ドリーム小説

巡る世界編。
REPORT:11 疑惑の渦へ





 三時間ほどの道程を経て、 たちはシュウハタ研究所にたどり着いた。でこぼこ道をジープで走ったため、二人ともお尻が痛い。腕や背中も車内でぶつけて何度も顔をしかめたものだ。
 山中深くに研究所があるのは、生活にも不便が出てきそうだと は思った。もちろん、各種設備が整っていれば孤島でも十分暮らしていけるだろうが。
 美味しいものが食べられて、ネットサーフィンが出来る環境なら自分はどれくらい暮らせるだろう…、と考えながらインターホンを押して返事を待った。
 アポイントメントは取ってあったので、すんなり中へ通してもらえた。頑丈そうな鉄の扉が開くと、初老の老人が迎えてくれた。白い作業服姿に髪の三分の二くらいは白く染まっていたが、肌はとても健康そうに焼けていた。
 「おう、お嬢さん方、ジュンサーさんから話は聞いとるよ。わしは、ここの用務員をしておる、キネガワだ」
 「初めまして。 と申します。キネガワさん、ショウヤマ博士には、今お会い出来ますでしょうか? 出来れば、シュウハタ博士にもごあいさつさせて頂きたいと思います」
  はよそ行きの声であいさつをした。
 「お約束の時間より、少し早いですけれど、大丈夫でしょうか…」
 「ああ、ショウヤマ博士はまだお仕事なさっているが、シュウハタ博士はお待ちかねだよ。 さんは、ショウヤマ研究施設を襲ったポケモンを知っているんだろう?」
 「…はい」
 「シュウハタ博士はそのポケモンに大変興味を持っていてね、貴女の話も聞きたいそうだよ」
 「そうでしたか。私も博士とお話し出来るのは光栄です。そうだ、シゲルくんも、ごあいさつを」
 話すタイミングを失っているシゲルをうながし、 は一歩引いた。
 「初めまして。オーキド・シゲルです」
 「初めまして。会えて嬉しいよ。さあ、中へ入ろう」
 キネガワは、はつらつとした笑顔で手招きをした。
 彼に連れられて、広い廊下を進む。辺りは静かだったが、キネガワの説明で研究室は離れた場所にあるのだと分かった。人はすべてそちらへ行っており、普段 たちのいるエントランスは、用務員のキネガワしかいない。
 エントランスを抜けると食堂と小さな休憩室が設けられているが、今は給仕者の二人だけが動いていた。
 食堂と研究室のある建物がつながっていたが、そちらへは進まず、二階への階段を上がる。ここには来客用の宿泊室と、シュウハタの仕事部屋兼応接室があった。
 キネガワがドアをノックし、シュウハタが応える。中に入ると、シュウハタが微笑みをたたえて待っていた。
 「ようこそ、我が研究所へ。ここの責任者の、シュウハタです」
 「初めまして。 と申します。こちらは連れのシゲルくんです」
 「初めまして。オーキド・シゲルと申します。博士、お会い出来て光栄です」
 「ありがとう。僕も君たちに会いたかった。ああ、どうぞ、座って」
 勧められて座る前に、 は手土産を渡した。ビンヌで買っておいた和菓子だ。キネガワがお茶の用意をしてくれたので、 たちもお菓子を頂きながら話すことになった。キネガワは受付業もしているので、仕事のために持ち場へ戻った。
 ダークグレイのスーツがよく似合うシュウハタは、四十代後半くらいに見えた。とがったあごのラインに沿って伸びているもみあげが特徴的だった。
  は、彼女の話せる範囲でシロガネ山での出来事を説明した。
 警察から口止めされていることもあったし、デオキシスとの会話の詳細は省いた。戦闘の経緯もかなりあいまいにして説明。とにかく強かった、高い戦闘能力を持っていた、ということを強調しておいた。
 ここへ来た理由は、デオキシスというポケモンに興味を持ち、研究テーマに使えないかの判断材料集めだと言った。
 「そうでしたか。デオキシスというポケモンには、私も興味があります。大変、参考になるお話でした」
 シュウハタの研究傾向はエスパータイプだという。 は納得した。シュウハタは自分の研究テーマや、この研究所で今一番の研究対象について話をしてくれた。彼の案内で研究所の中を見学することになった。
 シゲルが目を輝かせて喜び、シュウハタの説明にも熱が入る。研究所の半分ほどを見終えたころ、ショウヤマに会えた。
 「おーい、ヨウジくん、お客様だよ」
 シュウハタは、白いドアをノックしながらショウヤマヨウジを呼んだ。ショウヤマは一人で六つ並べた試験管を見ていたところだった。手にしたノートとシャープペンを置き、返事をした。
 「はーい。どうぞー。鍵は開いているよ。今、手が離せないんだ」
