ひと REPORT2:不思議な女 「! おじいさまを知っているんですか?」 「それはねぇ。有名じゃない。ポケモン研究の第一人者。科学者のはしくれだもの、知っているわよ。君も見た覚えがあるしね」 弟が見ていたもん。テレビで。彼女は心の中で付け加えた。 「ねえ、この子に乗って随分来ちゃったけど、ここはどこら辺なのかしら?」 「セキエイ地方の、ジョウト南部ですよ」 「あら、そう。そんな遠くまで…」 遠見は冷静を装っていた。主に任せたものの、展開に戸惑ってしまう。ポケモン? それは一体何なんだ? 彼女はどうして知っている? ブラッキーと呼ばれていた黒い生き物と目が合った。ブラッキーは警戒を解いていない。今までの会話からすると、「ポケモン」はこの生き物達の総称というものだろうか? 二人の会話が途切れた。彼女はいい加減切り上げたかったので、何か口実をと考える。少年は遠見を見ながら、関わらない方が良い事もあると思っていた。これから、ジョウトリーグに出場する身なのだから。 「じゃ、ここでさよならよ。ホント、ごめんなさいね? あと、口止め宜しく」 遠見の背中を軽く叩き、合図する。 遠見が飛行体勢に入ろうとすると、彼女は嫌な予感、と呟いた。遠見は背後に複数の気配を感じ、一瞬だけ飛ぶ事をためらう。 『わーはっはっはっはい!!』 高らかに笑い声が聞こえ、先程の男女が姿を見せた。 「アンタ、珍しいポケモン持ってるじゃな〜い?」 赤髪の女が不敵に笑う。 「珍しいポケモンは我々ロケット団がいただく事になっている。大人しく渡してもらおうか?」 青髪の男は格好付けて、バラをくわえていた。 「ロケット団!!」 少年は何やら怒っていた。少女は何やら諦め顔だったが、一応尋ねてあげようかと口をきく。段々思い出してきた。 「アンタ達、一体何者よ?!」 悪役二人は待ってましたとばかりに、勢いづいて答える。 「フフン! アンタ達、一体何者よ?! と聞かれたら」 赤髪の女がポーズを取る。 「答えてあげるが世の情け」 青髪の男も、合わせてポーズを作る。そうそう、こんな感じだったなあ…少女はぼんやり懐かしんでいた。 「世界の破壊を防ぐため」 「世界の平和を守るため」 「愛と真実の悪を貫く!」 「ラブリー・チャーミーな敵役」 「ムサーシ!」 「コージロウ!」 「銀河を翔るロケット団の二人には」 「ホワイトホール、白い明日が待ってるぜぇ!」 「あ、ニャ〜ンてにゃ!」 最後に額の小判を輝かせた猫っぽい生き物が不意に現れ、これまたポーズを取った。更に、青い不思議物体も出現する。 「ソーーナンス!」 彼女は感動のあまり拍手を送った。つい、柄にもなく「キャー!」なんぞと叫んでしまう。すげえ! ホンモンだ!! 「あ、どもども! な〜んか照れるわねえ、そういう反応してもらっちゃうと!」 「オーイエス! ピース!」 ムサシとコジロウは頬を染めて照れている。対して、猫っぽいモノは呆れて怒鳴った。 「おみゃーら、そんな事より早く攻撃するのにゃ!」 「おっと、そうでした。いっけえ! アーボック!」 「マタドガース、お前もだ!」 モンスターボールから、二体のポケモンが登場した。 「シャーボック!」 『マタドガ〜ス』 コブラのような姿をした、紫の躯体。それがアーボック。マタドガースと呼ばれて出て来たのは、左右で大きさの違う岩を思わせるようなフォルムの生き物だ。左右共に目、口が在って、同時に喋る。 バトルには心躍るが、少年の前で遠見を使うのはためらわれた。彼女はウエストポーチから煙玉を出そうとする。煙幕に乗じて逃げる気でいた。 しかし、彼女より、敵よりも早くシゲルが動く! 「ブラッキー、あやしいひかり!」 ブラッキーの攻撃で、マタドガースが一時動けなくなる。 「続けてアーボックにでんこうせっかだ!」 ブラッキーは無駄のない動きでアーボックに体当たりをした。力強いアタックに、アーボックが吹き飛ぶ。運の悪い事に、ムサシは反応出来ず、アーボックの下敷きとなった。 「グゥエ〜〜! アーボック、ちょっとしっかりしなさいよ!!」 アーボックは、何とか立ち上がったが痛みに呻く。不利とみたコジロウが、モンスターボールを取り出した。 「出て来い、ウツボット!」 「頼んだわよ〜」 ムサシは声援を送りつつ、アーボックのお腹を撫でている。お腹は、ブラッキーがぶつかった為に、明らかにダメージを負っていた。 「ウッツボーーー!!」 