REPORT1:ポケモンがいる世界へ
私は。また異世界に飛ばされたようだ。
何だってンだ。あの野郎。
まずはこの世界が何という所なのか知る必要があった。
一本道と地平線。澄み切った青い空に白い雲。
人気ナシ。
「…そこそこ慣れましたけどね、そゆのにも」
どちらに進もうかと考えて、ふと見えたもの。思い出した事一つ。
「ロココ様がよくやってたヤツ〜」
ウキウキと小枝を拾い、昔読んだ少女漫画の真似をする。主人公が道に迷った時に、小枝が倒れた方に進路を決めていた。目に入った小枝でひらめいたのだ。
ぱたり。
「うっし。あっち」
彼女は南へ向かった。ゆったり、のんびり。
冒険が好きだ。小さな頃から。祖母の田舎に遊びに行って以来、病みつきになったのだ。近くを流れる川と、岩場。沢山ある階段を上がると、竹林に出る。まだ続く長い階段を上がらず、左に曲がると小さな民族館が。更に進むと小学校とお隣に大きな墓地。神社が二つある。無銭でお願い事をして、坂を下り祖母の家へ帰るルート。
竹林の階段の別れ道を右に行くと川に当たる。川までの距離の二、三メートルは岩と土で出来た細い道。そこを歩いて行くと、川に浮かぶ岩までの距離一メートルほど。飛び降りて、岩の上をピョンピョン四回飛び乗って、最後に二メートルを一気に跳ねる。反対の川岸に着地したら、道路がある上まで崖登り。正面の駄菓子屋でジュースを買い、十円ガムはハズレばかりで。グレープガムをかみながら、坂道を上がると田んぼに出る。突っ切って行くと、祖母と伯父さんの畑に行き着く。三十分歩けば渓谷に行ける。
迷子にもなった。気付いた時には呆然としたが、涙は出なかった。いっそもっと先へ進もうかと思った覚えがある。
あの時は、ああ、そうだ、妹が来たのだ。私の後を追い掛けて。置いて行った事を、恨まれた。十年経った今でも、たまに怒られる。置いて行くなと。
一人が気楽で好きなのだ。
気の合う妹でも、こればかりは仕方ない。
ラストは二人して迷子だった。線路を見付けたので辿って、夜中に警察に保護された。
鳥らしき群れを見送り、今なんて鳴いていた? と記憶を再生させる。
「…ぴじょー??」
変なの。普通の世界ではないのかしら?
否、今までの世界も、尋常ではなかった。反省。
どのくらい歩いたのだろうか、彼女は飽きかけている。もういいやと見切りをつけ、
「出でよ、式神遠見(とおみ)!」
彼女が言うと、影が揺らめいて中から一羽の鳥が出て来た。体長は五十センチほどで、吊り目の鳥。彼は、異世界で神鳥とまで呼ばれる鳥の生き残りだった。今では人間の式神として使役されているが。
開口一番は、疲れた声音で文句だった。
「今度はどこだ?」
「知らなーい。歩くのヤになったからさ、ヴィジョンで近場に町とか無いか見てくんね? 頼むわ」
彼はため息をつくと、術を使って遠くを視察した。俗に千里眼と呼ばれるものの応用である。昔は千里眼を持っていたが、今の彼には無い。
不便さに苛つきつつも、遠見は十キロ先に人影を見た。少年が二人、モンスタと思しきもの同士を戦わせている。茶髪の子と、黒髪の子。黒いウサギにも見えるものと、ずんぐりした黄色い物体の、激しいバトル。
「このまま前へ十キロも行けば、人がいる。街は更に前へ十五キロといった所か。結構な規模の大きさだ。左へ野原を行くと、山道。右へ行けば崖。その下は海のようだ。後ろへ行くと十二、三キロで小さな村がある」
「じゃ、前だな。乗せておくれ」
「自分で歩け、体力無し!」
「もー、ボク疲れたもーんっ。嫌だ。早く町行きたいしー」
「俺様は乗り物じゃないんだ。運んで欲しけりゃ、他のヤツに頼むんだな」
不遜な態度で逆らう遠見に、彼女はあからさまに声色を変える。ふくよかな音階で、しかし、逆らい難い響き。
「遠見。飛んでちょうだい」
彼女と遠見は、あっさり十キロの距離を飛んだ。遠見は術で体を大きくさせている。大人が二人、乗れるくらいの大きさだった。
