ドリーム小説 REPORT8:強敵 1





  は試合の実況に耳を澄ました。店内のラジオから聞こえる声によると、サトシのフシギダネと、対戦相手のジュンイチのメガニウムが戦い始めたところだった。
 結局、 はサトシの試合を観ずにレンタル自転車屋へ来ていた。店の主人に礼を言い、表へ出る。
 考え事をしたかった。座りこんで考えるよりは少しでも身体を動かしたかったので、シームルグに乗って移動も選ばない。
 これからのこと、取り分け、シゲルのことが思考の大半を占めた。
 ため息を何度もつきながら、 は自転車をこぎ続けた。
 シロガネ山ふもとのポケモンセンターの前では、出歩けるようになったヨーギラスが を待っていた。
 「ヨーギラス! お待たせ!」
 「ヨーギ! ヨギヨギ!」
  が自転車から降りるなり、ヨーギラスは彼女に抱きつく。
 「あはははは。愛いヤツめ!」
 めいっぱい に甘えるヨーギラスは、とても幸せそうだ。
  はヨーギラスを抱きながら、ポケモンセンターへ入った。
 病院独特の匂いはせず、甘い香りが立ちこめていた。 はすぐさま息を止め、両手でヨーギラスの口と鼻を塞ぐ。
 (これは…? 嗅覚に訴えるのは、くさタイプかむしタイプのわざ?)
  の知る、どの香りとも違う。ぱっと思い浮かんだのは、あまいかおりではないか、という考え。
 「ジョーイさん?」
 大きめの声で呼んでみたが、反応はない。しかし、ポケモンセンターの奥には、確かに気配がある。ラッキーも見当たらなかったが、 は気配のある方へと歩いた。
 ポケモン、嗅覚、香り、匂い、技というキーワードで、どんどん脳内のデータベースから何かにヒットしないだろうかと検索をくり返す。
 思いつく中で、ここがポケモンセンター、つまり治療目的であることを当てはめると―…。
  が自分の中で一応の解答に満足すると、ヨーギラスがもがき始めた。息が出来ないからだ。
  の思う通りなら、こんな事はしなくても良いはずだが、念のためにとハンカチを取り出し、ヨーギラスの顔に宛てがった。多少息が出来るし、直接この香りをかがなくて済む。
 ポケモンセンターの奥には、台所がある。ドアをノックしてみると、ジョーイの声が聞こえた。
 「ジョーイさん、 です。入っても良いですか?」
 「あら、いらっしゃい。どうぞ入って来て」
  はようやくヨーギラスを放し、ハンカチもしまった。
 ドアを開けると、もっと甘い香りが鼻を刺激する。 は思わず顔をしかめた。あまりにも、甘ったるい。甘い食べ物は好きだが、この香りには慣れるのに時間がかかると思った。
 「何ですか、この香り」
  はジョーイの手元の鍋を見た。香りの原因のようだ。鍋の周囲には、煙なのか何なのか、もやがかかっている。空気がピンク色に染まってしまったかのようだった。
 「うふふ。ポケモンアロマテラピーに使う材料を煮詰めているの。ちょっと変わった配合を試しているところよ」
 ジョーイは弾んだ声で話したが、側にいるラッキーは顔色がおかしかった。
 「あの、ラッキーは大丈夫ですか?」
 「ああ、ええ、大丈夫。この子、甘い香りは苦手なの。どっちかっていうと、ぴりっとしたスパイシー系が好きだから」
 ポケモンアロマテラピー。
 ブックセンターにそんなタイトルの月刊雑誌が置かれていた事を思い出す。
  は香りも甘い方が好きだ。フローラル、フルーティ、そんな単語のある髪のトリートメントによく惹かれた。
 もともと香りには興味があったので、 はジョーイの実験を見学させてもらう事にした。
 結局この日は見学だけで時間が過ぎた。夜に選手村へ戻ると、明後日の決勝戦第一試合目が、シゲルとサトシの対戦であると分かった。
 部屋に戻っても、 とシゲルはあまり話さなかった。



 翌日、シゲルは試合に出すポケモンを決めるべく、朝食後からパソコンの前に張りついていた。