 気泡の出た左端の試験管を手に取り、フラスコに入っている紫の液体を、試験管の中の透明な液体と混ぜた。変化はない。
 「ああ、ミキヒコくん、だめだ、全然進展しないよ…」
 ショウヤマは一旦諦め、部屋に入ってきた従兄弟と客人を見た。
 「初めまして、 さんだね?」
 「はい。初めまして。今日はよろしくお願い致します」
 「もう、今日は後片づけ以外することがなくなってしまった。お役に立てる話が出来る良いんだけど」
 困った顔で笑ったショウヤマは、シュウハタと同年代に見えた。こちらは無地のシャツにブルージーンズというラフな格好だ。白衣はしわが目立っている。
 簡単に自己紹介をすませた後、 はもう一度シロガネ山での話をして、ショウヤマからはデオキシスの襲撃のあらましを聞いた。
 そして、ショウヤマ視点でのデオキシスとの出会いも聞き、襲撃が終わるまでのほとんどをデオキシス観察に神経が注がれていたことを知る。
 研究施設が破壊されるほどの爆発もあった最中のことだ。中々の冷静さを持ち合わせている人物であり、研究者たる姿勢が評価出来る。
 「どうして僕の研究施設が狙われたのかは、全く分からないんだ。ウチでやってた研究は、化石発掘と地質調査に、近場の浜辺にいるみずポケモンの生態調査だからね。テロみたいなことされる覚えはないよ」
 ショウヤマは怒りをこめて言った。ややずれた丸眼鏡の位置を直して、ため息の代わりに鼻から息をもらした。
 「化石発掘は、この辺り一帯で行われていることですよね?」
 「ああ、ウチもこのシュウハタでも、サイダ研究所でもね。昔っからそうだよ。かせきポケモンたちと一緒に、ヒトの歴史もあきらかになっている。文明の研究者も何人かいるんだ」
  は頭の中のメモ帳に、化石・歴史・文明という単語を書き込んだ。彼女は眉根を寄せて、少し困ったような表情を作って言った。
 「私たちが知らないだけで、もしかしたらデオキシスに関連することがあるのかも知れません。少なくとも、シロガネ山で対決した時には、デオキシスの力試しのようなことをしていました。失礼ですけれど、ここでは、力試しが出来るほどの強者がいると思えないのです」
 「そうだね」
 ショウヤマは軽くうなずいた。
 「ですから、敵の目的を推察するに、テストから次の段階に移ったのだと思います。すなわち実戦。それでも、破壊だけでは実戦とはならないはず。他の目的として、得るものがあった」
 「得るもの?」
 「例えば、化石」
 「化石って…。そんなに珍しいのはウチになかったけど。まあ、ポケモンの化石ってだけで欲しがるヤツらはいるだろう。でも、復活させることが出来なければ、余り意味がないんじゃないのか?」
 ショウヤマのセリフには、シュウハタが反論する。
 「でも、コレクタだっているだろう?」
 「それはそうだが…」
 ショウヤマが切り返せないでいると、 は軽い口調で聞いた。
 「なくなったものがあるかどうか、分かりますか?」
 「警察にも聞かれたけど、あの爆発だ。何がどうなって、どこに行ったかなんて、半分も分からなかったよ」
 「…博士、デオキシスに襲撃される一ヶ月くらい前から変わったことはありませんでしたか?」
 「そう言われてもねえ」
 ショウヤマは腕組みをして考える。
 「研究施設であったことを、そう、発掘した化石などがあったなら、いつにどんなものを見つけたのか。最近加わったり、辞めたりした研究員がいなかったか。新しくした設備がないか。ああ、新しいスポンサーはどうです?」
 「スポンサー…。僕のところじゃなくて、そういえばサイダさんのところで新しいスポンサーが出資したいといっているらしいって聞いたなあ」
 その言葉に、シュウハタは少し驚いた。
 「へえ、うらやましい話だね。最近サイダさんに会ったの?」
 「最近じゃないよ。二ヶ月は前だね。ほら、海神祭があったじゃない。その時に少しだけ会って、久しぶりだね〜とか最近どう? みたいな、そんな世間話した。資金繰りが大変だと言ったら、その話が出て。何て名前だったかな…。どこかの大手企業が名乗りを上げたらしいよ」
 「そうでしたか。サイダ研究所の研究内容にも興味がありますから、明日にでもお話を伺いに行きます。よろしければ、お電話で紹介していただけますか?」
  の願いは聞き入れられ、ショウヤマが電話をしてくれることになった。
 今の部屋には内線用の電話しかないため、応接室に戻る。ショウヤマは茶色の革手帳を白衣のポケットから出して、アドレス帳を開いた。三コールで女性が出た。
 「もしもし、お世話になっています、ショウヤマ研究所のショウヤマヨウジです。サイダ博士にお話があるんですが。え、出張中?」
