ドリーム小説 ポケモン シゲル 夢小説 REPORT4:迷いは染みついた情熱がゆえ





 
少しはポケモンの事を知っている気になっていた だったが、ポケモンにもやはりというべきか、生息地、というものがある。
 ワカバタウン周辺のポケモンたちは、 の知らないポケモンばかりであった。ヒノアラシしかり。
 少し遠出もしてみたが、知っているポケモンはわずかだった。シゲルのところへ帰る前に、何とか新しいポケモンの知識を詰め込もうと思い、 はワカバタウンへ戻っている。
 シゲルとの約束の時間まで、あと三時間半。
 ブックセンターの新刊から、子供向けの入門書までざっと速読で読み切る。オーキド博士の著作を見つけたので、換金したてのお金でゲット。さすが、というべきであろう、オーキド博士の著作は、特集コーナーが出来ているほど発行されている。
 その人気も推して知るべし。ラジオ番組の本もあれば、ポケモン川柳の本まで多種多様。
 残りの約一時間は、ポケモンセンター近くの図書館で過ごす事にする。膨大な蔵書から、ついでに何か良い言葉などを拝借し、自分が名乗る苗字も決めてしまおうと思った。
 配置地図を眺めて大体のジャンル配置を覚える。ポケモンの図鑑にウツギ博士という
この街の博士の本を一冊、その他もろもろを自分の好みで四冊持って学習机に置いた。
 二十分くらい経ったころ、 はあくびとともに腕と背筋を伸ばす。少し疲れた。
 首を軽く回していると、こちらに向かって歩いてくるシゲルと目が合う。
 ポケモン入門の類いを読んでいなくて良かったと思いつつ、にこやかに手を振るシゲルに微笑んだ。

 シゲルは深緑色の表紙の本を持っている。とても分厚い、専門書のようだ。
 「 さん、もう戻っていらしたんですね」
 「ええ。そういえば大きな図書館があったなって思い出して。私、図書館大好きなの」
 去年、新しく建て直された図書館に、毎日通い詰めた夏を思い出す。殆どが家に導入されていないインターネット体験のためだったが。それがなくても、小学生の時は毎週のように行っていた。本を読むのが大好きなのである。
 「僕もです。読書好きなんです。僕の家には、おじいさまの書斎がありましたから。マサラタウンの図書館より、ずっと立派なのがね。小さい頃から読み物に不自由はなかったっけ。旅をして色んな街へ行きましたけど、ここの図書館も中々ですよ」
  の隣に腰かけたシゲルは、 が持って来た資料を気にしている。
 「ウツギ博士…」
 「そうよ。このワカバタウンを代表する研究者なんですって。それで気になったの。まだ目次と研究概要しか読んでいないけど、この人きっと切れ者よ。概要だけでも、それが判るわ」
 「そうなんですか…。ちょっと見せてもらえますか?」
 「どうぞ」
 本を開いて、文章に目を走らせた途端、シゲルの顔つきが変わった。 はぶしつけだと思いながら、観察する事にする。
 シゲルは、確か、ポケモンマスターを目指してマサラタウンを旅立ったはずだ。
 オーキド・シゲル。
 ポケモン研究者のオーキド・ユキナリ博士を祖父に持ち、若干十歳という年齢でポケモン使いの頂点、ポケモンマスターになるべく旅をしている。今度も、その夢への布石としてシロガネ大会で優勝をするために、ジムバトルをこなしてバッジを八つ集めた。
  は自分が十歳の時と比べてしまい、こっそりため息をつく。
 このポケモンがいる世界では、十歳でポケモンを持ち生まれ故郷から旅立つ子供はそう珍しくない。先程ブックセンターで読みあさった本の中の知識。
  はうらやましかった。自分も、ポケモンたちと旅をしてみたい。
 叶わぬ夢は、今、実現出来る現実として の目の前にある。
 選ぶのは、私だ。
 この世界にいられる間は、後悔の残らぬよう、徹底的に遊び倒すと決めた だった。
 自分でもちらちら手持ちの資料を見たが、考え事の間に時間はすぐ過ぎてゆく。
 もうそろそろポケモンセンターで落ち合うはずの時間だった。
 シゲルは時間に気づかず、ウツギ博士の本を読みふけっている。なんとも真剣な表情と、集中力。時折、読み止まってはページを戻り何かを確認したようにうなずいて先へ進む。
 声をかけるタイミングがつかめない。
 ポケモンマスターを目指すのだから、実戦だけ積むより知識だって必要だろう。シゲルは、ポケモンの事を理解して接したいと思っているはず。
 もちろん、触れ合いの中から判る事だって少なくないだろうし、ポケモンそれぞれの個性・好みだってある。
 ヒノアラシ、コラッタ、それぞれの生物学上の特性・特徴だけでなく、彼ら一匹ずつの性格嗜好…。
 特に自分で育てるポケモンなら、毎日のように付き合って行くわけだ。人間と同じように理解が必要。それも、相互理解が望ましい。
 「シゲルくんはポケモンマスターになりたいのよね?」
 思い切って聞く。
 「え、…ええ。そうです」
 シゲルが驚いたように を見る。唐突に話しかけられたから、という驚き以外に、何かが含まれている…。 はそう感じ取った。
 シゲルの言葉に偽りなどないはずだ。
 「そうです…」
 彼はもう一度肯定した。



