ドリーム小説

事件簿一の6
ここで会ったが百年目ってカンジ。





 夢の合間に の鳴き声が聞こえた気がする。
 だがその声を無視してなお、 との思い出に浸っていたかった。
 ふざけすぎて溺れた銀時を助けてくれた
 心臓マッサージも人工呼吸も全くといっていいほど覚えていないけれど、重いまぶたを開けて見えたのは、確かに安堵した表情の であった。
 ああ、彼女の笑顔をもう一度見たい…。
 しかし、それはもう、叶わぬ夢…?
 「にゃあああああああんっ!!」
 「ッ!?!」
 がつん、と銀時の顔面に の猫パンチが炸裂した。銀時は上半身を起こし、激痛走る頬を撫でる。
 「何すんの ! おまっ、せっかくの夢に さんご出演を…! つか、どうやって入って来た!?」
 「にあああああ!」
 「にあ?」
  の必死の叫びにようやく耳を傾ける気になった。銀時は、まだ頬をさすりながら、 のジェスチャーを見る。
  は必死で前脚を使い、自分の首下を指した。
 「? 鈴がない? いやいやオメー、今更だろーがそんなん」
 「ニャーーーーーー!」
 首を激しく左右に振り、 は否定した。なおもジェスチャーを続ける。
 「…? 鈴がないのは判るが…。大きな、木? 木の…中? うろ? ああ、もしかして、隠した所に鈴がないってか?」
 「にゃん!」
 意味が通じ笑顔の だったが、銀時はニッと笑って の額に軽くデコピンをかました。痛がる を尻目に、銀時は布団を出る。ついでに時計を見た。午前七時前。
 「あ・れ・だ・け! もうあの屋敷には行くなっつたろーが! 鈴の事なら心配すんな。俺が取り返してやっから」
 「にゃ、にゃにゃあ!?」
  は銀時の足にすがりつく。前脚を沿え、小さな力でゆする。
 「…教えね。どこにあっても、誰が持ってたとしても、俺が今日明日には取り返してやっから、お前さんは大人しく寺に居なさい!」
  はむっとした表情を見せ、すぐさま部屋を出ていこうとした。銀時が を捕えようと手を伸したが、彼女の方が少し速い。捕まえられなかった。
 「おい、 ! 行くな!!」
 玄関まで追いかけたが、 はしなやかな動きで銀時の追随を躱した。
  が入って来たのは、開け放したままの居間の窓だった。窓の下で、 は銀時と向き合った。銀時は溜め息をついた。
 「あの屋敷は危ない。お前が普通の猫じゃない事くらいは判るが、それでも、複数の人間に囲まれたら困るだろ。もし捕まったら、あの牢屋小屋へ入れられるんだぞ?」
 銀時の説得を聞いても、 は納得しなかった。銀時を鋭く睨みつけている。
 表情といい、眼光といい、つくづく は普通の猫ではないな、と銀時は思い知った。
 「 があの鈴を大切に想うのは、判った。なあ 、俺を信じろ。俺が必ずお前の所へ持っていくから。侍は、果たせない約束はしないんだぜ?」
 なっ、と言い聞かせるように銀時が言えば、 は睨むのを止めた。
 「にゃぁあぁあん」
 哀願するような声で が鳴けば、銀時は笑って請け負う。
 「銀さんに任しときなさい!」
  はようやく納得したのか、銀時の足元にすり寄った。銀時は目を細め、 がのどをゴロゴロ鳴らして鳴く機嫌の良い声を聞いた。
 その後銀時は、着替えて を金虎寺へ送っていった。



 満腹になった腹をさすりながら、坂田銀時は作業着に着替えて庭へ出た。
 金虎寺で朝餉をたかり、まんまとご飯をおかわりまでして鑑爺の怒りを買った。しかし、鑑爺一人が食べる量ではないように思えた。昼の分も余分に作ってあったのかも知れないが、少ない精進料理のおかずも、あたかも銀時が来るのを判って用意されていたような気がする。
 わざわざ確認はしなかったが、 の提案だろうか? それとも、 を送るために寺に来るだろうと踏んだ鑑爺の独断だろうか…。どちらにしても、助かった事に変わりない。
 昼餉は屋敷で食べるが、夜の分までたらふく食べておこう、と決めた。
 ノルマ通りの水やりを終え、こっそりと使用人通路から鷹頭の部屋へと忍び寄る。今の時間は、蛾又と一緒に来客の相手をしているはずだ。部屋の中に人の気配がない事を確かめ、ドアノブを捻った。
 開かない。予想通りといえば予想通りに、施錠されている。鍵穴を覗き、開けられそうか考えたが、どうにも分がない。
