえるその音の方が、なぜか良く聞こえる。
 見えないのに、 を見ようと台所へ顔を向けた。すぐにテレビへと向き直ったが、やはり気になる。
  が料理出来るのは知っていた。彼女の作るものの味は心配していない。
 しかし、落ち着かないのは、このシチュエーション。
 夢にまでみた女と再会し、その好きな女が自分の家の台所で手料理を作っている―…。
 銀時のために。
 この浮ついた気分は、とても落ち着きそうにない。手持ち無沙汰で何かないかと探す。リモコンを引っ掴んでザッピング。特に気になる番組なし。
 立つ。座る。部屋を一周歩く。二周目に入った時、決心がつき台所を覗いた。
 リズミカルに動く包丁が奏でる生活音。
 陽射しで明るい窓の下に、 の後ろ姿。
 他の誰でもない、唯一無二。
 銀時はそのまま、壁に背を預けて床へ座り込む。
 一度ならずとも思い描いた、 との生活が、今ここに存在する事実とその幸福。
 「倖せって、こんなだっけ」
 過去の全ての倖せの記憶を秤にかけても、今この時には釣り合わない気さえした。
  との時間は全て大切な思い出だけれど。
 失いたくない。
 もう二度と。
  を離さない!
 この幸福を護るために、また闘おう。幾らでも刀を振り上げ、戦おう。
 ふいに魚の焼ける匂いがした。ぼうっとしていると、次いで醤油のような匂い。
 皿を取り出す音、湯沸かし器から出る水の音、冷蔵庫を開け閉めする音。
 誰かが居る。 が居る。
 今すぐ抱き締めたら、また彼女は怒るだろうか。
 煮物がぐつぐつ煮え立つ音もリアルに耳に入る。 の小さな足音も聞き逃さない。
 ああ、知っていた。
 どれだけ のことを愛しているか。
 思っていた以上に、愛おしさで息苦しくなる―…。
 暫く音に聞き入っていると、 がぱたぱた寄ってきた。居間を覗いて銀時が居ないことに気づいて、部屋を見回す。
 「銀ちゃん、何しているの?」
 壁に寄り掛かったままの銀時を見て、 は不思議そうに首を傾げる。
 「別に。ただなーんとなく、ここのが落ち着く気がして」
 「あそう。ご飯炊けるのにはまだ十五分くらい掛かるから、一緒にテレビでも観ましょうよ」
 再放送の二時間ドラマを途中から観ることになった。昼下がりの定番サスペンスだった。もう終わりまで二十分もないくらいなので、丁度良い。
 擦れ違い、勘違いから来た熟年夫婦の悲しい物語。主人公らしき女性に犯人だと名指された男は、妻を殺した理由を語り出した。しかし、女性は妻が男を愛し続けていたと判る思い出の品を手渡す。そこで、男は泣きながら首を振って、嘘だ、と呟き始めた。号泣する男に合わせるように、 も泣く。
 「おいおい、おねーさん。これで泣くの? ここでも泣けるの? こんだけで泣いちゃうの?」
 「だっ、だ、て! だって、悲しいんだもん! もっと、もっと信じていれば! 三十年も連れ添った夫婦なのに…。こんな勘違いで殺しちゃうだなんて、あんまりだわ」
  は手の甲で涙を拭いながら、それでもテレビから目を離さなかった。
 テレビの中の女性は言った。
 「信じ続けること。互いへの尊敬を忘れないこと。どうして、口にすると簡単なのに、こんなに…難しいんでしょうね」
 その後、女性は結婚前で恋人と式場の下見に来たシーンになっていく。そして、エンディングはスタッフロールと共に流れた結婚式シーン。永遠の愛を誓い合う新しい夫婦の笑顔でドラマは終わった。
 エンディングに入った時に炊飯器から炊き終わった音が聞こえていたので、 はすぐに台所へと向かう。
 銀時がテレビを消して台所へ行くと、 は「あち、あち」と言いながらしゃもじでご飯を掻き混ぜていた。何か手伝うことは、と思ったが、大人しくソファに座っておくことにした。
 「ちょっと待っててね。お魚とか温めるから」
 「おー」
  はてきぱき動いて食卓を彩っていった。
 お茶を淹れて、筑前煮を盛り付け、鮭と冷蔵庫で冷やしたほうれん草のおひたしを取り出し、ご飯を茶碗に。
 「さあ、召し上がれ」
 「おお、美味そうじゃねーか! いっただきまーす!」
 銀時は、まず筑前煮から食べることにした。短時間で作ったながらも味が染み込んでいて美味しかった。
 「うめー!」
 「ありがとう」
 笑顔で褒める銀時に、 も嬉しくなって笑顔を返した。
 「マジうめー!  、料理の腕、鈍ってないじゃん」
 「そう?」
  は絹さやとはんぺんを取りながら頬を緩ませる。素直に嬉しく、面倒臭がりの彼女でもまた作ろうかと思えた。口いっぱいに頬張っている銀時を見て、言う。
 「いっぱい食べてね。沢山作ったから。余っても、卵とじにして食べると美味しいわよ」
 二人はたわいもないことで談笑しながら、食事を進めた。
 「そうだ、銀ちゃん。三つも買った小豆缶は何に使うの? おはぎでも作る気?」
 「近いけど違う。宇治銀時丼を作る気」
 「…オリジナル和菓子? でも、丼?」
  は眉根を寄せて考えるが、名前から連想するにかき氷の宇治金時しか思い浮かばない。丼物で作るなら、そのまま素直に考えて、白いご飯の上にまさかの小豆てんこ盛り?