  は一声かけ、すぐにシロガネ山のポケモンセンターへと向かう。今日もポケモンアロマテラピーについて教えてもらう約束をしていた。
  が自転車を降りると、ポケモンセンターの中から色々な人の声が聞こえ、にぎわっていることが分かった。
 ポケモンセンターの自動ドアの前に立った時、コンパンを抱えて走ってくる男の子が目に入る。 は自動ドアが閉まらないよう、ガラスの戸に手を当てていた。
 「ジョーイさん、ぼくのコンパンが!」
 血相を変えてかけ込んだポケモンセンターには、他に怪我をしているポケモンとトレーナーでいっぱいだった。広い待合室に白いタオルや布が敷かれ、ベッドに入り切らないポケモンたちが横たわっている。
  はすぐにジョーイを探した。
 「ねえ、君、待ってて。ジョーイさんは奥の診察室にいるみたい」
  が奥へ入ろうとすると、小さな女の子が のシャツの裾をつかんだ。
 「お姉ちゃん、今は、順番待ちよ」
 「そう、ごめんなさい。じゃあ順番になるよう、あの男の子に教えてあげて」
  は女の子がうなずいたのを見て、すぐ奥の診察室へと走った。
 ノックをして呼びかける。返事を聞くなり、すぐに開けた。
 「ジョーイさん、事件でもあったのですか?」
 「 さん、話は治療しながらします。悪いけど、手伝ってくれる? 私とラッキーだけじゃとても手が足らないわ。らちが明かないから、このストライクを診たら、選手村に駐在してるジョーイたちに応援を頼もうと思ってるけど」
 患者は増える一方だった。もう三人はジョーイが欲しい。シロガネ山ふもとのポケモンセンターに勤めて以来、ここまでの惨事は初めてだった。
 致命的な怪我をしたポケモンは今のところいないが、放っておけば後遺症につながりかねない凍傷を負ったナゾノクサには、ラッキーがつきっきりで看病をしていた。
 原因は、ジュゴンの放ったふぶきだという。
 ナゾノクサのトレーナーが、いの一番にこのポケモンセンターにかけ込んできた。それが、朝の九時。
 それ以来二時間ほど経ったが、次々に怪我をしたポケモンが運ばれて来る。
 みな、一様に「黒スーツの男たちにやられた」と証言した。人数は三人。それぞれ複数のポケモンを持っているらしく、ジュゴン、オニドリル、ネイティオ、ライチュウ、マグカルゴ、ゴローン、そして正体不明のポケモンが一体、計七体確認されていた。
 「正体不明?」
 「多分、他の地方の新種ポケモンじゃないかと思うの」
 新種、の言葉に は興味を持ったが、まひなおしのスプレーを吹きかけたポッポが羽ばたき、トレーナーの子と一緒に押さえるのに苦労して気がそれた。
 しかし、 はすぐ黒スーツの男たちのことに思考を切り替える。黒いコスチュームならロケット団だろうと思うが、新興の悪の組織かも知れない。ロケット団幹部は、胸にRのプリントをしているから分かり易いはず。
 もちろん、組織元を分からなくするために、わざと普通のスーツを着用しているとも考えられた。
 何が目的かは分からない。ただ、いたずらにトレーナー付きのポケモンを傷つけているだけなのか。
 何が目的でも許せる行為ではないことは確かだった。 は密かに怒りを燃やしながら、次に診察室に入って来たミニスカートの女の子と、腕に抱かれたコラッタに微笑みかけた。
 ジョーイが選手村のジョーイに救援を頼んで帰って来た。診察室に入るなり、暗うつとした声で言う。
 「また怪我ポケモンが増えたわ」
  はそれを聞き、黒スーツ男たちを倒しに行きたくなった。けれど、今はポケモンセンターを離れられない。選手村のジョーイが来てくれたら、急いで諸悪の根源を断とうと思った。
 「それに、どうやらこの辺り一帯で暴れ回っているらしくてね、選手村とこの辺りをつなぐ道が大岩の群れで塞がれているらしいの。多分、ゴローンのいわおとしじゃないかって、今来た男の子が言っていたわ」
 つまり、選手村のジョーイが来るのが遅くなる、ということ。
