REPORT5:思い出に眠るかつての想い オーキド・シゲルは、祖父が建てた研究所の庭にいた。 この時、五歳。 オーキド邸の庭には、博士自身が捕まえたポケモンも含め、近隣のポケモントレーナーたちのポケモンが数多くいる。確認されているすべてのタイプがそろい、それぞれが快適に暮らせるように設計されていた。 たくさんの鳴き声に、プリンの上機嫌な歌声も聞こえる。 そんな庭の一角で、イワークとサイホーンがケンカを始めた。理由は判らない。けれど、シゲルはケンカは良くないことだ、と思い、健気にも二匹の争いを止めようと近寄る。 あと七メートル。そこが、シゲルが近づける限界だった。 とても、恐ろしい。 いつもは、みんな大人しく、仲良く暮らしているのに…。 何があった? 何がいけなかった? 二匹がケンカを始めたのは、突然だったように思う。雄叫びが聞こえ、争う音が激しくなったので、少し離れて絵を描いていたシゲルは、スケッチブックを放り出してかけつけた。 イワークはいわなだれを使い、サイホーンはロックブラストで対抗する。幼いシゲルの声は、二匹には全く届かなかった。 「やめろ、イワーク! サイホーン! ケンカはだめだ!」 しかし、必死に叫ぶシゲルの声をかき消すほどの攻防が続く。イワークのたたきつけるで、サイホーンが背を打った。大地が揺れて、立っていられなかったシゲルは転がってしまう。何とか立って逃げようとしたが、サイホーンのじしんで、再び地面が波打つ。 「うわあああぁぁっ!!」 地面を転げ、膝も顔面もすりむき、それでもシゲルは争いを止め続けた。 「やめろったら! おちついて!!」 痛む身体をかばいつつ、シゲルは上半身を起こす。 うなり声も、怒声も収まらない。 サイホーンがイワークへつっこみ、つのドリルを放った。イワークはアイアンテールで対抗をする。競り勝ったのは、イワークだった。 そして、倒れていたシゲルの目に焼きついたものは。 痛みにゆがむサイホーンの顔と、迫り来る、鋭い角。 身動き出来ないでいるシゲルの真横に、サイホーンが顔面から倒れこむ。大きな音をたてて、サイホーンは一瞬意識を失った。 シゲルは声も出せず、ただただ怒り顔のイワークを見つめていた。ふいに震えが来て、汗が一気にぶわっと吹き出る。ついには、怖くて大声で泣き出した。 シゲルの高い泣き声に、サイホーンは目を覚ます。イワークも我に返り、シゲルに近寄った。顔は困っている。 二匹はなだめるかのように声を出すが、シゲルは泣き止まない。更にひどくなった。 サイホーンは困り果ててイワークを見るが、イワークもどうしたら人間の子供が泣き止むのか知らない。あやし続けるサイホーンに、イワークは「いいことを思いついた」と言って、その場を去った。 やがて、イワークはラッキーを連れて戻ってくる。事情を聞いているラッキーは、いやしのすずを発動し、シゲルの高ぶっている感情を安定させた。 シゲルはまだしゃくりあげているが、涙をぬぐい立ち上がる。 「えへへ、ないちゃってごめんね。もう、ケンカはしちゃだめだよ?」 おえつ混じりにシゲルが言えば、イワークもサイホーンも申し訳なさそうに鳴き、うなずいた。 数ヶ月後、シゲルは同じ歳のサトシ、という少年と久々に会った。サトシは天真らんまんに野生のポケモンに近寄って行く。母親のハナコと楽しそうに笑い転げていた。 ハナコ親子は街外れでピクニックをしていたのだそうだ。祖父のユキナリが、ハナコと世間話をし始める。ユキナリとシゲルは、ビンヌの街からの帰りだった。土産話をしつつ、ユキナリはダジャレを言ってハナコを笑わせていた。 サトシはポッポの後をちょこちょこついて行って、ポッポにジト目で見られている。それでも、サトシの大きな瞳は好奇心の光を鈍らせもせず、じっとポッポを見つめていた。 野生でも、小さなポケモンは、まだ大丈夫だ。シゲルは怖くない、と自分に言い聞かせる。 例の事件以来、シゲルは大きなポケモンが苦手になっていた。近づくことが、怖い。 ポケモンは大好きなのに、触りたいのに、恐怖が勝って足がすくむのだ。 おかしい。原因となったイワークもサイホーンも、大好きだと言えるのに、あれからケンカのあった場所には近づけないでいる。 研究所の庭にも一人では出なくなった。 「そうなんですな。それは、うちのシゲルも一緒じゃな」 「あらー。やっぱり男の子にも女の子にも、ダントツ人気はポケモンマスターですものね。シゲルくんもポケモントレーナーになって、ポケモンマスターを目指すのね?」 遠巻きにポッポとサトシを見ていたシゲルは、急に話をふられて戸惑った。はい、そうですと、すぐに答えられない。そのすきに、サトシが言う。 「ママー、ポケモンマスターはぼく! ぼくがなるのー!!」 元気に両手をふって抗議する息子に、ハナコは、はいはいと返す。 「判った、判ってますよ。もういーっぱい聞いたわ」 いい加減嫌気が差したのであろう、ポッポがサトシをくちばしでつつき始めた。