 二日後に たちが訪ねることを伝え、アポイントメントを取った。ちょうど予定は空いている、とのことだった。
 「残念だけど、仕方ないね。どうだい、ミキヒコくん。ここに泊めてあげたら?」
 「もちろん、構わないよ。 さん、シゲルくん、遠慮はいらないから泊まっていって」
 「ありがとうございます」
  とシゲルは目を合わせて微笑んだ。
 「お言葉に甘えて、泊めさせてもらいます。その間、時間がある時は、研究のお話を聞かせて下さい。僕、ポケモン研究者を目指しているんです」
 「へーえ、そうか。研究の話もいいけど、明日の午後から一緒に化石掘りに行かないか? それは興味ない?」
 「いいえ! とんでもない! ぜひ行きたいですッ!」
 「私も、一度体験してみたかったんです。お願いします」
 この後は夕食を摂り、 たちはゆっくりと休んだ。船のベッドはそう大きくなく、また朝から乗っていた車で大変な目にあったおかげで、研究所の客室で休めることが嬉しかった。
  もシゲルもベッドに寝転がり、高い天井を見ている。
 「 さん、明日の化石掘り、楽しみですね」
 「そうね。初めてだから、余計わくわくするわ。ポケモンの化石、見つけてみたいなあ」
 「はい。いいですよね、何か、ロマンって感じがして。ポケモンの生態から歴史を知る研究というテーマも面白そうです。またショウヤマ博士の熱弁が聞けますね」
 二人は顔を向かい合わせて笑い合った。ショウヤマが行っている研究が「ポケモンの生態から歴史を知る」というもので、夕食の時もその話が出た。
 「でも、ショウヤマ博士の研究とデオキシスの襲撃は、やっぱり結びつかない気がします」
  はライトブルーのベッドシーツを波打たせて、起き上がる。顔にかかった髪を払いのけ、言った。
 「多分、だけれど、デオキシスのコアとなるいん石が発掘されていたんじゃないかしら」
 「え? いん石が?」
 シゲルも起き上がった。
 「ショウヤマ博士がそれに気づいていたかは、今日の話では判断出来なかったけれど、恐らくデオキシスの胸の紫水晶が光っていたのは、仲間に呼びかけていたんじゃないかって思うのよね」
 「あれは、ロンド博士の指摘通りにメッセージだった…と?」
 「ええ。でも、う〜〜ん。思いっ切り防犯カメラにらみつけていたから、仲間へっていうのは可能性低いし、いん石の状態で自我があって反応出来るのかも怪しいかも…」
 防犯カメラの映像は途中からのもので、ジュンサーに見せてもらった部分の前後が分からないためにデオキシスの視線の先が気になる。
 そもそも、デオキシスとして認識されているもののもとは、いん石に付着した宇宙ウイルスである。反応出来るとしたら宇宙ウイルス自身だ。これには自我とでも呼べるものはあるかもしれない。
 しかし、デオキシスが生まれる条件として分かっているのは、その宇宙ウイルスにレーザーが当たらなくてはならない。
 レーザーは人工的に作られたもの・あるいはそれらを発生する装置という以外に、赤外線や紫外線なども含まれる。
 太陽光に存在するそれらは多少なりとも地上まで届いている。すなわち、地球に落ちてくる際には、熱圏から定義される大気の層から成層圏の中のオゾン層を通れば、オゾンが吸収する紫外線とかち合う。有害なものはオゾン層であらかたカットされる。
  は悩みながらもしゃべり続け、とたんに声を落とした。
 「だからね、ショウヤマ研究施設でもデオキシス誕生の実験が行われていた、と想像すれば多少は分からなくもないかしら、と考えたりも」
 シゲルには衝撃的な言葉だったが、 は「全然確証なし」とつけ加えて肩をすくませた。
 「それに、映像では一見、私の知るデオキシスに見えたけれど、実はあの研究施設で生まれたばかりの仔かも知れないしね?」
 「! …うわあ、それが一番驚きです。ありえるかも」
  がそう思い至ったのは、ショウヤマ研究施設でデオキシス以外の襲撃者が目撃されていないからだ。
 もちろん、それが事実であれば、ショウヤマ研究施設内部の人間が怪しくなる、などさまざまな憶測が成り立つ。ライオ4あたりが来ていたら、隠密行動に徹していたかもしれないが。
 まだ情報が足りない。
 足りなすぎる。
 「私たち、気をつけましょう。ここにはショウヤマ博士も、研究施設の人たちもたくさんいるのだから。本当に無関係なのかも知れない。でも念のために、余り信用しすぎないようにした方が良いかもね」
 シゲルはうなずいた。急に不安になって、部屋のドアへ目を向ける。
