REPORT6:ヒカレハジメ 4 「ピノ、バンギラスを見ていて。私は、少し下まで行くわ。すぐ戻れると思う」 ピノがうなずくのを見て、 はヨーギラスを抱えたまま、ゆっくりと歩いた。でこぼこ道を、ヨーギラスを揺らさないように気をつけて足を運ぶ。 「…ねえ、ヨーギラス。バンギラスが出て行きたかった、山の外、興味ある?」 「ヨギ?」 「森には一・二度行ったのでしょ? 山の中とは違った景色とポケモンで、面白かったんじゃない?」 「…ヨギ!」 ヨーギラスの声が、多少明るいものになった。 「その森の外には、もっと、もーーっと面白いことが、たっくさんあるのよ」 「ヨギ?」 ヨーギラスは瞬きをくり返し、 を見つめた。 はヨーギラスの頭をなでている。 「恐いことも、ね」 の言葉に、ヨーギラスは身を固くする。バンギラスが説得していたポケモンに、襲われそうになったことを思い出した。 「でもそれは、きっと、ここにいてもおんなじこと。外の世界よりは、少ないだろうけど。私は今までに、いろんなところで旅をしてきたから、それが良く分かるの。楽しいことばかりじゃない、でも、辛いことばかりでもない。捨てたもんじゃないし、時々拾い上げるものの中には、一生忘れたくないことだってある。独りでフラフラあちこち見て回るのも楽しいし、仲間と一緒にいるのも悪くないよ。…私、本当は独りでいるのが大好きなんだけどね?」 はウインクをして、口元をゆるませた。 「人間の世界には、学校っていうみんなで行動するところがあってね、私、そこにいるのは嫌いだった。でも、この人と一緒にいたい! っていう人がいるのなら、わりと平気なの。ガマンしてたこともあるけど…。今は、ピノや、ララコット、ビコス、そして、これから来てくれるシゲルっていう人間の子供と一緒にいるのがとても楽しい」 「ヨギヨギ?」 「そう、人間の子供。ヨーギラスよりはおっきいよ? つか、アハハ、あの子、おおよそ子供らしいことはしない子みたいー。大人びてるっつーか。何か、悟りでも開いちゃってる感じなのよねー。まだ十の子なのに、旅して苦楽が多いと人間成長いちじるしいのかもねえ?」 また自分の十歳くらいの時と比べてしまい、 はあわてて首をふった。 「ヨギ?」 「だ、だいじょぶ。何でもない。シゲルのことは、会えば分かると思う。ああ、そうだ。明日は休みじゃない。ポケモンリーグ開会式なんだなあ。シゲルは早く選手村に帰してあげなきゃ」 ヨーギラスに見つめられていることが分かり、 は微笑む。 「ポケモンセンターといってね、あなたたちの苦しいのを治してくれるところがあるの。もうすぐ、そこまで連れていくからね。そうしたら、休んでいる間、もっと外の世界の話をしてあげる。治ったあかつきには、バンギラスと一緒に、旅をしてみるのもいいかもよ〜?」 の笑みが深くなる。三日月型の目と口を見ながら、ヨーギラスも笑った。まだ見ぬ外の世界には、バンギラスの影響で興味はある。少し、わくわくしてきた。 「もし良かったら、初めは、私と一緒に行かない?」 は声のトーンを落として、言った。 「ヨギ、ヨーギラ?」 「そーねえ…。どんなトコ行きたい? 海…。水に弱いからだめか。大きな街…。うーん、ていうか私、今海越えてやって来た設定だからな。海経由で別大陸って、初めてにしては冒険しすぎ? それに…」 言葉を切った に、ヨーギラスは首を傾げた。 「ううんと、私ってば、実はこの世界の人間じゃないのよねー。だから、いつかはいなくなるの。その時ってのがまた急な時があってさあ、これは私の意志ではどーにもならなくて…。ピノたちにはもう言ってあるけど、私と一緒だと、このポケモンの世界に、シロガネ山に帰ってこられなくなっちゃうと思うんだ。勿論、お別れの時に余裕があれば、残れるようにしてあげる。出来れば、他のところにも一緒に来て欲しいとは思えども…」 ピノとララコットの返事は保留中だが、残りたいという場合は手放す覚悟があった。本当に急に移動となることもあるので、この世界に残してあげられる保証はないが。 「ま、それは元気になるまでに考えておいてよ。ねっ」 がヨーギラスの頭をなでる。体温の低いヨーギラスには、それが心地良くもくすぐったかった。 「! シゲルの声だ」 の耳に、シゲルの呼び声が届く。 の名前を叫んでいる。