ドリーム小説

autumn trip** 1:今宵、パーミット





 休みを利用して京都へ行くと言い出したのは だ。幾つかの旅行パンフと今年度版のガイドブックを広げて、パソコン画面と睨めっこをしている。
 紂王は何をそんなに悩んでいるのかと思って画面に近付いた。宿泊ホテルの一覧が映っている。読んでみて、気付いた事が一つ。
 「シングル?」
 声に出して、眉を顰めた。
 「そこを不思議がるな」
  が愛機のパソコンのディスプレイの角度を変えて、紂王に見せないようにしてしまった。
 「ダブルで探し直そう」
 「何でソコでせめてツインって言えないかなーちょっとおおお!」
 「何を今更」
 「今更じゃねーっつの。あたしは一人で行くんだ。シングル以外の情報は必要ないねぇ」
 「一人?!」
 紂王は信じられない! と続けたが、 は聞く耳を持たない。折角の休みまで上司の顔なぞ見たくもない、というのが彼女の言い分だ。
 「その折角の休みに、何で一人!?」
 尚も紂王が云うが、 は険のある声を出して対抗する。
 「アンタあたしの話を理解しろよ」
 「一緒ー。一緒がイイー」
 紂王がぎゅっと背後から抱き付く。しかし、 は平然と宿の吟味を続けた。
 紂王は に相手にされない為、ガイドブックを見る事にする。何度か仕事で訪れた事はあるが、観光らしき事はとんとしていなかった。昔、家族で行った時の記憶は、清水寺と金閣寺くらいなものだ。もっと他にも見たはずなのだが。
 記憶を辿りながらガイドブックを開く。社長椅子に座る に背を預け、付箋のあるページを順繰りに見た。清水寺本堂、地主神社、子安塔(付箋に「時間あったら行く」と書かれていた)、知恩院(付箋には「松」とだけある)。
 他には、南禅寺に永観堂経由で泉屋博古館と哲学の道を行き、終着は銀閣寺のようだ。
 一日でこんなに観るつもりなのか、と少々呆れる。まだ付箋はあり、二条城に東寺、仁和寺…。色違いの黄色い付箋があるページを見ると、グルメ関係であった。
 「 、これ本当に回る気か?」
 「イエス」
 「一泊二日で行ける量越えている気が…。洛東、洛中、洛西って、殆どじゃないか。そんなに京都が好きだったのか? いや、…何か理由があるとみた」
 「ないよ」
  はさらりと否定したが、紂王の勘は、それは嘘だと告げる。会話が途切れた。
 何とか接点を見出そうと、紂王は付箋のページに目を走らせる。血眼、と云う言葉がぴったりだった。
 仁和寺に来るまでに、何度も出て来たのは「徳川」の姓。
 「…徳川家光?」
 一番カウント回数が多かった家光、という名前は江戸幕府徳川三代目の将軍を指す。
 「…浮気?」
 ぼそり、と呟かれた言葉に、 は勘弁してくれ、と思う。
 「何でそーなんのよ。ンなワケないでしょーよ。どっから出て来んだその発想」
 「いやもうどう見ても明らかだし。第一一人で行くってそういう訳なんだな!」
  は、紂王がプリプリ怒っている可愛い様を見たくなり、椅子を回転させて彼の方を向く。
 案の定頬を膨らまして怒っていた。
 何処の子供だ、と思いながらも、自分も時々するテである。 は大きな溜め息を吐いた。
 「あのねー、一人で行きたいのは一人が好きだから。あんたも知ってんでしょー? つか、この一ヶ月、紂と顔合わさない日あった? たまには別々に行動したって良いじゃない」
 紂王と の関係で一番認識度が高いのは、「社長と秘書」。正しくは、社長とアルバイト秘書である。
 紆余曲折があって、そういう間柄だ。国内、海外問わずで時間を共にしていた。しかし、端から見るとそんな関係は想像出来ないだろう。
 「思い出作り…」
 「ジト目やめれ。恨めしそうなカオすんな」
 紂王は口の減らない ににじり寄る。 は片目を細めて口元を歪めた。
 「思い出した。確か、去年辺りテレビで…」
 社員食堂で女子社員が某局のテレビドラマの話をしていた気がする。
 「惚れたんだな。…まだ出会う前だったから仕方ないか」
 「紂に出会う前でも後でもあの家光ちゃんなら惚れてたな」
 「ちゃん付け…。惚れてる部分は認めるのか浮気者ー!」
 ぎっしと椅子が軋み音を出す。
 「くっつくな。重いわ!」
 「絶対一緒に行くッ」
 「…一人で浸りたいのにお邪魔虫ー」
 お邪魔虫扱いされても、怯む事はない。直接的に断られなかっただけ、一緒に行く事は容認されたようだから。行くなら、解決したい疑問がもう一つあった。
