二度目のれいとうビームを食らったオニドリルは、半身が凍りついていた。飛び続けることが出来ず、ふらふらと片羽で地面への激突を防ごうとしている。 「ラニニュ、何とかでんこうせっかでオニドリルに突撃して、茂みや木の上に落として。そしたら、ゴローンをお願い。こおりわざに弱い。でも、貴女はかくとうやいわわざには弱いから、気をつけて。途中でビコスと交代させるよ」 は早口でまくし立て、ラニニュは聞くなり木々を利用してオニドリルに攻撃を仕かけた。 ラニニュとビコスはほのおに弱い。マグカルゴが出て来ないことを祈りつつ、どうやって敵を倒そうか打算した。 トレーナーの指示があるのといないのとでは差が出るらしく、気がつけばビコスはライチュウに押されていた。 は慌てて指示を出す。 「ビコス、こうそくいどう」 目にも止まらぬ素早さでビコスが動き、ライチュウをかく乱する。 「はかいこうせん!」 ビコスの大技、覚えたてのはかいこうせんが発射された。 「みきり」 黒スーツ男がライチュウに指示を出した。はかいこうせんは、かわされてしまった。反動で動けないビコスは、ライチュウのでんこうせっかを食らった。 「直接攻撃はあんまししたくないけど、言ってらんないかー。ビコス、きあいだめしてダブルニードル!」 は言いながら、ラニニュを見た。離れて戦っているため、動きを追うのが大変だ。それぞれに大技を使うので、仲間を巻き込まないためには距離を取って戦うのは間違っていない。それは敵も同じ。 しかし、相手はトレーナー二人、ポケモンもまだ出していない手持ちがいることだろう。不利だ。 「ラニニュ、カムヒア!」 は左手首を自分に返し、こいこいとラニニュを呼んだ。ラニニュは指示通り、いったん引く動きを見せた。 黒スーツの小男はそれを見て、ゴローンに追いかけるように命令した。 「ビコス、ライチュウの足元にミサイルばり撃ち続けろ!」 がラニニュに背を向け指示している間に、ラニニュはゴローンとの距離をあけた後、引くと見せかけて攻撃に移った。ラニニュのかぎ爪がゴローンの眉間に当たった。 「な、だましうち!?」 小男は怒って、今度こそ の下へと走り去るラニニュに向かって叫んだ。 「ゴローン、あのニューラにじしんをお見舞いしてやるですよッ!」 それを聞いた は二匹をモンスタボールの中に戻し、自分は後ろへ跳んだ。 ビコスが作り出した砂の煙幕のせいで、ライチュウは攻撃出来ないでいた。そこへ、距離が縮まったゴローンがじしんを使う。 「バカ! ライチュウをひんしにさせる気か!?」 長身の黒スーツ男は、ライチュウを見つけられないので のようにモンスターボールに戻せなかった。 「仕方ない」 そう言って男は、取り出した黒色のモンスターボールを中に放り投げ、中から出て来たポケモンにしがみついた。 は大きな揺れに膝をついたが、大した影響はない。砂の煙幕が薄くなった時、地面に倒れているライチュウが目に入った。 そしてその後ろ。 聞いていた「ずんぐり」という印象には当てはまらないが、オレンジ色のポケモンが宙に浮かんでいた。 「新種?」 スラリとした体つきに、長い両手足。 胸にはアメジストのような輝きがあり、 が今まで見てきたどんなポケモンよりも「ヒト」に近しいフォルム。 「試験体D、そこの女に、サイコブースト」 「ひ、人に向けて大技っぽいもの使うの最低!」 は叫んでモンスターボールを二つ前へ投げた。盾にするつもりは毛頭ない。 「ヒノーーーーッ!!!」 ピノの渾身のかえんほうしゃが、サイコブーストにぶつかる。 「新手!?」 驚く黒スーツ男だったが、援護にともう一つのモンスターボールを持った時には、 のビコスとラニニュが再び姿を現していた。 「はかいこうせんと、れいとうビームお願い!」 ピノのかえんほうしゃは押されていたが、ビコスたちのわざが援護する。それぞれの大技がぶつかりあい、敵のサイコブーストを相殺した。そのため、大爆発が起こった。 その場にいた者は、ゴローン以外全員吹き飛ばされた。 「ライオ4!」 涙目でポケモンセンターの方からやって来た、もう一人の長身の黒スーツ男は、仲間へとかけ寄る。後ろからはララコットが追いかけてきた。 「だ、だめだった。俺のジュゴンもマグカルゴもやられた! あのヒノアラシとコラッタ、進化もしていないクセにやたら強いぜ!」 「ちょっとー! 何そのセリフあんたムカツクー! ララコット、出来ないけどこわいかお!」 ララコットは取りあえずマスターの指示に従い、こわいかおを作って見せた。しかし、ただの怒っている顔、だった。こわいかおを使えるのは、ラッタに進化してからだ。 「……何スかこの女ー!?」 「落ち着け、ライオ1、この女はもういい。ライオ2、オニドリルを回収しろ。