 鷹頭の部屋は、屋敷の二階左端。蛾又の部屋への階段からは少し遠い。しかし、よくよく蛾又の部屋のバルコニーと鷹頭の部屋を見比べると、緊急時に蛾又が鷹頭の部屋へ逃げ込める構図となっていた。
 屋敷の下からバルコニーの底を見ると、避難用と思われる仕掛けがある。傍目には判り辛いが、どうにか蛾又の身体が通れそうな大きさだ。底を取り払うかして、縄梯子で伝い降りるのだろう。きっと。
 鷹頭の部屋にはバルコニーは付いていないが、出窓になっていた。下には万が一の時クッション代わりにでもする気なのか、お誂え向きに良く葉の茂った木が生えているし、その下は椿園だ。
 成程、そこそこ考えられている。
 けれど、銀時は、今は使用禁止とされている一階の通路が気になっていた。蛾又くらいの悪党だとそう知恵は回らないかも知れないが、考えてみればいかにも、な外側の緊急脱出口よりも、もっと人目につかず意表をつくような手を使うのではないだろうか。
 鷹頭は警護のプロかもしれない。念のため、緊急用の出入り口がないかも調べる必要がありそうだ。
 それは、鷹頭の部屋にも通じているような気がした。
 銀時が潜入するなら、そこ。
 いや…。待て…。
 銀時は考え直し、作戦実行の下準備のため、屋敷の中へと戻った。
 必要なものを麻袋に詰め込み、使用人頭にまだ蛾又たちが客人と話し中かどうかを確かめた。彼は、紅茶とお菓子を持って行く途中だった。
 「あ、ウマそう。そのケーキ貰ってもイイ?」
 「駄目に決まっているだろう」
 「ケーチ」
 銀時は、名残惜しさ満タンの視線でケーキなどを載せた銀のワゴンを見送った。カップとケーキは三セットあった。
 鷹頭が生クリームたっぷり苺ケーキを食べるとは思えなかったが、その偏見が当たっていれば客は二人であると考えられる。天人だろうか、地球人だろうか?
 「あのー、今日のお客様はどちら様?」
 銀時の呼びかけに、使用人頭は振り向いた。
 「なぜ聞く?」
 使用人頭は銀時を警戒した。銀時にはそれが雰囲気で判った。この男も、猫誘拐の事情を知る者らしい。となれば、客人は…。
 「あ、鷹頭さん」
 銀時が使用人頭に睨まれていると、鷹頭が走って来た。銀時のセリフに、使用人頭も後ろを見た。確かに、鷹頭だ。
 「どうなさいました?」
 「急用だ。そのケーキは一旦下げろ。今はティータイムどころではない」
 「畏まりました」
 鷹頭の後をすぐにでも追いかけたかったが、使用人頭の手前、銀時は鼻歌を歌いながら平静なフリをした。麻袋を持ち替え、外へと向かう。背中に使用人頭の視線を感じていたが、止められる事はなかった。
 使用人頭から見えない所まで来ると、銀時は猛ダッシュで外へ出る。
 「ちっくしょ、どこだ!?」
 まずは、急ぎの用とやらを確認したい。銀時にとって大した事でなければ、早く鈴奪回作戦に移りたかった。鷹頭が走って行った際に、鈴の音は聞こえなかったからだ。
 バラ園の方角から声が聞こえた。銀時はがしゃがしゃと音をたてる麻袋を置き、なおも走った。
 「間違いありませんでしょう? この猫、僅かですが侵食されています…」
 「確かに、この腹を見れば、判別機にかけるまでもないな」
 判別機、というセリフで、あの牢で見た機械の役割が判った。銀時は気配を消していたが、呼気もコントロールして鷹頭に発見される確率を減らそうと努める。
 「俺が牢に持って行く。お前は蛾又様に報告しろ」
 「はいっ」
 銀時が見たこともない中年の男が、使用人出入口へと駆けて行く。鷹頭も足早に裏庭へ行こうとしているようだ。歩幅の間隔からして、追いつくのは無理ではない。ひとまずず、麻袋を取るフリをしよう。
 「さ〜〜〜〜、はーたらくか〜」
 わざとらしく伸びをして、鷹頭の前へ出た。
 「あれ、急用とか言ってませんでしたっけ、さっき?」
 「今も急いでいる。今日は庭仕事は控えろ。いや、…蛾又様からの命あるまで、屋敷から出るな」
 「…はあ」
 生返事をしながら、銀時は鷹頭が持っているペット用の籠を見た。鳴き声は一切しない。薬で眠らされているのかも知れない。
 大人しく従うつもりはなく、この場でバーマンを取り返したかった。しかし、鷹頭の背後に を見つけては、思い切った行動は取り辛い…。
 (ホンット、言う事聞かねー仔ですよあのコはあああああっ!!!)