  は小豆が少し苦手なため、自分の想像に半眼になった。見るのも嫌だ。
 「菓子じゃなくて、白飯の上にそのまま小豆てんこ盛りにするだけ」
 「うえ」
 「何でだよ? おはぎと大して変わりねーだろ。っつーか、お前、甘党の癖に小豆が苦手だったっけな」
 「甘党の癖には余計」
 食べられない訳ではないが、なるべく避けて通りたいのが小豆だ。 はあんまきやどら焼きですら、餡こを取り去って食べる。皮生地に少し付着した餡こだけで充分なのである。
 流石に法事の後に出た小豆最中などはそのまま頂いたが。
 幼少の頃は普通に食べていた気がすれど、今はとても食べる気がしない。
 「銀ちゃんの甘い物好きは変わらないわね…。というか、パワーアップしていない?」
 「食える量も、スイーツの種類も増えたことだしな。天人襲来以後、俺が感謝出来るのはそこだけだね」
  は天人の技術によって大進歩を遂げた工業・医療分野について考える。恩恵を受けたこと、弊害になっていること、瞬時に浮かんだ政治的なあれこれを何とかセーブして、思考領域リセット。
 「お茶、お代わりするわね」
  は席を立ち、急須にお湯を入れ始めた。薬缶をコンロに置いた時、銀時が隣に立つ。
 「冷めてんじゃね?」
 「私は猫舌だから、丁度良いわ。銀ちゃんが飲むなら、残り温めましょうか?」
 「いやいい。俺はご飯をお代わり」
 嫌な予感がした。予感、というのは正しくないかも知れない。今までの会話から成り立つただの推測である。 が銀時の動きを目で追うと、案の定、彼は冷蔵庫の上に積まれた小豆缶を取った。
 「え、作るの?」
 「そう。作るの。喰ってみ? 美味いから」
 「いえいい遠慮します」
 硬い声音で嫌がる を余所に、銀時は小豆缶のプルタブを開けた。










**
ところで辰馬ちゃんは、やっぱりっつーか松下村塾(仮定)には居なかったのですかねえ? 紅桜編の過去回想ではあの黒もじゃ影も形も見当たりません。
 攘夷戦争参加前に出会ったのかな。前っつーか、後っつーか、最中というか、こん人らの出会いが知りたいです。
 史実では、坂田さんは置いておいて、坂本さん塾に関係ないですし。桂さんはれっきとした塾生じゃない模様ですし…。はっきり塾生と判っている高杉さんがモデルの晋ちゃんは、松陽先生の死に一番拘っちゃう感じなのかな。とか。
 とか書いていても、この夢小説では辰馬ちゃんも塾生設定とご承知置き願います。
 …この恋ない方が
 え、どういう一発変換んんんん?
 この子、居ない方が過去話楽に(?)でっちあげられる気もするのですが。小太郎&辰馬のボケっきりコンビを書くのは大変そう…。これに さん加わるんですからね。時には銀ちゃんもボケに回りますからね。
 晋ちゃんが実は一番の常識人で苦労人みたいですね。
 嗚呼、グレるのも判る
 ↑えぇー?
*2009/03/19up

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