出て来たウツボットは、ご機嫌でコジロウにかぶりついた。コジロウが慌てて叫ぶ。 「ちーがうっつーのに!もう、あっちだって!」 やっと離れたウツボットが、ブラッキーめがけて突進を仕掛ける。余裕でかわしたブラッキーだったが、そこに動けるようになったマタドガースが突っ込んで来た。 「ブラーっ!」 「ブラッキー!!」 まともにダメージを受けたブラッキーは、体勢を整えたものの、すぐによろめく。シゲルは駆け寄って、ブラッキーを助け起こした。 「…ねえ、ニャースだっけ?」 「にゃ??」 彼女の背後に忍び寄ったつもりのニャースは、呼び掛けられて慌てふためく。 「あたし、悪役結構好きなんだけどさぁ、今回は遠慮して貰おうかな?」 なりゆきを見守っていた遠見は、自分の出番だと気付く。彼女がしっかりと遠見の背に掴まったのを感じ、ニャースめがけて体当たりをかけた。 「ギニャーース!!」 遠見は体を反転させ、マタドガースとウツボットに対峙する。シゲルは既に二体目のポケモンを出し、ブラッキーを仕舞っていた。 シゲルの二体目は、ウインディだ。 「ウインディ、かえんほうしゃ!」 「『シームルグ』、もうれつアタック!」 ウインディのかえんほうしゃは強力で、マタドガースとウツボットを同時にあぶった。衝撃で二体はコジロウとムサシ、アーボックの居る所に飛ばされる。 『うわー!!』 敵がまとまった所で、昔の名前を呼ばれた遠見が猛烈なスピードで突っ込んだ。避ける事も出来ず、ロケット団は勢い良く吹っ飛んで行く。 「忘れ物〜」 彼女ののんびりした声が響く。遠見はいつの間にかニャースを捕まえた彼女の意図を読んだ。彼女がニャースを上に放ると、左の翼で突風を起こし、ロケット団が飛んで行った方へニャースを吹き飛ばしてやる。 少しくらい離れていても、言うことは同じ。 『ヤなカンジぃ〜〜!!!』 そして、小さく「ソーナンス!」という声が聞こえてきたので、少女は頬を緩めた。 「やりましたね」 ウインディをモンスターボールに入れて、シゲルが近付いてくる。遠見に目を移し、 「シームルグ…。強いんだな、お前は」 と、遠見の羽根を撫でる。こそばゆい感触に、必死で耐える遠見。 「凄く良い毛並みですね…! 変わった手触り…。凄いや」 シゲルが感嘆の声を漏らす。誉められたので、遠見は触られているのを我慢した。 とっさに遠見の昔の名前を呼んだ彼女は、遠見の本名には変わりがないので少し後悔している。カタカナの方がポケモンっぽいかなあ? という考えが脳裏を過ったので、シームルグと呼んだのだが。 「さ、今度こそ帰ろっか。助かったよ、ありがとう」 遠見の背に乗った彼女が告げた。笑みをたたえているが、心中は早く飛び去りたい気持ちで一杯だ。 「あの、貴女のお名前は?」 …来た! 彼女はシゲルの目を見て、白々しく答えた。 「…さァ? 名前? 当ててごらん」 「当てて? 無茶言うなあ…。えっと」 シゲルは律義に考えながら、ざっと彼女の全身を見た。肩より若干長い髪に、鎖骨がほぼ見えるくらい首元が開いた白いTシャツ。シャツには、若草色とラメの入った深緑で描かれたバタフライが大きくプリントされていた。腰には黒いウエストポーチ、両手首の黒いリストバンド。膝丈のスパッツも、色は黒だ。スニーカは白と黒でデザインされている。正し、紐の色が濃い赤だった。 シゲルは、今まで何人もの女の子に囲まれた事がある。大抵は向こうから名乗ってくるし、聞けばほぼ確実に教えてくれた。 当ててごらんなんて台詞は、昔映画に出て来た敵役の女が言ったのを聞いて以来。大抵、こちらが言った名前は正解でない。正解する確率は極めて低いだろう。 彼女の話から推察するに、ポケモンに関する秘密の研究をしているから本名は名乗れない、という事か。 「… っていうのは、どうです?」 「 ? …すごーい、良く判ったね!」 は子供のように笑い、拍手した。 シゲルは思った通りの展開に苦笑しつつも、 の笑顔に内心驚いている。先程までの、大人の科学者・といった声音、表情と随分違ったから。 シゲルはぱっと閃いた。 「あの、時間があったら、ワカバタウンまで連れてって貰えませんか? ブラッキーが心配になって…。お願いします!」 「……」 助けて貰ったようなものだ。 は速攻で断れなかった。
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