近い。 「シゲルくーん! ララコットー!」 声を張り上げ、居場所を知らせた。どのみちララコットが案内役で、居場所を知らせるのには問題がないのだが、数時間前に聞いたはずのシゲルの声がなつかしく思えた。名前を呼ばれて、呼び返したくなった。 「 さんっ!」 木々の間から、ララコット、シゲル、カメックス、そしてリングマの順に姿を現す。 「…リングマ? ゲットしたの?」 疑問符を浮かべる に、シゲルはララコットを見た。 「いいえ、僕じゃありません。ゲットしたのは、ララコットですよ」 「は?」 はララコットとリングマを交互に見やり、やっと意味が分かった。メロメロだ。しかし、技の効果はいつ切れてもおかしくない。 ララコットがわざわざリングマを連れてきた意図は、バンギラスを運ぶ手助けのためだろう。まったく、頭の良いポケモンである。 「ララコット、ありがとう。助かるわ。カメックスとリングマもよろしくね」 カメックスもリングマも、 の声に応えた。 「バンギラスはこの先よ」 バンギラス、と聞いて、リングマは の後ろを見た。続いて、 の腕にいるヨーギラスへと目を移す。 は、このリングマをゲットするべきかどうか、迷った。ゲットすれば、メロメロの効果が切れても、バンギラス救出を手伝ってくれるかもしれない。 「シゲルくん、カメックスと一緒に先に行っていて」 「は、はい。行こう、カメックス」 「カメ」 走り始めたシゲルに、 は言う。 「シゲルくん、もしも途中でめまいや吐き気が起きたら、あなたはすぐにしゃがんで休むこと。いいわね? 私はすぐに後を追います。けれど、少しだけリングマと話があるから、お願いね」 「…はい」 シゲルのいる位置からは、 の表情はうかがえなかった。 が向き合っているリングマは、多少険しい表情をしている。メロメロの効果は切れつつあるようだ。 は、シゲルたちが行ったのを確かめ、言う。 「リングマ、聞いて。バンギラスとこのヨーギラスは、今、命の危険があるの」 の真剣な表情に、リングマは話を聞こうと思った。訳を話すよう、先を促す。 「ヨーギラスを見てもらえれば分かる通り、一刻も早くポケモンセンターへ、病院へ連れて行かないといけないわ。少しは回復した方だけれど。特に、バンギラスたちのリーダーは、とても衰弱している。勿論、知っているわね? あのリーダーよ」 「グマ…」 リングマが、にわかに殺気立つ。 良かった、と は心の中で安堵のため息をついた。もしも、このままでバンギラスと再会させていたら、リングマは襲いかかっていたかもしれない。弱り切ったバンギラスを相手にするような性格ではないかもしれないが。 「あなたたちの関係は知っているわ。でも、もしも死んでしまったら、ケンカも出来なくなるのよ。生き物が死ぬという意味は、あなたも知っているでしょう。仲間を失う悲しみは、あなたも知っているでしょう!」 リングマは、仲間のヒメグマを思い出した。 「あなたは、リングマたちのリーダーね?」 「グマ?」 「それは、分かるわ。ほとんど勘だけど、あなたはとても強く、たくましいもの。まとめ役の風格がある、という感じ」 「リングマ、グマ、グマ」 「ええ、私は人間だけど、密猟団とは何の関係もない。それに、つい数日前、問題の密猟団は捕まったわよ。ポケモン保護区の、保護官たちにね」 「グマ?! グマグマ、グマ!」 「本当、本当よ。ネットのニュースで知ったの。もう、そいつらは来ないわ。この山の問題は、一つ減った。でもまた別の密猟団が現れないとも限らないでしょう。だから、リーダーバンギラスが言っていた通り、ポケモンたちは出来得る限りの協力はすべきだと思う。部外者が口出し出来ることではないけれど、でも、これだけは信じてみて欲しい。あのリーダーバンギラスは、この山に必要だよ」 は静かに諭した。リングマは、 に抱かれたヨーギラスを凝視し続ける。時々もれるうなり声。リングマの中で葛藤が始まっていた。 ヨーギラスは、一度だけ会ったリングマには、恐い目にあわされた思い出がある。しかし、その恐怖を覚えていてもなお、助けを求めた。 「ヨギ、ヨギぃ〜〜」 ヨーギラスの哀願に、リングマは負けた。うなだれて、すぐ顔を上げる。 「グマ、リングマ、グマグマグマッ!」 は、リングマのセリフに思わず吹き出す。 「ありがとう、リングマ。