ドリーム小説
後編






 銀時は突っ込んでくる鷹頭に向けて、木刀を構えた。
 何度か打ち合っていると、戌威族の男と蛾又が悲鳴を上げた。戦いながらも様子を探ると、銀時たちの目に入ったのは黒猫だった。そして、暴れている猫たちの群れ―…。
 黒猫の後ろ姿しか見えないものの、俊敏な動きから だと判る。
 銀時は一刻も早く目の前の男を倒さなければならなくなった。
 木刀を握り直し、銀時は猛攻を開始した。
 鷹頭は、銀時の攻撃に押され始めた。自分も負ける訳にはいかなかったが、戦闘能力は相手の方が上のようだ、と苦々しく認める。手段を選んではいられないようだ。
 「ふっ」
 鷹頭が大袈裟に息を吐いた。銀時にはそう見えただけだったが、少し距離を空けて立つ鷹頭に異変が起こり始めた。
 一目で異常と判る筋肉の盛り上がり方、彫りが深くやや毛深くなった顔面、これらは銀時に犬を連想させた。まるでSF映画でも観ている気分になる。
 「お前…」
 銀時の呟きは、野太い声に掻き消された。
 「鷹頭! 今は止めろ。戻れなくなるぞ!」
 鷹頭は即座にその忠告を受け入れた。変身を解こうと力をコントロールする。
 銀時が声の主を見ると、戌威族の男が立っていた。煉瓦小屋の近くに居る方の男とは区別がつかない。目に見えて判るのは、新しく現れた方が少し背が高いくらいか。
 「また現れたか、徳川の化け猫め!」
 戌威族の男は、 を忌々しげに睨みつけた。
 当の は涼しい顔で対峙。しかし、数秒見ただけで興味を失ったかのようにそっぽを向いて倒した蛾又と見張り二人を一瞥した。
 バーマンを抱えて後退るのは、もう一人の戌威族。
 いつの間に、と銀時と鷹頭が思っていると、 は跳躍した。
 否、跳躍なんてものではない。弾丸、と例えるのも行き過ぎかもしれないが、およそ猫らしからぬ突撃だった。
 戌威族の男は衝撃に耐えきれず、バーマンを手放す。すかさず はバーマンが地面に激突しないように自分の背をクッション代わりに使った。
 「ニャーーーーアッ!!」
  の号令のような、腹の底から出た大声に呼応して、煉瓦小屋からは閉じ込められていた猫たちがわっと駆け出してきた。
 戌威族の男にも鷹頭にも、既に用がない猫たちを構う気はなかった。猫たちが一目散に逃げていくのは気にもせず、戌威族の男は を、鷹頭は銀時をそれぞれの敵として警戒していた。
 場を緊張した空気が支配する。
 それを破ったのは戌威族の男だった。無造作に取り出したリボルバー拳銃をバーマンに向けた。
 「化け猫、こちらはその連れの猫が死んでも一向に構わない。しかし、おまえはそれでは困るのだろう? だから取引をしようじゃないか。猫の命は保証する。代わりに、私の欲しいものを、元々は私たち一族のものだ―…それを無事に手にしたい。どうだ」
  は鼻で笑って尾を逆立てる。威嚇の声に、戌威族の男は顔を歪めた。
 「そうか、自分の勝ち目を計算出来るまでは、賢くないか」
 バーマンを向いていた銃口は上がり、 に照準が合った。
 「 !」
 銀時の叫びも気にせず、 は戦闘態勢に入る。ピンと立つ一本の尾から青白い光が出始め、 の黒い体全体を包んだ時、彼女の尾は二つに分かれていた。
 「ふ、二叉の猫?」
 銀時は間の抜けた声音で呟いた。目に見える光景がにわかには信じがたく、瞬きを繰り返す。
 戌威族の男も驚いていたが、幾分か平静を保っていた。
 「やはり噂は本当だったか…。徳川三代目将軍の時代より生きながらえる化け猫よ。徳川の世は実質ないに等しいのに、妖力を蓄えてまで守ろうというのか?」