 静かな図書館から、にぎわうポケモンセンターへ戻った。夕食は食堂で軽く済ませ、ポケモントレーナーに貸し与えられる部屋に行く。昨晩も使った部屋だった。
 二段ベットが二つ。他のトレーナーとは相部屋にならず、今夜も二人だけのようだ。
 「 さんはどんなポケモンをゲットしたんですか?」
 「今日はね、ヒノアラシとコラッタをゲットしたわ!」
  は軽く身体を揺らし、喜びを表現する。すぐさまモンスターボールを取り出して、ヒノアラシとコラッタを外に出した。
 「ヒノアラシのピノと、コラッタのララコットよ」
 「ヒノ!」
 「コラッタ!」
 それぞれが の自己紹介により、シゲルにあいさつをする。
 「へえ! 元気が良いですね。よろしくな、ピノ、ララコット」
 シゲルはかがんで二匹にあいさつを返す。
 「このコラッタ、私がいたところでは生息していないの。だから見つけた時は嬉しかったわ。ヒノアラシだってそうなんだけどね? …本の図鑑や、テレビ画面、パソコンの中でしか見た事がない仔だから、余計」
  はコラッタの頭を優しくなでる。コラッタは嬉しそうに を見上げた。
 「それ、よく判ります。僕もそうなんですよ。やっぱり、ポケモンはじかに見るに限る。マサラタウンを旅立ってからというもの、出会うポケモン全部が新鮮に思えます」
 ピノが小首を傾げると、シゲルは微笑んでピノを抱き上げる。
 「僕は小さな時から、おじいさまの研究所にいるポケモンを見て育ちました。でも、あまり触れる機会はなかった。どちらかというと、おじいさまの研究者! っていう姿に憧れていましたから。本を読んで、学校へ行って勉強をする…。机の上での事ばかりをくり返して。ポケモンと仲良くするのは、十歳になってからしようと思っていました」
 「どうして?」
  は優しい声音で尋ねる。返ってくる答えに、想像はついていた。
 「……多分、ポケモンが怖かったから」
 シゲルがつぶやくと、ピノが顔を上げた。シゲルは苦笑しながら続ける。
 「どんなに見た目が可愛くったって、ポケモンの力は凄い。僕みたいな小さな人間がおそわれたら、ひとたまりもない。…僕が勝手にひとりで怖がっていただけで」
 シゲルの手を伝い、ピノの鼓動と体温を感じられる。
 「おじいさまはあんなに、ポケモンと仲良しだったのに」
 「うらやましくて近づきたくても、恐怖感が勝っていた」
 「そう」
 「でも、旅立ちの時、あなたは自分のポケモンを手に入れたでしょう。その仔も、怖かった? これから一緒に旅をする、大切なパートナー…」
 「正直、上手くやって行けるか不安はありました。ポケモン慣れしていないってほどではなかったんですけど。やっぱり、怖いままではいけないなって。はたから眺めているだけでも、ポケモンたちは面白い。おじいさまの論文を参考に、色々試しましたよ。ポケモンを、怖がらないために」
 「もう君は克服している。怖がっていた事を、後悔している。その時間を埋めるように、ポケモンの事を知りたい…」
  はシゲルから視線を逸らして、言った。
 「ええ、そうです。でも、ただ触れ合うだけでは足りない事もある。ポケモンの研究は昔から行われていますけど、なんと言ってもポケモンの数が多い。そして毎日のように…ってこれは言いすぎですけど、新しいポケモンはどんどん発見されています」
 ピノは少し眠そうな顔つきだ。対して、ララコットはじっとシゲルの話に耳を傾けている。 ベッドに腰かけている の膝の上で、微動だにせず、朱けに輝く眼でシゲルを見ていた。
 「そうね。そして、従来のポケモンの事ですら、はっきり判っていない事があって、研究者たちは先が見えなくても研究を続ける。その成果は、少しづつ世に出て、改めてポケモンの不思議さを投げかけるのよ。ひとつ解決したはずなのに、また新たな疑問を生んでしまう。でも、研究は、それが何より楽しい」