軽く、のようで、サトシは痛がりながらも笑っている。 ハナコがしょうがないなあ、とつぶやいて、サトシへと歩き出した。 「うむうむ、ポケモンを怖がりもせず、あんなにくっついておる。のうシゲル、シゲルもポッポと遊んでみるかな?」 ポケモンの怖さを知らないくせに、とサトシに対して思っていた矢先、ユキナリがシゲルの顔をのぞきこんだ。 「最近、ポケモンたちと遊んでおらんじゃろ? 本を読むのも良いが、やはり直接ポケモンと触れ合わんことには、ポケモンマスターはとーってもじゃないがなれないぞぉ」 「…はい」 ユキナリは孫を心配していた。ケガだらけで庭から戻ってきた時、大体の察しはついたが、こんなに後を引くとは思わなかった。 結局動かない孫の横顔を見ながら、ユキナリはこっそりため息をついた。 次の年、オーキド・シゲルは本人たっての希望で遠い異国へ留学する。そこには姉がいる、ということと、本格的に勉学に励むためであった。 時々マサラタウンに帰るたび、シゲルとサトシはケンカをした。シゲルが勝手にサトシにつっかかりケンカになることもあれば、サトシがドジを踏み、シゲルを巻こむ騒動を起こしたために険悪になったこともあった。 周りの大人たちからしてみれば、実に微笑ましい、の域を出ないのだが、なんせ当事者たちは必死で意地を張り合う。 負けず嫌いとポケモン好き。二人の共通点は、この二つにつきる。 二年後に、完全にマサラタウンへ帰って来たシゲルが久々に自分の部屋でくつろいでいると、窓を叩く音がした。 窓の外にはなにもない。バルコニーは反対側だ。不思議に思って窓を開けると、そこにはイワークがいた。 「シゲルくん、気分悪いの?」 頭の上から、 の声が聞こえた。 シゲルは顔を上げ、 を見る。 「…いいえ、大丈夫ですよ」 懐かしい夢を見た。途中までだったが、あの先は今でも鮮明に思い出せる。 きっと、昼間シロガネタウンのポケモンセンターの前でサトシに会って、闘志が一気にふくれ上がったからだろうと分析した。 「ちょっと疲れて、眠っちゃいました」 「明日に備えて、もう休みましょう。ね?」 「はい。そうします」 シゲルの手には、カメックスが入ったモンスターボールが握られていた。 選考会に出すポケモンの調整が終わってから、部屋で考え事をしていたら眠ってしまったらしい。電気もつけず、ベッドにもたれてひざを抱えていた。 を心配させてしまったようだ。 「 さん、ポケモンゲットははかどりましたか?」 「ええ、ここの辺りも良いポケモンがたくさんいたわ! その話は、明日のモーニングかランチの時にしましょう。さあ、寝る準備をして」 「歯みがきしてきますね。 さんは?」 「私はもう終わったわ。あとは着替えて寝るだけ」 「行ってきます」 「いってらっしゃい」 シゲルを送り出した は、彼のベッドに腰かけた。 大切な大会前なのだ。気持ちが不安定になったり、迷うことだってあるだろう。 が持つ、オーキド・シゲルの印象といえば、まず、「偉そうなやつ」。 次に人を、というよりライバルであるサトシを挑発して楽しんでいる。さらに、超がつくほどの自信家で、その自信通りにポケモンのことに詳しく強いトレーナー…。 あとは、キレイなおねーさんたちに囲まれている様を思い出す。 「あれ、おねーさんいないよな? 親衛隊? は解散したのか? それとも活動地域限定??」 思わず独り言が出てしまった。 シゲルの枕元に置かれたモンスターボールを見て、 はつぶやく。 「明日からの戦い…。シゲルに勝って欲しいな。サトシは強敵だろうけど…。みんな、頑張ってね」 まだ、シゲルの心に踏みこめるほど彼に近づいてはいない。勝手に入りこむのは得意だが、壊したくないと思う。 あまり、親しくなると別れが辛いから。 それが一番の本音か。 は息を止めて、吐く。そう、いつだって、一番の心配事はそれなのだ。シゲルのことも、思うけれど。 シゲルが帰ってくる前にと、 は素早くルームワンピースに着替える。 自分のベッドに入って五分後、シゲルが帰って来た。 「おやすみ」 「おやすみなさい、 さん」 シゲルは電気を消し、ベッドにもぐりこむ。 また、夢を見るだろうか。 あの続きの夢を。 こんな時に思い出すのは、迷っているからか? それとも、ポケモンマスターへの夢を忘れず貫くため? 思い出そう。きっと、糧になる。 シゲルは暗闇を見ながら、自分の記憶をたどり出した。 **わーわーわー!!! どうしましょう、三ヶ月くらいぶりのシゲルさんですよ! ポケパークも終わっちゃって、ウェルカムナビゲーター・シゲルももう見えやしないんですよ。(←関係ないし) また過去をネツゾウし始めましたよこの女。 後半に続きます。十月中にはアップ出来ると良いですね。頑張れよ!(←他人事のように…) *2005/09/27up |
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