 その台詞を聞き、銀時は男の言っていることが本当だと感じた。思い出したのだ、金虎寺で鑑爺和尚から聞いた話を。
 あの寺を建てたのは、三代目将軍。主には動物霊を供養する寺。
 霊力が集まる場所で、力を蓄え続けてきた?
 人の言葉を、感情の機微ですら察し、ツッコミだってお手のもの。
 異常なまでの身体能力を持つ、スーパーキャット。
  の正体は、やはりただものではなかった。
 「だが、その命も今日ここまでだ」
 戌威族の男はトリガーを引いた。銀時が動いたが、追従して鷹頭も動く。
 「オメーに構ってるヒマねーんだよっ!! どけェ!」
 銀時が木刀を振り下ろした。渾身の一撃で、人の骨くらいは軽く砕く自信があった。しかし、鷹頭は両腕でガードして凌いだ。
 二人の猛攻が続く中、 は集中して気を高めていた。戌威族の男が放った銃弾を返すために。
  へとまっすぐ伸びた銃弾の軌跡は、ぐっと曲がり戌威族の男の腰を打ち抜いた。
 同時に、 は疲れからがっくりと地面に突っ伏す。気合いで顔を上げたが、すぐに体まではついていかなかった。
 「壬南さまっ!」
 鷹頭は不覚にも自分の主の名前を呼んでしまった。戌威族のそのほとんどは人間には見分けがつかない外見をしている。特に血が近しい者たちはその傾向が顕著なため、こういった身元が割れては困る場では、なるべく呼ばないようにしていたのだ。
 見る者が見れば、次に合った時、壬南のことを他の戌威族と見分けてしまうだろうが、主の危険の種を自ら蒔いたことに、鷹頭は激しい自己嫌悪に駆られた。
 壬南は膝を折り、出血の止まらない傷口に手を当てていた。そんなことをしても血が止まるわけでないが、しないではいられなかった。
 「お、おのれ…!」
 壬南は痛みに耐えて、再び へ銃口を向けた。しかし、照準は上手く合わない。動脈が傷ついていた。ふらふらの には直接攻撃した方が良いように思え、壬南は へと迫った。
  も疲れてはいたが、動けるくらいの余力は残してある。壬南の攻撃をかわし、顔面に乱れ引っ掻きをお見舞いした。
 断末魔のような悲鳴を上げ、壬南は銃を手放し顔面を手で覆った。
 悲鳴に気を取られた鷹頭は、銀時の水平切りで右脇腹を痛めた。この一撃が、鷹頭に撤退の決断をさせる。銀時の攻撃を避け、壬南の元へ近づいた。
 「主、ここは一旦引きましょう。化け猫の存在を掴めただけでも、収穫です。例の物は、また取り返しましょう。貴男様の命と引き替えには出来ません」
 壬南は唸り声を上げたが、鷹頭の言い分を聞き入れた。
 「逃がすかぁっ!!」
 銀時が壬南目がけて木刀を振り下ろした。鷹頭は左腕を犠牲にして主を守った。みっともない悲鳴など上げず、鷹頭は痛みに耐え、主を担いだ。
 「逃がさねえって言ってんだろーがっ!」
 銀時が吠えて木刀で突きを放つ。しかし、鷹頭はまた体を変形させ、銀時の突きをまともに背に受けた。痛みはあったが、彼はそのまま人外の跳躍力でもって屋敷の塀に着地した。
 「てめっ」
 銀時は追いかけようとしたが、 のひと鳴きに足を止めた。追いかけるな、という意味と解釈する。
  は銀時の腫れた頬と、恐らく負傷しているであろう右足を見た。 へ近寄る足取りに違和感を覚えた。
 「 、バーマンどうするよ?」
  がすることはただ一つ。バーマンの体内からエネルギー球を取り出すことだ。
 銀時は の促しに従い、バーマンを抱えて小屋の中へ入った。
  は牢の奥に鎮座する判別機を眺め、幾通りかボタンを押して動きを確かめた。これなら自分にも操作出来ると確信し、作業を進めた。