 「大丈夫。聞き耳立てている人はいないわ」
 盗聴もないと思った。 はショウヤマたちに自分の爪を見せていない。
 少し丁寧すぎる、おっとりとした女。コンジ島までデオキシスの話を聞きに来る行動力はあっても、自分の敵になはならないだろう、と警戒心が芽生えることはないはず。
 研究内容の質疑応答もせず、ほとんど黙って聞いていた。
 スポンサーの件を口にしたのは少々危険かと思った。 の考えるスポンサーとは黒スーツ男たちの組織だからだが、「変わったこと」の例えに出すには若干相応しくなかったかもしれない。
 その組織の可能性もあるスポンサーは、サイダ研究所に出資を申し出ているらしい。
 今は、これ以上考えても疲れるだけだ。
 二人はおやすみを言って、寝ることにした。
  は朝からずっと会えなかったピノを呼び出し、抱きしめる。一緒に寝られることに満足して眠りについた。



 翌日、晴天の空の下、シゲルは日よけの帽子をかぶり直し、水を飲んだ。水筒の水はまだ少し冷たい。
 以前に経験した化石掘りよりも、なぜか疲労感があった。神経を集中させすぎている。楽しんではいるが、今いる場所に来てから、ここを掘らなくてはならないという気になっているのだ。
  ら一緒に来た研究所の面々は、休憩に入っていた。しかし、シゲルは休む間もなく掘削を続けていた。
 スコップやハンマー、ピックを使い分けて地層を掘るが、固いところが多く思うようにはいかない。やっと岩石ごと掘り出せた部分はまだ二つだけ。諦めて転石や落石から化石を探そうかとスコップを持つ手を止めた。
 ふいに、頭上から声が聞こえた。
 「あれ、初めて見る人だ」
 声につられてシゲルが崖の上を見ると、自分より若い女の子がいた。
 「こんにちは。ここへは初めて来たんだ」
 「へーえ。化石発掘一日体験の人?」
 シゲルは苦笑して答える。
 「うん、そんな感じ。僕はシゲル。君は?」
 「わたしはミサヲ。時々ここに遊びに来てるの。あ、化石を見つけるのも好きよ。さっきも植物の化石を見つけたんだから! 待ってて、見せてあげる」
 ミサヲはそう言って、三メートルほどある崖を下り始めた。
 「危ないよ!」
 「平気平気。これくらい何度もやってるし、少しは足かけるところもあるから…」
 半分ほど下り、シゲルの近くまで来た時、ミサヲが足をかけていた突起が音を立てて崩れた。
 「きゃあああ!」
 ずり落ちたのは少しだけで済んだが、シゲルはミサヲに手を貸して無事着地するまで協力した。
 「あはは、ありがと」
 「どういたしまして。慣れてても、もうやらない方がいいね」
 「はーーい」
 ミサヲはすまし顔で返事をした。けれど、すぐにニッと笑って、小さなリュックサックから透明なフィルムケースを取り出す。
 「これよ。今日のはとっても小さいけど、前はもっとおーーーっきなのを見つけたこともあるのよ。五センチくらいの貝がら化石だって持ってるわ」
 「へえ。すごいじゃないか!」
 シゲルの感心した顔つきに、ミサヲは得意げに胸を反らした。
 「何か見つけた?」
 「ううん、まだ何も。何だかここで見つかるような気はしているんだけど―…」
 シゲルはこうべを巡らし、今まで掘削していた一帯を見る。視線は、ミサヲが下りてきたところ、つまり彼が直前まで掘削していたことろで止まった。
 つられて、ミサヲも同じところを見る。
 「あれ? 何かある」
 「え、どれ?」
 「わたしが落ちちゃった原因のとこ。あっぶな! せっかくの化石が傷ついちゃうところだったかも!」
 ミサヲが指を指したところには、一センチほどむき出しになった何かがあった。オレンジ色に見えるそれは、確かに、周りの灰褐色の地層とは異なっている。
 宝石のように輝くそれに、シゲルの瞳も輝き始めた。









**ちょこっと長くなりましたが、十一話目/巡る世界編の第一話目を終わります。
 つか、皆さまもうお気づきのことかと思いますが、この夢小説タイトルがないんですよ。
 作品名がないってどういうコトよ?
 っつー感じですが、ちょろっと書きため始めた数年前は、タイトル何にしようか迷っていたかもしれませんが、そんな記憶はありません。
 サイトに三、四話目くらいをアップしてからタイトルないことに気づいたくらいのドあほうですから…。
 いい加減考えようかと、ちらり思ったのですが、最終回までに考えればいいや、とか超いい加減返しをして先に進みません。
 …どうしたものか…(遠い目)。


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