ポケモンセンターは後回しだ」 ライオ2と呼ばれた小男は、言われる前にオニドリルを回収し、こおりなおしで状態異常を回復させていた。 (素早いな。コールサインで呼び合っていることからしても、かなり出来た組織の者か。それなりの訓練もされている) は内心感心しながら、ピノたちより前へ出た。 「お前たち、逃げる気? …聞いてもムダかも知れないけど、ポケモンたちを襲い続ける理由を言いなさい。目的は何? どこの組織の者?」 「女、お前に答える義理はない」 「…つまらない男」 ライオ4の答えに、 は冷たい眼差しで評価した。 「フン。おい、行くぞ」 ライオ4はネイティオを呼び出し、ライオ2と3はオニドリルに乗ってシロガネ山の方へ首を向けた。 「ピノ、かえんほうしゃ。ラニニュ、れいとうビーム」 ピノたちの攻撃は、まだいた試験体Dによって阻まれた。 は一瞬、自分の目を疑った。 試験体Dの姿が「ずんぐり」としたような丸みのあるフォルムに変わったと思えば、すぐさま元通りの姿に戻ったからだ。 一度の容姿の変わりようになら、進化という言葉でうなずける。 しかし、試験体Dは元に戻った。 変化(へんげ)、という言葉が思い浮かんだ。大昔の話で出てくる、タヌキやキツネが木の葉を頭に乗せて人間に変身するアレである。 ポケモンにも、別のポケモンに姿などをそっくりコピー出来るへんしんという技があるが…。 試験体Dは、姿形、色がまったく違うポケモンにはならなかった。同系列のポケモン…という呼び方もおかしい気がするが、形が変わっても、変わる前と同じポケモンだと認識出来る範囲だ。 (何だ? 試験体…。実験をされている? D? 四番目の試験体? こいつら一体…) の自問自答が解ける訳はなく、試験体Dとにらみ合いを続けている間に、男たちは逃げて行った。 「試験体D、私は ・ というの。あなたの本当の名前、あったら教えてくれる?」 試験体Dは、胸の紫水晶を光らせた。 「そう、デオキシス…。覚えた。また、会いましょう。今度も敵だろうけど、いつか、敵じゃなくなると良いな」 この の言葉には何の反応もせず、試験体Dは消え去った。 「テレポート…。サイコブーストってわざといい、エスパータイプか…」 は呟いて、シロガネ山を思い浮かべた。走って行ったのでは後れを取りすぎる。しかし、 はひこうタイプのポケモンを持っていない。迷っていると、怪我ポケモンを抱いた男の子が二人、走って来た。 「黒スーツの男たちにやられたの? 今?」 「ううん、二十分くらい前に。俺たちひこうポケモン持ってないから、走って来た」 「…治療は順番待ちなの。でも、受付のために中へ入って」 男の子たちはうなずいてポケモンセンターの中へと入って行った。 「ビコス、ラニニュ、悪いけど、シロガネ山へ行ってくれ。私が行くまでの間、シロガネ山のみんなを護って欲しい。私もなるべく早く行くけれど、怪我ポケモンを診てあげたい。今のウリムー見たでしょ? きっとマグカルゴにやられたんだわ…。ひどい火傷でかわいそう」 詳しく指示を聞き、ビコスたちはシロガネ山へと向かって行った。 昼過ぎからキリよいと思えるまで、 はポケモンセンターにいた。昼の二時を回ったところで、バターロールを二つ腹に収め、シロガネ山へ行く事に決めた。 「ジョーイさん、ゼリードリンクとポケモンフーズ少し分けてもらえますか?」 「ええ、どうぞ。でも、本当に行くの?」 「はい。もうすぐ選手村のジョーイさんも、ジュンサーさんも来てくれるでしょうし」 「 さんだけでは危ないわ。せめて、ジュンサーさんを待ったらどう?」 「大丈夫ですよ。ジュンサーさんはここに必要です。男たちは、ポケモンセンターは後回しにすると言っていました。後でやってくる可能性が高いです。他の仲間を寄こすかも知れない。ピノとララコットを置いていきます。役に立ちますよ」 「ありがとう。心強いけど、手持ちは多い方が良くないかしら?」 心配げなジョーイをよそに、 はにっこり笑って言った。 「私は一人でも強いですから、大丈夫!」 そう言って、走って外へ出た。この世界ではあまり使わない方が身のためだ、と思ってはいるが、シゲル以外には今一度だけ、と心に決めて、 は影からシームルグを出した。 慌ただしく動くジョーイとラッキーの目を盗み、ポケモンセンターを出ていこうとしているものがいた。 ララコットはヨーギラスの動向に気を配っていたため、すぐに止めに入った。しかし、ヨーギラスは の後を追うと言って聞かない。 ララコットの制止を振り払い、ヨーギラスはポケモンセンターの待合室にかけ込んだ。ピノが後を追う。トレーナーや怪我ポケモンの間をぬって、ピノとヨーギラスの追いかけっこが始まった。 ポケモンセンターを出た時、追いついたピノはえんまくを使った。