 無事、バーマンとエネルギー球と分離させた後、銀時たちは金虎寺へと向かった。二日寺で養生させ、バーマンは暹羅家へと返された。銀時は謝礼を受け取り、 にイチゴ牛乳を買ってやる。
 万事屋の居間で は小皿に出されたイチゴ牛乳を舐めていた。
 銀時はソファに座り、 を眺めた。美しい、黒い毛並みの艶に視線を注ぐ。 が僅かでも動く度に、艶めきも銀時の視界で踊った。 の柔らかな髪を思い出す。日の光で照り輝く様は、本当に美しかった。
 銀時は、この二日考え続けたことを に話そうと決意していた。
 「おーい サン、それ終わったら銀さんのお話聞いてちょーだい」
  は視線を寄越したが、変わらぬ速度でイチゴ牛乳を舐め続けた。やがてそれも終わると、 はニャアと鳴いた。
 終わったよ、の意味かはたまたご馳走様、か、銀時はどちらかとぼんやり考えながら、ソファを降りて の前に立った。
 見上げてくる を撫でるため、銀時は床に胡座をかいた。
 そしてぽつぽつと語り始める。
  は猫が好きだった。
 猫は霊験を積むと二叉になったりするらしい。
 霊を呼び込むこともあるのではないか?
 銀時が苦手な領域の話だが、可能性低い、と前置きしつつも意見を述べた。「死んだ が乗り移ったんじゃねーか?」と。
 銀時が から感じ取れる様々なことは、どうにも を思い起こさせてやまない。 の生命を、息吹を感じる。 が死んだと聞かされた後、落ち込む銀時に聞こえた の声。あれは幻聴ではなかったと思えるのだ。
 「どうなんだ、 。いや、 …?」
  は頭を撫でられながら、ゴロゴロとのどを鳴らした。もう一度 、と呼びかけられると、銀時の手首を舐めた。
 「俺は、お前を、あんたをずっと捜していたんだ。突然居なくなりやがって、どんだけ心配したか判るか? 俺ら悪ガキのせいで、あんたが要らん責任感じたんじゃないかって、ずっと―…」
  は手首を舐めるのを止め、銀時の手の端を甘噛みした。
 「 、俺はあんたに会いたくて堪らなかった。先生が死んだ後も、躍起になって天人と戦ってた時も、一人になって江戸へやって来た時も、昨日も今日も、これからもずっと、あんたに会うまではずっと、求め続ける…」
 勢いに任せて思いの丈をぶつける銀時に、 は黙って聞くしか術を持たない。銀時は鳴きもしなくなった を抱いた。
 「 一人を、求め続ける。俺は、 を、愛している」
 どうしてこんなにも想うことが出来るのか、と自問してはまとまった答えの返らない自分に苛立ったこともあった。それでも銀時は、 を諦めるという選択肢を選ばなかった。そんな選択肢は思い浮かばない時期さえあった。
 ただひたすらに真っ直ぐに、 という人間を求めた。
 桂小太郎の叔母で、高杉が一目置いていて、松陽先生までもが気に掛けていた女。
 自分には小うるさい女でしかなかったはずだ。
 しかし、自分に向けられた心底安堵した笑顔と、優しく名を呼ぶ鈴が鳴るような声音。
  を心配させたことは、大変な後悔を伴った。
 それ故に、 の笑顔を増やし、護ろうと決意をした。
 「俺はまだてんで子供だったがよ、あんたを護りたいと思ったことに関しては、誰にも負けちゃいなかった。これからも、誰にも譲る気はねーよ」
 銀時は の目を覗いた。 が居ないか確認するように。
 「だから、応えてくれ、 。俺の声に、俺の想いに」
 これを逃したら、二度と秘密は暴けないと思った。
 これで違ったら、きっともう手がかりはないのだろうと感じた。
 だから必死だった。
 血を吐くような思いで、刹那の隙間すら埋めるつもりで、銀時は哀願するように訴えた。
 「 …ッ!」
 銀時も も視線を逸らさない。
 瞬きすらも惜しんで を重ねた銀時だったが、返る答えはなかった。