 オニドリルのドリルくちばしをくらったというコラッタに包帯を巻きながら、 は厳しい口調で言った。
 「私、このコラッタを診たら、待合室で情報を集めます」
 手早く包帯を巻き終え、女の子と一緒に待合室へ行った。 は男たちの人相、身長など外見的特徴、ポケモンたちが使ったわざの種類を聞き出し、逐一記憶した。
 詳しく話を聞くと、男たちは道場破りのようなノリをみせていたという。
 とにかくトレーナーと見れば、相手の返事も待たずに挑戦をし、攻撃を仕かける。そして少しでも強いと分かると、正体不明のポケモンを使うらしい。
 「俺、今やってるシロガネ大会で、昨日まで戦ってたんだ。俺の自慢のオーダイルが、そのオレンジのずんぐりしたヤツには、あっさりやられちまった…」
 肩を落として、男の子はうなだれた。オーダイルは、止めにとライチュウのかみなりを受けて、一時は気を失ってしまっていた。
 男の子は、シロガネ山に行く途中だったという。
  がアンケートを採ると、このポケモンセンターからシロガネ山へ行く道程で攻撃を受けた者が過半数を占めた。ちらほらと、ポケモンセンターから選手村へ行く道程で黒スーツ男たちにやられたと言う者もいた。
 オニドリルで空から獲物を探しているのか、あるいは、ネイティオのみらいよちでも使っているのか。とにかく、片っ端から見つけたトレーナにケンカをふっかけている印象だ。
 しかし、それも選手村への道が閉ざされたことで、このシロガネ山のふもと一帯を包囲しようとしているのでは、と思えた。
 活動拠点には、このポケモンセンターを利用しようとしていないか。
 今ここには、怪我をしたポケモンしかいない。 の手持ちとラッキーを除けば、戦えるポケモンたちは、多少怪我の手当てを受けた仔たち。
 いずれも、 の存在を知らない彼らにとっては、数が多くても取るに足らない相手と見られるだろう。
  は迷った。このままここで治療を続けるべきかどうか。
 「…まずは選手村のジュンサーさんにも知らせるわ。選手村のジョーイさんが知らせてくれているかも知れないけれど」
 受付にあるテレビ電話へかけ寄ろうとした時、 は複数の殺気を感じた。
 「ピノ、ララコット、出ておいで」
  はモンスターボールから二匹を出し、このポケモンセンターの中を護るよう指示した。
 「お姉ちゃん、どうしたの?」
 女の子が不安そうに尋ねた。 は微笑んで言う。
 「敵を迎え撃つわ。奥にいるジョーイさんに知らせてきてくれる?」
  はビコスとラニニュと一緒に、ポケモンセンターを出た。
 「これから出会うのは、私たちの敵。強いらしいけど、必ず勝つよ。ポケモンを使って無意味にポケモンを傷つけるのは、許せない。意味があるにしても、それが私にとって悪なら…」
  は天空につい、と人差し指を向けた。
 「倒す」
 ビコスとラニニュは空を仰いだ。影が一つ見えた。
 「ラニニュ、れいとうビーム」
 すぐさまオニドリルのはかいこうせんと、ラニニュのれいとうビームがぶつかりあった。
 「ラニニュ、もう一度れいとうビーム。ビコス、右の茂みにミサイルばり」
  は素早く指示して、自分は左の茂みを向いた。
 (やっぱり二人…。頼んだよ、ピノ、ララコット!)
 どうやら、 の読み通り、敵のうち一人はポケモンセンターの裏側へ回ったらしい。
 ビコスのミサイルばりを防ぐように、電撃が飛んできた。
 左の茂みからはゴローンと、その後ろに隠れるように、黒スーツの小男が出て来た。
 「ビコス、ライチュウは任せた」
 ビコスはうなずき、やっと姿を見せたライチュウと、長身の黒スーツ男に向かって飛んだ。










**長いので一度目の分割です…。
*2007/09/09up


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