山道の一段下、そこで少年が二人声を張り上げている。彼女が観たいと言った。
「今だ! じゅうまんボルト!!」
「ライー!」
「かわせ、ブラッキー!」
「ブラッ!」
「そのままこうそくいどう! 止めの体当たりだ!」
彼女は見た。彼女の大好きな、バトルだった。血湧き肉躍る戦い。戦っていたのは、人間ではなく、モンスタである。人間は離れた所で命令しているだけ。
冷静な態度の茶髪の少年が、どうやら勝ったようだ。相手の、黒髪の少年が、悔し気に膝を付いた。黄色い生き物は、気絶したのだ。
「よくやったな、ブラッキー」
「ブラッキ♪」
ブラッキーと呼ばれた生き物が、頭を撫でられて気持ちよさそうに目を細めた。茶髪の少年は、優しく微笑んでいる。
「…なんじゃらー?」
「この世界では、飼っている生き物同士を戦わせるのだな」
「頑張れよ、遠見」
「俺様は戦闘用ではないぞ。飼われてもおらん!!」
既に黒髪少年は去ったが、彼女は、少年が玉の中に黄色いモンスタを入れた所を見逃さなかった。術? 科学? 彼女は片目を細めた。何だか、見覚えがある気がする。
「…うあ、遠見が大っきい声出すからー。見つかったじゃん」
茶髪の少年と黒い生き物が、こちらを見上げている。
「俺様のせいか?」
「無視して。お前の事を訊かれたら困るわ」
「良いのか? この世界について訊かなくて」
「…ま・ね」
「黒髪の方に声を掛けるのか?」
「あん?」
「…お前の好みだろう?」
「…認めるわ…。でも、街へ行くのよ。そちらが先」
遠見はおおげさにため息をついて見せた。彼女は無視する。仕方がないので、遠見は前へ飛ぼうとした。が。
「待て」
「…何この声?」
彼女は声がする方に神経を集中させ、そちらへ振り向いた。
「遠見、下へよけて!」
「!!?」
急降下した遠見は、彼女が必死に背中にしがみついたので痛みに顔をしかめる。彼女が顔を上げると、人間と奇妙な生き物が飛んで行く所だった。赤い長い髪の女と、青い髪の男に、象牙色の生き物。単純なフォルムの青い生き物もいた。
数十秒後には、凄い音が聞こえてきたので、彼女は「ああ、墜ちた」と思った。
「何だってんだよ」
彼女は毒づく。
「…あなたは?」
彼女が声の主を見ると、茶髪の少年だった。遠見が急降下して、バランスを取る為に羽ばたいた際、風圧で倒れたらしい。倒れたままで、彼女等を見ている。とても不思議そうに。黒い耳長の生き物は、警戒して唸っていた。
「はろー。えと、ゴメンね、あたしらのせいで倒れたんだよね?」
「いえ、これくらいは良いんです。…珍しいポケモンですね。どこでゲットを? 名前は何と言うんですか?」
少年は立ち上がって、遠見を見つめた。遠見は目を逸らし、主に任せる事にする。
「どこでゲットしたかなんて、言えないわ。この子は、とても貴重なポケモン。まだ研究段階で、体力テストのつもりだったわ。本当は極秘なの。言えるのはここまでよ」
「…?」
少年に疑われたようだ。眉根を寄せて、真っ直ぐこちらを見ている。彼女は早い内に去ろうとしたが、少年が取り出した物を見て、驚愕した。
そうだ、ポケモン! ポケットモンスター! あの赤い物は、ポケモン図鑑というやつだ!!
彼女が思い出しているうちに、少年はポケモン図鑑を遠見に当てる。図鑑の説明の声が、彼女にも聞こえた。
『該当データなし』
「やっぱり…」
「あのね? 図鑑には入ってないわよ。この地方のコじゃないから。ま、関わらない方が身の為ね。オーキド博士のお孫さんで、トレーナなら興味あるかも知れないけど」
彼女は意味あり気に微笑んだ。かすかに残っている記憶を拾い集めて、この世界の住人を演じなければ。
この少年、オーキド・シゲルに正体が知られても、安全だと思えるまでは。
*2003/02/13〜2004/10/16にかけて、何度かちょこちょこ訂正。2005/05/08アップ。
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