 銀時は、 が鷹頭に飛びかからない事を祈りつつ、何か言わなくては、と必死でセリフを考えた。
 その間にも鷹頭は銀時を追い越して、裏庭へと進む。鷹頭を振り向かせまいと、銀時は追いかけながら にも聞こえるように、大声で言った。
 「あ! あ〜〜、えっと、鷹頭さん、昨日お持ちだった鈴ですけどね、メイドの女の子が髪飾りの一部だった鈴がないって、騒いでましたよ。あれ、もしかしたらその子のじゃないかな〜なんて思ったりして。拾ったんじゃないっすか?」
 「メイドのものではない」
 簡潔に否定して、鷹頭は大股に去って行った。
 頃合いを見て、銀時は を睨んだ。彼女は、鷹男が居なくなったので、木の間から静かに出て来た。
 「 さあアアアアァンんんッ!!?」
 銀時が詰め寄っても、 は反省の色もなく、銀時を一瞥して鷹頭が進んだ方角を見据えた。
 「ちょ、もー、銀さんに任せなさいって言ったじゃねーか。何でココ居んだよ? バーマン追っかけて来たのかィ?」
 「ニャア」
 「マジでか?」
 銀時は大きく溜め息をついた。もうすぐ蛾又がここを通るだろう。グズグズしていられなかった。
 「… 、さっきも言った通り、お前の鈴はあの男が見つけて保管してるみてーだ。今から急いでアイツの部屋に行くぞ。近くまで俺が連れてってやる。だから、お前ひとりで探せ。出来るな?」
  は軽く頷いた。
 「よし。その間に俺は、必ずバーマンを助けてやる。…つか、あの中身は本当に暹羅さん家のバーマン君?」
 「ニャア」
 「そーか。よーし、行くぞ!」



 鷹頭は足早に煉瓦小屋へ向かった。ようやくだ、これで。
 「これで約束が果たせる…」
 分厚い鉄の扉を開けると、猫たちの騒々しい鳴き声が大きく響いていた。うんざりしながら鉄格子を開ける。
 鷹頭が中へ入ると、猫達は敏感に反応し、鳴き声を上げ、唸り声を上げ、その場の半数以上の猫たちが襲いかかってきた。
 「何だ!?」
 鷹頭が猫たちをあしらっていると、見張りの者が一人助太刀をする。
 「構わん、殺…」
 鷹頭の命令が終わらないうちに、外で大きな音がした。
 離れた所からでも、ガラスの割れる音だと判った。鷹頭は聴力が良い。
 「おい、外の見張り、何があったか調べてこい」
 「はい! あ、蛾又様!」
 見張りが屋敷へ行こうとした時、蛾又と戌威族の客人が見えた。
 「蛾又様、今の大きな音は一体?」
 「どうやら鷹頭の部屋のガラスが割られたらしい。儂の部屋のバルコニーに影響がなければいいが…。庭師がポカやらかしたらしいぞ。それより、例の猫はどうした」
 「鷹頭さんが中に連れて行きました。ですが、猫たちが暴れ回っているんです」
 「猫如きに何時間を食っとるか!」
 「蛾又、構わん。先にエネルギー球を取り出せ。余り時間がない」
 戌威族の男が、蛾又を睨んだ。
 「わ、判りました」
 蛾又たちは煉瓦小屋へ入ろうとした。しかし、間近に聞こえたチェーンソーの音に驚き、後ろを振り返った。
 「庭師!?」
 「どーもー、すいまっせんねえ。お宅の裏庭が草ボーボーだもんで、コレで一掃しようと思いまし…て!」
 銀時は言いながら蛾又に切り掛かった。もちろん、殺す気はないので蛾又が避けるのは計算の内。
 蛾又は大声で鷹頭に助けを求めたが、鷹頭は無視して仕事を続けようとする。しかし、戌威族にも助けを求められ、渋々動いた。
 鷹頭にとって、本来は戌威族こそがスポンサーである。その声は無視出来なかった。この場に居る男は、鷹頭にはどうでも良い存在だったが。
 鷹頭はバーマンを戌威族の男に預け、チェーンソーを持って突っ込んでくる銀時を捌いた。獲物は何も持たずとも、まったく動じず、彼は構えた。