  の静かな物言いに、シゲルは彼女を観察する。目を閉じて、わずかに微笑んでいた。 も研究者なのだと、改めて思い出す。
 「 さん。 さんは、どうしてポケモン研究者の道を?」
 「……そうね、私はー…」
 ポケモンが好きだからよ、と有り体に言えず、考え込む自分を恨めしく思う。
 思いながら。
 「ポケモンが好きだからよ」
  は笑顔で言い切った。「私の憧れなの」と、付け加えて。
 「憧れ…」
 シゲルは何やら考え込んでしまった。そのシゲルの腕の中で、ピノがうつらうつらと眠り始めている。
 「僕もポケモンが大好きです。この仔たちの事を、もっとよく知りたい。そして、もっともっと、色んなポケモンと出会って、仲良くしたい。友達に、なりたいです」
  はシゲルの視線を真っ直ぐ受け止める。強い輝きだ。こういう眼の人が、好きだ。
 「…やっぱり、 さんの研究内容は聞いてはダメですか?」
 「そう、ね。…発表前の事は、余り言えないの。実をいうと、私、論文とかどうでもいいって思っているわ。でもねー、研究所の所長がこういうのうるさいのよ。おまけに、私は今手がけているのが初めて一人で発表するものだから…。ま、連名は連名でもっと口閉ざさなきゃなんだけど」
 「残念です。でも、論文が出来たら、ぜひ教えて下さい!  さんの論文を読んでみたいです」
 「ありがとう。早く論文までたどり着けるよう、研究も頑張るわ」
 「応援しています。…僕も、何かしたいな…」
 シゲルの表情に、かげりと期待が入り交じる。
 なんと複雑な表情をする子供だろう…。 はシゲルに興味を持った。それは今までシゲルを見てきた中で、一番心を揺さぶった感情だ。
 「シゲルくんはポケモン研究にも興味があるのね?」
 「は、はい!」
 シゲルが弾かれるように顔を上げ、 を見つめた。
 「研究の内容に関わらず、ポケモンと一緒に過ごして理解を深め合う事はとても大切なの。今はポケモンマスターを目指してトレーナー修業を続けていても、いつか研究者にと思った時、今までの経験が何よりあなたを助けてくれるでしょう」
 それは 自身の経験からも言える事だった。
 「ポケモントレーナーでも、ブリーダーでも、もちろん研究者でも、すべてのポケモンと関わる職業ならば。…目指す道程と先が違っても、同じ事」
 「はい」
 シゲルは素直にうなずく。 の言っている事はよく解った。
 だからこそ、迷うのだけれど。
 ポケモンに関わる仕事というならば、この世の中たくさんある。
 その中でシゲルが自分で選んだ道は、ポケモントレーナーたちの頂点、ポケモンマスター。あらゆるすべてのポケモンを従えし者とまでいわれる。ポケモンを全種類コンプリートだけでも気が遠くなる話なのに、集めるだけではだめなのだ。
 彼らに、認められること。
 自分も、彼らを認めて。
 バトルに勝ち進み、勝利の喜びを分かち合う。
 これも、僕の憧れ…。
 「 さん、明後日からのポケモンリーグ…。僕のポケモンたちの最大限の力に引き出して、僕は必ず勝ち進んで見せます。そして、僕たちはもっと強くなるー…!」
 シゲルの決意の言葉。
 表面上は冷静さを保っているが、とても熱い志を持っている少年には、前を向いて上を向いて進む姿がよく似合う。
 きっと、今度の大会はシゲルにとってのターニングポイントになるのではないか、と は予感した。













**2005/06/26up
あれ? ポケモンゲットしてないやー。シゲルとの会話を楽しもう! と思ったのに、楽しめる会話内容じゃねー…。シゲルのかっこいいバトル模様も書いてみたいです。



夢始