そうね、ケンカ相手がいなくなるのは、確かに困るわよね?」 先に走り始めたリングマを追うため、 はヨーギラスを地面に寝かせた。ララコットが寄りそう。 「ララコット、しばらくの間、ヨーギラスを頼む」 「コラッタ!」 「ヨーギラス、リーダーバンギラスを連れてくるから、少しの間待っててね」 「…ヨギ!」 弱々しくも微笑むヨーギラスを見て、 は微笑み返す。くるりと背を向けると、別人のような険しい目で、前をにらんだ。 「あのヨーギラスは、もう大丈夫よ。でも、十日ほどは安静が必要ね」 わずかに薬品の香りがする、ポケモンセンターの診療室で、ジョーイが笑顔を見せた。 とシゲルは、ほっとして肩の力を抜く。 「良かった…」 「でも、バンギラスの方は……」 シゲルは心底良かったと思ったが、ジョーイの暗い声で再び気を引きしめた。 「どういうことですか?」 シゲルは、目の前のジョーイから、隣の治療室で寝たきりのバンギラスへ目を向ける。ガラス越しに規則正しい呼吸をしている姿が見えるが、何か問題があるのだろうか。 「それが、後遺症がかなりひどいの。二ヶ月、いいえ、三ヶ月しても、もうもとのように動けるかどうか分からない。リハビリ支援はするけど、無茶をしすぎたようね」 「そんなにひどいのですか?」 「命があるだけでも、ありがたいわ。衰弱が激しいから、ウイルス感染にも気をつけないと」 黙って聞いていた が、口を開く。 「自覚症状があっても、無視をして動いたようですからね。通常の疲労と、区別つかなくなるくらいに必死だった…」 「気づいた時には、症状はかなり進行していたでしょうね。あなた、 さんだったからしら? ポケモンのことにくわしいようだけれど?」 「え? ああ、私、ちょっと人間の方の医学をかじったことがあるんです。私の師匠の影響で…」 ジョーイの指摘に、 はお茶をにごす。 が今回の件の事情に通じていることも指していたのだろうが、それには触れないでおいた。 「大したことはないですよ。あ、私、もう一度シロガネ山へ行って、他のバンギラスたちにこのことを伝えてきます。お手数ですけれど、ジョーイさんには、ポケモン保護区に連絡を取って頂いてもよろしいでしょうか? 野生のヒメグマとか、バンギラスとか、この前捕まった密猟団にさらわれたポケモンの行方を知りたいのです」 「保護区へ連絡するのは良いけど、今から山へ行くのは危険よ。何時だと思ってるの? 明日になさい」 ジョーイは壁かけ時計を指差し、怒った。時計は、既に九時前。当然、外は真っ暗だ。これからシロガネ山へ登っていたら、帰る頃には日付が変わる。 「 さん、ジョーイさんの言う通りですよ。明日にしましょう」 シゲルも を止めた。 「そうね、そうするわ。シゲルくん、明日はポケモンリーグ開会式だものね。早く帰って、明日に備えましょう」 はいったん諦めた。 帰り際、正面の病室に寄り、ヨーギラスを一目見た。医療カプセルの中で、すやすやと寝息を立てている。 シゲルとポケモンセンターを後にしようとすると、入り口のカウンターでベルが鳴った。ジョーイがテレビ電話に出る。 「はい、シロガネ山ふもとのポケモンセンターです。あら…どうかしましたか?」 は足を止め、ぶしつけにも耳を澄ます。シゲルの腕を取り、引き止める。 「ええ、ええ。はい、分かりました。明日、そちらへ伺います。あ、そうだ、 さん! 今、ポケモン保護区の保護官の方とお話しているの。良かったら、さっきのお話ことを…」 「はい、ぜひ」 は即答した。 シゲルは話の内容から、自分は加わらない方が良いだろうと思い、 を待つ。 とジョーイの横顔を見ながら、手持ちぶさただった。 離れて待っていたシゲルの耳に、小さく声が聞こえる。カウンターの奥。診察室がある。その正面の病室には、ヨーギラスだけがいるはずだ。他の病室から聞こえる声だろうか。 も病室へ目を向けた。シゲルは に目で合図をし、病室へ向かう。 そっと扉を開けると、医療カプセルの中で、ヨーギラスが鳴いていた。 「ヨーギラス、どうしたんだ?」 「ヨギ、ヨギ〜」 悲しそうな声。それくらいは、シゲルにも分かる。けれど、何と言っているのかは、全く分からない。 「バンギラスなら、大丈夫だよ。時間はかかるけど、ちゃんと元気になるから、心配しないで。