いったんは止まったヨーギラスだったが、焦りながらもすなあらしを使ってえんまくを少し吹き飛ばした。先が見えれば、そこへ行くしかない。 「コラッタ!」 素早さで勝るコラッタが、先回りしてヨーギラスの行く手をさえぎった。 「ヨーギラ!」 ヨーギラスは説得を試みたが、ララコットもピノも許さなかった。ヨーギラスのことは、 からよーく言い含められていたからだ。 けれどヨーギラスはめげずに、シロガネ山の仲間たちが心配なこと、 を護って自分も闘いたいことを切々と訴えた。 ララコットは情に流される判断はしない。 の言いつけは絶対だ。病み上がり同然のヨーギラスでは足手まといだし、シロガネ山へたどり着く前に決着がついてしまうかも知れない。 ララコットがヨーギラスを押し戻そうとすると、ピノがやんわり止めた。 すっかりヨーギラスのペースにはまり、ピノはうっすらと涙さえ浮かべていた。 結局二匹に押し切られ、ポケモンセンターに残るのはララコットのみとなった。彼女はピノとヨーギラスに二つ約束をさせた。 一つ、行く先で会ったひこうポケモンがいたら、シロガネ山まで乗せてってもらうこと。 二つ、 が帰れと言ったら帰ってくること。 特にヨーギラスには三つ目として、危険を感じた時はピノの判断に従うこと、というのもつけ加えた。 見送ったララコットは、複雑な心境だ。彼らが追いつく前に、 に勝って帰って来て欲しいと思うし、しかし入れ違いでピノたちが迷子のようにさまようのもかわいそうに思える。 とりあえず、ララコットはポケモンセンターへ戻り、連絡のつかなかったシゲルに のことを伝えたかった。 は「きっとポケモンたちと外で特訓してるんじゃないかしら?」と言っていた。選手村のホテルフロントに伝言を頼んでいたが、もう伝わっているだろうか? 人間の言葉がしゃべれたら、と思いながら、ララコットはジョーイの元へ行った。 夕方、ようやく連絡がついたシゲルより、シロガネ山のポケモンセンターへテレビ電話がかかってきた。 「ジョーイさん、 さんからの伝言を聞きました。事件が起こったと聞いたんですが、大丈夫ですか?」 「ええ、もう大丈夫よ。新しい怪我ポケモンは運ばれてこなくなったし、選手村のジョーイの手助けでポケモンたちの診察も無事終わったところ」 笑顔で答えるジョーイに安心しつつ、シゲルは聞いた。 「 さんは…今、近くにいますか?」 「いいえ。彼女も途中まで手伝っていてくれたのだけど、この事件の容疑者たちを追ってシロガネ山方面へ行ってしまったわ」 「そんな、 さん一人でですか?」 確かに、 ならそうしかねない。シゲルは思わず身を乗り出して、小型カメラへつめ寄った。 「ええ。でも、ジュンサーさんが指揮を執って、この辺り一帯に包囲網を築くらしいの。だから、捕まるのも時間の問題だと思うわ」 「そうですか。 さんがそこを出たのはいつですか? もう六時ですけど…」 シゲルの質問に、ジョーイは少し言いにくそうだった。 「 さんが出かけたのは、四時間前よ。容疑者たちがシロガネ山に入ったのなら、行って帰ってくるにはこれくらいかかるかしら…。それに、 さんはひこうタイプを持っていないから、多分自転車だろうし、もっと時間がかかるかのかも」 シゲルはすぐにシームルグを思い浮かべた。 ならシームルグでひとっ飛びだ。 「…ジョーイさん、僕もシロガネ山へ行きます」 「何言ってるの。シゲルくんは明日大会決勝戦に出るんでしょう? だめよ。絶対にだめ。 さんも反対すると思うわ。いつ帰ってこれるか分からないのよ?」 ジョーイの言い分はもっともだったが、シゲルは が心配だった。 彼女は―… は、強い。 しかし、ジョーイは「容疑者たち」と言った。複数いる相手に、ジュンサーたち警察の援護があるとはいえ、 は一人で立ち向かっているのだ。 放っておくには気分が悪すぎる。試合への精神統一も、気が散ってままならないだろう。 少しでも一緒にいたい、という思いもある。 シゲルが無言でいると、ジョーイは何といって説得を続けようか迷った。 そこへ、ひょっこりララコットが現れた。器用にテレビ電話がある机に飛び乗り、シゲルの前へ出て行く。 「ララコット?」 シゲルが呼びかけると、ララコットは無言で小型カメラへ張りついた。どんっと体当たりする勢いだった。 シゲルもジョーイも驚いたが、ララコットの動きを待った。 ララコットは動かない。 シゲルは彼女の視線を受け止めながら、諦めの表情を浮かべた。 画面のほとんどを埋めるララコットに言う。 「分かった。待つよ」 **シゲル少な! *2007/09/10up |
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