 「俺は、あんたがどんなに厄介な女でも構わねえ。『 』がまだ三代目への想いを強く持っていてもあんたと向かい合う。今の の全部、俺は請け負うから、あんたの荷物分けてくれよ。俺が、 を護る!」

 沈黙に耐えかねた銀時は、 を胸元で抱き締め、首筋に顔を埋めた。
  は銀時の頬の暖かさに目を細めた。
 同じだっただろうか。もう忘れてしまったけれど。
  が感じた、小さな銀時の、頬の暖かさと。
 同じだっただろうか…?
 ここに来る前から、気持ちは揺れていた。銀時に真実を伝えるべきか否かを。
 そして の、 の決意は声となって飛び出た。十数年前と変わらぬ調子で。
 「でもね銀ちゃん、私、本当に家影ちゃんが好きなのね? 今のところ、銀ちゃんの恋心は受け止めてあげられないの。お子様好きな私としては、うん、そう、十六歳くらいまでの貴男から言われていたら、もうちょっと考えたけど」
 銀時は耳元で聞こえた の声を、あれほど求めていた の懐かしき声を認識したと同時に、問題のある発言オンパレードに脳みその中で彼女の台詞が木霊した。
 木霊が薄れて消え去った時、ようやく銀時は突っ込んだ。
 「どういうショタ魂だテメー! どんだけ再会ぶち壊してるか判ってる!? 月並みに、久しぶりね、とか、大きくなったわね、くらい言えねえのかァアアアア!!!」
 「成長は喜ばしいことだけど、どっちかっつーとぶっちゃけ縮んで欲しいよ」
 「あー懐かしいー! この反応懐かしいー! けど死ぬほどムカツクぅうううっっっぅう!!!」
 青筋立ててがなりたてる銀時に、 の姿でコロコロ笑った。陽気な笑い声に、銀時は更に腹立たしさが募る。
 やがて の声を骨身に染みるほど聞いて、思わず涙が出るかと思った。もちろん、銀時は泣かなかったが、代わりのように が泣いた。
 「…あんたァ、昔っから涙腺弱かったよなあ。日本昔話の紙芝居でだって、浦島太郎のオチで泣いてたもんな」
 「そう、だって、私は であり、 だから」
 結局取り返せなかった首輪の鈴を思いながら、 は首元へ手を置く。
 「それは、どういうこった?」
 「私はね、三代目将軍の『飼い猫の 』として暮らした本物の 。名を変えて としていたけれど、元は人間、同一人物」
 「…はあ?」
 銀時は の話をすぐには飲み込めなかった。目を瞬かせて の金瞳を見る。
 「だから、私は家影ちゃんの時代からずっと生きているの。この姿になったのは、猫の方が都合良く動けるから。 の魂が乗り移ったんじゃなくて、元から は私で、 も私のこと。さっきは飼い猫といったけれど、それは比喩表現というか二つ名が飼い猫というか…。とにかく、家影ちゃんの表立ってはならないお手つき女中だったと思ってくれればそれが近い」
 「お、おおおおおおおおおおおおおおおお手つきぃいぃ???!」
 「…男女関係はなかったけれども」
 猫のままで複雑な表情を作って見せた は、説明が面倒になり、家影のことは今は話すまいと思った。
 「ねえ、銀ちゃん、上着貸して?」
  は銀時の上着を操り、袖を通した。猫の体では合わないことこの上ないが、裸体になるよりマシだ。目の前で変化を解くのが効果的であろうと判断したこともあり、 はそのまま、猫の から、人間の姿に戻るために意識を集中させた。
 音もなく光もなく、黒猫は女へと姿を変えた。
 「…っ」
 銀時は声にならない悲鳴を上げ、息を呑んだ。
 まさしく、 という女性が銀時の着物を身にまとい目の前に在る。その事実。
 「…え、ってか、え? アレ、お前さん、俺より若くね?」
 「うん、今の設定だと、十八・九、かな?」
 「明らかに俺と初めて合った時よりも若いだろうがアアアアア!」
 設定って何だー! と叫ぶ銀時を無視して、 は伸びをした。
 「ね、それよりも、プリンとかない? イチゴ牛乳じゃこの胃はもたんわ。お腹空きました」
 「お前に食わせる甘味はねえええええええっ!」
 血管が切れそうなほど怒鳴る銀時をやはり無視して、 はもう一度「お腹空きました」と、ひもじそうに呟いた。










**……やっと終わった。
 次回はキャラ定着編というか何というか…の予定ですが、しばらく更新は無理かもですな銀魂は。
*2008/04/25up

***一部文章削除。坂本辰馬の下りをです。彼が完全に幼少期に出会ってないことが判明済みなので、今更ですが削除しました。2014/06/19.

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