 銀時は鷹頭が戦闘態勢に入ったのを見て、より気を研ぎ澄ませた。一瞬たりとも気が抜けない相手である。チェーンソーは扱いづらかったが、何とか操り、鷹頭を煉瓦小屋から遠ざけた。
 しかし、煉瓦小屋と離れたかったのは銀時だけではない。鷹頭も拳銃を使うため、戌威族の男やせっかく捕まえた猫から離れていたかった。
 そして、自分の人間離れした怪力技を発揮するために。
 銀時を狙って外れた鷹頭の拳は、素早く引っ込めてそのまま肘鉄で地を割った。
 「は、はああぁあ?!」
 足元が不安定になったせいで、銀時はたたらを踏むはめになる。その隙に腹へと蹴りを食らった。骨の軋む嫌な音がした。
 それでも銀時はチェーンソーを繰り出し、鷹頭のスーツを切り裂いた。銀時としては完全に当てる気でいったのだが、ギリギリでかわされてしまった。
 鷹頭が反撃として繰り出した蹴りの鋭く風を切る音とともに、服から僅かに鈴の音が聞こえた。
 「な、何で鈴の音がすんだよ!」
 「…持っておいて正解だった。貴様、あの猫の飼い主か?」
 「飼ってねーーーーよ!」
 独り残してきたチョウコが心配になった。銀時には、戌威族がもう一人居ないことが余計気がかりだ。
 攻防を繰り返している間に、鷹頭の蹴りでチェーンソーの動力部分がいかれたらしく、銀時の獲物は異音を発し始めた。蹴りの威力で腕の痺れも我慢の限界が近い。
 いや、痺れどうのというより、これ以上ダメージを蓄積すれば、少しの間腕の自由が利かなくなるだろう。
 チェーンソー自体の電力も切れるころだった。充電式なので、使う前に充電メーターが満タンであることは確認済みだ。今はメーターを見ている暇がないが、充電が切れるのと蹴り壊されるのはどちらも大変困る。
 そしてとうとう、鷹頭の蹴りにチェーンソーは大破された。銀時は咄嗟に手を放して大ダメージは免れたが、素手でどこまで戦えるか算段をつける。勝機…せめて、木刀があれば―!
 屋敷に戻ってしまえば、バーマンの命がどうなるか判らない。ここから離れる訳にはいかなかった。
 万事休す?
 と、いう台詞が銀時の頭をかすめた時、裏庭にメイドのおばちゃんがやってきた。
 こちらに気づいたおばちゃんは驚いた顔をしていたが、銀時はその倍以上驚いた顔をしていたことだろう。おばちゃんの手には、銀時の木刀が握られていた。
 開業祝いにとお登勢から貰った金で通販ゲットした、洞爺湖と彫られた逸品である。
 「ナイスおばちゃん! って、何で?」
 「何で…って、このメモ書いたのお前さんだろ? 裏庭に大至急持って来てくれってあるから、来てみりゃあ…」
 「は?」
 銀時には身に覚えのない事だったが、とにかく今は木刀が欲しい。
 鷹頭はそれを許すまいとおばちゃんを怒鳴りつけた。
 「おい、コイツは蛾又様の敵だ! その木刀は渡すな!」
 「いやっ、おばちゃん、それオレんだから! こっちちょーだい!」
 「ええっ!?」
 鷹頭と銀時に言われ、おばちゃんは木刀を両手に右往左往。それも長くは続かず、混乱したおばちゃんは、えいっと木刀を空高く放り投げた。銀時も鷹頭も切羽詰まってて恐かったからだ。
 「どっちでもいいからお取りー!」
 銀時と鷹頭が地を蹴り木刀争奪戦を開始した。辛うじて銀時が木刀を奪うことに成功し、向かって来た鷹頭の鋭い蹴りを防いだ。
 手に馴染む獲物に、銀時はうっすらと笑みを浮かべる。
 「さー、鷹頭サーン、決着つけましょーかィ」










*2008/03/23up


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