今は別の部屋で休んでいるよ」 「…ヨギ」 一息ついたヨーギラスは、それだけで終わらず、カプセルを引っかき始める。 「? 何、どうした?」 「ヨギ、ヨーギラス。ヨギヨギ!」 「バンギラスに会いたいのか? いや、それはダメだと思う…」 シゲルの言葉に、ヨーギラスは激しく首をふった。 「バンギラスには安静が必要なんだ。今は眠っているし、集中治療室には入れない。診察室から、少し見るくらいならいいと思うけど…」 ヨーギラスは更に首をふる。シゲルは弱り果てた。 「ヨーギラス…」 「ヨギ、ヨギ、ヨギ〜」 ヨーギラスの思いは通じず、カプセルを引っかく手が力を失う。 静かになった病室に、 とジョーイの歓喜の声が聞こえた。 シゲルとヨーギラスは、そろって声がした方を向く。 「ヨギ! ヨギ! ヨーギッ!」 先程よりも大きな声でヨーギラスが訴えかける。内側からは開かないカプセルの扉を、拳で叩き出す。 「… さんに会いたいのか?」 「ヨギッ!」 やっと通じた思いに、ヨーギラスが顔をほころばせる。 「そっか。うん、後で会わせてあげるよ。今は大切な話をしているから、少しだけ待ってて」 「ヨ〜ギ♪」 陽気な返事に、シゲルは思わず微笑む。 「ああ、ヨーギラスは、 さんが好きなんだね?」 「ヨギ!」 「…そうか。ヨーギラスもか」 「ヨギ?」 「僕も好きだよ」 「ヨギ!」 二人は微笑み合う。シゲルは少し、照れ臭くなって、ドアへ向かった。 たちの会話に耳を澄ます。 聞きづらいところもあったが、 の知的な話しぶりが聞こえた。初めて会った時の を思い出す。あの時は、もう少し砕けた感じで話していた。 、と初めてその名を呼んだ後は、子供のように高く幼げな声でしゃべった。たくさんの会話を思い出してみる。 出会ってまだ五日目。 シゲルは、 に惹かれ始めていることを、素直に受け入れた。 話が終わったようだったので、シゲルはドアの外へ出る。 がカウンターから出てきた。シゲルを見て、微笑む。 「密猟団に捕まったポケモンのうち、半数くらいは見つかったそうよ。中には、バンギラスもいて、シロガネ山から連れ去られたバンギラスらしいわ。ヨーギラスの仲間が、助かったのよ」 「それは良かったですね! ヨーギラスに知らせてあげましょう。 さんに会いたがっていますよ」 は、ヨーギラスに仲間の無事を告げた。また明日会いに来ると約束をして、ポケモンセンターを後にした。 とシゲルは、今日の出来事を話しながら、足早に選手村へと戻って来た。 「ああ、もう、十時だ。シゲルくん、ちゃんと休んでね」 「え? さんは部屋へ戻らないのですか? あ、だめですよ、シロガネ山へ行くのは」 引き止めるシゲルに、 は人差し指をつき出す。シゲルは、驚いてまじまじとその指を見た。 「一つ、私、レンタル自転車忘れてきちゃった」 「あ、…僕も…」 「明日には返さないとね? 二つ、きっとリングマが知らせてくれたとは思うけど、お節介でもアフター・ケアはしておきたい。三つ、ニューラゲットしたい」 「でも…」 「私には、ピノたちと、シームルグがいるから平気。ひとっ飛びだし、夜の野生のポケモンに出会っても大丈夫。夜だから、シームルグもそんなに目立たないだろうしね。問題ないわ。で、シゲルくんは自転車をどこに置いてきたの?」 はシゲルから自転車の置き場所を聞き、ポケモンセンターの受付で、 はもう少し帰るのが遅くなると伝えるよう頼んだ。あらかじめ、 はふもとのポケモンセンターで、選手村のポケモンセンターと、レンタル自転車屋に電話をしておいたのだ。 「じゃあ、行くわ」 「ええ、お気をつけて…。って、あれ、ここでシームルグは出さないのですか?」 「ええ、完全に人目につかないようなところで出したいの」 そう言って、 は手をふり、かけ出した。 本当のところは、シームルグはモンスターボールに入っていないから、である。 を見送った後、シゲルは部屋へと戻ったが、考え事が多く、眠れず外へ出た。満月がとてもきれいな夜だった。 ポケモンセンターを出た足で、気の向くまま湖へと向かう。 岩べりに腰かけ、風に揺れる水面を見た。さざ波に合わせて、月も揺れる。 まるで、自分の心のようだ、と思った。
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