 「そういえば、 が行く泉屋博古館に、古代中国の青銅器があるって?」
 「そう。やっぱし受王様ラヴっ子としては、一度は訪れたき場所だもの。上野の東洋美術館は行ったし。あーでも、神戸の白鶴美術館も行きてェー!」
  が大層うっとりとした表情をしたので、紂王はむっとして言う。
 「また受王か! 目の前にこんな男前が居るというのに!!」
 「あたしの生涯の心のラヴァーに向かってまたとは何よ!」
 古代中国は商王朝の王として君臨していた男に、四百年ほど前の日本で生まれながらの将軍であった男。
 共通点は?
 「よし、 、ちょっと待ってろ。今からアラブ辺りに行って石油王になってくるから。友達のムハーンマドゥーに助力を乞おう」
 真剣な顔でおもむろに携帯を取り出し、国際通話をしようと電話帳を呼び出す紂王。
 「うをいっ! 待てい! 妙な妬き方してんじゃねーよ。何で石油王だバカ紂!」
  は慌てて飛び付き、紂王の携帯を奪い取った。罵っても、当の紂王はけろっとしたものだ。とっくに慣れている。
 「そーいえば、前世は王様だった気がする。名残か名前に王ってあるし」
 「何処のバカ殿様だったんですか?」
  は疲れた声音で呟いた。つくづくこの男の能天気天然発言には呆れる。わざとボケているのかと訝った事があるが、どうやらそうではないらしい。
 「当然 は妃」
 言葉通り、さも当然であるように言って退け、 を抱き締める。
 「あー。それはありえないだろ。あたしっつたら、おら、アレだ。武将だよな」
 「確かにそれも似合っているが…。いや、似合い過ぎ…」
 「フン。それこそトーゼンだ。つっか、妃なんかで…」
 言い掛けて、止める。そこまで言う必要はないな、と思い留まった。
 「何だ?」
 不思議そうな紂王を目の当たりにし、心の中では言ってみる。
 妃なんかで、何処までお前を護れんだよ…。
 受王や家光の世では争いは頻繁に起こっていた。その所為で、つい、そんな風に思ってしまった。只の女では、戦場に付いて行く事は叶わないだろうから。
 今は、紂王の片腕の様に働き、武術に心得のある は護衛としても役立っていた。
 最高じゃないか、と思う。
 「まー、婦好様の様に、婦道につとめながら武道に長け、王をお輔けされた御方もいらっしゃいましたが。てか、この話は長くなるので置いといて、アンタは何時まで抱き付いてるつもりよ? はよ離れんかい!」
 「チッ」
 「舌打ち? セクハラで訴えて高額で勝つわよ?」
 「ああそういえば、ホテルを決めていないんだったよな。決めるぞ。奢るから」
 白々しく話を逸らした紂王は、マッキントッシュのディスプレイに顔を近付ける。
 「いや、だから、離れてってば」
 紂王は に張り付いたまま、 越しにマウスを動かす。宿探しの検索条件を変えようした時、 が初めから紂王と行くつもりであった事が判る。或いは、紂王が行くといってきかないだろうと踏んで、念の為にという設定かも知れない。
 空室検索の条件は、ご利用部屋数二部屋になっていた。
 それを一部屋に変え、一部屋ご利用人数を二人に変えて検索。紅葉シーズンど真ん中の日程なので、選べる宿泊先の種類は少なかった。
 普段出張で泊まる豪華高級ホテルも良いが、たまには旅館に泊まってみたい。時折出てくる「ダブル」の文字に涙をのむ勢いで、旅館に的を絞った。
 布団ならくっつければ無問題、とは口に出さず(蹴たぐられるから)、候補を二つに決める。最終決定は が下した。
 「来月が楽しみだなぁ」
 リクライニングモードに変えた椅子で、紂王が言った。
 「そーねー」
 やる気のない調子で同意した は、大人しく紂王の膝の上で寛いでいる。髪を撫でられ、内心は気持ち良くてご機嫌であるが、そんな素振りは見せない。
 勿論楽しみだ。けれど、今の心地良さにどんどん思考が鈍っていく。紂王が行きたい場所も聞いてプランを立て直すのは、一眠りしてからにしよう。
 紂王の腕に抱かれながら、 はしばしの眠りについた。













夢始 




**2005年度秋企画用に書いた作品その一。結局これの続きの更に続きの位置の話を秋企画用には使用したのですけれど。
 企画用としては長いのと、タイトルが中々決まらなかったのと、なーんか納得いかねえや、と思って出しませんでしたが思い切ってアップ。まだあと二話分あります。
 何だか、現代編…パラレル設定も楽スィー。
*2006/01/31up